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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

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第138話 大好き大好き大好き

第138話


「お久しぶりです、北藤さん」


 元崎もとざきはサングラスの下でニコニコと笑っていた。


「その姿……ちょっと見ない間に相当、修行されたようですねえ。ただまだ『マギカ2nd』までの魔術回路開発までには至ってないようですが。あ、それ、デヴァの力ですか? いやあ、今闘ったら負けてしまいそうです」


 元崎は翔太の燃える右目を見ながら言う。およそこの地獄の釜が抜けたような光景に似合わない、気の抜けた喋り方。雰囲気。思わず翔太は問いかける。


「なぜだ……。なぜこの地獄みたいな光景の中で、そんなにリラックスしてられるんだ」


 元崎はさらににっこりと微笑んだ。


「いやあ、実はその、リラックスってヤツこそが『マギカ2nd』へ至る道なんですよ」

「……えっ?」

「体に力が入っているうちはダメ。もうダメダメですね。魔術回路まで緊張してこわばってちゃ、開くもんも開きませんよ。まあ、この状況が普通にならなければ……。もっとも、私も『マギカ2nd』の状態をまだ、そう長くは保ってられないんですけどね」


 あっはっはと元崎は笑う。


「やあ、元崎。久しぶりだね」


 その会話にシャパリュが割って入ってきた。


「相変わらず、『六道掌りくどうしょう』の破壊力はとんでもないね。それを食らったら、さすがのデルでさえ、ただじゃ済まなそうだ」

「これはこれはシャパリュさん」


 おどけたように元崎が答える。


「それはもう、買いかぶりもいいところですね。デルピュネーさんのあの目にも留まらぬスピード……。そもそも撃っても当たらないんじゃないですかね。それに『六道掌りくどうしょう』で使用する魔力量はとんでもなさすぎて。私程度だと、もうあと一回か二回、撃てるかどうかなんですよねえ」

「そっかあ。じゃあ、あの大天狗、君一人で相手にするにはちょっと荷が重いか」

「そうですねえ。さっきみたいな不意打ちならなんとかなりますが、そろそろ『マギカ2nd』もタイムリミットのようですし」

「それでもあと数分は保つだろう。どうだい? デルと今の翔太と三人でかかれば、いけそうかい?」

「う~ん。でも北藤さん、魔術回路がすでにボロボロみたいですし」

「ところがどっこいだ」


 シャパリュは路面に転がっているメドゥーサの生首を見て続ける。


「こちらには、とんでもない治癒アイテムが存在している」

「治癒アイテム?」

「そう」


 シャパリュはメドゥーサの生首の方へ飛んで行った。そして毒蛇の髪の毛を前脚で器用に掴んで持ち上げる。


「メドゥーサの涙だ」


 それを聞いたメドゥーサは驚きの表情を見せた。


「知って……いたの、ですか?」

「ああ、知ってるとも」


 シャパリュは「えっへん」と咳払いする。


「メドゥーサが流す涙。それは、どんなに深い傷でも、どんな呪いに冒された体でも、立ちどころに治してしまう魔法の水だ。その者が生きている限り、ね。彼女の石化を解くことはもちろん、デルが受けた傷も、翔太のボロボロになった魔術回路も。まあ彼女自身には効果がないらしいけどね。そうだろ、メドゥーサ」


 メドゥーサは黙っている。彼女にとって石化を解く方法が知られるのはすべての手の内をさらけ出すようなもの。自ら肯定することははばかられる。だがここまで正確に言われてしまうと……。


「バレていたのでは、もう、仕方ありません、ね」


 メドゥーサは開き直る決断を選んだ。このままこちら側が負けることになっては、それはすなわち、彼女の“死”も意味するからだ。


「確かに。多くの者には知られておりませんが、いくつかの文献で伝承で語られていることでもありますし、シャパリュが知っていてもおかしくはないで、しょう。ええ、私の涙であれば、あの忌々しいデルピュネーが受けた傷も、そこの坊やのちぎれかけてる魔術回路も、完全に元通りにできま、す」

