第34話 心霊探偵・瑚桃①
第34話
瑚桃イメージ
(まさか、うちのクラスからも失踪者が出るなんて、ガチで思ってなかった……)
星城学園・中等部。担任の声は落ち着いているのに、教室は重かった。
秋瀬瑚桃は前を向きつつ、胸の奥に冷たいざわつきを抱えていた。
窓の外は曇り、雨の匂い。
以前の『濃霧現象』では友だちの家族が亡くなった。
それに、「集団飛び降り」も翔太の隣のクラスだったから、他人事じゃなかった。
今度は自分のクラス。胸の底が沈む。
(こういう時だけ、背伸びしても中三のままなんだな、アタシ)
瑚桃は友達が多い。
笑えばすぐ輪ができるし、誰とでも“そこそこ”仲良くなれるタイプだ。
でも、本気で心を許せる子は、ほんの数人だけ。
その中でも翔太は特別。いや、“友達”のくくりで考えるのは間違っているかもしれない。
教室には泣きそうな子、机を見つめる子。
“涙をこらえる音”が分かる静けさだった。
胸の奥がきゅっと苦しくなる。
いなくなった男子と特別仲良しではなかったが、廊下で話すくらいの距離感はあった。
(やっぱ“大量失踪事件”って噂じゃなかったのかも。単なる家出じゃなさそうだし。あの子、家出するようなタイプにも思えなかったからなぁ)
スマホがブルッと震えて、校内一斉メールが届いた。
〈本日20時以降の外出自粛〉
町全体が“怖い話”みたいに変わっている。
帰宅中にも、商店のシャッターに【夜間の外出はお控えください】の赤紙。
防犯パトロール車のスピーカーが、濃霧注意と失踪の連絡先を繰り返し叫んでいた。
コンビニ前では、黄色い立て看板が風に揺れる。
【警戒レベル継続中 未成年の夜間外出禁止】
瑚桃は昔から空気を読むのが上手い。
読んだ上で“明るい子”を演じるのも自然にできてしまう。
ギャル雑誌で背伸びもするけど、ほんとは奥手で怖がりで、ちょっとだけ甘えんぼ。
それを隠すために“にぎやかさ”を着ている。
だけどさすがに、あの事件の後じゃ……。
「ただいま―……」
今日ばかりは萎えた。
それでも、自室に入るころには、少しいつもの自分に戻っていた。
(落ち込むの、似合わないし。……センパイの顔、浮かべよ)
そう思うだけで心が軽くなる。
(……こういう時こそ、翔太センパイにLINES。ぜったい気持ちアガるやつ)
ベッドに寝転んだ瞬間、ふわっと髪が広がって、画面の明かりがほっぺをほのかに照らす。
にへー、と笑う。
さて、どう切り出そうかな。
瑚桃はスワイプを始めた。自然に笑顔がとろける。
『センパイ、今夜、ひまですか? ひまですよね。だってセンパイだもん』
まずは様子見だ。
(このくらい軽いほうが、センパイは返しやすいんだよね)
ジャブだ。こももパンチの一撃だ。
センパイというちょっと変わった天然記念物の動物に「松ぼっくり」を投げて反応を見る。
返事はすぐに来た。
(うわ、チョロ♪)
だが。
『出雲通りだよ』
(……?)
なんだこりゃ。
どゆことそれ? どこそれ?
だがすぐに続きが来た。
『誤字』ピコン!
『いつも通りだよ』ピコン!
