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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第三章 蝿の王編

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第176話 トロール襲来

第176話


 翔太の家のリビング──。


「しかし驚いたよ。まさかボクが水城市の怪異に巻き込まれることになるなんてね」


 兎谷うさたに乃々は私服に着替え、頭の後ろに手を回してソファーに座っている。


「ニュースでしか見たことなかったけど、いや実際に遭遇するととんでもないものだね」

「事態はこれまで以上に最悪かもしれないわ」と美優。


「普通、水城の『濃霧現象』はそう長時間続かないものなの。それが夜が明けた今になっても続いてる……。今までにない経験だし、何が起こるか私にもわからない……」


 すでに朝ごはんを食べ終わり、翔太と妹の芽瑠、そしてデルピュネーはキッチンで洗い物をしている。とはいっても芽瑠は翔太にまとわりついているだけ。今のこの状態の危険さを知らずキャッキャと騒いでいる。


「美優のお父さんや、大熊さんからの連絡はまだ来ないのか。国際魔術会議ユニマコンなら何か掴んでいるかもしれないじゃないか」


 キッチンから翔太がリビングへ向けて声をかけた。即座に美優は答えた。


「来たわよ。どっちも状況がわからないから待機、だって。お父さんは過去の文献を当たって、今回のようなことが過去に起こってないか世界中の事例を調べているみたい。大熊さんは濃霧の中を『ゴースト』退治中。濃霧に入ったら電波が悪くなるからそれからまったく音沙汰なしよ」

「つまり、まったくの未知の現象か」

「そうね。でもお父さんは予想はしてたみたい。ここ最近の『カスケード』の異常な頻発から、人類が遭遇したことがない現象が今後起こるんじゃないかって。それがビンゴ。あまり驚いた様子もなかったわ」


 翔太が冷蔵庫にかけられたタオルで手を拭いてリビングに戻ってきた。その後ろを芽瑠がついてくる。


「じゃあとにかく、ここで待っているしかないと」

「そういうことになるわね」

「そうか……。じゃあ何か、俺にできることはないのか……」


 その言葉に美優は驚いた。あの翔太がこの未知の怪異を前に、積極的に関わろうとしている。


 美優も翔太の強さは知っている。シラットの技術も力も、すでに美優を凌駕している。だがどこかまだ、頼りない部分があった。人を遠ざけがちで、面倒ごとは避けがち。どちらかといえば主体性はあまり感じられなかったからだ。


 ここ昨今、ずっと続いている大きな怪異の数々。その中で翔太も成長してきたのかもしれない。


 芽瑠はちゃっかり美優の太ももの上に座って、美優にじゃれている。そんな芽瑠を美優は愛しそうに相手している。


 美優がソファーに座ろうとしている翔太を、頼もしいものを見るような目で見ていたその時だった。


「翔太さま!!」


 デルピュネーが突如、大きな声を上げた。


「どうした?」


 全員の目がデルピュネーに注がれる。


 デルピュネーは耳に手を当てていた。そしてそのエメラルドグリーンの瞳をこわばらせながら言う。


「『ゴースト』が……」

「『ゴースト』?」


 デルピュネーはコクリと頷いた。銀髪ゆるふわの髪がふわりとデルピュネーの顔にかかる。


「たった今、セイレーンさまから入った報告によりますと、『ゴースト』が……喰われているとの情報です」


 思わず翔太と美優は立ち上がった。


「喰われている!?」


 乃々は立ち上がった二人を見上げてポカンとしている。


「誰に!? そんなの聞いたことないわよ!」

「北欧神話から現れたのはロキさまや巨人だけではないようです」

「じゃあ」

「ええ」


 デルピュネーは珍しく眉をつり上げた。


「『ゴースト』を喰ってるのはゴブリンやトロール」


 思わず翔太はゴクリと喉を鳴らす。


「北欧神話の魔物たちが暴れている……つまり今、水城は北欧の民間伝承の世界に飲み込まれ始めているということでございます……!」


             ※  ※   ※


 市立病院を出た野津ら14人と1人の赤ん坊。計14人は濃霧の中を路線バスへ向けて走り出していた。


 視界は約3メートルといったところ。駐車場の先、50メートルほどの距離にあるバスの姿は当然、見えない。


「みんな! なるべく固まって、それぞれの視界から外れないよう動け!」


 野津が号令を出す。皆、歩幅を合わせながら小走りでバスの方へと駐車場を駆け抜けていくが、10メートルも行かぬうちに、方向感覚がブレ始める。


 なにしろ前後左右、すべてが濃霧に覆われているのだ。目印になるものはすべて隠されている。さながら陸地も見えない大洋の真っ只中にいるようなものだ。


「方向はこっちで合っているんだよな」と水城工業の小野山。

「多分」と野津。


 初めての経験。方向がわからなくなる恐怖感。たった50メートルの距離が永遠にも感じられる。


 野津は息苦しさを感じ始めていた。これは濃霧によるものでもあるだろうが、それよりも。


 ──焦りだ。


 視界を遮られている。周囲はすべて灰色の霧。その圧迫感が彼らの心臓を、肺を、機能異常へと導いていく。


「……ち、違うよ……、こ、これは違うよ……」


 サラリーマンがゼエゼエと荒い息を吐きながら言う。


「いつもの病院の駐車場の広さじゃないよ……たったの50メートルなんかじゃないよ……」

「弱音を吐くな!」


 野津がサラリーマンに喝を入れる。


「でも。でも、だって……」

「大丈夫だ! この方向で合っているはずだ。もうすぐバスにたどり着く。それまで頑張れ!」

「うう……うう……」


 サラリーマンの目から涙がこぼれ始めている。


 まずい、と野津は思った。パニックというものは小さなところから急速に拡大していく。まるで弱った者から取り殺していく死神のように、全員の頭上を駆け巡り始める。


(くそっ! 確かに50メートルとは思えねえ。もう何キロも走ってるかのようだ)


 野津ですらそう思う。だが、だから。だからこそ!


