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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第三章 蝿の王編

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第216話 殺戮の姫君より【壊】──やさしさの色

第216話


 空気が薄くなる。背中が椅子と一枚に張りつく。床の柄が遠ざかる。紅茶の表面に、小さな泡が一つ生まれ、はじけずに、沈んだ。


「違う!」と乃々は首を振る。振った回数だけ、世界がぶれる。「違う、違う。私じゃない。波が、悪い。風が。運が。あの時、誰かが――」

「あなたが、いなかった」と美優。「それが事実」

「乃々が、席を外した」と翔太。

「あなたさまが、嘘をついたからでございます」とデル。


 重ねるごとに、テーブルの脚が一本ずつ消えるみたいに、均衡が変わる。乃々は視界の四隅を探した。出口はない。窓の外は、曇天の白で塗りつぶされ、紙の裏が透けたみたいに薄い。


「それでも」乃々は、ほとんど声にならない声で言う。「それでも私は、そのあと、ずっと……」


「救った」美優が微笑む。「そう。救ったわ。たくさん。いくらでも」


 翔太が続ける。「救いは、気持ちがよい。だからこそ、罰になる」


「罰を甘く溶かして飲む方法を、人は“優しさ”と呼ぶことがございます」


 デルは蔑視するように言った。


 逃げられない椅子。動かない床。重ならない鼓動。


 美優はゆっくりと腕を伸ばし、翔太の首の後ろに回した。二人の額が触れる。髪が混ざる。美優の指が、軽く髪を掬い、ほどく。うなじの産毛が立つ音まで、乃々には聞こえた。


(見ないで! 見たら壊れる)


 弟の赤い服が、紅茶の底で揺れている。揺れながら、泡になって、裏返りながら数字になる。


 BOOT> SAFE_MODE

 SIGIL_SCAN…

 ACCESS: GRANTED

 PORTAL.INVOKE scope=LOCAL

 SUBJECT: NKF-666/SHOTA

 ECHO "Nono" :: "HELP"

 ERROR: TRACE_DEPTH EXCEEDED

 ERROR: GUILT_CONFLICT DETECTED

 ERROR: SAFE_MODE OVERRIDE PENDING


「乃々さま」デルがそっと言う。「いまなら、まだお戻りになれます。“違う”と仰るだけで」


 乃々は口を開いた。出てきたのは、違う、ではなく、空気の音だった。


「ねえ」美優が囁く。爪の先で、翔太の喉仏を軽く撫でた。そのたった一筋の動きが、部屋全体の温度を半度だけ下げる。「私たちの仲に嫉妬してるみたいだけど、そんな資格、あなたにあるの? だって大切なのは――」


 美優の唇が、紅茶よりも赤く見えた。匂いは甘いのに、色は深く、冷たい。


ERROR: ACCESS-POINT//BREACH

SIGNAL_LOKI::CONNECTED

ECHO[YOU]: "SHALL WE PLAY?"


LOKI> INITIATE MEMORY REVERSE

ERROR: TRACE_LIMIT=∞

ERROR: YOU ≠ YOU

ECHO: "そのやさしさ、だれのため?"


ERROR: EYE_CONFLICT::SHOTA

ERROR: GUILT_OVERFLOW

ERROR: GUILT_OVERFLOW

ERROR: GUILT_OVERFLOW


LOKI> smile=True

LOKI> "赦しとは、いちばん静かな殺し方だよ。ねえ、ノノ。"


ERROR: LOOP_DETECTED

ERROR: LOOP_DETECTED

ERROR: LOOP_DETECTED


<EXTRA CODE: TRICKSTER> ERROR: PERSONALITY_SPLIT


L0KI> //「さあ、“助ける君”と“落ちる君”、どちらを残す?」//


「あなたのその優しさ、少し違う色に見えるの。……ねえ、その罪を、だれかに告げられた?」

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