第1話 終わりのはじまり
舞台の街のモデルは愛媛県八幡浜市です。魚と蜜柑が美味しい港町です。
夢はこの作品で、八幡浜市の町おこしをすること!
またこのプロローグ部分は物語設定などの説明にもなっています。どうぞこちらを読んでいただき、本格的に物語が始まる第一章へとお進みくださいませ。
第1話
【撮影場所】愛媛県八幡浜市・フェリー乗り場
夕暮れ雲の空を背景にフェリーとターミナルビルが見えていた。
そのビルの屋上には──あってはならぬ光景。
屋上の縁にズラリと並ぶ高校生たちのシルエットがあった。
「か~ごめ、か~ごめ」
唐突に、童謡の合唱が夜気を裂いた。
「か~ごのな~かの、と~り~は~、い~つ~い~つ~で~や~る~」
夕陽に染まった空を背景に、無表情で歌うシルエットの列。
その異様な声に気づいたフェリー客や通行人が顔を上げる。
――この直後、あの惨劇が起こるとは、誰一人として想像できなかった。
「よ~あ~け~のば~んに、つ~るとか~めがすうべった~」
そして。
「うしろのしょ~め~ん、だ~れ~……」
歌い終わると同時に。
十数人の生徒たちは、一斉に。
揃って。
縁を蹴り、宙へと飛び出した。
海に沈む夕陽。オレンジ色の雲。
その鮮烈な背景を背に、黒い人影が次々と――
パラパラと屋上から舞い落ちていく。
──「やたら、ゆっくりと時間が流れているような気がしました」
後日、そう語る目撃者もいた。
影法師が、何事もない顔で降ってくる。
やがてそれは、耳をつんざく悲鳴と、肉が潰れる破裂音と重なった。
ビシャビシャッ! ビシャッ!!! ビシャァァァァッ!!!
中でもひときわ大きな影――教師か誰かの巨体だろうか――が、鉄塊のように叩きつけられた。
「いやあああああああああああ!!!」
その絶叫も、巨影の質量に押し潰されるように消えていった。
◆ ◆ ◆
──だが、この夕方の惨劇は、
なにも、突然空から降ってきたものではない。
実際、そのフェリーターミナルで働く職員は、新聞の取材に、こう答えていた。
「やっぱりほら……。突然起こったでしょ、アレが。それも関係しているんじゃないのかしら。やっぱり”呪われてる”のよ。この地は──」
*
*
*
そう。そのわずか一日前の夜更け前。
その日の港は、静けさの中に旅への期待を湛えていた。
到着を待つトラック。観光客を乗せた車の列。
フェリーを眺めて手を振る人々。
三方を山に、一方を海に閉ざされた街。
空海すら「人里なし」と見逃した秘境。
四国遍路の道筋すら歪めた、隠された里。
それが──水城市だ。
春だというのに肌寒い快晴の夜だった。
「何も心配いらないわよ、お父さん」
ターミナル屋上で、海野美優はスマホを耳に当てていた。
星空の下、イラクから掛かってきた父――考古学者との通話だ。
潮風が髪と首筋を撫でる。
胸下まである黒髪がふわりと揺れ、真っ白なうなじがのぞく。
強い風が吹き、スカートの裾が大きく翻った。
下着が見えそうなほどだったが、美優は気にも留めず通話を続ける。
それゆえだろう。
鍛えられた脚線美が照明に照らされ、夜の中で静かに際立った。
「それよりどうしたの? こんな時間に。珍しいじゃない」
『いや、またしばらく帰国が遅れそうなんだ。すまない美優』
「研究かあ……」
美優は、やっぱりといった口調で続けた。
「そっか。分かった。また何か大発見したんでしょ」
『まったくもってその通りだ。それも、神と悪魔の定義が変革されるほどの、ね』
大きく出たものだ。
美優の眼前には、水城市の海。ちょうどカーフェリーが到着したところで、自動車を陸へ渡すためのランプウェイが落ちつつある。
それを見つめる凛とした瞳。整った顔の作り。やや男勝りな雰囲気。
特に胸下ほどの長さの黒髪は、彼女の自慢だ。小さい頃から両親に「美優の髪はきれいね」「緑色の髪というんだな、こういう黒髪は」と褒められてきた。
美優はその両親が大好きだ。
だが現在は、父母ともに多忙でほぼ別居状態。淋しいが、それを漏らしてしまえば心配をかけてしまう。美優は両親と話す時は常に笑顔でいるよう努めていた。彼女なりの親孝行だった。
父の声を聞きながら、なんとなく胸がほぐれていく。
その最中にふと、美優の視線が止まった。目が吸い寄せられる──
待合デッキの端。そこで、少年が小さな女の子の靴紐を結び直してやっていた。
背丈は特別高いわけではないのに、どこか“遠くなった”ように見える。
ほどけないように指先で結び目を確かめ、そっと手を離す。
北藤翔太。そして、その妹・芽瑠だ。
(え……翔太くん? だよね……。でもどうして、こんな時間に……?)
