第137話 業火のメドゥーサ
第137話
魔王ベレスと魔王レラージェがイザナミノミコトや蛭子と戦闘を繰り広げている雲=『カスケード』の下──。
マグマの巨人と化した葉山ひまりが、溶岩流の流れと共に道路へと這い出してくる中。
メドゥーサは戦闘態勢の姿勢で石化の目を使い、空中を飛び回る天狗を弧を描くようにして見渡した。
不意を突いた石化術。目が合った天狗は次々と石になっていく。
それを見逃さず、デルピュネーが天高く飛び上がった。石像となって落下していく天狗たちを槍で粉々に砕く。バラバラと石の雨が降り注いだ。
「やるじゃない、メイド、ちゃん」
そう言ったメドゥーサだが。その背後に2体の天狗が忍び寄った。
だが甘い。毒蛇と化した彼女の髪が即座に反応し、その天狗たちに噛み付く。天狗らがひるんだ瞬間、まるで背後に目があるように。メドゥーサは手にした、鎌のような剣・ハルペーで一瞬にして天狗2体の首を刈り取っていた。
鮮血がほとばしり、ぼとり、ぼとりと天狗の頭がそれぞれ落ちる。
「ウフフ……」
とメドゥーサは余裕の笑顔を見せた。
──ハルペー。それはペルセウスがメドゥーサ退治で使った神具。つまり神話の時代にメドゥーサ自身を殺した神具だ。自分にとって敵となるこの皮肉な神具をメドゥーサは愛おしそうに抱きしめる。
「私の首を落としたペルセウスの神具……。その神具で、他の者どもの首を刈る。自らを陵辱するかのようなこの行為、……ゾクゾクしますね」
そのメドゥーサの両手が突如、青銅へと変化していく。背中からは黄金の翼が生える。
そう。これが本来のメドゥーサの姿だ。
怪物の姿を取り戻したメドゥーサへ向けて一斉に天狗が群がっていった。だが。
ザン! ザン!
メドゥーサをドーム状に取り囲んだ天狗たちは、青銅と化したメドゥーサの爪で一気に引き裂かれてしまう。驚くべきスピード。強靭な耐久力を持つ天狗の肉体をも引き裂く、よく研ぎ澄まされた刃のような攻撃。
「あは、あはははは」
天狗たちの動きが一瞬止まったのを見計らって、メドゥーサは天狗の首のすべてを、再びハルペーで落として回した。神具・ハルペーの前では、さすがの天狗の防御力も紙同然だ。血しぶきを浴びながらメドゥーサは恍惚とした表情を浮かべた。
「楽しい、ですわ。久しぶりの本物の戦闘。血がたぎりますわ」
これを見て美優は思わず身震いした。
「強い……」
ちょっと前、このメドゥーサを相手に“鏡”一つで戦おうとした自分の無鉄砲さが恐ろしい。もしあの時、メドゥーサが本気を出していたら……。美優の背筋が凍った。
「美優、今のうちに、葉山さんへ近づくんだ」
そんな美優に翔太が声をかけた。
その翔太の手の先には瑚桃の手。
瑚桃はガタガタと震えながら、引きずられるように翔太の後をついて歩く。
それを見ながらシャパリュが美優の頭上でのんきに言った。
「なあに。君たちは僕が保護してあげてるんだから、そんなに怖がることはないよ」
そしてその周囲にいくつもの魔法の氷の塊を発生させる。
「そ~れっと」
ひまりから流れてくる大量の溶岩流の先端へ。シャパリュが氷の塊をいくつもぶつけて流れをせき止めた。とてつもない水蒸気が舞い上がり、その高熱にあおられ、美優たちは咳き込む。
「けほっ、けほっ」
「暑いッ!!」
美優たちが水蒸気に四苦八苦していてもシャパリュはどこ吹く風だ。
「それにしてもレラージェの下僕たちはなかなか優秀だね。あの天使像の大群は何体もの天狗を肉塊にしていってるし、あのゴスロリの少女たちも言葉通り、天狗たちの足止めになっている」
シャパリュの言う通り。その翔太らの側では、虫のように天狗に群がった四つん這いのゴスロリ少女たちが、一体一体、確実に天狗たちの“足首”を、そのすべてを破壊する手で、壊して回っていっている。
天使像たちの大量の弓攻撃は天狗たちの肉体をみるみる腐敗させ、その肉塊になったものが道路にゴロゴロ転がった。ゴスロリ少女たちの防御力無効の攻撃は、天狗たちの足を刈りまくる。
国際魔術鍵のエージェントたちの死体、妖怪たちの死体、そして天狗たちの死体。
ひまりが這い出して来ているスーパーマーケットからは噴煙が立ち昇り、真っ赤な溶岩が爆発しながら噴き出し、周囲を真っ赤に照らし出す。
まさに地獄の光景だった。
この世の終わり。
マグマという赤い血に穢されたまさに地獄の釜の底。
ドン!
