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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

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第122話 怨霊退治

第122話


 ──時はこの数時間前に遡る。


「ひまりちゃんが、ひまりちゃんが!! 急に、急に大きな炎に包まれて、そして、ビックリしている私の目の前から、突然、いなくなっちゃったの! 消えちゃったの!!」


 秋瀬瑚桃あきせこももからの電話の後、北藤翔太ほくとうしょうたはデルピュネーを遣いに出し、こっそりと、瑚桃を翔太の家へと呼び寄せた。


 瑚桃は、従姉妹である葉山ひまりの家にお泊りをしていたようだった。


 時計の針はすでに深夜二時前を指している。瑚桃は翔太の家のリビングで、先ほど目の前で起こったことを事細かに説明した。もちろん警察にも連絡した。だが「眼の前で炎に包まれて突然消えてしまった」という非常識的な証言に、駆けつけた警官も戸惑っていたと瑚桃は語った。


 だが葉山ひまりの実家である八ノ宮神社は、この地でも由緒ある神社だ。ひまりの父である宮司の証言、そして警察署長の娘である瑚桃の言葉で、ついに警察も捜索を開始した。


 警察としても、この水城の地で、思いもよらぬ怪異が度々起こることは承知している。

 今回の件も、その一種であろうとは納得した。

 だが、それが果たして警察の力の及ぶ範囲なのか──判断に躊躇ちゅうちょしていたのだと言う。


 水城市中に、警報サイレンと共に『緊急事態宣言』が発せられたのは、それから三十分ほどしてのことだった。


「多分だけどさ」と瑚桃は言う。「警官たちの身にも、何か起こったんだよ!」


 瑚桃を護ってここまで連れて来たデルピュネーが、その言葉の後を継ぐ。


「八ノ宮神社から、ここまで。

 その間にはそれほど驚異となる怪異は見られませんでした。

 ただ、海岸線、町中で、いわゆる亡霊や怨霊のようなものが、

 いつもよりうごめいる気配がありました。

 一つひとつは取るに足らない存在でした。

 ですが、緊急事態宣言が出されたということは、

 街全体で、急激な怪異の活発化が起こったのではないかと……」


 成宮蒼なりみやそうはソファーの上で、腕を組みながらそれを聞いている。


「活発化か……」


 怪猫・シャパリュが空中をふわふわと飛びながら蒼=魔王ベレスの肩に乗った。


「確かに。僕も『第三のことわり』の急激な活発化を感じている。

 夕方ぐらいから空に漂っている異常な妖力。

 あのみなもとはあの暗雲だね。

 水城市みずきし全体を覆う雲。

 まるでそこから『第三の理』の力が降ってきているようだ」


 蒼の表情は、いつになく真剣だ。


「シャパリュの言う通りだね。

 しかも『カスケード』の影響を受け、さらに増大している。

 現世うつしよ幽世かくりよを結ぶ、小さな亀裂。

 それらをすべてを塞ぎきれなかったのも原因のひとつだろう」

「ということは、『カスケード』でこちらへ来た怪異じゃないものが……?」


 海野美優うみのみゆが口を挟む。


「そういうことになる。

 あの諏訪崎すわざきで起こった『バフォメット事件』以降、

 なぜか、この地に小さな『カスケード』が至るところに現れた。

 それと、陰皇いんのすめらぎの出現とは関連がある。

 666の獣が一時的にも覚醒したんだ。その影響と見るべきだろう」

「僕もそう思うね」


 シャパリュが続ける。


「獣の一時的な覚醒が、『カスケード』の活発化を引き起こした。

 その結果、『カスケード』と呼ぶほどではない、

 ひっかき傷のような小さな切れ目が、この世にいくつも出来てしまった。

 そこなら漏れ出す小さな濃霧が、『第三の理』と呼ばれる、

 僕たちとは別次元の存在にも影響を及ぼした。

 だけど、それだけじゃないと思う。

 おそらく、『第三の理』に強く関連する何者かが、

 666の獣に触れてしまった──

 その結果、人間の目にも視認できるほどの、僕たちとは別の怪異が出現してしまった」

「『第三の理』……」


 美優の表情がくもった。


「それは、シャパリュたちとは何が違うの?」

「“別次元”と言っただろ?

