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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第三章 蝿の王編

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第184話 「ラベンダーズ・ブルー」

第184話


 宙空から吊るされる鳥かご。

 この霧でも見間違えるわけがない。

 その中に囚われ、血まみれでぐったりとしていたのは大熊の部下でありパートナーの高木瑛人、そして元八雲班の南雲麻衣だった。


「高木! 南雲ぉ!!」


 だが二人はその大熊の呼びかけにもピクリともしない。完全に気を失っているようだ。


 大熊はギリリと歯を噛みしめる。

 高木はまだ若いとはいえ、将来のエース候補。

 さらに南雲にはチート技とも呼べる例のブラックホール級重力を発生させる勾玉がある。

 そんな二人がこうもあっさりとやられるわけがないのだ。


 いや、だが。

 あり得なくもない。


 ふしぎの国のアリス、シンデレラ姫、白雪姫、茨の森の眠り姫、赤ずきん、そして人魚姫。彼女たちが口を揃えていう、その名が彼女らの本当の正体であるなら。


 ――北欧神話でも最凶、最悪の神といわれているロキ。


 世界終末戦争ラグナロクを引き起こすきっかけとの伝承がある重要な神。

 巨人の子ながらなぜか「神々の一員になりたい」と神々の王オーディンが治めるアスガルドを訪れ、オーディンに取り入った、北欧神話中で最も謎が多い神だ。

 オーディンと義兄弟となり、オーディンの息子で雷の神と呼ばれるトールとも共に旅をしたといわれる。


 さらにオーディンの槍・グングニル。投擲とうてきすれば必ず敵を貫き、その後には必ず投げた者の元にもどる神器。そしてトールハンマーの名でも呼ばれ、古ノルド語で「粉砕するもの」を意味するトール必殺のつち・ミョルニル。これらを作ったのもロキとされる。


 ロキは北欧の神々の敵となり味方となり、その考えはまるで読めない。またどんなものにも自身の姿を変えることができ、自身の幻影で敵味方かまわず惑わせる。一貫した性格はなく、常に思わぬ行動に出ることから、世界中の神話でも最も厄介かつ恐ろしい神だと考えられる。


 この姫君らの言葉を信じるのであれば、彼女たちはそのロキが化けたものだ。もしくはその幻影。

 一介の人間である高木や南雲が手も足も出ないのは妥当。もはや当然といえる。


 ――もちろん、わしでも、だ……。


 そのロキの化身たちは“666の獣”の存在を追っていると語っていた。

 それは、大熊が所属する国際魔術会議ユニマコンも追っている、聖書にも記されたこの世を破壊する、天にまします我らがしゅの宿敵。


 だが今のところ大熊は泳がせている。

 その正体であるだろう北藤翔太ほくとうしょうたのことを。

 まだ決定的な証拠をつかめない。

 ほぼ間違いないとは思う。

 だが国際魔術会議ユニマコンが“666の獣”を探す理由に不可解さが残る。

 上層部の動きが不穏だ。

 果たして探し出して上層部は何をする気なのか。

 その少年を国際魔術会議ユニマコンに突き出してもいいものなのか。


 当然、この姫君たちにはそのことは言えない。口が裂けても明かすことはできない。

 国際魔術会議ユニマコンもそうだが、こんな危ない神にそれを知らしたとしたら。


(そんな危ない賭けに乗るわけにはいかねーよな……)


 大熊はギュッと唇を引き結んだ。


「あら。おじさん、どうしたの。そんなに固く口をつぐんじゃって」


 そうアリスが笑う。


「こっちには人質があるのよ」と上空の鳥かごを見上げる。「それでも言いたくない?」


 大熊は無表情を決め込んだ。


「あら。強情なのね。でも嫌いじゃないわ」


 アリスは続ける。


「でも実は私たちにも心当たりがあるの」


 大熊は無言を貫いている。


「あの魔王ベレスがかくまっている少年。あのベレスがあんなに頑なに結界の中に隠しているなんて、あの少年がそうだと言っているようなものだもの」


 ベレス……?