その翔太が身を起こす。妹に「ほら」とでも言うように軽く笑う。
風に揺れた翔太の髪。それが突如、あの日と重なった。
胸の奥で、忘れていた痛みが、そっと息を吹き返す。
やけに鮮明に。
やたらとハッキリと。
小学四年だった、あの時──小学校の廊下の脇。水飲み場の近く。
その日も、翔太は大勢の同級生に囲まれ、いじめを受けていた。
「調子乗ってんなよ」「なんだよ、その顔」
尻もちをつき、無遠慮に伸びる足を受けていた。
それでも、声を上げることも、泣くこともせず、ただじっと空を見ていた。
そのとき。
「あんたたち、くだらないこと、やめなさいよ!」
──黒髪を揺らし、腕を組んで立つ自分。
「うわ、海野だ!」「ちっ! 逃げるぞ」
逃げ散っていくいじめっ子たち。
ぽつんと残された翔太。
そこへ差し出した自分の手。
「立てる?」
(あの頃の翔太くんは、私より十センチも小さかった)
──翔太を見下ろしていた頃の自分の視線。
(だからかな。でもそれだけじゃない気がする。今は……どうして、こんなに遠く感じるんだろ……)
胸の奥が、かすかに熱くなる。
けれど四年ぶりに再会できたというのに、一ヶ月経った今も、なんだか話しかけられていない……
それでもやっぱり、目が離せなかった。
四年前のあの日から、ずっと。
──私の心に。
その翔太が今いる、二番桟橋の隅。
思い出と、モヤモヤした気持ちを抱えたまま、
その光景を美優は目に焼き付けてしまう。
ピコン、ピコン──
そのときだった。
父から画像が届いたのは。
獣の顔。トサカのような角。
背には四枚の不気味な羽。
「パズズね」
『ああ』
映画『エクソシスト』にも登場する、有名な悪魔。
幼い頃から神話と遺物が身近だったから、美優はすぐ理解した。
(悪魔の画像で“家族の時間”を思い出すなんて……我ながら、変な話よね)
父はうれしそうに語り始める。
『パズズは悪神だが、そもそもこの地に吹く季節風を神格化したものだという説がある。それにね、この地の人たちは過去、このパズズを悪神を追い祓う悪神として信仰もしていた』
「知ってる。子どもの頃、お父さんが話してくれた」
『とくに有名なのが、出産の悪霊リリトゥから母子を守る姿』
「リリトゥ……ユダヤ教でいう『リリス』ね」
『そうだ。“恐ろしい顔をあえて見せて脅す”。そうやって信仰もされていたから、パズズの像の出土自体は珍しくない。だが、先日、川底の調査をしていたら、このパズズ像が大量に並んでいた。それも数百メートルを埋め尽くす数だ』
水底に眠る悪神の軍勢。
想像するだけで息が詰まる。
『川底を覆うように数百メートルもの行列。──まるで封印の結界』
父の語るその光景に凍りつく胸。
水底に眠る悪神の群像。それは出土品でも、ただの信仰の遺物でもない。
……不気味だ。
「まさかそれって、あの伝説の都・アッカドの?」
『そう。アッカド帝国の首都──いまだ場所が特定されていない“幻の都”だ』
父は肯定した。
学者としての誇りと、
娘が同じ高さで語り合える喜びが美優にも伝わる。
──頬が、ふっと熱くなる。
『そこで発見されたパズズの結界──あれは、民たちが、何かから必死に抗った痕跡ではないかと踏んだ』
「抗った……? 飢饉? 災厄? それとも……」
『アッカド帝国は干ばつで滅んだとも、都市機能を失って滅んだとも言われている。そのチグリス・ユーフラテス川で発展した文明が、何か災禍を退けるために幾多のパズズ像を、その恩恵の源である、いわば、“聖なる河”に設置したと父さんは見た。それが何を意味するか。……それ……は……』
