第144話 北藤翔太・覚醒
第144話
上空の『カスケード』の下。水城市・江戸岡交差点。
スーパーマーケットを地下から吹き飛ばす噴火、その影響による噴煙のなか、大天狗=妖霊星を鷲掴みにした祟り神=巨大化した葉山ひまり。
マグマの真っ赤な光に煽られながら涙を流すひまりは、そのまま大天狗を宙空に向かって乱暴に放り投げた。
まるで小さな子どもが癇癪を起こして、いらない玩具をぶん投げるかのような幼い行動。
そう。葉山ひまりは意識はいまだ大人となれないまま、崇徳上皇の怨霊の祟りから、自身を蝕む悪夢から、目覚めようとしていた。
「ひまりちゃんっ!!」
ひまりの従姉妹である秋瀬瑚桃が歓喜の声を上げる。
「聞こえたの!? アタシの声、届いたの!?」
そしてこれに即座に反応したのがデルピュネーだった。
投げ飛ばされた大天狗と並走するかのように飛んでいき、大天狗の首に突き刺さったままの自身の槍を一気に。しかも正確なコントロールで。
引き抜いた!
夜空に血しぶきが、美しく弧を描く。弧を描いた血しぶきが、まるで三日月のようにこの地を彩った。そして。
「ブチかまし、まくりメキます!」
即座に。
デルピュネーは大天狗の頭へ向けて。
必殺の一撃を振り下ろす。
魔王ベレスがその側近として最も信用するその威力。
この世の全てを乱すような轟音が響いた。
伴い、衝撃波が走った。
だが、
なんと、これに大天狗はかろうじて反応できていた。
右手に持った神剣。これでデルピュネーの攻撃をなんとか受け止めたのだ。
とは言え。
ピシッ……!!
日本の妖怪界のなかでも最強クラスの強さを持つ大天狗の神剣。伝説上でも多くの悪鬼を滅ぼしてきたその強力な剣に。
あろうことか。
あり得ないことに。
小さなヒビが入り。
ポロっと一部が欠けた。
『……!?』
驚がくで目を見開いたまま、大天狗はデルピュネーの一撃で路上へと猛スピードで叩き落される。
ズドン!
アスファルトが砕け、その場に大穴が空いた。
『ぐはあっ!』
体長3メートルほどの大天狗が、バウンドする。
そのバウンドした瞬間を狙って。
戦闘の女神セクメトの右目を燃やす翔太と元崎が、二人同時に飛び込んでいった。
「マギカ2nd」の力をそのままに元崎の右拳が大天狗の左の膝の皿を打ち抜く。
セクメトの力を得た翔太は左肘で、大天狗の巨大な右足の甲を押さえ、下から右肘で大天狗のアキレス腱の辺りを突き上げた。
大天狗の膝の皿が割れた。
大天狗の右足のアキレス腱が切られ、足首が有り得ない方向に曲がった。
鋼の強度をはるかに超える大天狗の肉体。それをも破壊する元崎の「マギカ2nd」のパワーと、戦闘の女神セクメトの力。
さすがの大天狗もたまらない。そのまま大天狗はアスファルトを背に、もんどり打った。
元崎が言う。
「なんと。それもシラットという技ですか。なんともゾッとする攻撃ですね」
「喋ってる暇はないぞ! これぐらいでヤツが参るはずがない」
翔太の声にシャパリュの声がかぶさった。
「翔太の言う通りだ。今のは単に不意をついたがゆえのクリティカル。相手は神に最も近い魔性の大天狗、油断してると痛い目に遭っちゃうぞ!」
そして、その言葉通り。
次の瞬間には、翔太の隣から元崎の姿が消えていた。
「──え?」
目にも留まらぬスピードだったからだ。
当然といえば当然である。
相手は大天狗であり凶運の流れ星。
流れ星のスピードは音速をも超える。
そのスピードで。
大天狗は右腕を使い、元崎を振り払った。
一撃の衝撃。
身長2メートル近くある元崎の体は軽々と吹き飛ばされ。
電器量販店の一階をスマホやパソコン、テレビに掃除機といった家電を打ち壊しながら突き進み。
多くの民家を突き破り。
路地まで突き抜けると、そこに立っていた電信柱に腰をひどく打ち付けられ。
そしてようやく止まり、地面に、落ちた。
「元崎っ!!」
叫んだ翔太の頭上にも、大天狗の神剣の影が落ちる。
「翔太様!」
その神剣が振り下ろされる寸前に、デルピュネーが翔太を抱えて飛び退いた。
振り下ろされた大天狗の神剣は、そこに二重三重の衝撃波の輪を広げながら、アスファルトを広範囲で凹ませた。
この衝撃にデルピュネーごと翔太もふっ飛ばされる。
だが、デルピュネーは槍をアスファルトに突き立てる。
そのまま数メートル引きずられ。
ようやく、それが収まった。
「剣を振り下ろしただけであれかよ……」
翔太は驚きを隠せない。
「翔太様、恐れながら相手は格上でございます。十分にご用心なさいまし」
「わ、わかってる」
翔太は立ち上がると、さらに右目への魔術回路を集中させ、力を流し込んだ。セクメトの炎がさらに大きく燃え上がり、体中に力があふれる。
一方で、膝の皿を割られ、足首をおられた大天狗はその場に座り込み、動けない。
(今がチャンスだ)
そう思い、駆け寄ろうとしたその時である。
動けないはずの大天狗。
こちらを鬼のような形相で睨みつけている大天狗。
その両目から。
いきなり光線が放たれた。
!!!!!!!!!!