 その名の存在に、大熊は心当たりがない。

 いや、それは正確ではない。

 ベテランエージェントだけあって悪魔学には精通している。

 ソロモン王が封印したとされる72柱の魔王の1柱。

 その頭領で、決して怒らせてはならないとされている恐怖の魔王。

 その名は知っているが……。


 そんなものまで今、この水城に顕現けんげんしているというのか……!?


「ねえ。アリス。本当にこの人、何か知ってるのかしら。なんだかちんぷんかんぷんといった感じだけど」


 とシンデレラ姫がいかにも不満げに眉間にしわを作った。

 これにアリスは答える。


「きっとベレスは自分の名を隠して活動しているんじゃないかな」

「なるほど偽名ね」

「それならばピンと来ないのも仕方ないわね」

「それじゃあ、わたくしたちからその少年の名を言えばどうかしら」

「そうね、これ以上まわりくどいのは面倒だわ」

「言っちゃう?」

「言っちゃいましょう」

「言いましょうか」

「それがいいと思うわ」


 そう話し合うと、姫君たちは一斉に大熊を見つめた。

 その唇から出たのは。


北藤翔太ほくとうしょうた


 …………!!


 大熊としてはまるで心臓を貫かれたかのような衝撃を受けた。


 あ~あ~。なんてことだ。

 こいつらもそう当たりをつけてやがるのか……。


 驚きと自身の勘が一気に確信に変わる妙な感覚。

 しかし大熊は無表情を貫いた。

 老獪なベテランエージェント。

 もしなんらかの拷問にあったとしても、大熊は秘密がバレるような素振りは一切、見せないだろう。


 だが内心は動揺していた。


 ロキだと。


 神だと。


 わしはそんなものの前で、こんなに普通に神と会話しているのか……!?


 姫君たちは大熊の反応をじっと見つめている。

 だが大熊はまばたきすらしない。

 神相手にそんな行為は不敬に思えた。

 いやまだどこかで信じられない自分がいた。

 目の前にいるのが神……。

 それもこんな大物おおもの

 ()()()とわしはこうして対峙しているというのか……。


 恐怖もあった。

 こうして自分が神の前で普通に存在していることに心と身が引き裂かれそうなほどの違和感を覚えていた。

 あり得ない。

 あり得ない。

 あり得ない。

 あり得ない。


 だが、それでも。


 大熊はダンマリを決め込んでいた。


「はあ」と姫君たちはため息をついた。


「ロキの名を聞いて、こんなに普通に反抗されるなんてすごいね」

「信用してないんじゃないかな」

「あ~あ。少しは驚いたり、震え上がったりしてほしかったな」

「じゃあ、身を持って教えてあげる? でもそんな格好悪いことはしたくないな」

「少しは光栄に思ってほしいところよね」

「震え上がると思ってたわ。強靭な精神の持ち主。逆に称賛に値するぐらいよ」

「こんな人間もいたのね」

「それはそれで、非常に興味深いことね」

「確かに興味深い」

「確かに興味深い」

「確かに興味深い」

「とても面白いわ」


 なに駄弁だべってやがる、と大熊は心の奥底でつぶやいた。


(ヤツが本当にロキだとしたら、わしらなんてあっという間にこの世から消滅させられる。そんな状態で開き直るぐらいできなきゃ、国際魔術会議ユニマコンなんてやってられるかってんだよ!)


 だが。

 その後、大熊が聞いたのは、その大熊をして予測もできなかった頓珍漢とんちんかんな言葉だった。


「じゃあ、踊りましょうか」


 ――へ……!?


 大熊は和が耳を疑った。

 だが言い出したシンデレラがまず立ち上がった。

 すると次々に、白雪姫、赤ずきん、眠り姫が続いた。

 最後に立ち上がったのはアリスだった。


「おじさんにも楽しんでもらわなきゃ」


 にこっとアリスが笑う。


 どうしてそうなる?