そこで一際大きな噴火が起こった。その衝撃波が翔太らを襲う。元はスーパーマーケットの天井だったのであろう、噴石が次々と飛んでくる。
「えいっ」
シャパリュは、肉球を突き出して、それらをあっけないほど感嘆に弾き飛ばしていった。翔太の傍らにも、とんでもない高熱を放つ噴石が転がる。
シャパリュの力も底が知れない。こいつ、一体、本当は何者なのだろうか……? 翔太はシャパリュにも恐怖を覚える。
そんな地獄の光景を見ながら瑚桃が言った。
「あれは本当にひまりちゃんなの……? どうしてひまりちゃん、あんなに大きくなっちゃって、あんなに恐い表情をしているの」
「信じられないのも仕方ないかもしれないね。でも間違いなく、葉山ひまりさ。崇徳上皇の何かしらの影響を受けた彼女本人。まあその崇徳上皇もなぜか“666の獣”の洗礼を受けているようだけど」
シャパリュの言葉に翔太はグッと息を呑み込んだ。シャパリュは話を続ける。
「今こそ君の力が必要だ。葉山ひまりも祟られた巫女とはいえ人間。それがあれほどまでに巨大化させられているわけだから肉体的な負担は相当なものだと思う。早くしないと、崇徳上皇の“祟り”に、言葉通り祟り殺されてしまう」
瑚桃は押し黙っている。
「さあ。この距離からなら聞こえるんじゃないかな。瑚桃。呼びかけてみてよ。葉山ひまりの残された意思に触れてみてよ」
葉山ひまりまで20メートルほどの距離だ。
「でも……。だって、どうしたらいいの」
「簡単さ。名前を呼べばいい。あとは君が思った言葉、心の底から出た言葉をぶつけてみて。それが効果があるかどうかはわからないけど。とにかくやってみようよ」
その時である。
突如、妖霊星=大天狗がとんでもない速さで迫り、翔太や美優、瑚桃の前に立ち塞がった。そうだ。この大天狗は葉山ひまりを、もしくは崇徳上皇を敵の手から護る最後の番人なのだ。
その身長は3メートル弱。大きな霊剣を持ち、羽団扇を手にした大天狗が彼らを見下ろしている。
思わず瑚桃が悲鳴を上げそうになった瞬間、一陣の風が吹き抜けた。デルピュネーと黄金の羽根を羽ばたかせたメドゥーサが、この大天狗をかっさらって行ったのだ。
さすがの美優も目を丸くした。まるで川魚をさらう鳥のように。その巨躯の大天狗があっという間に、そこから20メートル以上離れた場所へと連れ去られる。
そしてすぐデルピュネーとメドゥーサは戦闘態勢に入る。
「やるー。さすがデルだね!」
シャパリュが感嘆の声を上げた。大天狗をデルピュネー、メドゥーサが足止め。これで少しは時間が稼げる!
