第142話 斉天大聖・孫悟空vsイザナミノミコト
第142話
「おのれ、妖怪が!」
イザナミの手に光。一瞬でアメノヌボコはその光に導かれたように戻る。イザナミノミコトはアメノヌボコで薙いだ。目の前の身動きできなくなったセイテンタイセイの首を落とすためだ。
だが。
「カッカッカッカッカ!」
セイテンタイセイの頭部は笑いながら落ちていった。
そこへ、イザナミを取り囲んでいたうち、5体のセイテンタイセイがイザナミへと襲いかかってきた。
「おのれ幻術か、分身の術か」
一瞬だった。ベレス以外にはそのアメノヌボコの軌道は見えなかった。
1秒とかからず5体はただの肉片へと変わる。遅れて血しぶきが上がった。いくらセイテンタイセイと言えども真正面からイザナミと戦えば虫けらと同然。それほどの戦闘能力の差をまざまざと見せつけた。
「すべてが本物!? なんとも怪しき術よ」
イザナミは次の攻撃に備え、アメノヌボコを両手でしっかりと構え、力を込めた。
ドン!
突如、アメノヌボコの力が開放される。黒と赤の祟りのオーラが、そこから円状に広がっていく。禍々しき気が結界内を圧倒していく。
それと同時に、魔王ベレスがついに動いた。
魔法陣を足場にし、フッとその場から消える。
次の瞬間、ベレスはイザナミの目の前に現れた。
対峙したイザナミは驚きもせず、フッと笑みを漏らす。
今度はベレスの前からイザナミが姿を消した。
イザナミは高速で空に弧を描きながら、周囲にうじゃうじゃといるセイテンタイセイたちを次々と薙ぎ払っていく。
それを追うベレスの肉体に蛭子の触手が絡みついた。想像以上に力が強い。ベレスは完全にその場に足止めされている。だがベレスは慌てなかった。
「邪魔だ」
腕や肩、腰、左足に巻き付いた触手。それをベレスは布都御魂剣で切り裂いていく。蛭子が驚きの悲鳴を上げた。こんなに簡単に切り裂かれはしなかった。つまり今、ベレスの剣撃の攻撃力はさらに上がっている。さらに本気を出している。
一方、そのほんの数秒の間にイザナミは目に映るセイテンタイセイたちを次々とサイコロ状の肉の塊にしていった。
「これで30体」
だが本体はまだ見つけられない。その証拠に、セイテンタイセイは倒されても倒されてもどんどん増加していき、やがて空を埋め尽くす程の規模となる。
「ここだここだ」
「我が本物だ」
「さあ来い。遊んでやる」
「いくら闘っても勝利が見えぬ無限地獄へ堕ちるが良い」
口々に悪態をつき挑発していくるセイテンタイセイ。これを前に、イザナミは手にしたアメノヌボコにさらに力を注ぎ込んでいく。
アメノヌボコが赤く光り始めた。祟り神の、祟りのエネルギーがそこへ集束していく。おかしい。通常の攻撃ではない。
「範囲攻術か!?」
ベレスは瞬時に守備魔法の魔法陣を張り、盾を作った。
それとほぼ同時だった。
まるで居合抜きのようなスピードで。
ベレスにもようやくその動きが追えるほどのスピードで。
いきなりイザナミは空を十字に斬った。
空一杯に広がる、祟りの十字架。
「紅蓮退魔神斬」
バクッと。
夜空が空間ごと切り裂かれた。
その直後、上空で宇宙さえも壊さんばかりの大爆発が起こる。爆炎がこの結界内に充満し、そのあまりの勢いに、ベレスはセイレーンをかばい、この衝撃波をギリギリ耐えた。
レラージェの方も守備魔法陣を5枚張っていた。だが、それらすべてが次々と割れていき、衝撃波の直撃を受ける。
「ぐっ……!」
レラージェの6本あるうちの1本の腕が蒸発して消えていく。その痛みに耐えながら、その衝撃波に押されながら、なんとか『カスケード』の中を彷徨う白鯨の背でこれ以上の被害を防ぎきった。
その爆撃は味方をも破壊するほどの最終兵器であった。黄泉醜女たちで作られた大樹がボロボロと崩壊し始めたのだ。持ち上げられていたマーサ・プレイスの電気椅子が落ちてくる。
「マーサ、戻れ」
これを見たベレスの一言でマーサ・プレイスと電気椅子はそこからフッと消えた。その背後では醜く焼けただれた黄泉醜女たちが大樹からウロコのように剥がれながら、次々と『カスケード』の中へと落ちていく。
まるで地獄のような光景。亡者たちがなすすべもなく、地獄の釜へと、バラバラと落とされていく悲哀と残酷さに満ちた凄惨な絵図。
イザナミにとって黄泉の国の軍勢など取るに足らない。代えはいくらでもきく。人が死ねば死ぬほど、その軍勢は増えていくのだから。
白鯨の背でなんとかしのいだレラージェだが、この壮絶な闘いを前に珍しく恐れおののいていた。
これだけの広範囲の斬撃、爆炎。さすがのセイテンタイセイも生きてはいないのではないか。
紅蓮退魔神斬。間違いなく一撃必殺の技。近接戦闘でさえ歯が立たないのに、これほど強力な範囲攻術をも持っているとなると、少なくともレラージェだけでは勝ち目はない。
ベレスはどう思っているのだろうか。まだ勝算はあると考えているのだろうか。
爆炎が壁となり、ベレスの姿はよく見えない。だが何か背筋をゾクッとさせるような奇妙な威圧感を上空から感じた。これまで味わったことのないこの波動。未知で強大な、魔界の王・サタンを前にしているような、いやそれ以上の畏怖の力。
──これはまさかベレスの……!?