 なぜ、そんな展開になる!?


 大熊が驚いた様子を見せたのをアリスはとてもうれしそうに眺めた。

 そうしているうちに霧の中から続々と不思議な影が現れてきた。

 これも大熊は同様せざるを得なかった。


 シンデレラの前にはどこぞの国の王子様。

 白雪姫の前には、七人の背の低いヒゲモジャの男たち……ドワーフか。

 さらに赤ずきんの前には、狼男。

 眠り姫の前には、茨の森で傷だらけになった血まみれの王子。


「じゃあ、みんなお願い!」


 アリスの号令で、霧の中から体がトランプでできた兵隊がぞろぞろと現れた。

 それぞれさまざまな楽器を手にしており、このお茶会の周囲を取り囲む。

 アリスはまるで指揮者のように腕を振った。

 それに合わせ、トランプの兵隊たちは美しいオーケストラを奏で始める。


「いいね。じゃあ歌は私が」


 これまでアスファルトを海のようにして泳いでいた人魚姫が路面から跳ねるようにして空中に飛び上がっていた。

 そして宙に浮かぶ。

 そのまま大きく息を吸い込む。

 そして。

 本当に、音楽に合わせて歌い始めた。


 ♫

 Lavender's blue, dilly, dilly, lavender's green,

 When I am king, dilly, dilly, You shall be queen.

 Who told you so, dilly, dilly, who told you so?

 'Twas my own heart, dilly, dilly, that told me so.


 それは17世紀から伝わる古いイギリス民謡。

「ラベンダーズ・ブルー」だった。


(ラベンダーは青 ラベンダーは緑

 僕が王様なら 君は王女

 誰がそう言ったの?

 僕の心がそう言ったのさ)


 この歌詞に合わせ、姫君たちはそれぞれの相手の手を取り、まるで舞踏会のように踊り始めた。


 ♫

 Call up your men, dilly, dilly, set them to work

 Some to the plough, dilly, dilly, some to the fork,

 Some to make hay, dilly, dilly, some to cut corn,

 While you and I, dilly, dilly, keep ourselves warm.


(家来を呼んで 働かせよう

 こっちは耕し こっちは熊手

 こっちは干し草 こっちは小麦を

 その間 僕たちは体を寄せ合っていよう)


 大熊が縛り付けられた椅子の周りをくるくると回りながら踊る姫君たち。

 その回転に合わせて霧が渦を巻く。


 それはそれはまるでおとぎ話のような不思議な光景だった。

 霧の中を。

 この狭い道路の中を。

 重厚なオーケストラに合わせて。

 優雅に踊る童話の中のお姫様たち。


 人魚姫の歌声は非常に繊細で美しく、そして色っぽく。

 艶やかに大熊の鼓膜を震わせていく。


 その歌に合わせ。

 霧をかき混ぜるように。

 それぞれが手に手を取って。

 回りながら踊る西洋の美女たち。


 大熊は耳を奪われた。

 目を奪われた。

 心を奪われた。


 地獄の舞踏会だ……!


 あの邪神・ロキが何を考えているのかは分からない。

 一糸乱れぬ美しいダンスを見せる彼女らの動きは、そのあまりに正確なコンビネーションであるがゆえ、人間味がなく、まるで人形のようだった。

 