「さあ。今だ、瑚桃。葉山ひまりに、思いの丈を思い切りぶつけてごらん。きっと君の声は届く。必ず葉山ひまりになんらかの影響を与える。勇気を出して。血のつながったいとこ同士。きっと君の想いは、彼女の心を呼び起こさせるさ」
「…………」
瑚桃はしばらく逡巡していたようだった。だが悩んでいても仕方ない。何のためにアタシがここまで来たのか。何のためにアタシはここにいるのか。
しばらく下を向き、そしてついに瑚桃は心を決めた。瑚桃の濡れた唇がうっすらと開く。
「ひまりちゃん……」
最初は消え入りそうな声だった。だが。
「ひまりちゃん!!」
次には、腹の底からの声が出た。
「ひまりちゃん!! わかる!? アタシだよ、瑚桃だよ! もしアタシの声が聞こえるなら、お願い! 返事して!!」
ゆっくりとマグマの中を這い出してくる巫女姿のひまり。その白目を向いた顔は瑚桃の声にまったく応じる様子もなく、ゆっくりと手足を動かし、前へ前へと進んでいく。
瑚桃はもう一度、ひまりを見上げて言った。変わり果てたいとこの姿。化け物のように巨大化し、噴火とマグマの赤い光に照らし出される彼女に向かって、拳を握りしめて叫んだ。
「思い出して、ひまりちゃん!! ひまりちゃんは人間だよ! すごく優しい心を持った女の子だよ! 自分を思い出して! “祟り”になんて負けないで! ひまりちゃん、とっても優しいけどすごく強い心を持ってるってアタシ、知ってる。絶対、負けちゃいけないところでは負けないって。だからお願いっ!! 帰ってきて! アタシの胸の中に、帰ってきて!!」
まるで悲痛な叫び。心の底からの哀しみが具現化されたかのような声。涙。その涙は瑚桃の頬を伝って、何粒も何粒も、滴り落ちていく。
そして。
巨大・葉山ひまりは顔をゆっくりと瑚桃のほうへと向けた……!
※ ※ ※
巨大な霊剣を振り回す妖霊星=大天狗の攻撃を槍で受けきっていくデルピュネー。だがその力は強く、デルピュネーは少しずつ押され後退していく。
「この、大天狗……、先程より、力を……増しております!」
「それならば、私が、デバフをかけましょう」
そう言うと、メドゥーサは自身の青銅の爪で、白いドレスの胸あたりを自ら引き裂いた。一気にそこから血が噴き出す。
すると不思議なことに、その血は赤い霧のようになって、大天狗の頭上まで飛んでいくと、そこからキラキラ輝きながら、大天狗の体を覆っていった。
「私の手は青銅。羽根は黄金。そして、この血は聖者や神々も恐れるおぞましい毒。神話上のサソリのこの毒を食らっても、あなたはそれほど早い動きや力、耐久力、保てる、かしら?」
体中を毒の霧で包まれた大天狗のスピード、力が急激にダウンした。相手を弱体化させる技。自らの血を犠牲にしたメドゥーサの体を張った補助魔術。今のタイミングを無駄には出来ない。デルピュネーはその槍で、羽団扇を持つ大天狗の左手首を斬り落とした。
だが大天狗もただで左手首を失ったわけではなかった。逃れられない、ならば、と、斬り落とされる寸前、その羽団扇をメドゥーサへと向けて大きく扇いだのだ。
──天狗の羽団扇。それは炎の化身であり、天上世界をも燃やし尽くす大火事を起こすとの伝承がある。その伝承の炎がメドゥーサを襲う。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
の天上をも滅亡させたといわれる大天狗炎の直撃を受けて、メドゥーサの毒蛇が、顔が、黄金の羽根が、青銅の腕が、白いドレスが、そこにあしらわれた色とりどりの花が一気に業火に包まれる。
まさか、まだこんな武器を隠し持っていたなんて……。後悔するも時すでに遅し。この大天狗の炎に抗うことは不可能だ。
「クッ!!」
このままでは、二度と復活できなくなってしまうだろう。だったらその前に……!
メドゥーサは、手にしたハルペーを自分の首に当てた。
そして迷わず。
一気に自身の首を掻っ切った。
そう。メドゥーサの肉体はホムンクルス。頭さえ無事なら首から下はいくらでも替えがきくのだ。
メドゥーサの首が落ちた。そして頭の毒蛇をうまく使ってゴロゴロと転げ回り、灰燼に帰さんとするこの妖炎を消そうともがく。
その頃にはすでにメドゥーサのホムンクルスの肉体はすでにほぼ消失していた。間一髪。あと1秒でもその判断が遅れていたら……。
消失した自身の肉体を見てメドゥーサは恐ろしい形相となる。
「少々、怒りました……」
そしてこれまでよりも強い声でデルピュネーへバトンを渡した。
「今です、デルピュネー! 大天狗の首を刈って、おしまいなさい!」
「言われずとも!」
大天狗の左手首を斬り落としたデルピュネー。その彼女に向かって巨大な霊剣が振り下ろされる。だがメドゥーサの毒が効いている。その動きには先程までの迫力も俊敏さも威厳も見る影がない。
デルピュネーは振り下ろされた霊剣を槍ではたき落とした。同時にその霊剣の上に乗って大天狗の動きを封じる。
「はあああああああ!」
そのまま神剣を伝って大天狗の腕を走り登る。そしてその喉笛に槍の照準を定め、貫く!
