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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
プロローグ~霧の中に、何かがいる!

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第3話 霧が喰う!!

第3話


 ──俺は、ただ妹と港に来ただけなのに。


 北藤翔太ほくとうしょうたは、いつの間にか、意図せず世界の終わりの真ん中に立たされていた。


 フェリー待合所近くは大パニックに陥っている。多くの人が誰先にと逃げようとし、翔太や妹の芽瑠はその肩や脚でよろめく。

 翔太は、自然に芽瑠を守る形になる。


 この人の波の流れに乗ってこの場から離れる。それが最も得策に思えた。


 小学校で学んだこと。それは『濃霧現象』が起きれば「とにかく逃げろ」だ。詳細は理解できない。

 生死に関わる出来事だとは聞かされている。

 ゆえにそれは実体をともなわない。心を本当に響かせない。


 校長先生の言葉の一つ。

 それは繰り返し聞かされた。

『濃霧』にはとある者が潜む。

 この街の住人とそっくりの姿をした悪鬼が出現する。

 その悪鬼が。


(──人を喰らう……!)


 そして、今。

 我先にと港を離れる人々。押しのけてでも転ばせてでも、街へ逃れようと暴徒と化すフェリー客たち。

 ──このパニック状態から、芽瑠を守れるのは、事故で両親が亡くなった今、俺しかいない。

 人を押しのけるのは嫌いだ。

 人の脚を引っ張るのは嫌いだ。

 ──でも今だけは、嫌いでもやる。


 翔太はもみくちゃにされた妹の芽瑠の手をしっかり取った。

 握り直す手の回数は二度──横断歩道のときと同じ合図だ。


「行くぞ、芽瑠!」

「お兄ちゃん、芽瑠、怖い……よ」


 ──ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ……!


 鳴り止まぬサイレン。

 翔太は芽瑠を救いたいが一心で、多少強引にでも前を行く人たちの肩を掴んだ。

 体をねじ込み、その場を抜け出す。

 よろけた人たちへ肩越しに「すみません!」と短く言い置く。

 この誤りグセは抜けない。育ちの習慣はそうそう消えることはない。


「どうしたの、お兄ちゃん。なんか、サイレンの音、うるさいよ……」


 怯える芽瑠を落ち着かせるにはどうすればいいか。翔太は考えた。走らせ続ければ転ぶ──。歩めば背中を押される。下手すれば押し倒される。

 ならば間を取って芽瑠と歩幅を合わせ、段差に注意。

 次の曲がり角は──。考えただけで手だけが汗ばむ。


 その葛藤の視線の先……。一人の見知った顔がある。


 それは中年女性。皆が逃げゆく方向とは逆の方から。やや太り気味のその体をゆらゆらと揺すって歩いてきた。その名前を翔太は、瞬時に思い出した。


 ──小林のおばさんだ。


 学校帰りに学園の生徒たちがよく通っている店。この街には珍しいカジュアルイタリアン・フレンチのお店で、人気メニューはラザニア。その店主の妻だ。子どもの頃、翔太や美優が、小林のおばさんにとても大切にされていたことを思い出す。ご近所さんだったから。


 でも、その小林のおばさんの声はいつもとは違う。

 ひどくかすれて、今にも泣き出しそうだ。

 あまつさえ、こう言う。


「助けて……」と。


 命乞いの声。

 そうして差し伸ばして来た右手には。











 小指と薬指がなかった。










「うわああああああああ!!」


 思わず芽瑠の目を塞ぐ。


「なに……お兄ちゃん。何も見えないよ!」


 兄の心、妹知らず。

 そして、その直後であった。

 一陣の風が吹き、小林のおばさんが一瞬、『濃霧』の塊に呑み込まれたように見えた。

 そこから「ブツッ」と鈍い音。

 やがて『濃霧』の塊が過ぎ去り、再びその姿を見せた小林のおばさんは。 











 ねじ切られていた。













 ドサッ、と路面に落ちる小林さんの上半身。


「見るな、芽瑠!」


 翔太は芽瑠の顔全体を多い、目一杯両手で目隠しする。

 むー! むー! と口まで塞がれた芽瑠が呻く。

 だが、ダメだ。

 ──これはガチでヤバいやつだ! 

