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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第三章 蝿の王編

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第188話 不良vsゴブリン

第188話


 再び路線バスの中──。


「なるほど。倒せないわけではないな」


 そう言葉を発したのは宇和島第三の疋田麗央ひきたれおだった。

 剣士・今井咲の「突き」によって気絶したゴブリン……その状況に麗央は勝機を見出していた。

 相手はファンタジー世界の出てくるモンスター。

 ゴブリン。

 だが。


 ――たとえ人間でも、モンスター相手にしっかりとダメージは与えられる……!


 麗央の目つきが変わった。

 そして変わるや否や、制服の上着を脱ぎ、手にぐるぐると巻いた。

 バスが転がったせいで今や天井になってしまった側面の窓ガラスを、ゴブリンが懸命に破ろうとしている。次々とガラスが破損していく。

 そんなことお構いなしに麗央はつかつかと、先程ゴブリンが侵入した窓ガラスの下へと歩いていった。

 ゴブリンは先程の今井咲の攻撃に警戒して、このガラスの穴をさらに大きくしようと石斧を振るっている。


 麗央は横倒しになった座席シートに上った。

 そして制服を巻いた拳を思い切り振りかぶった。


「ちょっと待って! 何してるの! そんな危ないこと……!」


 水城学園の保険医・原田先生が止めようとするその声を無視して。

 疋田麗央は、その拳を思い切り。

 穴の空いたガラス窓へとぶつけた。


 ……いわゆるバス窓は強化ガラスやラミネートガラスが用いられている。

 これらは万が一、割れたとしても破片が飛び散りにくいという特徴がある。

 強度は一般的なガラスの約3倍。

 中間膜があるため、例えば車のフロントガラスのように、よほどの力を与えないと穴が開かないよう設計されている。


 そのバス窓が。

 ゴブリンが一度、石斧で穴を開けたとはいえ。


 疋田麗央の拳で。


 人間の拳が。


 一気に貫いた!


「なるほど。一発では無理か……」


 そう言うと麗央は次々とバス窓に拳を繰り出した。

 中間膜があるため部分的にしか穴は開かなかったがそれでも。

 ついには人一人が抜けられるほどの大きさの穴を自力で作り出した。


 これには拳自慢の野津俊博のづとしひろも驚きを隠せなかった。

 なるほど。

 こんな拳を喰らったら俺も立てなくなるわけだ……。


 普通ではあり得ない、人の拳によるバス窓破り。

 この光景を目にして原田先生も思わずぺたんと尻餅をついた。


「へへっ。おもしれー。怪物退治か……」


 寺沢龍雅が手にした金属バットを手に、麗央に続く。

 麗央はすでにその破ったバス窓からよじ登り、ゴブリンの群れと対峙している。

 龍雅の動きは素早かった。

 あっという間にガラスの穴をするりと抜け、麗央の背後に立った。


 これを見て野津も意を決した。


 まずはこのゴブリンたちを何とかしなければならない──!


「高木、今井!」


 野津は後輩の高木、剣道部の今井咲に声を掛ける。


「あと小野山!」


 鼻を骨折している小野山がそんな野津を見た。


「この穴から入り込んでくるゴブリンは任せたぞ……」


 言うと同時に、ガラスの穴から身を乗り出す。

 両手で自身を支え、無防備になった頭へ、ゴブリンが石斧を振り上げる。


 だが。


「よっしゃあ!!」


 龍雅が振り抜いた金属バットで、野津を襲おうとしていたゴブリンたちはすべて薙ぎ払われた。


「あ、ありがとう……」


 そうお礼を言う野津に龍雅はニヤリと笑って言う。


「こいつら。数が多いだけだ。腕力は並の人間と同じぐらいってところか」

「そ、そうなのか……?」

「ああ、ただ。斧と爪、噛みつきに気をつけろ。それだけ注意していれば……」


 と再び金属バットを振りかぶる。


「脆さも人間と同じぐらいだ……」


 龍雅が振り下ろした金属バットの下で、一匹のゴブリンの頭が、無惨な形となって潰れていた──。


 これをバスの中で傍観していた黒尽くめの長髪の青年と少女が言う。


「ねえ。バラキ。()()はいいの?」

「放っときなさい、ラミー」


 そしてバラキと呼ばれた青年はニヤリと口角を引き上げた。


「ついに、ヤツが()()し始めましたよ……!」


 ◆  ◆  ◆


 麗央の拳がゴブリンの顔面へと深々と突き刺さる。

 そのたった一発でゴブリンは血反吐を吐きながら沈む。

 倒れたゴブリンを麗央はバスの下へと蹴り落とした。


 ――これは、ハンマー級の威力だ……と野津は思った。

 あの強化ガラスであるバス窓を拳で破ったのも驚いたが、ほとんど一発でゴブリンを倒している。

 驚嘆すべきことは、彼が格闘技などをかじった雰囲気もないことだ。

 ただただ、突っ立っているように見える。

 そしてろくな構えもすることなく、とんでもない威力の拳を放つ。


 さらにはそのスピードだ。

 なぜ、あんな体勢からあれだけとんでもないスピードの拳が繰り出せるのか。


(……天才、というやつか……)


 次々とゴブリンを素手で倒していく麗央の姿に、野津は恐怖すら覚えた。


 一方で龍雅はまるで嬉々として暴れまわっているように見える。

 金属バットでゴブリンを叩き潰し、薙ぎ払い、やりたい放題だ。


 二人とも喧嘩慣れしてるなんてものじゃない。


(もし、この二人がかりで、元崎もとざきさんが戦ったら……)


 水城学園のNo.1にして愛媛県にもその名が轟いている元崎恵もとざきめぐみ

 その元崎ですらこの二人相手には敵わないのではないか……?

 野津は思わず震えた。


 だが今は物思いに浸っている場合ではない。

 腰ほどの大きさのこの小さなモンスターは石斧を振りかぶって次々と襲ってくる。

 だがリーチが短い分、蹴りで十分、蹴散らせる。

 怖いのはその数だ。

 次々とバスによじ登ってきて、倒しても倒しても逆に増えていっているように感じる。

 これではキリがない。


 野津は一匹のゴブリンの両こみかみを親指と中指で掴んだ。いわゆるアイアンクローだ。

 野津俊博、その握力は150キロ以上。

 そのままゴブリンを持ち上げ、振り回して周囲のゴブリンたちをバスの下へと落としていく。

 野津に掴まれたゴブリンも最初は暴れていたが、ついには白目をむいて口から泡を吐いた。


 ──俺でも十分に戦える……!


 濃霧がたちこめる中、不良VSゴブリンの群れというあり得ない光景が広がっていた。

 だがそれも終りを迎えることになる。


 この「終わり」は、そこにいる誰にも、予想がつかなかった。


 それは、あまりにも、突然だった。


 突如、バスの上にいたゴブリン、その周囲を取り囲んでいたゴブリン。

 およそ数十匹の群れが。

 一斉に。

 何の前触れもなく。







 血

 の

 塊

 と

 な

 っ

 て

 弾

 け

 た

 の

 だ

 !










 野津は驚く暇もなかった。

 驚く暇もなく、ゴブリンの血と肉片にまみれていた。


 そしてそこから十数メートル先。


 濃霧の中に。


 深い霧の向こうに。


 一つの人影を見た。


 その人影は。


 煌々と目を光らせており。


 さらには。


 額にももう一つ。


 不気味な目が開いていた──。

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