第179話 ゴブリン無双
第179話
水城市松本町周辺。
国際魔術会議エージェントの古株・大熊英司と若手の高木英人、また元八雲班・第一係の南雲麻衣がゴブリンを相手に奮闘していた。
南雲麻衣……くりくりした大きな目が特徴で、おそらく後ろで結わえてあったのだろう、ヘアスタイルも崩れに崩れ落ちている。その顔にかかっているゆるふわの髪や、敢えて長めにしてあるおくれ毛が色っぽい。
大熊のスキルはその正確無比で自由自在のナイフさばきだ。大熊の投げた複数のナイフが次々とゴブリンの目玉にクリーンヒットする。
「高木ィ! こいつら薙ぎ倒せ!」
「はい!」
高木は青の魔術紋を浮かび上がらせた棍を振り回し、ナイフで視界を失ったゴブリンたちの脚を跳ね飛ばす。触れたものはすべて弾くことができるスキルと武具。遠方からの攻撃が得意な大熊が高木と組んでいるのは、その近接戦闘能力の高さだ。
空高く空中に浮かび上がったゴブリンたちを次に待っているのは麻衣。麻衣の武具は勾玉。能力を込めるとそれはすべてのものを強力に吸い寄せるブラックホールとなる。自身や仲間にもそのスキルが及ぶため近接戦闘には向かないが、使い方や組む相手によっては驚異的な力を発揮する。
高木の棍によって弾き飛ばされ、空に放り上げられたゴブリンたち。そのほぼ中央に麻衣は勾玉を操りながら投げる。
南雲のスキル発動とともに。
グシャリッ!!
空中のすべてのゴブリンが渦を巻きながら引き寄せられ、それぞれがぶつかり合い、小さな肉の塊になるまで圧縮される。
強引に圧縮されたゴブリンたちの肉体でできた球から、派手に血飛沫が噴き出した。
「高木くん、いいコントロール! すっごいアタシたち、相性いいね!」
「まだだ! まだ山肌の階段からゴブリンどもが降りてくる!」
「ちっ、若えもんが。イチャついてんじゃねーよ」
大熊は舌打ちをしながら折れ曲がった階段を一直線に降りてくるゴブリンたちにナイフを投げた。そのすべてが正確にゴブリンの目玉を貫く。
思わずつんのめって落ちてくるゴブリンたち。これを高木が棍で一気に弾き、再び空へと投げ出す。
南雲が勾玉を投げ、再び数匹のゴブリンの肉団子を作る。
空からシャワーのように降り落ちるゴブリンの血で、三人の体はすでに血まみれになっていた。
ゴブリンを相手にする際、最も怖いのは近接戦闘だ。数の暴力で押し寄せる彼らは知能が高く、罠をかけたり隙をついてこちらのペースを乱してくる。
一度、ゴブリンにペースを握られたら最後。一気に襲われ、囲まれて、その手の鋭いナイフで滅多刺しにされてしまう。
その点、大熊、高木、南雲のそれぞれの武具と能力はゴブリン相手に相性が良かった。
元々は大熊が中長距離からの攻撃で相手の足を止め、それを高木が近距離攻撃の棍で戦闘不能にさせる。これで倒せないものは大熊が再びナイフでとどめを刺すというやり方を取っていた。
だがここに南雲が加わったことで、とどめは南雲に任せられた。大熊は長距離の足止めに専念。これにより大熊はさらに精密な動きが可能になり、さらには一網打尽にできる強みを得た。
一人ひとりの能力ではゴブリンの群れは脅威となる。だが近、中、長距離のすべてをカバーするこの三人であれば、ゴブリン相手の無双はたやすかった。
あとは体力勝負。
階段、路地。濃霧で視界が悪い中、どこから大量に湧いてくるかわからないゴブリンたちの数は侮れない。人海戦術で襲われ続けていたら、いつかは体力が消耗し、どこかに隙が生じてしまう。
これをさせないのが大熊だった。さすがベテラン、と南雲もうなる。
この『濃霧』でどれだけ視界が悪くても。どれだけの長期戦であっても。
大熊のナイフは寸分たりともその正確性を失わない。その精神力の強さや体力配分の巧みさは、若手には真似できないところであろう。
その時だった。
幽世の者を探知できる高木の棍の魔術紋が上空の何かに反応した。
「大熊さん、上っ!」
「なにっ!?」
高木の棍が感知したもの。
それは。
──食い散らかされた『ゴースト』たちの肉片や血、臓物。
三人それぞれの上空から、数人分もの『ゴースト』たちの変わり果てた肉塊が落ちてくる。ゴブリンたちが何らかの道具か手段を使って、放り投げたのだろう。頭の回るやつらだ。
(まずいっ!)
最も反応が遅れた麻衣は心の中で叫ぶ。南雲の頭上1メートルのところまで、『ゴースト』の手足や内臓が降ってきている。
この距離で勾玉の力を使うと、自分をも巻き込んでしまう。避けられない!
「キャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
結果、バシャバシャと落ちてくる『ゴースト』の死骸が南雲の攻撃の手を止める。
その隙をついて、周囲から一斉にゴブリンが襲いかかってきた。
まずは手や足にまとわりつかれる。
さらには着衣に手をかけられ、強引に脱がされる。
体の身動きができなくなってしまう。
ゴブリンの動きは想像以上に素早い。
しかも性欲が強く、別種のメスでも子袋と認識し、犯そうとしてくる。
麻衣のバストあたりにしがみついたゴブリンが、ベロリと長い舌を出して麻衣の首筋をなめた。
「ひっ!」
ぞっとする感触に南雲の動きが止まる。ゴブリンの群れが南雲を押し倒そうとしてくる。やばい! 南雲の頭が真っ白になりかけた時である。
視界をさえぎるこの濃霧の向こうから、銀色の光がいくつも飛んできた。
──え?
