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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第三章 蝿の王編

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第166話 聖書に記されし悪霊の王

第166話


 夜のグラウンドを全力疾走する美優。


「翔太くん!!!!!」


 その場ではすでに堕天使・バラキエルとの戦闘は終わっており、デルピュネーがボロボロになった翔太を抱えていた。


 足下が数十匹分の妖獣バジリスクの血でぬかるむ。美優は血が跳ねて制服が汚れるのも構わず、一直線にデルピュネーの元へと向かう。


「翔太くん、翔太くん、翔太くん!」

「美優さま……」


 デルピュネーの腕の中の翔太はひどい有様ありさまだった。肋骨むき出しの右脇腹。バジリスクの爪で鷲掴みにされてできたみぞおちの大穴。


 だが。


 ……それもすでに治癒をし始めている。


「どうして、こんな……」

「このソロモンの六芒星のせいですよ、美優さま」


 そう言って、デルピュネーは翔太の額に貼られていた六芒星の護符を見せる。


「ソロモンの六芒星……」

「そうでございます。古代イスラエルの王・ダビデの子。イスラエルの再隆盛を作り上げ、その英知によってベレス様を含む72の魔王様らを封印、使役したとされる王による護符。おそらく翔太さまが覚醒しないよう堕天使バラキエルが翔太さまの額に貼り、バジリスクに襲わせたものだと思われます」


 それはまだ魔の者への効力を失っておらず、パチパチとデルピュネーの指の間で電流のようなものを弾けさせている。


「でもどうして……?」


 そこに神表洋平かみおもてようへいが割って入った。


「そりゃ、その兄ちゃんをさらう為だろ、かわいこちゃん」


 黒姫を肩に担いで近づいてくる神表。


「俺も江戸岡交差点での悲劇はしっかりと観察させてもらっていた。その兄ちゃんの持つ謎の力……。あの右目から立ち上る炎は古代の神のもののように見えたが、その力が目覚めて暴れられたら厄介だろうからな」

「あなたのおっしゃる通りだと思われます」

「問題は何故、この兄ちゃんが選ばれたか、だが……」


 神表はすでに地に降り立った成宮蒼=魔王ベレスへと目配せをする。


「あんた達には身に覚えがあるんじゃないの?」


 この時、神表は心の中で様々な想いを巡らせていた。この10代前半の銀髪の美少女も、黒のスーツに身を包んだあの男も、間違いなく魔の者。特に黒スーツの方はヤバい。名は魔王ベレス。最初に神表が水城市を訪れた際の『カスケード』で、自分との力の差を見せつけた、あの大悪魔。


 魔の者専門の殺し屋として、悪魔祓い師として、神表は相手が魔王であっても滅ぼすことができる力はある。だが、このベレスという魔王は他とは少し違う。単なる魔の者ではない。ソロモン王が記したとされる魔導書グリモワールあらわされた内容以上の何かの秘密がある。


 刺し違えることはできるかもしれない。だが、その予想もかなり危ない。よって、逆らうべきではない。


 それが神表洋平が出した答えだった。


(どうやら人間の敵というわけでもなさそうだからな)


 ただ、翔太の秘密については目を離すべきではないとも感じていた。古代の神の力を宿した特別な人間。その謎があるからだけではなく、この少女も、魔王ベレスも、そしてこのかわいこちゃんも。


(北藤翔太とかいうこの兄ちゃんについて、何か、隠してやがる……)


