第153話 神子浄化計画
第153話
魔界における受諾の地・水城市の半壊、そして魔王レラージェの離反の報は、レラージェを配下とする40の悪魔の軍団を率いる強壮な大公爵・アスタロトにも伝えられた。
アスタロトはルシファー、ベルゼハブと並ぶ地獄の支配者の一柱であるが、蝿の王とも称されるベールゼバブはこれを、アスタロトによる謀反と見抜いていた。
すなわち。
悪魔王とされる“666の獣”を利用した魔界王・サタンへの反逆であり、クーデターの準備の一環であると。
だが証拠はない。へたにアスタロトにそれを問いただしたところで、地獄の三大実力者の二柱による大戦争を引き起こすだけであり、ベールゼバブにとってもそれは可能な限り、避けたい事態であった。
それよりも問題は何故、魔王アストロトの配下であるレラージェが、離反したか、である。
魔王レラージェはそもそも大悪魔・サルガタナスの配下であり、サルガタナスはルシファー、ベールゼバブ、アスタロト、三大実力者の忠実な下僕である。要はサルガタナスにもきな臭さがあり、魔王アスタロト側についた疑惑がある。
ただし、だ。
それだけの後ろ盾を用意されていた魔王レラージェがアスタロトの元を離れるメリットが感じられなかった。
同じ魔王といえど階級が違う。アスタロトは天使のうちでも最高位の元・座天使であり、神学上では第三位に数えられる上級天使だった。それだけ力の強い地獄の大主計・アスタロトを裏切っておいて、ただですむわけがない。
魔王レラージェが魔王ベレスに接触していたことは知っていた。だが魔王ベレスはソロモン72柱の頭領ではあるが、元は天使の階級における第六位の能天使であり、魔王アスタロトを裏切ることを決意するほどの能力を備えているかどうか、ベールゼバブには疑問であった。
「魔王ベレスとは何者なのだ」
ベールゼバブの最初の疑問はそれだった。そして次に。
「“666の獣”とは、本当に我らの味方……、いや盟主となりうる存在なのか」
ということだ。
魔王レラージェは魔王ベレスと接触したことでサルガタナス、及びアスタロトから離反を決意した。だがそれは魔王ベレスの存在だけではないはずだ。おそらくヤツは“666の獣”がなんたるか。
その秘密を。
知った可能性がある。
魔王、いや大魔王ともいえるベールゼバブは、魔王ベレス及び“666の獣”の扱いについて、再び熟考せざるを得なかった。
魔王ベレスは、本当に我々が知りうるところの魔王ベレスといっていいのか。
我らが知っている以上の、何かを隠匿しているのではないか。
同時に。
“666の獣”は、新約聖書における「審判の日」に、神の子・人間どもを惑わすための先導者である存在とあるが、その伝承は誠なのであろうか。
大魔王であるベールゼバブは重い腰を上げざるを得なかった。
「我が目で確認せざるを得ないだろう」と。
同じく大魔王クラスのアスタロトも動いているかもしれない。その先を越されるわけにはいかない。
何より、アスタロトはこの魔界でクーデターだけでなく、何かを“知って”、そしてサタンに内緒で隠密に行動を起こしている可能性がある。
「サルガタナスを締め上げても何も出てこないであろう」
その予感はあった。そもそも自身の配下とはいっても寧ろ、アスタロトの直近の配下である。アスタロトの方が距離が近い。サルガタナスを捕らえたところで、それはそれで、アスタロトとの戦争につながりかねない。
旧約聖書、新約聖書、それぞれに登場するほどの大悪魔であるベールゼバブは、現状のバランスを崩してしまう危機を冒して、“666”の地=受諾の地・水城へ降臨することを決めた。
そして、水城市はさらに不穏の影を濃くすることになる──。
「ベールゼバブ」。地獄の三大実力者。キリスト教における悪魔の一人。旧約聖書『列王記』に登場する、ペリシテ人の町であるエクロンの神バアル・ゼブルが前身とされる。新約聖書『マタイ福音書』などではベルゼブル (Beelzebul) の名であらわれる。サタン、ルシファー、その次の序列に加わる存在として魔界での最重要悪魔。
※ ※ ※
――人間界。
「水城はその後、どうなった」
諮問会議。各モニターには番号のみが振られており、その暗闇の中、一人の青年が、モニターからの質問に回答をしていた。
青年はこう答えた。
「街の中心地が全壊。ですがその復興に全力を注ぎ、予定をはるかに上回るスケジュールで再建築、再構成が行われています」
「崇徳はどうなった」
別のモニターから質問が飛ぶ。
「崇徳上皇の怨霊の復活は私共にとっても予想外の出来事でした。我々も介入はしたものの、“666の獣”との関連性は薄いという誤報により、全力を割くことができず、結果的に『カスケード』に由来する魔界の何者かによって、鎮められたとの報告があります」