筋を描く光。それは大熊のナイフ。
なんと、これだけ多くのゴブリンが蠢いているにもかかわらず。
麻衣の肉体のあちこちに取り付いているにもかかわらず。
大熊の投げたナイフはすべて、南雲に群がるゴブリンたちの喉に命中していた。
──すごい!
「ベテランをなめるなよ……」
大熊の目はさらに鋭さを増している。またそのナイフさばきで自身の周りのゴブリンたちの喉や心臓を次々とえぐっていった。
そして高木も。
「南雲さん!」
濃霧を切り裂いて麻衣の元へと走る。
そして喉をナイフで突かれ、麻衣を殺す手が止まったゴブリンたちを、まるで円や波のような動きで見事、すべて「ドウン!」と弾き飛ばしてしまった。
思わずアスファルトに崩れて肩で息をする麻衣。その麻衣に手を貸し、高木は引っ張り上げる。
「さ。麻衣さん。早く着衣を直して」
その声に頷きながら、引き下ろされたパンツを戻す麻衣。
「危なかったわ……。高木くん、ありがとう」
「それより注意してください。『ゴースト』の死骸だらけで足元が悪い」
だが。
ゴブリンたちの次の攻撃はないようだった。
「みんな逃げ出したみたいね」
「多分、あれがゴブリンたちの最後の手だったんでしょう」
「助かった……」
「大熊さんのナイフがここまで正確に、しかも回転をかけてその軌道を曲げられることまでは想像しなかったようです」
「まったく。年寄りにあんまり負担をかけさせるな」
そう言いながら、濃霧の中から姿を現した大熊。
「こっちは視界が効かねえから、気配をたぐって投げたんだが。まあ、俺の勘もそこまで鈍っちゃいなかったってことだな」
「え。ちょっと待って。じゃあ、勘が鈍ってたり手元が狂ってたら、アタシに当たっていたかもしれないってこと?」
「そうかもしれねえ」
大熊はニヤッと笑って、たばこを取り出した。
ゴブリンや『ゴースト』の血はポケットにまで染み込んでいたようで、たばこケースは血や臓物でどろどろだ。だが中身は無事だったようで、大熊はたばこを取り出し、火をつけてうまそうに吸った。
「ちょ、汚い!」
「あー大丈夫。たばこにまで血はついてねえよ」
カッカッカと大熊は笑った。
「それにしても、ゴブリンなんて……。俺、こんなの相手にするのは初めてです」
「俺もだ。確か、国際魔術会議の資料でも500年前だぞ。ゴブリンが現れた最後は。あれはフランスだったなあ。フランス中部のピュイ山脈付近。そこで起こった『カスケード』での記録で途絶えてたはずだ」
「だからゴブリンの資料もあったのね。はあ……。割りと詳細に書かれてあって助かったよ~。初見だったらどうなってたことか。さすが国際魔術会議ね」
「でも麻衣さんの能力すごいです」
と、高木は言った。
「中距離の敵を一網打尽にする勾玉。攻撃力で言ったらチート級じゃないですか?」
「そうでもないのよ。敵がある程度、密集してなきゃいけないし、動きが素早い敵で散り散りに逃げられたら終わり。こっちもある程度距離を取らないと巻き添えだしね」
「でも、麻衣さんのおかげです。ここまでゴブリン相手に無双できたのは」
「まあ、後方支援のとどめ係? いい相性の人らと組めたらそこそこの自信はあるけどね。一人だとちょっと……」
確かに。
麻衣のこの勾玉の能力は危険すぎる。
先日の崇徳上皇の江戸岡交差点事変のような乱戦では、味方をも巻き込んでしまいかねない。また大天狗……妖霊星のようにマッハレベルで動く敵に対しては、的を絞りきれないだろう。一長一短にも程があるリスクの高すぎる能力だ。
高木はふうと安堵の息を吐き、それから不意に麻衣の目を見た。
その視線を受け、麻衣も高木の目を見つめた。
二人の視線がぶつかり合い、そこに何かの想いが生まれていく。
「おいおいおい。待ってくれよ。いちゃつくなら俺がいなくなってからにしてくれ」
「え、いやそんなんじゃ……!」
「セクハラやめて!」
とりあえず終わった。全滅させることはできなかったが深追いは危険だ。ゴブリンの方も慎重になっているだろう。手段としてはこの辺りで身を潜めて再度現れたところを討伐するか。もしくはゴブリンたちが降りてきた階段を上り、指揮を出している者を仕留めるか。
ゴブリンの群れには必ず長がいる。それを倒すことで闘志を失わせ、全滅させるか。
だが、この束の間の平和を破る声が、濃霧から吐き出された。
「ねえ。お話はもう終わった?」
少女の声だ。
そして濃霧から現れたのは。
「私、あなたたちを狩って回ってたの。でもつまんない。みんな弱いんだん」
それは水色のワンピースを着ていた。
長い金髪にサファイアブルーの瞳を宿していた。
「でも、あなたたちは歯ごたえがありそう。ねえ。私と一緒に遊んでよ」
その少女の背後には、またひときわ大きなトロールの姿。
「いいでしょ?」
そう可愛く首を傾げたのは。
兎谷乃々《うさたにのの》をさらおうとしたあの少女。
おとぎ話の中からそのまま出てきたような、不思議の国の『アリス』だった。