 翔太は必死だ。


 小林のおばさんの下半身はまだ、自らの死に気づいてないかのようだった。

 ヨロヨロとこちらへ、一歩、また一歩と歩いてくる。

 その腰の断面から、凄まじい勢いでどす黒い血が噴き出している。その血しぶきは翔太にまで届き。

 芽瑠を庇いながら、翔太も震え上がった──!


 ◆    ◆    ◆


 フェリーターミナルの屋上。

 例の神表洋平かみおもてようへいは、これらの有様ありさまをつぶさに見ていた。

 思ったより『濃霧』が岸へたどり着くのが早い。

 それはそうとして、今はとりあえずどう効率的に多くの人々を救うか。

 先に叩くか。

 状況分析をしていた。


 ──まあ、あのかわいこちゃんが先に走り去ったのは仕方がない。

 目的はおそらく、あの怪異を前に震え上がっている少年だ。

 なるほど。あの少年が、かわいこちゃんの主人公だってことか。

 こんなんばかりだな……と、神表は自嘲する。


(おふざけはここまでかな)と神表は計算を始める。


 ──まず、このまま下へ駆け下りる。

 だがそれじゃ人混みにまかれてしまうのがオチ。

 ならば、神表流エクソシズムの秘術を用いるか。

 でもそれをすれば、人に見られてしまう。


 だが神表の目的は今、目の前でまさに失われんとする多くの命を救うこと。

 ピンポイントで狙い、効果的に『カスケード』の被害を最小限に食い止めること。


 最も効果的なのは、翔太のいるあたり。

 海に近いあび場所へと移動して『ゴースト』らの街への侵入を防ぐのが一番、効率が良い。

 神表はそう解答を出した。


「ヨッド・へー・ヴァウ・へー」


 神表は神言しんごんを唱えた。そして木刀で宙に円を描く。

 創造主たる神への祈りの異端キリスト教。

 亜流秘術の御言葉であり、秘術の儀式。


「ヨッド・へー・ヴァウ・へー。主よ、我は求め訴える!」


 木刀で描いた円。その中に、神表は指で素早く六芒星を刻んだ。

 ダビデの六芒星。

 それはユダヤ教やキリスト教よりは「魔術」に近い。

 だがそれでも神表は信徒だ。

 そう認められることこそが、彼が陰謀渦巻く国際魔術会議ユニマコンのエリートたる所以だ。


 木刀でなぞった先、そこに紫色に輝く魔法陣が現れる。

 神表がエリート中のエリートだと言う言葉は、嘘ではない。

 彼は国際魔術会議ユニマコンのエージェントの中でも“天才”と言われる存在だった。

 彼の父が国際魔術会議ユニマコン幹部の1人であることもあった。

 ゆえに幼い頃から、英才教育を受けて育ってきた。


「まあ、あのかわいこちゃんの連絡先を聞けなかったのは残念だけど」


 そう言いながら魔法陣に木刀で光の秘術文字を書き込む。


「それはまた後でもいいかな……っと!」


 完成した魔法陣。その前で木刀を使い改めて十字を切った。

 宙の魔法陣が光り始める。発動。神表流秘術。


「ヨッド・へー・ヴァウ・へー。主よ、我は求め訴える!」


 今宵、神表が見せる秘術は、いわば“瞬間移動”。

 人に見られれても最小限の噂で済む。


「ヨッド・へー・ヴァウ・へー」


 神表の姿が、魔法陣の中へと消えた。

 当然、このまま目的地に現れると人の目についてしまう。

 そのリスクを冒してでもいい。

 何より大切なのは命。

 あとはなんとかなる。

 誤魔化せば良い。

 神表はこれでいて、使命にだけは従順だった。


 ◆    ◆   ◆


 美優はフェリーターミナルのビルから飛び出し、自らパニックの群衆へと身を任せた。

 いまだ耳を裂くサイレン。フェリーからは人々の悲鳴。足音と怒号が渦巻き、港はまるで地獄の釜の底の様相を呈している。


 そして──この地獄の中に。


「翔太くん……!」


 だが意外にも、美優はその姿をあっさりと見つけることが出来た。