『ガッ!!』
大天狗の喉の中心に、デルピュネーの槍が深々と突き刺さった。大天狗の後頭部あたりから槍の切っ先が飛び出す。
デルピュネーは勝ちを確信した。これでもうこの天狗は動けないはず。後は好きなように切り刻んで……。
だが。
「……!?」
戦闘不能になったと思っていた大天狗が、ニヤッと笑ったのだ。
「まさか……」
大天狗は神剣を捨てた。そして空いた巨大な手でデルピュネーを鷲掴みにしようとした。慌てて槍を引き抜いて逃れようとするデルピュネー。だが間に合わない。
デルピュネーは大天狗の巨大な手に。
その華奢で小さな体を。
がっしりと掴まれてしまった。
「しまっ……」
強力な握力がデルピュネーのあばらを締めつける。槍を抜き取ろうにも、大天狗は喉の筋肉を引き締め、引き抜けないよう絞り上げる。
有り得ない……!
逃れようとした意識も一気に刈り取られる。
大天狗が出力最大、持ち合わせていた最大の握力で、本気でデルピュネーを捻り潰しにかかったからだ。
「ぐわあああああっ!!」
翔太も聞いたことないような断末魔がデルピュネーから上がった。
その口から血が吐き出された。
目が白目をむいた。
こんな凄惨なデルピュネーの表情を見るのは初めてだ!
「デルーーーーーー!!」
翔太が叫んで、大天狗に駆け寄っていく。
「セトナクト!」
翔太は戦闘の女神・セクメトを呼び出し、魔術回路を全開放する。イーナリージアが、翔太の魔術回路の限界を超えて流れ出す。翔太の右目が再び真っ赤に燃え盛り始める。体中が耐えられず悲鳴を上げて、さまざまな場所から血が噴き出す。
「い……いけません、翔太様……。今の翔太様の魔術回路では、その力に……耐えられるわけが……」
だが翔太はデルピュネーのその忠告を無視した。
デルピュネーを助けるためだけに走った。
もし俺の体の魔術回路がすべて焼き切れても。
それによって俺の体が壊れても。
二度と、セクメトの力を使えなくなっても。
俺は。
こいつを殺す──!!
大天狗がそんな翔太を睨みつけた。笑った。その時であった。
翔太の視界に、見覚えのある大男の影が飛び込んできた。
その大男は大天狗に向かって突進する。
こう言い放ちながら。
「マギカ2nd!」
その大男の肌に魔術回路が浮き出る。黒い血管のような筋がその肌を覆う。
そして、体の全体重を乗せた掌底突きを大天狗へと向けた。
その“技”を翔太は見たことがあった。
いや、“体験”したことがあった。
間一髪で外れはしたものの、その威力を恐ろしさを、翔太は身を以て知っていた。
神社の石垣の面すべてに巨大な穴を空けてしまうほどの殺人技。
魔術により人間の潜在能力をはるかに超えて繰り出される人を超越したその技。
『六道掌』だ。
鈍い音と衝撃波が周囲に広がった。
その技を食らった瞬間、大天狗の脇腹が、不自然に「く」の字に凹んだのがわかった。
バキバキと骨の折れる音が聞こえた。
大天狗の体は弓なりに曲がる、衝撃でついにその足すらも宙に浮いた。
思わず掴んでいたデルピュネーから手を離してしまう。
そして、技を食らった勢いのままで。
マグマの中へと吹き飛んでいった。
マグマの飛沫が跳ね上がり、大天狗が呑み込まれていく。
その大男は技を出し終えると、ほっとため息を吐いたように見えた。
そして、キャッツアイ型のサングラスをかけたまま翔太のほうを向く。
そうだ。
間違いない。
この男は。
「いやいや。参戦が遅れてすみません。ベレス様に呼び出されてすぐに家を飛び出したのですが」
息を弾ませながらも、人を喰ったような話し方。
気の抜けるような敬語。
妙にリラックスしたニヤついた顔。
それは。
「も、元崎!?」
そう。
星城学園高等部三年生・総番。
水城市の不良の頂点であり、なぜか魔王ベレスと懇意であるかのような物言いをする不思議な大男。
元崎恵だった。




