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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第三章 蝿の王編

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第197話 左腕の代償

第197話


 ついにロキの背後を取ったベールゼバブ。

 ベールゼバブによる飢餓の双刃(ハンガーデバウアー)での剣戟けんげきのフルパワーは、一撃で1500メガトン。

 比較するなら、広島型原爆が約15キロトン。

 ベールゼバブの一振りは、それを1億倍以上も凌駕する。


 この力が都市を襲えば、一瞬で半径200キロメートルが蒸発するだろう。

 大地は焼け焦げ、山脈はその輪郭を失い、海さえもその場から吹き飛ぶ。

 だが、それはほんの序章に過ぎない。


 彼の本当の恐ろしさは、一撃一撃が地球そのものも標的とできる点だ。

 剣から迸る衝撃波は、地表から地殻を貫き、マントルへ到達する。

 マグニチュード15以上の超地震を同時に数百発起こすかのような効果だ。

 これは大陸を一つ跡形もなく消し去るだけでなく、地球自体を回転軸からわずかにずらす恐れさえある。


 さらに相手の生命を吸い取るデバフが付与できる。

 相手が神であろうと、この一撃を受ければ、無傷では済まない。


 ただ、ロキの固有結界によって今、ベールゼバブの能力は相当、弱体化している。

 それでも、このベールゼバブの一撃はロキを慌てさせるには十分だった。


 レーヴァテインで受け止めるのが間に合わないと見るや、体を捻り、最速の逃げを打った。

 だがただでは逃げられない。


 左腕と引き換えだ。


 瞬時にしてロキの左腕は蒸発した。

 同時にロキの固有結界に再現された水城の街も消え失せていく。


 ロキが左腕を犠牲にしたには理由わけがある。

 完全に避けきってしまえばメガトン級の大地震が発生してしまい、この固有結界を維持できなくなるからだ。


(固有結界を張れるのは、よくて一日に1~2回。それ以上張ると、戦うだけの魔力も力も失ってしまう。一度、固有結界を貼った以上、これを破られるわけにはいかない……!)


 左上を犠牲にしたことで、飢餓の双刃(ハンガーデバウアー)により、ロキの生命力が大幅に削られた。

 だが、まだ余裕はある。

 ロキは蒸発してしまった左腕に魔力を込める。

 周囲の空間が歪み、空間は急激に形を変え始めた。

 最初は骨のような白い構造が浮き上がり、それに絡みつくように赤黒い筋肉が形成されていく。

 筋繊維が絡まり合い、まるで何百匹ものミミズが一斉にのたうつような不快感を伴って、その形状が明確になっていく。


「なるほど。左腕一本で、我が必勝の一撃を緩和したか」


 ベールゼバブもこれには驚いているようだった。


「困ったものだ。アレを出すには必殺じゃなければならないっていうのにな……」

「いや、驚いたぞ」


 ロキは答える。


「腐敗などの自らの能力ではない純粋な暴力で仕掛けてくるとは」

「狡知の神・ロキを倒すのに、からめ手は得策とは言えまいよ」

「確かに。からめ手は、我が最も得意とするところ。それを見越しての純粋な一撃。どうやら真剣に向き合わねばならなかったのは我のようだ。非礼を詫びよう」

「はっ! らしくないな」


 ベールゼバブはそう言って再び飢餓の双刃(ハンガーデバウアー)を構える。


「アレをかわされた以上、俺もとりあえずこの場からは失礼したいところだ。なんせ相手はロキ。誰もその考えを読めぬ厄介者。俺に詫びると言いながら、すでに結界の再生を始めているではないか」


 そのベールゼバブの言葉通りだった。

 蒸発した水城市が、不思議な力で少しずつその姿を取り戻し始めている。

 ベールゼバブが切り裂いた病院もそうだ。

 光の粒子が一気に集まり、それはすでに元の形を型どりつつある。

 それだけではない。

 ロキとベールゼバブ、その周囲には再び、霧のようなものが漂いつつあった。


「いいや、逃がすまいよ」


 ロキはニヤリと笑った。


「そちは逃さん。危険すぎる。ここで勝負を決めておきたいところだ」


 その言葉を放ったロキの顔の前をひときわ濃い霧が流れていった。

 ベールゼバブが恐怖を感じたのはまさにこの時であった。


 いつの間に、だろう。


 ベールゼバブは囲まれていた。

 霧の中にいる人影に。


「ま、まさか。貴様……」


 ベールゼバブは目を見開いた。


「そんなこともできるのか……!?」


 ベールゼバブを取り囲んでいた人影たち。

 霧の中のその人影たちはすべて。


















 ロキだった。














 10体はいるであろう。

 分身の能力があるのか。

 いや、これは……。


「お察しの通りだ。魔界のプリンスよ」


 そうロキは笑う。


「これは俺の『ゴースト』たちだ。俺は、この霧をあやつって、自らの『ゴースト』を作ることができるのさ」


 一斉に、ロキの『ゴースト』たちが霧の中からクスクス笑いを始める。

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