「つまり、君は、なんの干渉もしなかったのかね?」
その質問に青年は口をつぐんだ。
「あの崇徳が“666”の影響を受けていたとなると、これは君、大変な機会を失ったことにつながるよ」
「そうだ。大失態だ」
「我らが目的を果たす最大のチャンスであったのかもしれぬのに」
これに青年は反抗する。
「しかしながら」
こう続けた。
「まだ確証もないまま動くことの方が危険なことだとも考えられます。寧ろ私は、今回の事件の観察に徹したことで、その確信を得られた。自身の判断が間違っているとは思えません」
「言い訳だ」
「結果論ではないか」
「神表神父、どう思われる?」
これに対して神表神父と呼ばれた男はモニター越しに答えた。
「今回の件において、私自身も息子には動くなとの厳命を下しておりました。そこの彼が責められるのであれば、私も責められるべきであると」
「なるほど」
「責任の所在を問う状況ではないと」
「確かに。彼を責めても仕方がないことかもしれないな」
そのやり取りに青年は微笑んだ。
「だが、我々はやり遂げなければならん」
「そうじゃ。“666の獣”の福音。君は、“666の獣”がようやくこの世に顕現したと。“確信した”という言葉の裏には、それが含まれていると考えていいのかね」
「もちろんでございます」
青年はニヤリと笑った。
「“666の獣”はすでにこの世に顕現……いや、その復活の途中にあると考えて良いでしょう。我々が焦燥せねばならぬのは、おそらく我々よりも先に、魔界の者……その者が実態を我々よりも早く把握していることかと」
「なんと」
「魔界の者が、だと」
「あってはならないことだ。“666の獣”は必ずや、我らが手中に入れねば意味がない」
「おっしゃる通り」
そして青年は続けた。
「ですが、我々と同じ認識を持つ魔界の者もいるとすれば、どうでしょうか?」
一斉にモニターの奥が静まり返った。それはありえない事態だった。もしそんなことがあるとすれば。
──我々が道化となってしまう……。
「それは確かか」
その声に青年は答えた。
「わかりません」
だが青年はモニターをすべて鋭い視線で見渡し、こう言った。
「それは憶測に過ぎません。ですがその可能性はある。ですが、その魔の者に預けるわけにはいかない。アレは必ずや、我々の手で成し遂げなければならない」
「そうじゃ」
「わかっておる」
「それこそ福音の思うままに、である」
「私も、それは理解しております」
青年は強い口調で言った。
「それを成し遂げられないで、何が福音か。何が神の意思か。なにより」
そして。
「何のための国債魔術会議か!」
モニターの奥の老人たちが黙り込む。
そして一人のモニター奥の老人が口火を切った。
「それだけわかっておるならいいじゃろう」
これに続いて数々のモニターから声が飛び出した。
「そうじゃ」
「神の意思は絶対である」
「“666の獣”は必ずや復活させねばならぬ」
「我らはその無念のためにこの世にかろうじて残っている神の現像ぞ」
青年はふっと笑った。
そう。
これで彼はこの後、今まで以上にやりたいようにできる。
「お前を信じていいのじゃな」
モニターから声がした。
「もちろん」
と青年は答えた。
「では我が息子もお前の配下につけよう」
神表神父と呼ばれた男の声がそう言った。
「ありがたい。彼は相当な戦力となります」
「では、今後も、我らが唯一の神とあらんことを」
「神の裁きを、これまで数億年続いた中途半端な状況で終わらせぬことを」
「神の子殺しの完遂を」
「神子浄化計画を」
「任せたぞ」
「はい」
「八雲在斗よ!」
その青年……つまり、八雲在斗は数々のモニターを前にして口角を微妙に上げた。
「はい。わかりましてございます。なにより、そのための、国債魔術会議でございます」
八雲のその声で、モニターの電源が一斉に消えた。
そして、そこには静寂と不敵に笑みを浮かべた八雲在斗だけが残された──。
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「この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は“666”である」(新共同訳聖書 ヨハネの黙示録13章16-18節より)
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第3章へ続く……。
これで第2章、完結になります。
これから第3章へ。
もし「続きが見てみたい」「おもしろい」と思ってくださる方がいらっしゃったらブクマと星マークを。さらに良いアイデアが湧くかもしれません。
では、これから第3章のスタートです。
ぜひ、お楽しみいただければ幸いです。




