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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
プロローグ~霧の中に、何かがいる!

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第15話+α 【サバトの怪異】──その、最初の犠牲者

第15話+α


 ──北藤翔太ほくとうしょうたが魔王ベレスから自身の宿命を告げられた頃。


 水城市みずきしでは『濃霧警戒令』が解かれ、避難所から人々が家路につき始めていた。

 空気にはまだ霧の名残が残り、街全体が息をひそめているようだった。


 街灯がチ、チと明滅し、羽虫が光に集まる。

 帰路の人々は言葉少なに歩き、靴音と囁きが濡れた路面に溶けて消える。


 狭い路地に古い民家と低い塀が並び、階段の奥からは山の闇が迫っていた。

 電線が風に鳴り、夜の存在をかすかに告げている。


 夜の街が、ようやく息をしている。

 そんな水城市の、古びたシャッター商店街の近く──

 一人の女子高生が、避難所に指定された公民館から、ゆっくりと自宅を目指していた。


 いつもこの辺りは人通りが少ない。街灯もまばらで、その光を受け、女子高生の影が道路に長く伸び、また暗闇に呑まれ、次の光芒の中で、彼女の影がまた生まれ、そして伸びていき……を繰り返している。


 時刻は22:48頃。

 静寂の中、彼女の足音だけが響く。

 家の明かりが一つ、また一つと戻り始めるが、その灯りさえどこか心許ない。


 今回の『濃霧現象』ではどれぐらいの人が犠牲になったのだろう──。


 そんなことを思いながら彼女は、夜空を見上げた。

 水城市民なら暗い夜道は慣れている。それにようやく平穏が訪れたのだ。


 その彼女の視線の先。春の夜空でひときわ明るく輝いているのは、きっと、うしかい座の「アークトゥルス」だろう。南の端で青白い光を放っているのがおとめ座の「スピカ」。まずは自分の身は安全だった。そのことに安堵し、大好きな星空を眺めることで、帰宅までの時間潰しをしていた。

 

 だから、思いもしなかった。その“音もなく訪れる突然”が、自分の命を奪うとは……。

 

 それは本当に、あまりにも唐突だった。


「あ…………」


 そう声を上げた時には終わっていた。

 まるで誰かに摘み取られた花のように、彼女の頭部まるごとが、









 落ちた。








 コトン……。


 路面に転がる。

 乾いた音だけが、やけに澄んで聞こえる。

 

 そして、血飛沫がアスファルトの上で、熱を持った小さな花を咲かせた。


 続いて残された制服姿の胴体が、その場に崩れ落ちる──その瞬間!


 目の前の家の扉がいきなり開き、そこから幾本もの触手がビュルッと伸び――


 彼女の頭も胴体も血も、鞄も、脱げた靴も区別なく、恐ろしいスピードで乱暴に絡め取り、扉の中へ引っ張り込んだ。

 

 その間、一秒もかからず。


 女子高生が飲み込まれた後のこの住宅地は、何もなかったかのように、夜が元の形を取り戻す。その世界の沈黙の中で、道路にわずかばかりの血痕が残った。


 電線がまた、小さく鳴る。

 街灯がチ、チと明滅する。


 ──そう。もうすでに、ベレスが予言していた“何か”が、この時から起こり始めていた。

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