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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

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第141話 釈迦如来

第141話


 斉天大聖・孫悟空。


 天界の乱暴者。


 妖怪どもを従えながらあまりにも悪さを重ねる上に、その戦闘力が高いゆえ天帝も手を焼き、懐柔策をとり、新官職「斉天大聖」を創造し、正式に天界の一員となった。


 だが天界でも孫悟空は悪戯、暴虐の限りを尽くす。


 さすがの天帝もついに堪忍袋の緒が切れ、天兵10万を派遣して孫悟空包囲。ついには捕らえることに成功した。


 天帝は孫悟空を八つ裂きの刑に処す。しかし孫悟空はすでに道教の重要なリリン太上老君たいじょうろうくんから盗んだ仙丹の力で不老不死の無敵の力を得ていたため、刀も斧も炎すら悟空の体を傷つけることはできなかった。


 逆に大暴れをして手がつけられない状態になってしまい、ついに釈迦如来が動くことになった。


 釈迦如来は悟空に言った。


「私の手のひらから外へ逃げ出したらあなたを許しましょう」


 その言葉を聞いた孫悟空は日中日夜、何千里も筋斗雲に乗って釈迦如来の鼻を明かそうとした。


 自分の力はすでに如来を超えている……そう慢心していたからだ。


 いくつもの太陽が上り、沈んでいった。


 もはや宇宙の果てまで来たのではないかと悟空が思った時、目の間に巨大な五本の柱が見えた。


「ついに我は宇宙の端を見た」


 そう調子に乗った悟空は、その指へ記念として自らの名前を印し、勝どきを上げる。


 だが悟空は大きな間違いを犯していた。


 その五本の柱こそ、釈迦如来の指だったのだ。


 つまり孫悟空は釈迦如来の手の中でずっと遊ばれていたのだ。


「手のひらの上の孫悟空」という有名なエピソード。


 釈迦如来はこうして、孫悟空に身の程を思い知らされると、悟空を取り押さえて五行山の岩の中に封印。500年間、身動き一つできなくしてしまう。


 その500年後に三蔵法師が現れ、悟空は三蔵法師の弟子となり、取教の旅へ同行。これが有名な「西遊記」の三蔵法師と斉天大聖・孫悟空の出会いだ。


 三蔵法師を守り、天竺から多くの経典を持ち帰った後、孫悟空の功績はようやく天界にも認められた。そこで初めて仏の記別を得ることができ、現在は「セイテンタイセイ」の名で、アジア各地で崇められる道教の有名な“リリン”であり、最も有名な英雄となった。


 そう。


 不老不死の肉体ゆえに、セイテンタイセイには、イザナミによる「死の宣告」は通用しない。そもそも「寿命」という概念がないからだ。


 魔王レラージェとメドゥーサとの闘いでは石にされ、その後レラージェの弓矢によってその身を粉々に砕かれはしたが、それはセイテンタイセイの死を意味しなかった。


 単にバラバラになった肉体を元に戻すのに時間がかかるので、仙術によって身を潜めていただけだった。


 その不老不死、無敵の名を持つセイテンタイセイが今、この崇徳上皇の結界の中、イザナミノミコトという日の本の母であるリリンの前に現れた。


 協力に来た……というより、“戦”の匂いにつられたのだ。


「貴様、生きていたのか……」


 レラージェの糸目が驚きで見開かれる。


「我の身は不老不死。そう簡単に壊れたりはせぬ。残念だっったなあ。西洋の物の怪よ」


 セイテンタイセイはカッカッカと笑う。


「この暗雲が妖しいと思うて、ようやく結界を突き抜けて来たが、どうやらお主が相手しているのは、この国の地母神と見える。いや、祟り神か。ついつい気まぐれでお主を助けてしまったが、誤算だった。これは我の手にも余る代物だ」