 美優は昔から直感が人より優れている。

 いや、優れているなんて言葉じゃ済まない。

 危機回避の感覚、大事な目的のためなら鋭敏に進化する嗅覚。

 フェリーから逃げ出してきた群衆の中、身動きできずにいる少年・北藤翔太。

 彼があがいている姿を瞬時に捕捉が出来た。


 逃げ出そうとしている。

 かなり苦戦している。

 妹を守っているから。

 妹がいるから無理が出来ないでいる。


 その、四年ぶりに帰ってきた幼馴染が、いまや、『濃霧』の壁に飲み込まれそうになっている。


「翔太くんッ!」


 叫ぶ声は群衆の悲鳴にかき消される。

 霧はもうすぐそこまで迫っている。

 美優は力いっぱい手を伸ばす──!


 ◆   ◆   ◆


 翔太の瞳が、恐怖で見開かれていた。

 四年前より20センチほど、背は伸びている。

 だが、その瞳の奥に宿る影は、小学生の頃のいじめられていた、あの時と同じ。

 孤独に怯える子どもの濁りが残ったままだ。


 体は大きくなっても変わらない。

 美優は思う。

 ──私が守りたかった背中がそこにある!


(翔太くん……待ってて!)


 霧が岸辺に触れた瞬間。

 視界の端で、逃げ遅れた中年男性が白い煙のようなものに飲み込まれた。

 次の瞬間、耳を劈く断末魔。

 肌が粟立つ。

 血が飛び散る。


 やっぱり……食う。あの霧は“食う”んだ!

 ──人を!


「翔太くん、こっち! 気づいて!」


 美優は全身の力を振り絞って、人波をかき分ける。

 喉が裂けんばかりに声を張り上げる。

 胸の内側で名前を呼ぶたび、熱が跳ねる。


(翔太くん、翔太くん、翔太くん、翔太くん!)


 その翔太がようやくこちらを見たのは、声が届いたからか、それとも偶然だったのか。

 だが、翔太の表情に、かすかな希望が宿ったのが見て取れた。


「み、美優……?」


 翔太の視線がわずかに揺れる──幼い日の輪郭が、一気に現在へ重なる。

『翔太くんは、私が守ってあげるんだからね』

 ……小学生時代の美優の声が翔太の脳で蘇った。


 翔太くんが気づいてくれた!


 美優は、矢のように人と人の間に体をねじ込んでいき、翔太がいる場所へと強引に進んでいく。

 冷たい霧が手の甲をかすめた瞬間、ズシンと脳髄に響くような耳鳴りが走った。

 人の声ではない。

 獣とも、悪魔ともつかぬ呻きだ。この微かな霧だけでこの“災い”。


 ──これが、濃くなる前に。

『濃霧』になる前に。

 何をしてでも翔太くんにたどり着かなきゃ……!


 背筋をく恐怖を振り払い、美優はついに翔太の腕を掴むことに成功した。


「翔太くん!」

「美優!」

「良かった……あと……確か、芽瑠ちゃん」


 芽瑠がコクリと頷く。そんな芽瑠に笑顔を見せる。

 すぐさま、美優は険しい目で市内の方を見た。


「今は、とやかく話している暇はないわ」

「俺も……そう、思う。今は、何も考えている時間はない」

「行こう、翔太くん!」


 美優は翔太の手を引いた。


「ここで君を死なせはしない!」


 美優のその姿に、幼き日の記憶が重なった。

 孤独に立ち尽くしていた自分の隣に、唯一笑顔で立ってくれていた女の子。

 二人は駆け出した。

 芽瑠も連れて。


 背後では霧が、海鳥すら飲み込みながらも、押し寄せている。

 数百羽の逃げる翼が一斉に空を裂き、絶叫のような羽音が世界を震わせる。

 港そのものが、恐怖に身をすくめているように感じられた。

 

 この恐怖に打ち勝つには、生存本能の震えを脳内で興奮物質へと変えるしかない。


 二人は手を取り合い、港の出口を目指す。

 背後からは、『濃霧』の“壁”が、音すら食いながら迫ってくる。

 人々の悲鳴が次々と掻き消され、代わりに低い呻き声が沈黙のさかずきに“静寂”を満たしていく。


(間に合え……間に合って!)


