第157話 恋バナ
第157話
「で?」
と海野美優が言う。
「どうして私達、今こんなことになってるの?」
そんな美優の隣には、秋瀬瑚桃。美優の前に座ってニコニコとオレンジジュースを飲んでいるのは、兎谷乃々《うさたにのの》だった。
乃々が翔太のクラスをあとにした後、乃々は再び、瑚桃を発見。心ここにあらずの瑚桃を強引に引っ張っていき、そこで偶然、美優とも再会。今現在、3年の男子が接客する女装メイドカフェでお茶をしているのであった。
「へー。さすが、愛媛だ! みかん、みかんというイメージはあるが、さすがオレンジジュースの味もここまで違うんだね。ボク、ちょっと感動しちゃったよ」
乃々の唇がストローからそっと離れる。
その柔らかそうな唇はやはり女子のものであり、声もどちらかと言えば高くて可愛らしい。その唇から「ボク」という言葉が飛び出すことが美優にはとても変に思えた。
(まあでもそういう子、ネットにもテレビにも多いもんね……)
これに、ようやく意識を取り戻したばかりの瑚桃が答える。
「あー。まあ、愛媛といってもこの辺のみかんは特別ですよ。なんせ天皇陛下御用達とまで言われていて、高価な上に、美味しいのになかなか外に出回らないから、あまり知られてないんです」
「なるほど。それはもったいないなあ。でも、これを飲んだだけでもここに来た甲斐があるってもんだ。翔太くんには感謝しなきゃだね」
「と言ってもこの時期だと、早生みかんだから。それでも美味しいですけど、今なら紅まどんなとか買えると思いますよ。8個で6千円ほどしますけど。ゼリーみたいな果肉と、独特なシトラスが、もーザッツ・キング・オブ・みかん! お土産にはいいと思いますよ」
「へー! へー! それは是非、食べてみたい! だけど6千円だよね。ちょっと女子高生が簡単に手を出せる値段ではないかもだなあ」
「ふーん」
と瑚桃。
「なんなら、センパイに買ってもらったらどうですかあ? すごく親しかったみたいだしい」
その瑚桃の斬り込み方を聞いて、美優は驚いた。
(この子……、こんなコギャルみたいなキャラなのに、いつも割と抜け目ないのよね)
瑚桃の魂胆は見え見えである。どうせ連れて来られたのだ。これを機会に、中学時代の翔太のことを聞き出す腹だろう。
とは言え、それは美優も気になるには気になる。
どうせ乃々の腹づもりも、幼少期や高校生になった翔太の様子を聞き出すことだ。そういう意味で利害は一致している。ある種、交換条件と言っても良い。美優は黙って見過ごし、状況を観察した。
「なるほど……。翔太くんに買ってもらうっていうのもいいアイデアだね。だけどそれはどうだろ。あの子、ボクはすごく大事にしてるんだけど、それに気づかない鈍感なところがあるからなあ……」
「わかる!」
思わず瑚桃は声に出した。これには思わず美優も心の中で頷いてしまう。──確かに。翔太は基本、誰にでも優しい。ちょっとぶっきらぼうなところもあるが、それは小学生時代の孤立が原因だし、現在では両親の事故死も関係しているだろう。それで心の壁をどこかで閉ざしてしまっているのかもしれない。つまり、人の好意に対して、それが善意なのか恋がらみなのか、そのあたりの判断については、朴念仁もいいとこだ。
「翔太くんと出会った中一の頃なんて、クラスの誰かと喋っているとこもほとんど見なかったしなあ。そこで、クラス委員だったボクが見るに見かねて絡みに行くようになったんだけど。あ。そうそう。こう見えてもボクは生徒会長も務めたんだ」
「へー。スゴイデスネ。でもどうしてなんでセンパイだったんですか?」
瑚桃にとってクラス委員とか生徒会長とかどうでもいいようだ。
「それは……、あの子がいい子だからだよ。なのに何故か心ここにあらずの目をしているからさ」
「目?」
「うん。なんて言うのかな。すごく寂しそうな瞳……。ボクが手を差し伸べたくなるほどのね」
ふっと美優に小学生時代の翔太の面影が横切る。
そう。確かにあの頃の翔太は、クラスから孤立をしていた。色々傷ついていた時代だ。中途半端に女子からモテることもあり、余計クラスの男子は翔太にきつく当たっていた。そして翔太はどんどん自分の中に閉じこもるようになってしまっていた。
「でもね。中二の半ばぐらいからだったね。いきなり背が伸び始めて。ボク、身長152cmしかないんだけど、あっという間に抜かされたんだよ。それぐらいからかな。少しは笑顔を見せるようになったのは。ボクにはね。基本的に人を遠ざける雰囲気は変わらなかったけど」
よくよく見ると可愛い子だ。くりっとしたちょっとイタズラっぽそうな目、控えめな鼻、幼く見える頬、メイクはしてないがそれでも赤い血色の良い唇。活発そうな見た目の割には長髪をツインテールに。そこから見えるうなじなどや首筋、鎖骨の色気。女子らしさもしっかり兼ね備えている。
瑚桃は割と肉付きがいいタイプ。美優は細身でアンダー薄めの胸が大きめ。それに対して乃々は、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるグラビアアイドルのようなスタイルをしている。これに身長152cmという低身長属性。いわゆるロリ巨乳といった風情で、だが肩や手足などは細くて華奢。おそらく男子から相当人気があっただろう。生徒会長まで上り詰めたとのも納得だ。
そのせいか。瑚桃は乃々の目を見て話そうするが、思わず胸に目が行ってしまう。瑚桃はまだ中学三年生。胸が自分より大きい女子にはやはりコンプレックスを抱いてしまう。