「危ないっ!!」
デルピュネーが翔太の前に立ち塞がり、槍を縦にアスファルトへと立て防御魔法陣を張る。
その光線はデルピュネーの魔法陣に弾かれると、周囲の建物を次々とスパッと切り裂きながら、頭上の暗雲へと消えていく。
切り崩された建物の破片が降ってくる。
その粉塵にまぎれ、翔太とデルピュネーは大天狗から見えない場所へと隠れた。
瓦礫に背をもたれかけながら、翔太は呆れたように言う。
「目からレーザービームって……、あいつ何でもありかよ……」
「伊達に大妖怪と名乗るだけはございますね」
デルピュネーも驚嘆の言葉を発した次の瞬間。
背にした瓦礫に翔太は違和感を覚える。
そう。
“そこ”を狙われたのだ。
危ない!
翔太とデルピュネーは左右に散って逃げた。
隠れていた瓦礫が真っ二つに割かれる。
翔太はそれを逃げた先で見た。
危なかった。
だが怯まず。
デルピュネーは大天狗へ向けて飛び出していた。
「はああああああああああああああああああああああ!」
何本もの光線がデルピュネーを襲う。
だがその一つ一つをデルピュネーは槍の穂先で弾きながら突進していく。
弾かれた光線が周囲の建物を切り裂いていた。
瓦礫が雪崩のように落ちてくる。
それを背に、デルピュネーはアスファルトを蹴って飛び上がり。
そこから。
……シュ。
──瞬時に姿を消した。
デルピュネーの高速移動。
目で追おうとしてもとても間に合わないスピード。
大天狗をしてもそれに匹敵する力を持つギリシア神話の怪物。
次にデルピュネーが現れたのは大天狗の起こされた上半身の背の裏。
死角。
がら空きの背中。
そこ目掛けて。
突く、のではなく。
槍を。
横に。
“薙いだ”。
大天狗の首に横にすっと赤い筋が入る。
デルピュネーの攻撃は圧倒的だが下品ではない。
ミリ単位の繊細さで。
肉を、骨を、神経を、細胞を、細胞核を。
斬る。
つまりは。
大天狗の首は。
落ちた。
「やった……!」
思わずガッツポーズを取る翔太。
「速く動けるのは、あなただけじゃないのですよ」
大天狗の背を見ながら言うデルピュネー。
大妖怪・大天狗。妖霊星とも言われ、都一つをたった一体で滅ぼすことができるほどの怪物。
しかしデルピュネーは、あのギリシア神話の王・ゼウスをも倒した世界を滅亡に導くとも言われる大怪物・テュポーンに認められし伝説の怪物。
今回、その軍配はデルピュネーに上がった。
……かに思われた。
その時には。
翔太は、左肩にとてつもなく熱い痛みを感じていた。
一体、何が起こったのか、翔太にはわからない。
だが気づけば。
左肩から、どろり、と熱い液体が流れ出し。
その赤い液体は一気に噴き出し。
あまりの強烈な痛みが。
翔太の神経は麻痺させた。
(え……)
ダメージを受けて何秒も経ったかに思えた、それほどの大天狗の攻撃能力。
束の間の喜びの最中。
翔太は。
左肩を大天狗の光線によって貫かれてしまったのだ。
熱かった。
ただただ、そこが熱かった。
そこ。
つまり傷。
左肩に空いた穴。
翔太の左肩は。
落ちた大天狗の首から放たれた光線に穿たれ、破壊された。
「あああああああああああああああ!!」
痛みが急に戻る。
翔太は吠える。
痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!