 そう確信していたからだ。


 一方で、みるみるうちに治癒していく翔太の肉体。ようやく翔太は目を開け、そして目の前で泣いている幼馴染に話しかけた。


「美優……」

「翔太くん、無事だったのね!」


 ひし、と抱きつく。翔太は朦朧とした意識の中で、美優の体のぬくもりを感じた。デルピュネーはかすかに微笑み、そのまま翔太を美優に預けた。


 そしてベレスの元へと向かう。


「申し訳ありません。魔の気配を消すなんらかの術によって、翔太さまを危険な目に遭わせてしまいました」


 ベレスは微笑みで返した。


「いや。今回のことは僕も油断していた部分がある。まさかここまでの者が現世に顕現けんげんしているとは思わなかったからね」

「ベレスさまを持ってしても、ですか……?」

「ああ」


 ベレスは、堕天使・バラキエルが消失した地点を見ながら言った。


「しかもその者は堕天使・バラキエルを使役している。これは堕天使団・グリゴリすべての者を従えている可能性もある」

「グリゴリ、すべて……?」


 その言葉に驚いた声を上げたのは神表だ。


「あの『エノク書』に書かれている200人の天使……いや、堕天使たちすべてを使役、だと?」

「そうだ。詳しいね。いや、悪魔祓い師なら知っていて当然か」

「知っているも何も……だが『エノク書』は偽典。教会では正式な記録とはされていないはずだが」

「偽典か聖典か、それを勝手に分けたのは君たち人間のエゴと都合だよ」


 ベレスは続ける。


「ユダヤ、キリスト、イスラム。これら一神教は、どれも同じ神を崇拝している。共通しているのは神も真実も一つだということ。少しでも矛盾のある記述があれば。また当時、巨大な権力を握っていた教会にとって不都合な内容が記されていたなら。それは偽典として退けられた」

「すべての学問を教会が握っていた中世の時代の話か。確かに。あの時代は教会が大きな権力を握り、そして汚職も横行していた」

「それだけではない。ローマ帝国はキリスト教を国教としていたが、それは帝国の権威付けの為。そして苦しい想いをしていた人民たちを、人は平等だと酔わせ、苦しみの救済を神に預け、支配する為だった。それに都合の悪いものも、すべて偽典とされたのだ」

「まあ、なんとなくそれは親父から聞いてるよ。だから親父も俺も、正規のカトリックからは離れた。真の叡智えいちを得る為に」

「なるほど。君は他の悪魔祓い師とは少し違うみたいだね」


 ベレスはグラウンドから水城市を一望できる場所まで歩いて行った。


 天まで覆い尽くしている濃霧は刻一刻と、この水城市を呑み込みつつある。


「ならば知っているだろう。その証に、古代ローマ帝国の遺跡には数々の多神教の神々の巨大な像が飾られていたそうだよ。つまりローマ帝国の王は人民にはキリスト教を信じさせ、自分たちはひっそりとリリンを崇めていた」

「リリン……?」


 リリン──。それは神表の知識の中では、アダムとリリスの子どもたち。


 聖書によればリリンとは、アダムの最初の妻であり、アダムと交わって生まれたのは悪霊たちだった。故に、神はアダムの肋骨から新たにイブという妻を与え、そしてリリスは堕天した。


 カバラ文献では悪霊の君主ともされるリリス。そしてその子どもたちリリン。そのリリンの名が何故、ここで出たのか?


「いずれにせよ、グリゴリほどの堕天使団を使役できるほどの力を持った者など、魔界でも数は限られている」


 ベレスは濃霧に蝕まれていくこの港町を見る。それはつまり、新たに何者かが、この世に顕現けんげんして来たことを意味する。


「今も相当な権力者がこの地へ現れようとしているが……。まずはグリゴリたちの飼い主が当面の僕たちの敵となるだろう」

「あのバラキエルや、バジリスクをここに寄こしたヤツか」


 リリンの件はひとまず置いておこう。おそらくこの魔王は答えないだろうし、それより今は江戸岡交差点事件、崇徳上皇復活を超える災厄がこの地に訪れようとしているからだ。


「そうだな。ここは成宮蒼と呼んでおこうか。成宮。あんた、そいつに思い当たる節があるのか?」

「あるとも。君ももしかしたら、と気づいているはずだ」


 その言葉に神表は思わず体を硬直させた。


 当然だ。さっきまで自分自身が戦っていたのだ。


 使い魔のようにこの周辺を飛び回っていた者。神表が黒姫で真っ二つにしたその弱き虫たち。


「まさか……」

「そう、そのまさかで間違いないだろう」


 ベレスの目が蒼色に光った。


「蝿の王」

「蝿の王……だと!?」


 神表は思わず目を見開く。


 そう。その者の名は新約聖書で「悪霊のかしら」と記されている。また様々な魔導書グリモワールには、大悪魔であり魔神と。さらに地獄においてサタンに次いで権力を持ち、邪悪で罪深い存在とされている。


 その者はかつて天界では天使の最高位である熾天使してんしであり、天界との戦争においてはルシファーの側近として天使軍団と戦った。地獄でも怖れられる存在であり、ベレスでさえも一目置く、その者の名とは。


「ベルゼバブ」


 水城市を切り裂くように鳴り響く濃霧警報のサイレン。この雑音にかき消されることなく、その名は神表の耳へとしっかりと届いた。

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