「バスはすぐそこだ! みんな、濃霧に惑わされるな!」


 強い勇気の言葉が必要だった。普段、割りと喋らないタイプの野津だったが、この状況を見過ごすことはできなかった。


 右も左もわからないこの濃霧。さらにいつ現れるかわからない『ゴースト』という怪異。皆の心に動揺と焦りが充満しているはずだ。


 俺が、俺が。


 その灯台の光のように皆に行き先を指し示しなければ!


 しかし。


「あっ!」


 運命というものは非情だ。


「誰かが、誰かが、俺の手を……!」


 その声はサラリーマンから発されたものだった。みるみるサラリーマンが取り残されていく。


(まさか!?)


 その「まさか」だった。


『ゴースト』だ。


『ゴースト』が金色の瞳を光らせながら、サラリーマンの左腕を掴み、霧の中へと引きずり込もうとしている。


 ヤバい!!


「みんな、止まれ! 止まれえええええええ!」


 野津は叫んだ。そしてサラリーマンの元へ引き返そうとした。


 すでにサラリーマンの姿は霧にまかれ、ぼんやりとしか見えない。ただただ、そのすぐ横に金色の光が2つある。


「うわああああああああああああああ! 助けてえええええええええええ!!」


(くそっ!)


 野津は全速力でサラリーマンの元へ向かった。サラリーマンは左腕を掴まれ、横に引きずられていく。


『ゴースト』か。これが『ゴースト』なのか!


 そのサラリーマンの右手を必死で野津が取った時である。











 ゴッ!










 霧の中から猛スピードで何かが飛び出した。


 龍雅。宇和島第三工業の龍雅だった。


 龍雅はへらへらとした横顔を見せながら、思い切り金属バットを振り上げ、そして。


「おりゃああああああああああああああああああああ!」


 飛び上がり『ゴースト』の脳天へ向けてそれを叩きつけていた。


 グシャリ!


『ゴースト』の頭蓋が割れ、血が飛び出す。そしてそのままサラリーマンから手を離し。


 霧の中へと倒れ込んだ──。


「龍雅……」


 野津は安堵の声を上げる。


「へへ」


 龍雅はニヤニヤしながら、倒れたゴーストの頭を足で軽く蹴って生死を確認している。


「これが『ゴースト』?」


『ゴースト』はピクリとも動かない。


「なあんだ、こんなもんかよ。『ゴースト』なんて大層な名前してっからどんなバケモンかと思えば、全然、人間と変わんねーなあ」


 ゲラゲラと龍雅は笑う。


「あ、あ、ありがとうございます……」


 サラリーマンがすっかり腰を抜かしながら謝意のげんを述べる。


「ああ?」


 そのサラリーマンを見下ろしながら龍雅はいかにもバカにしたように言う。


「感謝なんかいらねーよ。俺ァ、ただ、『ゴースト』ってヤツがどれぐらいつええのか、やってみたかっただけだからよぉ」

「龍雅……」


 野津は呼吸を整えて言った。


「さすがだな。お前」

「はあ?」


 龍雅は『ゴースト』の頭を叩き割った金属バットを野津へ向けながら言う。


「勘違いすんなよ。今は休戦してっから協力してっけどよぉ。これが終わったら次はお前だからな」


 その凶悪で攻撃的な龍雅の相変わらずの姿に、思わず野津も気が緩んで笑った。


「何笑ってやがんだよ。今度はお前が地面に這いつくばる番なんだからよ。あんま俺になつくな」

「ああ、そうだな」


 野津は笑みを浮かべながら答える。


「せいぜい、用心するよ」

「おお。首を洗って待ってろ」


 敵として会った時は恐ろしいやつだった。今も憎たらしいが、こうして味方になるとこれほど頼もしいとは野津も思わなかった。


『ゴースト』や『濃霧現象』という怪異にもひるまない頭のネジがぶっ飛んだこの闘争心。


 これが今の俺たちに一番必要なものかもしれない。


 だが。


 次の瞬間、野津の顔がひきつった。


「ああ? なんだよ。その顔は」


 思わず野津は後ずさる。


「り、龍雅……」

「あ?」

「……げろ」

「はあ?」

「いいから、逃げろ!!」


 金属バットをかついで雄々しく立つ龍雅。


 その背後に。


 大きな棍棒を持った、見上げるような巨大で歪な影が。


 北欧の伝承に登場する醜悪な姿をしたトロールの影が。


 濃霧の中に立っていた。

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