大天狗は首だけになっても生きていたのだ。
今も首だけで転がりながら、目から光線を放ち続ける。
江戸岡交差点の建物のほとんどがその光線により切り裂かれた。
瓦礫が雨のように降ってくる。
壊滅。
街の壊滅。
足場もガタガタの最悪の状況。
そんななか、シャパリュは、美優や瑚桃を守りながら光線のすべてを必死に弾いていた。
「うわあ。めっちゃくちゃだな。あの妖怪」
デルピュネーもうまく槍の矛の部分を使い、後退しながらも光線を弾き続けている。
まさか首を落としても生きているとは思わなかった。
デルピュネーにとっても大きな誤算。
さらに驚いたことに残された肉体はまだ、動いている。
首は目から光線を放ち。
転げ回っている。
肉体は、壊れた脚を無視して、立ち上がろうとしている。
化け物だ。
左手首を落とされ、右膝の皿を割られ、左足首を折られ、首をはねられても。
まだ戦おうとする鬼神。
妖怪の範疇を超えた、神にも等しいその強靭さ。
「弱ったな……。ちょっと作戦を考えないと、この状況、変えられないぞ」
光線を弾きながら、珍しくシャパリュも弱音を漏らす。
ガラガラと瓦礫が美優や瑚桃の上に降ってくる。
それをもシャパリュが念動力で跳ね飛ばす。
さすがの美優も頭を抱え、しゃがみ込んでいた。
そんな状況下。
大天狗の放つ光線は当然、巨大化したひまりにも直撃した。
だがひまりの肉体はそれをすべて取り込んでいた。
傷一つ、つかない。
それは、ひまりが神に……祟り神に、どんどん近づいていっている証であるとシャパリュは見た。
つまり、状況は悪化の一途をたどっている。
目的は葉山ひまりを救うこと。
だが。
なのに。
祟りが、葉山ひまりを侵食し、取り返しのつかないレベルにまで近づいている。
慌ててシャパリュはテレパシーでデルピュネーに伝えた。
『デル、どうだ。そこからその大天狗の首だけでも細切れにできないかい?』
即座にデルピュネーが答える。
『今の状態では困難でございます。わたくしもこの光線を弾き飛ばすので精一杯。近寄ることもできません』
『ベレス様と通信は?』
『途絶えたままでございます』
『そうか。困ったな』
シャパリュは考え込む。
残された道は、シャパリュ自らが、これまで隠し通してきた正体を明かして、この場を鎮めること。
しかしそれをやってしまうと、この地に、いや、この周囲一帯に、もしかたしたら世界に。
なんらかの悪影響を及ぼしかねない。
なるべく避けたかった。
賭けになってしまう。
何事も起こらなければそれで良し。
だが、タイミングが悪ければ……。
(『カスケード』の活発化が世界規模で急進的に広まってしまう……)
それはつまり、地球の。
この“方舟”の。
存在の危機をも意味する大事件につながりかねなかった。
特に今夜のような瘴気の強いタイミングは危険だ。
さいの目が裏目に出る可能性のほうが高い。
しかし。
ベレスとコンタクトが取れない今、自分ができることはそれしかない。
例え、“方舟”が異変に呑み込まれたとしても。
その危険を冒したとしても──。
シャパリュも覚悟を決めた。
その時だった。
「なんだ?」
シャパリュはとんでもない波動が十字路の外れから突然、放たれたのを感じた。
これは……?
一方では、光線を弾きつつも大天狗の首へ近づこうとするデルピュネー。
そのデルピュネーの目にも、ある人影が映った。
ゆっくりと歩いてくるその姿。
その右目は、真っ赤に燃え上がっていた。
そして肉体には、血管や神経のように魔術回路が浮かび上がっていた。
光線が行き交うなか、粉塵が舞うなか。
その少年は、ゆっくりと大天狗へ向かって歩いてゆく。
その姿にシャパリュとデルピュネーが同時に叫んだ。
「翔太!」
「翔太様!」
──そう。
それは紛れもなく北藤翔太だった。
デルピュネーは翔太の体に浮かび上がった魔術回路を見ながら言う。
「あれは……、まさか『マギカ2nd』!?」
魔術回路発動のさらに上……「マギカ2nd」の肉体に、さらに戦闘の女神セクメトの力を宿し、“超強化”された北藤翔太。
神と破壊の権化が魂で同化している少年が。
粉塵のなかからある一点を睨みつける。
それは目の前にるこれまで対峙した敵のうちでも最強クラスの敵・大天狗。
では、なく……?