「貴様の仙術とやらも通用しないのか」

「それはどうかな」


 セイテンタイセイは不敵に笑う。


「物事は何事もやってみなければ、わかるまい!」


 そう言うとセイテンタイセイは手にした如意棒を手に、イザナミノミコトへと襲いかかった。


「来い!」


 イザナミの声に反応し、瞬時にイザナミの手に、アメノヌボコが戻ってくる。


 セイテンタイセイのまずの第一撃は、このアメノヌボコによって軽く弾かれた。


 その後も如意棒で乱れ打ちを続けるも、寸出のところでイザナミはかわし続ける。


 その笑みからは余裕すら感じられる。スピードのレベルが違うのだ。しかも圧倒的に。


 だがセイテンタイセイは、このイザナミの余裕に勝機を見出した。


 如意棒を構え、全能力をかけての強烈な突きを繰り出した。


 イザナミは、すっと背後によけて、このセイテンタイセイの懇親の一撃を避けた。


 避けたと思った。


 セイテンタイセイの口元がニヤリと笑う。


「伸びろ! 如意棒!!」


 如意棒の先からイザナミの腹までは数センチ。そこで伸縮自在の如意棒が一気にその距離を詰めたのだ。


「なんと!」


 如意棒はイザナミの腹を直撃する。思わずイザナミの肉体が「く」の字に折れ曲がる。


 セイテンタイセイとしては、イザナミの腹を貫くつもりでその技を繰り出した。


 だがイザナミは、その場から1メートルほど、退いただけであった。


「ぬ……通じぬか……」


「面妖な技を」


「おかしいな。この如意棒。触れたものの肉体はことごとく破壊するはずだが……。だが効いてはいるようだな」


 セイテンタイセイはニヤリと笑った。


 イザナミの口からつ、と血が流れ落ちる。


 その血を拭き取り、自身の血を見て、イザナミの目が怒りに燃えた。


「許せぬ。もはや。許せぬ」

「どう許せぬというのだ?」


 セイテンタイセイはイザナミの怒りを逆に面白がった。


 そして次の攻撃に移ろうとした。


 その時。水城市を覆う暗雲=『カスケード』から突如、何本もの槍のようなものが飛び出してきた。


「おおおっ……!?」


 赤と黒の祟りのオーラをまとわせながら、幾何学模様に曲がりくねって襲ってくるその槍。


 それは槍というには、あまりにも長すぎた。そして自由自在に動きすぎた。


 そう。それは蛭子ヒルコだ。


 蛭子ヒルコの触手が『カスケード』から伸びてきたのだ。


 セイテンタイセイの目でも追えぬほどのスピード。これほどまでの速さを持つ敵に、セイテンタイセイは出会ったことがない。


 まずい……。


 とりあえず離脱を選択する。


「筋斗雲!」


 急いで筋斗雲を飛ばし、その場を逃げ出す。だが、その距離は縮まるばかり。


 やがて宙空で弧を描く筋斗雲に乗ったセイテンタイセイは、蛭子ヒルコの触手に捕まった。


 その身を、何本もの触手に貫かれ、串刺しにされる。


 そのまま高く天上へと掲げられた。


 無様な姿だった。


 見せしめのような無残な姿だった。


 そしてそのまま、その身はイザナミの御前と運ばれていった。


 体中を触手で貫かれ、ぐったりとしているセイテンタイセイ。


「この猿妖えんようが」


 イザナミはあざ笑う。


「所詮、妖怪どもの頭領に、神世七代かみのよななよの創造神たる我が遅れを取ると思うてか」


 それを震えながら見るレラージェ。セイテンタイセイが一撃で殺されてしまった……。


 レラージェはセイテンタイセイと一度手を合わせている。ある程度、セイテンタイセイの力の程は知っていた。自分とほぼ互角だ。それが、こんなに、あっさりと。


 気づくと、『カスケード』の下へ転がり落ちた蛭子ヒルコは、再び白鯨の背の上にいた。そこからいつ、自分に向けて、あの高速の触手が伸びてくるか。レラージェは思わず体を固くする。