(あれ……? 電波が……)
──珍しい。こんなこと滅多にないのに。
そう思いながらも、美優は父の弁舌に割り込む。
「当ててみせましょうか? アッカドの首都はいまだ分かっていない。パズズの結界が敷かれているなら、その近くに遺跡が眠る可能性がある……お父さんはそう睨んだのね」
『ビンゴだ、美優』
美優は胸の奥が熱くなるのを感じた。
父とこうして神話や遺跡について語り合い、互いに知識を響かせ合う時間──それは、孤独を忘れさせてくれるかけがえのない絆そのものだった。
『だが美優……おそらく、これは偶然じゃない。パズズ像の出土は“再び訪れる何か”の前兆だ』
「“再び”……?」
父の声が震えた。
その瞬間。
通話が、不自然なノイズを混ざらせて乱れる。
ジ……ジジ……
『……アッカド……首都……見つ……ば……』
『……そこに……“何か”が……』
声が“誰か別の存在”と混ざり合い始める。
美優の呼吸が止まる。
『……シュメ……ール…………』
プツン。
静かすぎる切断音。
画面には「通話終了」の無機質な文字が浮かんだ。
(何これ……。シュメールって言った……? 古代文明じゃない。それに……さっきのあれ、本当にお父さんの声……?)
胸の奥底から湧き上がるざわめき。
美優は思った。
何かと混じった父の声。
父の言う、“前兆”。
──それは、もう“始まっている”のかもしれない。
直感だ。確証はない。
けれどなんだろう、このどうしようもなく胸に押し寄せてくる、
──哀しみは……
自分でも理由が分からないまま、あの背中を確かめたくなった。
(さっきまで世界の終わりみたいな話を聞いていたのに──真っ先に浮かぶのは、どうしていつも翔太くんなんだろ)
欄干から身を乗り出す。
もう一度、あの場所へ視線をやろうとする。
暗い。でも確かあの辺り……
その直後だった。
港の灯りが一度だけ揺らぎ──
海が、低く、うねった。
(え……何……!?)
思わず見た夜の波打つ海原に、白い光が走る。
海底の“誰か”が寝返りを打ったみたいに。
そして──
ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ……!
夜空を裂くサイレン。
「まさか、これって」
狂気そのもののように街を包み込むそのサイレンの音。
父の言葉で言う『濃霧現象』を告げる音。
この町に訪れる“死の災厄”。
本来ならば数百年に一度。
──嘘! 一ヶ月前にも遭ったばかり!
その前は十六年前。
ここまで短い間隔で、“これ”が訪れるのは、記録上ない。
海鳥が飛び立つ。犬が吠える。
『濃霧警報が発令されました。外出している人は、すみやかに自宅にお帰りください。繰り返します。濃霧警報が発令されました。外出している人は、すみやかに……』
夜のリアス式海岸の岬を、
どす黒い霧が呑み込んでいく。
父の言っていた“前兆“の言葉が鼓膜の奥でこだまする。
「こんなことって……」
──ダメだ……!
とにかく、逃げなければ――
そうしなければ、あの霧に……
喰われるッ!!
キャラクター名:海野美優
イラスト:岡虎次郎 様(@oka_kojiro10)
この作品が有名になって聖地巡礼など行われるのが夢です。
応援したいと思ってくださる方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ☆よろしくお願いします。
していただいたら作者のモチベーションも上がり、もっといいアイデア浮かぶかもしれません。
ぜひよろしくお願いします!