(ちょ、かわいいんだけど……)
ベッドの上で足が勝手にバタついた。
よーし、とLINESのやり取りを本格的に始めた。
『さてはセンパイ、アタシからの連絡だからって、手を抜いてるでしょ。ヒドみ濃縮還元100%なんですけど』
スマホの画面にキスしそうなくらい近づいて文字を打つ。
(既読つくの早……ほんとチョロかわ)
でも……。
『ごめん、ちょっと芽瑠がまだ寝ついてくれなくて』
(あー妹さんかー)
そりゃそうだ。妹さんと二人暮らしなんだから。
仕方ない。
それでも、ギャルたるもの、ここで引き下がるわけにはいかない。
『センパイにちょっとお願いしたいことがあって。実は、今日、アタシのクラスで失踪者が出たんですよね』
『噂で聞いてる』『男子生徒だってな』
二回に分けて来た。
『そうそう。ソレです。で、お願いって言うのは、アレなんですけど、どうですか?』
『アレ?』
『それぐらい気づいてくださいよ。アタシが好奇心満々乙女なのはセンパイもよく知ってるでしょ』
『いや、いきなり“どうですか”って聞かれてもな』
『どうですかは、どうですか、です』
『だから何』
『もー鈍いなー』
そしてこう続けた。
『もう分かるっしょ? 言うよ? アタシ…… “超・美少女探偵こもも” 参上なんですけど♡』
(……)
返事が返ってこない。何だろう。やりすぎた?
さすがにこんな時期に呆れられてしまったか。
不謹慎だったかもしれない。
だが数分後、ちゃんとメッセージは届いた。
『お前、まさか。その失踪した男子生徒を探しに行こうとか言い出すんじゃないよな』
来た!
瑚桃は急いで答える。
『言い出しますよ。ウケるぐらいクリンクリンに出しますよ』
『もう二十二時、回ってんだろ。危ないし、親御さんも心配するぞ』
『えー。でも今日、金曜日だしー。明日、学校お休みだしー。ってか、ツッコんでくださいよ。自分のことを美少女とか言った私が、超自分大好きナルシスト女子みたいになるじゃないですか』
『その通りじゃん』
『またまたー。センパイもアタシのこと、可愛いって思ってくれてるってことですよね。アタシの裸エプロン見たいですよね』
『やれるものならやってみろ』
『やりますよ? 本当にセンパイの家に行ってやりますよ? いいんですか?』
『いや、ごめん。俺が悪かった』
センパイは、いつものセンパイだ。
本当に、天然記念物だ。
瑚桃はうれしさのあまり、ベッドの上をゴロゴロ転がり回った。
センパイとの長いラリーだけは、どんな不安も追い払ってくれた。
どんな時でもセンパイと話をすると笑顔にしてくれる。
『それで~。アタシが美少女だって話は、秒だけ脇に置いておくんですけど、センパイ、ボディーガードとして着いてきてくれません?』
ついに本命だ!
だが、また再び、しばらくの沈黙が来る。
(ムムム……!)
瑚桃は追い打ちした。
『いろいろ探ってみたいんです。まずはフェリー乗り場、あとは、繁華街。本命は、諏訪崎の遊歩道』
返ってきた言葉は、瑚桃が想像したものとは違った。
『ふざけるな』
え……と、瑚桃は思った。
『お前……ここ数週間で何人いなくなったと思ってんだ。なんで危ないと分かって、夜に出ようとしてんだよ』
怒られた……。
てっきりセンパイの性格から考えておだやかに「やめとけ」とかぶっきらぼうに来るかと思ったのだ。
『でも、でも、人助けになるじゃないですか。犯人は捕まえられないまでも、その子、アタシが見つけられるかもしれないじゃないですか』
『人助けとか、そういう話じゃねーんだよ』
口調まで変わってる……。
『そういうのは大人に任しておけばいいんだ。警察だっているんだからさ』
『そんなこと言われても、アタシ、行きますよ。アタシ、別に夜に出かけるのそんな珍しいことじゃないし。やっぱりクラスメイトのこと気になるし』
『そういう正義感が強いところはお前のいいところだと思うよ。だけど、学校からも外出自粛が出てる。それに市内全体にも注意喚起が出てる。分かるな? 自分を危険にさらすような真似はするな』