「そちのことは聞いたことがある。大陸の乱暴者の石猿であろう。大陸の天界を揺るがしたというが、そもそもは妖怪。至高の神たる我にとっては下等も下等。位の違いを思い知ったか」


 うつむいたセイテンタイセイの口元からぼたぼたと血が滴り落ちる。


 セイテンタイセイを貫いた触手は全部で6本。昆虫採集の標本のように宙空に貼り付けにされた罪人のごとく、その身はぐったりとしていた。


「ベレス!」


 思わずレラージェは空を見上げる。


 そこでは両手に布都御魂剣ふつみたまのつるぎを持った魔王ベレスが、冷たい目でこちらを見下ろしている。


「お前とこのセイテンタイセイは旧知の仲ではなかったのか!? なぜ助けぬ。なぜ何もせず見ていた!」


 レラージェの必死の叫びにイザナミはニヤリとその口元を歪ませた。


「あの者、名をベレスと申すか。なかなかに歯ごたえのある物の怪じゃ。だが我には及ばぬ。この猿妖えんようの姿は、お主、そしてベレスとかいう、あの輩の未来の姿でもあるのじゃ。さあ、お主はどのようにして滅されたい? 軍門に下り、黄泉の国にて我が奴隷となるか?」

「ベレス! 悔しいが私一人では、このリリンには勝てない! なぜそこで静観している! なにゆえ、友を見殺しにされ、そのような涼しい顔ができる!」

「ヤツも身の程を知ったということじゃろうのう。このままではお主らには相当不利な消耗戦となるでろう。リリンと魔の者とでは、そもそも蓄積された力の総量は月と赤子ほどの差がある」

「ベレス!」

「さあ。美しき月よ。我を裏切った夫・イザナギより生み出されしツクヨミの化身よ。今宵は、その美しき光を血の惨劇で汚してくれよう。穢してくれよう。我が祟りで、この日の本の国の民すべての前に黄泉路を開き、我が復讐を成し遂げるぞ」

「何か言え、ベレス!」


 ベレスは静かに目を閉じた。


 そして布都御魂剣ふつみたまのつるぎを再び構えると、こう言葉を放った。


「いつまで遊んでいるつもりだ。セイテンタイセイ」


 想像もしない言葉だった。


「なに……?」

「なんだと……!?」


 イザナミとレラージェが同時に声を上げた。


「セイテンタイセイよ。力の差は歴然だろう。だがせめて、そのあやかしの術で、日の本の母を興じさせてみればどうだ?」

「我を、……興じさせる……じゃと?」


 イザナミが唇を噛んだときである。


 マーサ・プレイスを天高くまで持ち上げていた黄泉醜女よもつしこめたちによって作られた大樹。その影からひょこっとセイテンタイセイの顔が覗いた。


「あれは……!?」


 イザナミが驚きの声を上げる中、アメノヌボコが何者かに奪われた。


 イザナミはすぐさま、周囲を見渡す。上空では3体のセイテンタイセイが戯れながら、アメノヌボコの取り合いをしながら遊んでいる。


「これは……」


 そのイザナミの目の前から声が聞こえた。


「貴様は仙術のおそろしさというものを知らぬと見える」


 ハッとしてその声の主・セイテンタイセイを見る。


「仙術は万能なり。我は自らの体毛によっていくつもの分身を作り出すことができる。幻を作り出すことも、屈強な妖怪を生み出すことも思いのままだ」

「し、死んでおらぬのか!?」

「天帝をも弄んだ我の能力。天帝をも恐れさせた我が力。さらには天竺旅での功績から受けた仏の加護」


 レラージェもその声に驚きを隠せない。


 気づけば、周囲は何体ものセイテンタイセイに囲まれていた。


 その一体一体が、イザナミをあざけり、ふざけ、そして挑発している。


「さあて。どれが本物の我か。日の本の母よ。見定めることができるかな?」


 そうしてイザナミの目の前のセイテンタイセイがゆっくりと顔を上げた。


 触手に貫かれたセイテンタイセイの目は、不気味なほど真っ赤に光り輝いていた。

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