第196話 破られた策略
第196話
剣の持ち主の肉体の速度を早回しのように急激にアップさせ、さらにはその刃に触れた者からエネルギーを奪っていく、チート級の二対の短刀「飢餓の双刃」。
だがそれを持ってしてロキはベールゼバブをさらに上回る。
(──なるほど……そうか……)
倒れそうになる上半身を必死に腹筋で支えつつベールゼバブはある可能性に気づく。
(あやつは力のコントロールという面で誰よりも抜きん出ている。いや寧ろ、強力な攻撃を放っておきながら、飢餓の双刃に吸収される力の分を計算し、ちょうどいい塩梅に調整している。つまりコントロールや力の計算をせずとも済むから逆に楽をしている。……器用なヤツだ)
背後でロキの青い髪と青い肌が、地獄に咲く花のように真っ青に燃えたように感じた。
(つまり、この戦いで力をセーブしているのは俺だけ……)
ベールゼバブはすっと背筋を伸ばし、そして素早く背後に向きを変えた。
(もう少し、上のLEVELにまで攻撃を増さねばならぬ)
と、同時だった。
ベールゼバブは飢餓の双刃の一刀を、これまでよりさらに大きな力で横に薙ぐように振った。
その衝撃波で、ベールゼバブから半径20メートルほどの濃霧が一気にシュッと吹き飛ばされる。
目くらましともなっていた霧がいきなり周囲から晴れ、ロキの眉がぴくりと動いた。
「ふふ……やはりそうか。ロキよ」
ベールゼバブはニヤリと笑った。
「貴様、俺が気づかぬ間に、霧を利用して俺を固有結界へと引き込んだな?」
図星だった。
固有結界。それはある種の神や悪魔が用いる異空間転移だ。
結界といえど固有というからにはさまざまなタイプがあり、対策もそれぞれ違う。
ロキの固有結界がどのようなものか、ベールゼバブも知らないが、ある程度タイプ別での判断はつく。
(おそらく敵の弱体化。周囲を模してそれに気づきづらくさせるもの。それ以外にも何か……)
固有結界に引きずり込んでいたのがバレてもロキは表情一つ変えなかった。
まるで、ベールゼバブがそれに気づくのさえ彼の計算であったかのように平然とベールゼバブを睨めつけている。
(なるほど。バレても痛くも痒くもないということか)
ベールゼバブは現状を把握しようとした。
(濃霧のせいで気づかなかったが、今、俺がいるこの場所は、先ほどまでいた大きな三叉路によく似せたニセモノの街。いつだ。いつ、この固有結界に連れ去られた……)
その時、ある違和感に気づく。
(わかったぞ。あの時だ。空中戦で俺が上空に蹴り上げられた時。俺が飢餓の双刃を出す直前……。なるほど……これまでうまく飢餓の双刃の力が利用できたわけだ……)
ベールゼバブが飢餓の双刃を出した時、すでにベールゼバブは、ロキが持つ固有結界へと引きずり込まれていた。
そしてその時点で。
(――俺は、弱体化させられていた……)
わかってしまえば単純だ。ロキの力のコントロールがうまかったのも、ロキが自らの固有結界におり、その能力を引き上げていたから。同時にベールゼバブにデバフがかかっていたからだ。
それに、ラミエルらの姿どころか、魔王ベレス、あの忌々しき666の獣も姿を消している。
ここは先ほどまでいた場所とよく似た別の空間。
騙されていたのだ。
ロキに。
北欧神話きっての……。
いや、世界中の神々のなかでも……。
最も狡賢い戦いをする者に──!!
「ここが結界内とわかってしまえば、どうということはない」
「ほう。して、どうする?」
「貴様の結界、まずは分析させてもらおうか」
じわじわと戻って来る濃霧の輪のなか、一瞬で、ベールゼバブの姿が消えた。
「…………!?」
その速度はさすがのロキの目でも追えなかった。
だが、かろうじて。
──“殺気”を感じた……!
ロキはレーヴァテインを頭上に構えた。
そこに飢餓の双刃の二刀の斬撃が落ちる。
いきなり目の前にまで移動していたのだ。
(速い……が、かろうじて躱せたか……)
ロキはすぐさま、レーヴァテインを横薙ぎにして、ベールゼバブを撃ち落とそうとする。
だが気付いた時には、もうその攻撃は飢餓の双刃の一刀で受け止められていた。そして残るもう一刀。その刃はロキの首を落とそうと迫っている。
(ギアを上げたか……!)
そう。
ベールゼバブはここがロキの固有結界と知り、能力を開放した。
ここが固有結界ならば、街ごと破壊してしまってもなんの問題もないからだ。
なんなら結界自体を崩壊に導くことも……。
――それが、地球滅亡……災害クラスLEVEL9!
飢餓の双刃の一刀がロキの首の皮を切り裂く。
それでもロキは上半身を必死に反らして、皮一枚で避ける。
そしてさすが強大な神の一柱といえよう。同時にレーヴァテインに命じていた。
「――焼き尽くせ!」と。
急激にスピードを上げたベールゼバブの動きは早過ぎ、まだ目が慣れないでいる。
ならば、とりあえずこの一帯を焼き払えばいい。
レーヴァテインの矛先の炎が巨大な火柱を上げた。
だがこの爆炎の中にベールゼバブの姿はすでにない。
ロキの背後には白亜の五階建ての病院がそびえていた。
これで背後からの攻撃はなし、とロキは思っていた。
だが。
光の筋が入った。
何本も。
その病院の、白い巨塔が。
切り裂かれた。
「――な……!?」
背後からの奇襲はないと決めつけていたことが仇となった。
ベールゼバブは最初から背後を狙っていたのだ。
手にした飢餓の双刃で白亜の建物をまるでケーキか何かのようにバラバラにし。
ようやくこちらを振り返りつつあるロキに向け、生命をも吸い取ることのできる飢餓の双刃を振り下ろす!