『分かってますよ! でも』
『それに俺に、芽瑠を寝かせたまま置いて出てこいって言うのか?』
トクっ軽く瑚桃の心臓が跳ねた。
そう言われてみれば、そうだ……
テンションに任せすぎて、忘れてた──
『そこまで言えば分かんだろ。今日はここまでだ』
翔太には、会話を打ち切られてしまった。
しつこく、食い下がるか。
それとも、ここで引き下がるか。
……考えながらも、瑚桃は実は、ひっそりとうれしかった。
(なんだ、センパイ。ちゃんと怒れるんじゃないですか♪)
しかも、その内容は、アタシの身を案じてくれていること。
胸の奥がじんわり熱くなり、手の指先までぽわっと温かい。
“怒られた”はずなのに、どうしようもなく嬉しい。
両親を亡くし、再び水城に帰ってきた翔太はなんだか元気がなく見えていた。いつも、どこか上の空のように感じていた。
それが……。
(心配してくれた)
ちょっと自分が翔太の特別な存在になっているかのようで、気持ちがたかぶる。
(うれしい)
ハッキリ言葉で思ってしまい、そんな自分に気がついて、瑚桃は慌てた。顔が真っ赤になった。
(いや、ダメダメ。そんなことで浮ついていちゃ)
頬をパンパンと叩いて気合を入れる。
実は、最初から瑚桃は心に決めていたのだ。
家出なのか誘拐なのか……。例えそんなに親しい関係じゃなくとも、自分にとって大事な男子じゃなくても、でも、泣いている子たちがいた。
アタシに何か出来ることはないか。ちょっとでも人に役立てることはないか。
いくら雑誌を読んで大人っぽく見せてても、中学三年生は……まだ中学三年生だ。
幼かった。“怖い”より“やれる自分”を選んでしまう。
十四歳。好奇心がとにかく強い。
(心配してくれて、ありがとね、センパイ)
瑚桃はそう微笑み、外出用の服の物色を始めた。
あまり目立たない色で、かと言って、人に見られてもおかしくない服装……。
オーバーサイズのデニムジャケットにサーマルパンツ。
中のブラウスだけ甘いチェックで、“背伸び”と“かわいさ”を両立したコーデ。
鏡の前でくるりと回ると、
太ももにふわっと影ができて、
(十四歳って、こういうのが一番“キマる”んだよね)
と自分で思ってしまう。
「よし!」
そして台所で洗い物をしてる母にこう言って、お気に入りのスニーカーを履いた。
このスニーカーは軽く、走りやすい。
瑚桃なりの、念の為の、「装備」だ。
「お母さん、ちょっと友達の家ね〜。社会のノート貸してって言われたの。すぐ帰るから!」
キッチンからの食器の音が止まり、
「だめよ!」
空気まで固まるような鋭さだった。
「あんた、分かってるの? こんな時に夜間外出なんて許せるわけないでしょ!」
思った通り。
だが、瑚桃には、自分だけは大丈夫という、無根拠な自信がある。
この年齢の割には、育ちすぎたお花畑な脳内。
鏡の前、前髪クリップを歯でくわえてちょんちょん整え、二重結びした靴紐を親指でぎゅっと押す。
「近所だし、すぐ帰るから~!」
「こ、瑚桃、ちょっと待ちなさ──!」
本格的に止められる前に外に出る。
そして、ぺろりと舌を出す。
幸いにもこの町は広くない。
(30分──、いや、15分ぐらいだけだから! フェリー乗り場か、繁華街。両方、人はいるし、アタシなら大丈夫っしょ!)
そう、自分に言い聞かせる。
でも一応、親友とセンパイに位置共有をON。
防犯ブザーを親指に。
イヤホンは片耳だけ外した。
これも、あくまで念の為。
夜の空気は、思ったより冷たかった。
──この“無鉄砲な一歩”が、彼女の世界をどこまで変えてしまうのかもしらずに。
昼間に海に見える諏訪崎
【撮影】愛媛県八幡浜市の湾を形成する1つ・諏訪崎。舌田地区から宇和海に向けて伸びる、約2キロの自然休養林。四季折々の花々で彩られ、春時は桜の花びらで自然のカーペットの上を歩ける。




