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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第一章 サバト編~その愛は、死を招く

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第51話 バロメッツの群れ

第51話


「……なんだ。あの“姿のない笑い声”は」


 大熊おおくまが翔太を背にかばい、低く言う。

 そう。例のロシア語を放った、何者かの笑い……


「今の“声”、姿がねえ。……ってことはよ、あの栗落花淳つゆり以外にも“何か”が潜んでるってこった。……おいおい。ワシゃ聞いてねえぞ。国際魔術会議ユニマコンの網でも掴めてねえ何かがまだいるってことかよ。長くやってるが……声だけ残す怪異は、相当、質が悪い。ヤバめかもな……」

「栗落花淳の言う“復活させた悪魔”……そいつ、ですかね?」と高木。

「断言はできねえ。……嗅ぎ慣れねえ匂いだ。魔でも人でも、獣でもない」


 大熊は眉をひそめる。


「嗅ぎ慣れない……」


 大熊からそんな言葉、聞いたことがない。

 高木の顔に緊張が走る。

 そこに翔太が割って入った。


「祭壇です……! あの声がした方角……つるみたいなもので、美優が縛られて……!」

「はっ!」


 大熊は翔太の顔をちらりと見て、口角をわずかに上げた。


(……助けに行きてえのに、体がついてこねえ、ってツラだな。胸が焼けてる)


 そんな翔太の肩に手を置く。


「まあ、落ち着け。分かってる。そこまでは把握してるよ、あんちゃん。なめてもらっちゃあ困るなぁ。国際魔術会議ユニマコンの情報網を。あの大量失踪事件も、栗落花が絡んでる線までは掴めてる。だが、“それ以外”──。ワシらの情報網の外の何かがまだいる。あの“見えない”笑い声。一体、どうやって身を潜めてやがった?」

国際魔術会議ユニマコンの情報網でも分からないんですか!?」

「いや、面目ない」


 大熊は渋い顔をする。


「ただ、おかしいとは分かってたのよ、あんちゃん。あの大量失踪事件にはおかしなところがあってな。全部があいつ一人の手口じゃねえ。そこが妙なんだよ。水城市の霧の裏側に、複数の手が入ってる。つまり、あんちゃんらが戦った“白い女”……あれ以外にも使い魔筋がもう一種いるってことだな」

「どうして……それを……!」


 心が一瞬、凍る。

 もう一種いることではない。

 なぜ、大熊が『ラ・ヨローナ』との激闘のことを知っているのか、だ。


 ──まさか、ずっと俺をつけてた……?


 そこで高木が提言した。


「大熊さん。あの笑い声の正体は、現状後回しです。とりあえずは、あの栗落花淳の身柄を確保するのが先です」

「ああ。分かってる。そう慌てるな高木。分かっちゃいるが何分なにぶん、栗落花淳に何が取り憑いているのかが問題だ。あの草のつるみたいなの……。ヤツが呼び出したっていう悪魔よりもまずはそれを分析しなきゃ勝てねえ」

「バロメッツ」


 その声は、空気ごと揺らした。振り返ると、

 悪魔祓い師(エクソシスト)神表洋平かみおもてようへいが霧の縁に立っていた。

 いつからそこにいたのか誰も分からないほど巧妙に。

 

「バロ……なんだそいつは?」


 大熊が怪訝な表情を見せる。

 神表は、そんな大熊に見向きもせず、翔太らの横をゆっくりと歩んでいった。


「あれは『バロメッツ』。魔界の寄生植物。“スキタイの羊”って呼ばれるやつ。外見は可愛い牧歌系……でも中身は、人を“繋いで喰う”生き物。あれに触れたら最後、“根”が勝手に心臓まで伸びる」

「ほう、詳しいじゃねえか。神表神父のせがれ」


 大熊は面白くなさそうだ。

 そもそもこの神表という少年が気に食わない。

 秘密主義者だからだ。

 だが、神表はあっさり自身の過去を話し始めた。


「『バロメッツ』は俺も一度、モンゴルで親父と一緒にはらったことがある」

「やり合ったこと、あんのか!?」


 これはさまざまな意味で意外だった。

 神表がやけに協力的だ。

 だが、ワンマンプレイヤーはワンマンプレイヤー。

 大熊の質問に、神表は無言を返した。


「よく聞いておいてください。あいつら、一匹一匹はそれほどの驚異じゃない。だが、今は違う。『バロメッツ』の気配がそこら中にある。それに、あのかわいこちゃんを縛ってる大量のつる。あれも『バロメッツ』のもんですね。そしておそらく。栗落花淳は自分の体内にも、その種を植え込まれていた。自分で呼び出した悪魔にやられたんでしょう。悪魔を信じた者の哀れな末路ってやつですよ」