「認めたってことは、提供してくれるってことでいいかい?」


 シャパリュが意地悪そうな笑みを向けた。メドゥーサは返事の代わりに閉じられたまぶたから、つ、と涙を流し始めた。


「いい子だ、メドゥーサ。聞き分けがいい子は僕は大好きだよ」


 シャパリュはそのメドゥーサの首を持って翔太に近づいた。


「さあ、翔太。もう一働き、してもらうよ」


 その時である。


 マグマの中から、噴煙とともに何かが飛び出した。大天狗の腕だ。マグマから大天狗の腕が突き出され、思わず美優が悲鳴に似た声を上げる。


「うそっ……! 溶岩の中に放り込まれたのに……!?」

「そう。大天狗はまだ、生きている」


 シャパリュが解説した。


「当然と言っちゃあ当然だね。大天狗の正体は妖霊星ようれぼし。すなわち流れ星だよ。流れ星というのは、この惑星の大気圏突入時の摩擦熱で燃え上がって光るしろもの。大気圏突入時での圧縮された空気の温度は軽く1万度を超える。すごい温度だよね。一方でマグマはせいぜい1200度といったところか。マグマ程度じゃ、妖霊星ようれぼしの熱耐性を超えることはできないってわけだ」

「それじゃあ」


 シャパリュに、涙に濡れたメドゥーサの顔をこすりつけられながら翔太は言う。


「大天狗はまったくの無傷ってことか!?」

「いやあ。元崎の『六道掌りくどうしょう』が直撃してるから、まったくの無傷ってわけじゃないだろうけど」


 シャパリュは翔太の燃える右目を左前脚で差しながら言った。


「君の魂には太陽神ラーが宿っている。そして今はラーの配下である戦闘の女神・セクメトの力もだ。どちらも太陽の神。知ってるかい? 太陽の温度」


 シャパリュはニヤリと笑った。


「太陽の大気。いわゆるコロナと言われている部分の温度は、なんと100~300万度。妖霊星ようれぼしの熱耐性の100倍から300倍だ~! 軽~く、大天狗を葬りされる温度だね!」


     ※      ※    ※


 そんな中、瑚桃はまだ必死に祟り神として巨大化した葉山ひまりに声をかけ続けていた。


「ひまりちゃん、お願い。帰ってきて! ダメだよ。そんな怨霊に心を預けちゃダメだよ。ひまりちゃんはひまりちゃんだよ! アタシの大好きなひまりちゃんだよ! 怨霊だかお化けだか知らないけど、お願い! ひまりちゃんを返して! アタシの大好きな、アタシの大事な、ひまりちゃんを元に戻してよ!!」


 ひまりの動きは完全に止まっていた。ただじっと、マグマの流れを受けながら、瑚桃の方を向き、その声に聞き入っているように見える。


「アタシたち、ずっと仲良しだったでしょ! アタシ、本当にひまりちゃんのことが好きなの。大好きなの。いなくなってほしくないの! だから! お化けなんて追い出しちゃって! お化けなんかに負けないで! アタシの知ってるひまりちゃんは、優しいけど、とっても芯の強い子だった。アタシ、いっぱいいっぱい、ひまりちゃんに助けられた!」


 その時、変化が起きた。


 無表情だったひまりの目から。


 瞳を失った、その白目から。


 涙が、つ、と。


 流れ落ちたのだ。


「お願い! ひまりちゃん! アタシの大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、大好きな、ひまりちゃん!」


 瑚桃は全身に力を一杯込めて、全力で叫んだ。


「帰ってきて!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


        ※     ※    ※


 ──ハッと葉山ひまりは目を覚ました。


 随分と、長い夢を見ていたような気がする。


(あれ、ここ、どこ……?)


 ひまりは周囲を見渡した。


 どこかで見覚えのある光景。どこかの街の路地。人っ子一人いない住宅街の黄昏時たそがれどき


 その路地にひまりは立っていた。


 空は茜色に染まり、どこからか祭ばやしのような音が聞こえてくる。


 なんだか懐かしい、景色、音、空気の匂い。


 独特な寂寥感せきりょうかんと、郷愁感きょうしゅうかんで、ひまりの心はいっぱいになった。


 そうだ。


 私はここに前、来たことがある。


 いつだっただろう。


 きっと子どもの頃だ。


 小学生だった頃に。


 私はこの路地を訪れたことがある──。


 ひまりはその路地を歩き出す。


 祭ばやしが聞こえる方に向けて。


 一歩一歩。


 ゆっくりと。


 恐る恐る。


 そして何歩か歩いた頃だったろうか。


 ひまりはそこに人影を見る。


(あれ、この子……)


 背の低い少年。


 見覚えのあるシルエット。


 その少年はやたらと寂しそうに見えた。


 その影から、哀しみが伝わってきた。


 そして思い出した。


(私、この子に、前も、ここで会ったことがある!)


 少年は腕組みをしたまま、ひまりの方に顔を向けた。

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