 美優は必死に翔太を引く。

 そこへ──

 轟音。


 再び『ヒトガタ』が咆哮をあげた。

 その振動は大地を震わせ、逃げ惑う人々が一斉に転倒する。

 翔太の手が美優の手から滑り落ちかける。


「翔太くんっ!」


 美優の手が、とぎれそうな糸を紡ぐように指から、翔太の手を再び絡め取っていく。


「良かった……。芽瑠ちゃんも無事? 行くわよ!」

 

 だが、その言葉に答えたのは翔太ではなかった。


「なかなかいい逃げっけぷりだな。かわいこちゃん」


 ──誰、こんな時に!

 美優は一瞬、息を呑んだ。この生きる時代を間違えたような古い言い回し。

 真剣なのかふざけてるのか分からないようなこの口調。


 振り返れば、学ラン姿の少年。神表洋平かみおもてようへいが背後に光る魔法陣を背負い、まるで舞台に立つ役者のように悠然と歩いてきていた。

 その肩に木刀を担いで。


「お、お前、誰だよ……?」

神表かみおもて……くん!?」


 美優が声をかすれさせながら言う。


「おお! 覚えてくれていたか、俺の名前! さすがかわいこちゃん」


 そして神表は、その翔太と美優の背に背を向けて立ちはだかった。

 木刀を抜き、切っ先を『濃霧』へと突きつける。

 年の頃は翔太と同じくらい。

 レンズが反射してその目が見えない。

 ただ、口元に浮かんだ笑みが異様に挑発的だ。


(どこかで聞いたことがある名前……)


 ──でも思い出せない。翔太が思ったその時である。

 神表は一歩、前へ踏み出し、木刀を大きく振りかぶった。

 振り下ろされた瞬間、『濃霧』が、まるで聖書で描かれた奇跡のように、スッパリと割れたように真っ二つに切り裂かれた。

 驚く。奇跡が目の前に広がる。


「すごい……」


 そう言う翔太の言葉を神表は平気で無視した。

 美優へ向かって言う。


「早く逃げろ。ここは俺がなんとかする」

「い、いや、何とかするって。神表くん、さっき、いきなり……魔法陣から現れなかった!?」

「ああもう、面倒くせー。説明は後! 後! やっと再会できた“かわいこちゃん”を泣かせたくねぇから、さっさと逃げろ」

「かわいこちゃんって、今日日きょうび聞かないな」


 思わず、言わざるを得ない翔太。


 ──なんたる! 

 それはさっき、美優から聞かされたばかりの同じツッコミ! 

 この翔んだカップル、二人が二人揃ってこの野郎!


「だー! うるせえーーーーーーッ!! そんなことはどうでもいいんだよ!!」


 その間にも、港で命が失われ続けている。

 人々が泣き叫び、逃げ惑い、港中に悲鳴が反響している。瞬間、神表の表情が一変する。

 木刀を握る手に力を込め、「はあ」とため息をつく。


「とにかく! ここは、俺が──斬る!! さっさと逃げろ」


 そう神表が言うと、木刀が閃光を放った。

 そして目にも止まらぬ速さで。鋭い一閃が空を裂いた。

 すさまじい剣圧が吹き荒れ、

 翔太に迫っていた『濃霧』が一気に吹き飛ぶ。

 いつの間にか、死角から別の『濃霧』の塊が翔太の背に近づいていたのだ。


「あ、ありがとう」


 そしてその時、偶然にも『濃霧』の中にいた者の姿があらわになった。

 人間……否、人に近い姿でありながら、人ではないもの。金色の瞳をぎらつかせた影の群れ──


「出たな『ゴースト』」


『ゴースト』──。人の姿をしていながら、人ではないもの。生きる人形のような存在。正体不明の怪異。と、されている。

 それはほぼ見た目は人間と見分けが付きづらく、この街に住む人とそっくりな姿を持つ者もいる。


 神表はその群れの前に立ち塞がった。剣先で彼らを牽制する。


「さあ、俺さまが来たぜ。相手してやる。……姿かたちは水城市の市民。だが中身は空っぽ、暴虐を撒き散らすだけの亡霊人形。国際魔術会議ユニマコンが『ゴースト』と呼んだ、災厄の尖兵。お前らは、神の前で泣きわめくか? それとも“奇跡”に打ち震えるか?」