「ところでボクの方も、君たちに聞きたいんだけど」
と乃々は前のめりになって言った。
「君たちは、ボクの大事な翔太くんの、何なんだい?」
「え?」
「え?」
美優と瑚桃の声が重なった。乃々はムムムといった表情でグググっと顔を寄せてくる。
「そ、そりゃ。うみちゃんセンパイも、アタシも、幼なじみっていうか……」
「幼なじみだということはわかってる」
乃々はさらに顔を近づけた。
「どうなんだい? もう手を出したのかい? ボクの翔太くんの純潔を奪おうとでもしているのかい?」
「じゅ、純潔……?」
さすがの美優もこれには引く。
「ちょっと見てわかったよ。君たちはボクと同様、翔太くんとの距離が近い。つまりあの、人を常に遠ざけがちな翔太くんが心を開いている。ボクにとってそれはとても珍しい事象なんだよ。珍事だ。いや、この際、ハッキリ聞いた方がいいかもしれないね。君たちは翔太くんを好きなのかい。もちろん、異性として、だ」
瑚桃は答えに窮した。確かに翔太は小さい頃から瑚桃の憧れのお兄さんだった。好意は持っているが、それが「好き」とか「恋」とか、明確に意識したことがない。意識する必要がなかったからだ。
いつもセンパイはアタシがウザ絡みしても構ってくれた。答えてもくれた。頼りにもしている。だが「異性として好きか」と改めて問われると、照れの方が大きく頭がバグってしまう。
瑚桃も、美優がある程度の好意を翔太に持っていることは気づいていた。だがどちらかと言えば、姉と弟といった雰囲気だ。お互いこれ以上の距離を縮めないよう。逆に、そう意識しているように思える。瑚桃も美優も、そんな微妙なバランスの中で翔太と交流をしてきた。
「え、と。あの」
瑚桃は何と答えていいかわかなくなった。思わず、美優の顔を伺い見る。うみちゃんセンパイなら、なんて答えるんだろう……?
そんな美優の表情は。
非常に平然と冷静に振る舞っているが。
顔の色は耳まで真っ赤だった。
(えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?)
ひっくり返りそうになる瑚桃。
(な、なんて、わかりやすい……)
「あ、あの。うみちゃんセンパイ……?」
恐る恐る美優に声をかけてみる。
「なあに、瑚桃ちゃん」
美優はいつも通りの声色で答える。
「その。角砂糖を取るミニトングでコーヒーをかき混ぜるのは衛生的にどうか、と……」
「あ……」
すぐ美優は、女装したメイド姿の男子の先輩に「すみません、間違えて、これ使ってしまいました、ごめんなさい」と角砂糖用のミニトングを手渡した。
その男子先輩は美優からミニトングを渡されながら「あ、あの、一年の海野さんだよね。来てくれてありがとう」と震え声で話しかける。
「ごめんなさい。ちょっとドジっちゃって」
「いいの、いいの! 海野さんなら」
そんなやり取りを聞いていた他の女装メイド男子らが数人集まってきた。
「お前、ズルいぞ。海野さんに話しかけるなんて」
「あ、俺。斉藤って言います。よろしくです」
「何、自己紹介してんだよ」
「いいじゃねーかよ、後輩との交流だよ」
「下心、見え見えじゃんかよ。あ。俺は、桜井です、覚えておいてね」
「この野郎、お前もか!」
さすがうみちゃんセンパイだ、と瑚桃は思った。学園のアイドル的存在と言われるだけある。先輩男子にも相当な人気だ。女装したメイド服姿の男子高校生が後輩女子を取り合って言い合いをしているのはどこかシュールな光景だが。
乃々はそんな瑚桃と美優の反応を見ながら「ふーん」と心の中で察していた。
(なるほどねえ。やっぱりそーゆーことか)
そしてオレンジジュースを飲み干す。
(ま。でも、ボクも負けるつもりはないけどね)
乃々の拳は自然と強く握りしめられていた。
※ ※ ※
ちょうどその頃。
「星の水まつり」受付に、かなりガタイのいい別の学校の制服を着た男子高校生たちが受付用紙に自身らのことを記入していた。その紙には。
『宇和島第三工業高校一同』の文字。
「え?」
受付の女子が目を見開いてそれを見る。そしてそのまま去っていこうとする彼らを「すみません! 一人ひとり、お名前いただいていいですか?」と呼び止める。
だが彼らはその声を完全にシカトして人混みの中に消えていく。
「ちょっとーっ!」
彼らの一人が言った。
「元崎ってヤツ、文化祭にちゃんと顔出してますかね?」
「いやあ、わからん。けど、その辺の悪そうなヤツに聞いたらなんとかなるだろう」
「俺らを差し置いて愛媛最強とか言われやがって。こっちには麗央先輩と、龍雅先輩がいるっつーの」
「麗央先輩、遅れてるけどな」
「あの人、すぐ遅刻するからなあ」
「お前、そんなこと言ってるとぶっ飛ばされるぞ」
「まあまあ、いいじゃねーか」
その中でも一際、悪そうな表情の少年が言った。
「とりあえず俺がいんだから。俺だけでなんとかなるって」
「龍雅くん……」
「そりゃ龍雅くん、無茶苦茶、強―けど」
「まあ、任せとけって」
そう言うと、龍雅と名乗る不良少年はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「俺は無敵だ。麗央に頼ることもねえ。元崎なんて単にデカイだけのヤツだろ? 誰が最強か、教えてやろうじゃねーか」
周囲は付近の中高生たちはもちろん、家族連れなど平和な空気で盛り上がっている。その「星の水まつり」に、不穏な雰囲気が漂い始めていた。