 人でないものいによる、濃霧の中の舞踏会。


 そして信じられないことに。

 信じたくないことに。


 気持ちよかった。


 気持ちよかったのだ。


 大熊は。


 心地よい。


 思わず聞き惚れてしまう。


 思わず見惚れてしまう。


 頭がぼんやりしてきた。

 その踊りの中に大熊も身を投じたくなった。


 濃霧に包まれた小さな町である松本町で突如始まった舞踏会。

 流れる美しくも重厚なミュージック。

 人魚姫の口から放たれる驚くほどクリスタルな歌声。

 ドレスをひらひらとなびかせながら踊る姫君たち。


 まるで白昼夢。

 夢の中での幻想的な光景。


 大熊の目がとろんとしてきた。

 その大熊のすぐ横に、いつの間にか、アリスが立っていた。

 アリスは大熊にそっと手を差し伸べた。

 少し首をかしげてちょっと微笑む。


 ダンスのお誘いだ。


 バサリと音がして大熊を縛っていたロープが路面へと落ちた。

 そして大熊は夢見心地でアリスの顔を見上げた。

 そしてその手を取ろうと自身の手を上げた。

 アリスが満足そうに笑ってその手を取った。


 このままこの舞踏会へ身を投じたい。

 このままこの姫君らと踊れたらどれだけ心地よいだろう。


 そんな大熊の意識を切り裂くように、ある声が天から降ってきた。


「見つけました……」


 確かに聞こえた。

 かすかながらだが。

 姫君たちからの声じゃない。

 また別の。

 新たな舞踏会の参加者……?


 それは一瞬の出来事だった――!


 まるで見えないピアノ線のようなものがしなったような「シュン!」という風のうなり声が聞こえた。


 一斉にすべての者の動きが止まった。

 人魚姫の歌声が消えた。

 トランプの兵隊の演奏が消えた。

 踊っていた姫君の動きが止まった。

 一気に静まり返った。


 そう。

 突如、割り込んできた闖入者ちんにゅうしゃ

 それは、ベレスの腹心で右腕でもあるセイレーンだった。

 このとどまり続ける濃霧の謎を追うようベレスに命令されていたセイレーン。

 その彼女が。

 自分の能力である、「風」をあやつる力を使った。


 まるで竪琴たてごとを弾くように指をくって。

 指でやさしく濃霧ごと空気を弾いて。


 この時点ですべてが終わっていた。


 シンデレラ姫の腰のあたりに赤い血の筋がすっと入った。

 王子様たちの胸や手や足の服がスパッと切られたように路面に落ちた。

 そして露出した肌に、つうっと血が垂れ落ちていった。


 ズルっと狼男の上半身がずり落ちた。

 斜めに。

 まるで鋭利な刃物で斬られたかのごとく、肩から脇腹へかけて。

 そしてゴロンと路面に転がっていく。


 白雪姫はちょうど胸から下あたりでその肉体を切り離された。

 王子が取った手に上半身のみ支えられ、その下半身がバランスを失ってゆっくりと崩れ落ちた。

 上半身のみが王子に胸に身を預けた。


 だがやがて。

 その上半身も。

 踊ってつないでいた腕も。

 バランスを保てなくなり。


 ズルリ……と落ちていく。


 その断面は指でなでたくなるほどきれいな直線を描いていた。

 そしてその断面は驚くほど、人間の中身。

 しっかりと内臓や骨、神経、筋肉が見え。

 まさに人間そのものだった。


 そこにいるすべての者がどこかしら切り裂かれていた。

 そして。


 ズッ!

 ズズッ!

 ズルズル!

 ズルリ!


 次々と崩れ落ちていく!


 そんな中、大熊はアリスの顔をもう一度見上げた。

 アリスの顔には、ちょうど笑った口のあたりから後頭部へ向けて。

 まっすぐに血の線が入っていた。


 そして。

 重力に負けたように。

 アリスの顔の上唇から上部分が頭ごと大熊の方へ向けてずり落ち。

 転げ落ち。

 大熊の目には、斬られた後の、アリスの舌や下の歯列だけが映った。


 そして。


 一気に空に向かってあちこちから猛烈な鮮血が噴き上がり。


 椅子に座っていた大熊を除いて、すべての者が。

 姫君や王子やトランプの兵隊らが。

 一斉に路面へと倒れ。


 いや。


 崩れ。


 噴き上げられた鮮血は重力に抗うことができず、宙空で花のようにその形をしならせ。

 大熊は一人、降り落ちる血の雨を呆然としながら浴びていることに気がついた。

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