『ゴースト』たちは返事をしない。そもそもする相手ではない。

 やつらは両手を前に突き出し、じわじわと進んでくる。

 その姿はまさにゾンビそのものだ。


「そうだろそうだろ。俺が放つこの“魂の光”が大好物なんだろ。特に俺の魂は、お前らにゃ格別に美味そうに見えるはずだ」


 神表は無数のゴーストに囲まれ、なお笑う。


「だが教えてやる。“ない命”は“ある命”にはなれない。塵は塵だ。……それを俺が証明してやる!」


 神表は木刀を頭上に掲げ、叫んだ。


「行くぞ──黒姫くろひめッ! 力を貸せ!!」


 瞬間、木刀に神聖な紋章が浮かび上がった。

 それが激しく輝く。


 黒姫くろひめとは──長野に伝わる伝承の姫のこと。

 竜に求婚され、毒蛇を斬った剣を持つ伝説の姫君。

 その“龍すらほふる力”を宿した神器が今、神表の手の中にある。


 黒姫の輝きをまとい、神表が爆速で斬り払う。斬撃が四方八方に飛び散り、ゴーストたちの身体を叩き斬って吹き飛ばす! 影を裂くたびに霧が台風のように暴れた。

 その光景は、ただの高校生の翔太には現実のものとは思えなかった。


「ふんっ!!」


 腕が飛び、脚が飛び、首が舞う。血ではなく影の靄を撒き散らして倒れるゴーストたち。

 だが平然と立ち直り、再び襲いかかってくる。


「だろうな。……だが予測済みだ!」


 再び黒姫に力を込める。

 神表は翔太に叫んだ。


「早く行けぇえええッ! “かわいこちゃん”の王子さま! ここいらの『ゴースト』は全部、俺が引き受けたる 俺が……この俺さまが殲滅する!! 足手まといは早く逃げろってんだよ!」


 ──王子さまって……。

 こいつと話しているとなんだか調子が狂う。

 だけどこれだけは分かる。

 ──ホンモノだ……と。


 翔太は妹の芽瑠を抱きかかえた。

 それから美優は目を合わせ、頷きあった。

 背後では神表が神業のようにゴーストを薙ぎ払っている。

 それを背に、走り去る。


 だがこの時、翔太の胸に芽生えるのは“恐怖”だけではなかった。

 奇妙なたかぶり。

 恐怖ではない。

 悦びに似た何か──。

 なぜだろう。心臓は震えているはずなのに、魂の奥底はむしろ熱を帯びる。

 だが、不穏をまとうこの違和感を打ち破るように美優が叫んだ。


「危ない、ぶつかる! 翔太くん!」


 呼ばれた“名前”が、“声”が、胸骨の奥をコツンと叩く。

 この時、翔太は、春の教室の匂いまで、一瞬で蘇っていた。

 幼馴染の美優との久しぶりの邂逅かいこう

 だが四年ぶり。お互い、あまりもの変わりぶり。話しかけるきっかけがこれまではない。


 だけど皮肉にも今、こんな事件がきっかけで、”二度目の出逢い”を果たせている。

 翔太はかろうじて押し寄せる人の波をかわした。

 だが……!


  ──この夜はまだ“序章”にすぎない。



挿絵(By みてみん)

水城市・フェリー乗り場とフェリーターミナル

【撮影】愛媛県八幡浜市・八幡浜港

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― 新着の感想 ―
霧とゴースト…逃れられない恐怖という感じがすごいです。もうこの時点でホラー要素がすごくて、ドキドキしっぱなしです。今後どのように立ち向かっていくのかが楽しみです。
[良い点] エクソシストがUMAと戦うのかと思ったら、「ゴースト」なるものと戦うんですね。それでエクソシスト。なるほどです。 彼の使う術が魔法陣と五芒星、十字と複数要素混ざっているのが本作らしくていい…
[一言] ホラーが良い感じに怖いです 序章はゾクゾクしました
2023/07/02 18:30 退会済み
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