 大熊は忌々しげに神表の言葉に耳を貸す。

 気に入らないが、情報は最重要だ。


「そして、問題はそれだけじゃない。さっきの老人のロシア語です。あれは、俺でも何者かわからない」


 神表は肩をすくめ、指を鳴らす。


「で、今、俺に合図が聞こえた。――動くよ、連中」

「連中? どっちだ!?」


『バロメッツ』の方か。ロシア語の方か。

 答えはすぐに出た。


 祭壇に集っていた男女たち。淳が『ラ・ヨローナ』と幻術を使ってさらって来た人々の詠唱がぷつりと切れ、悲鳴に裏返る。


「うわあああああ!」

「きゃあああああ!」

「ぐわああああああ!」


 それぞれが苦しみもがき始める。

 背中がゆっくりと持ち上がる。皮膚の下で“袋”が呼吸しているように波打つ。

 次の瞬間、柔らかい破裂音。

 霧が虹色に散り、金色の眼がいっせいに開いた。

 皮膚の裏で何かが指を広げたように見えた。

 つるだ。

 そのつるは脈動し、信者たちは獣のように四つん這いになる。

 そしてカサカサカサ……と、霧の中へ散っていく。


「群れモード……。分散して獲物を絡め取る。やり方はどれも同じか」


 そして大熊に告げた。


「『バロメッツ』が群れでいる場合には、必ず“脳”となる存在が一匹います。おそらく、それが栗落花淳だ。さっきの得体のしれないロシア語の主が現れる前に、片付けておいた方がいい。大熊さんたちは、散らばったバロメッツたちの退治を。──倒し方はシンプルですよ。あの羊の頭を切り落とせばいい。そして“脳”は……栗落花淳は、俺がやります」

「……仕切るねえ、神表くん」

「現場割りは早い方が死者が減る、がモットーでして」


 そう言い残して神表は一人、霧の中へと身を投じた。

 聞く耳持たぬといった性格が、また大熊には憎たらしい。


「どうします、大熊さん」

「どうすると言ったって……神表くんは経験者。言われた通りやってみるしかねえだろ」

「いや、でも」

「言いたいことは分かる。だが試す価値もある。確か、羊の頭を落とせばいいんだっけか。やれるな、高木」


 そして翔太へも視線を遣る。


「あんちゃん。あんたの役目は“見届ける”だ。なあに。嬢ちゃんはわしが取り返してみせる。プロの約束だ」


 翔太は無力感にさいなまれながら頷くしかなかった。

 ──助けてもらってばかりだ……俺は、何も変われてないのか……


 だが。


 それでも――美優だけは、助けたい。その思いだけが、まだ翔太の中で折れていない。

 胸の『カメア』は、波動を発し続けている──


 ◆   ◆   ◆


 そして──

『濃霧』の中ではさっそく、国際魔術会議ユニマコンのエージェント達と、『バロメッツ』の群れとの闘いが始まっていた。


 霧の中。見通しが悪いとは言え、金色の眼が格好の標的灯だ。


 国際魔術会議ユニマコン・大熊班のメンバーは手練れの集まりだ。次々と、『バロメッツ』の首を切り落とす。化け物退治のプロの面目躍如。うごめき絡め取るつるに苦戦はしながらも、一つ、また一つと首を飛ばしていく。


 羊の頭部分を斬り落とされたバロメッツは、急速に枯れて死ぬ。寄生された主は気絶状態となる。エージェントの一人が、バロメッツに取り憑かれていた女の首筋に指を当て、脈を見た。


 ──生きている。


 つまり、“羊”の頭部分さえ切り落とせば、ここにいる失踪者全員が助かる、というわけだ。


「やるねえ。ベテランさんたち」


 神表はその様子を垣間見ながら、栗落花淳を探していた。

 “アレ”を封じてしまえば、『バロメッツ』達の動きは格段に鈍くなる。


 神表は、ヒク、と鼻を効かせた。


 感じる。


 この先だ。


 背中に背負った革袋から、聖なる木刀・黒姫くろひめを抜き出した。その止まった脚を見逃さず、一体の『バロメッツ』のつるが、神表の足首に巻き付いた。


「うそだろっ!」


 霧で視界が悪かったこともある。だが油断だ。

 しかも力が強い……!

 神表はそのまま上空へと持ち上げられ、逆さ吊りにされてしまった。

 だがまったく慌てた素振りはない。


(まさか、そっちから来てくれるなんて。親切だね)


 その言葉通り、そこに現れたのは。


 四つん這いで、トカゲのように這い回る筋肉隆々の大男。


 先ほど、翔太に攻撃され手負いとなった、あの栗落花淳だった。


「さすが、“脳”部分だな。動きが早いわ」


 栗落花淳の目からは、いまだ涙が流れ続けている。すでに『バロメッツ』に脳まで侵食されているのだろう。おそらく、感情もコントロールできなくなっているはずだ。


「お~お~。泣いてるねえ。色々辛かったんだなあ」


 神表は、軽口を叩いた。逆さ吊りにされたまま。

 

『うるせえ! お前みたいなヤツなんかに、俺の気持ちが分かるか!』


 淳は、頬まで避けた口で叫ぶ。神表は、「はあ?」とおどけた顔を見せた。

 そして逆さ吊りの最中だというのに、ポケットからミント味の飴を口に放り込む。

 途端に咳き込んだ。


(こいつ……何を……?)