その時、耳の後ろから突然、声が聞こえた。
「まったく。お主もまだまだだな。しっかりよけやがれってものだ」
思わずレラージェは飛び上がりそうになった。
「誰だ!?」
「しっ! 声が大きい」
その者は耳打ちをするようにレラージェへこう語りかけた。
「我よ。セイテンタイセイ様よ。お主の背後に隠れたつもりだったが、まさかお主の退魔魔法陣がここまでもろいとは思いもよらなんだ。それでよく我を一度、苦戦させたものだな」
セイテンタイセイだ。
だがその体は5ミリほどになっている。仙術。体の大きさを自由に変えられるセイテンタイセイゆえのトリッキーな技。セイテンタイセイはその肉体を小さくし、敢えて防御はレラージェに委ねた。つまりレラージェを盾にした。盾にされたレラージェは当然の如く苛立つ。
「貴様……私を利用したのか」
「まあまあ、そう頭に血を上らせるな。お主だって“王”の名を人々から冠せられた魔物であろうが。これぐらいのおふざけ、甘んじて受け入れるぐらいの度量はあってもよいのではないか」
まったくもって食えない妖仙だ。だが天界を天宮を揺るがし、さらには三蔵法師との取経の旅では数多くの大妖怪と闘ってきた百戦錬磨の伝説の妖怪。経験値ではレラージェを超えているのかもしれない。
そのレラージェの心を読んだようにセイテンタイセイは言った。
「まあ確かに経験値で言えば我がお主より上よ。だが、お主もなかなか捨てたものではない。闘い方こそ違えど、その力、我と互角と見た。そこでだ。我に作戦がある」
「作戦、だと?」
「おうよ。あんな神話上の存在を相手に真正面からぶつかり合えるのは、悔しいが、あのベレスぐらいのものだろう」
「ちょっと待て。なぜ貴様がベレスのことをそれほど知っている。ベレスとは何者なのだ。ベレスがあれほどの力を秘めていたこと、おそらく魔界の誰も知らなかったはずだ」
「まあそれはほれ、能ある鷹は爪を隠す。身内にこそその手の内を見せぬ慎重さがあるのだろう。実は我は天宮で聞いたことがある。古代中国最強の反逆の神・蚩尤とは、西洋でベレスと名乗る地獄の王のことではないか、とな」
「ベレスが、古代中国の反逆の神!?」
「いやまあ、それは単なる噂に過ぎん。だが蚩尤は勇敢で凶暴、さらには忍耐強い神でな。雨と風、そして霧を操ると言われておる」
「霧……」
レラージェの脳裏に『カスケード』がよぎる
「さらには無数の魑魅魍魎を従えており、その兄弟分となる存在は72。一方でベレスはソロモン72の魔王の頭領の座。どうだ、共通点があるであろう」
「まさか、そんな……」
確かに共通点はある。それが噂のネタになったのかもしれないが、それにしても恐ろしいのは古代中国の天宮で、魔王ベレスの名が知られていた、という事実だ。
ソロモン王が封じたとされる72柱の魔王群。その頭領。
──ベレスとは一体……。
「まあ我は、蚩尤ともベレスとも剣を交えたことがないのでな。見たことない噂をにわかに信じておるわけではない。ただ、だ。我が五行山に500年間、岩石の中で閉じ込められていた時、あの男が現れた」
「あの男とは」
「ベレスよ」
これで一つハッキリしたことがある。魔王ベレスは西洋の魔界のみならず、少なくとも中国の伝説や神話でもひっそりと存在していたという事実だ。
「我とベレスが会ったのはその時だ。その時、ベレスは言った。500年の数を数えるのが面倒になっていた我に、あと数年で、我が自由になると。封印は数年で解けると。そう告げたのだ。ヤツとはそれ以来の仲よ。なかなか会うことはなかったが、随所随所で、ヤツの話については聞かされていた」
「つまりベレスは、魔界とこの世を自由に出入りできていた……。この世の多くの神話に、その名を残している存在……?」
「そこまでは言っておらん。だが長くこの世に顕現している特別な存在であることは確かだ」
レラージェは衝撃を受けた。自分はベレスのことを何もわかっていなかった。単なる魔王72柱の頭領。戦争の悪魔である自分の力を持ってすれば倒すことができる、それぐらいに考えていた。
だがその考えは根底から覆された。先程のベレスとイザナミとの闘いですでにその疑惑は生まれていた。魔王ベレスという存在が、謎となり驚異となり恐怖となった。その理由が今わかった。
やはりやつは。
魔王ベレスは。
我々が知っていること以上のことを認知しており、さらには敢えて自身の本当の力や姿について秘密にしている。
正体不明の存在である、と。
「さあ。無駄話はここまでだ」
爆炎の煙が少しずつ薄れつつあった。
「我がお主に作戦を授ける。うまくいけば、ベレスの力を借りぬとも、あの神を倒すことができるだろう。我だけでもできなくはないのだが、お主がいた方が確実だ。どうだ。乗るか?」
つい先程まではずっと敵であった妖怪の話だ。そうそう簡単に乗ることはできない。だが。
この状況だ。
命には変えられない。
それに、ここはこのセイテンタイセイという者のことをさらによく知るためにも、敢えて従ってみるのもいいかもしれない。
「わかった」
レラージェは言った。
「どうすれば良い?」
戦争の悪魔としてのプライドは捨てぬままレラージェはセイテンタイセイの口車に乗った。
「それはな……」
セイテンタイセイはニヤリと笑い、レラージェへと耳打ちをする。