 掴みどころがない神表の行動に、淳の顔にも戸惑いが浮かぶ。

 そんな淳に神表は言う。


「お前の気持ち? そりゃ分かるわけないだろ。だって俺はお前じゃねえんだから」


 神表は肩をすくめる。逆さのままでもその癖が出る。

 つまり、平常運転。


「“分かる”なんて軽々しく言う人、信用しない主義でね」

『ペラペラと!』

「いや、うるさいのはお前だし。多分、お前の声の方が100デシベルぐらい上。あ、100デシベルって、大体、車のクラクションぐらいの大きさね。つか、わりい。初対面なのに自己紹介してなかったな」


 神表はニヤリと笑った。


「俺、神表洋平。……はじめまして、いじめられっこさん」


 怪物化したにもかかわらず栗落花淳の顔が真っ赤になる。


『い、い、いじめられっこって言うなあああああ!!』


 淳は、大きくつるを振りかぶると、まるで投釣りのように、神表を地面に投げつけた。


「痛ッ!」


 神表が地面にもんどり打つ。土にヒビが入っている。

 ──なるほど。パワーも他とは別か……。

 だが神表は木刀を衝撃部分に添えて直撃を免れていた。抜け目はない。


『これ以上、余計な口を叩くな! 殺すぞ!』

「なるほど。感情すべてをコントロールされてるわけじゃなさそうだな」

『うるせえ! なめた口聞いてんじゃねえ!』

「いやそう、無理すんなし。お前、元々、優しい性格だったじゃん、栗落花淳。ちゃんと調べさせてもらってんだよ。俺、最初からお前が怪しいって気づいてたから」

『最初から……』

「ああ。星城学園せいじょうがくえんに転入までしてな」

『なんなんだよお前! 一体、何者なんだよ!』

「だってお前、なんか“魔”の香り漂わせてんだもん。そう言えば、なんか友達にも相談してたの聞いたなあ。あ、そうだ。あの上村とかいうヤツだ。上村、言ってたよ。お前が『自分はダメなんじゃないか』って夜道でつぶやいてたって」

『うるさい! うるさい!』

「いいから聞けよ。俺はお前を慰めに来てやってんだぞ。大体な、お前、全然、ダメな人間じゃないんじゃない? 誰が決めたん? 近所の人に聞いても、シングルマザーの母親のこと、お前、すげ~大事にしてたんだってな? めっちゃ偉いじゃん。……でも、これはどうやったんだ? だって『バロメッツ』なんて、普通の高校生には手に入らない代物だし」

『うるさい! お前が何者か答えろって言ってんだ!!』

「いや、だから神表洋平。……つかさ、お前がダメな人間だってことを決めるのは、お前じゃないの。決めることができるヤツがいるとしたら、それはお前が迷惑をかけた人間なの。いじめまで受けてさあ。カツアゲとかもされてたんだろ。結構、すごい金額になってたって聞いたぜ。ダメな人間って、そういうヤツの事だよな。なんでいじめられてる方が『自分がダメな人間です』なんて思う? 逆だろ。いじめてるヤツがダメな人間だろ」

『なんかくどいんだよ、お前の話! 何してえんだよ! 黙れよ!』

「いやだからさ、俺が言いたいのはこれ一つ。周りはみんな言ってたぜ。お前のこと、悪いヤツじゃないって」


 淳の動きが一瞬、止まった。


「あっ、でも『なんかムカつく』って言ってたやつもいたな」


 台無しだ。淳は「もしかしてこいつは自分のこと分かってくれるかも」と一瞬でも思った自分が許せなかった。


「でもまあ、それは仕方ない。人それぞれだもんなあ」


 神表はゲラゲラと笑った。


「いやあ、でも、おかげさまでいい時間稼ぎができたわ。聞いてくれたおかげで間に合った」

『……は?』

「俺さ、人の“匂い”で心の折れ目が分かるんだよ。淳、お前は……かなり前から割れてた」


 単に意味が分からないヤツだと思っていた。だが違う。

 ──やられた!

 あの意味のない会話。それもすべて計算づくだった。

 淳のいる地面。

 そこに、淳の体がすっぽり入る大きさの紫色に光る秘術円が浮かんでいたからだ。

 神表の頬が、薄い霧越しにひどく歪んで見えた。


「いやあ、聞いてくれて助かったよ。やっぱお前、根はいいヤツなんだな。この秘術円、発動にラグがあるんだよ。話し相手になってくれたおかげで時間が取れた」

『だ、騙したな!』


 怒鳴る。だがすでに体がうまく動かない。力が出ない。抜けていく。

 ──封じられている!?

 まばたきすら、うまくできない。


「これでお前は、この秘術円の外へは出られない。さて交渉だ──まずは、これだな。……足首のつる、さっさと外してくれる?」


 神表の眼鏡の奥――黒曜石みたいな瞳が、誰の色でもない笑いを宿していた。

 その笑みは、感情ではなく“手順”をなぞっているようだった。

 何を考えているか分からない。

 ゆえに、淳の心を本能的な恐怖が襲う──


 ──その瞬間だけは……自分より、この男の方が『怪物』だと、淳は思った。

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