 存在しているけど、成り立ちのルールそのものが違うんだよ」


 シャパリュが尻尾を丸めながら答える。


「そして、幽世の者ではない存在の活発化……

 葉山ひまりの消失と、深く関わりがあるはずだ。

 翔太。葉山ひまりと、何か特殊な接触はしたかい?」

「と、特殊な接触──!?」


 翔太より先に、美優が反応した。


「特殊って、何……!?」

「センパイ……まさか、ひまりちゃんに何か手を出した……!?」


 瑚桃がグイと翔太に顔を寄せる。

 あわてて翔太は否定した。


「ないない! あの昼休みの弁当以来、何もない!」 

「──アオハルだなあ」


 シャパリュがおどけて茶々を入れる。


「美優、瑚桃。特殊って、そういう意味じゃないよ。

 おそらく葉山ひまり自身が『第三の理』と深い関連がある。

 その葉山ひまりが、何らかの形で、

 翔太の魂へと接触した可能性があるんだ。

 根拠は薄いけど、考えられるのは、それしかない」

「瑚桃クン。ちなみに、葉山ひまりの神社には何が祀られているんだ?」


 次に蒼が口を開く。

 瑚桃は「う~ん」と考え、思い出せる範囲で答えた。


「そもそもは、八大龍王だったはず。でも、それ以外も祀っていたはずなんだけど……」

「八大龍王ってのは、リリンだね。それは『第三の理』じゃない」

「リリン? リリンって何だっけ?」


 瑚桃にとっては、馴染みの薄い単語だ。


「ああ。リリンってのはね。幽世にいる存在のことだよ。

 君たちの言う神や悪魔、妖精や怪物たちのことさ」

「ちょっと何言ってるか分からない」

「まあ、そこは分からなくていいところだ。

 それより大事なのは、その、()()()()さ。思い出せるかい?」


 さらに瑚桃は考え込む。


「確か、日本三大怨霊とか何かって聞いたような……」

「それだ!」


 と、シャパリュは、ぽんと、肉球同士で手を打った。


「日本三大怨霊と言えば、まずは平将門、そして菅原道真。そして……」

「あっ!」


 瑚桃は思い出す。


崇徳上皇すとくじょうこう!」

「ビンゴ!」


 シャパリュが我が意を得たりといった表情をする。


「そいつだ! 今回の『第三の理』の活発化は、そいつの影響を強く受けている。

 瑚桃、他に何か情報はないかい?」

「八ノ宮神社でしょ。

 確か、すっごい昔、

 晩年に悲劇の天皇・崇徳上皇が水城の八大龍王を参拝しに来て、

 それで、あの、なんて言うか、

 それに由来して崇徳上皇も一緒に祀っている系? 

 そーゆー話をひまりちゃんから聞いたことがある。

 そして、ひまりちゃんは、その崇徳上皇の巫女を継いだって」

「間違いないね。あの雲の中にいるのは……」


 そこで、デルピュネーが珍しく緊迫した顔で続ける。


「確かに。崇徳上皇は四国へ島流しにされたという記録があります。この四国にゆかりのある大怨霊……間違いないかと思われます」

「なに、その、崇徳上皇って」


 美優が尋ねる。


「美優は歴史の勉強をしなかったのかい?」


 シャパリュは美優をバカにするように言う。


「い、いや。名前ぐらいは記憶にあるんだけど」


 やれやれ、という風にシャパリュは空中で美優に向きを変えた。


「崇徳上皇と言えば、権力闘争に巻き込まれて、

 この四国に幽閉された悲劇の天皇のことだよ。

 ついには、その恨みと怒りが積み重なり、

 “大天狗”と呼ばれる存在になってしまった者だ。

 この地に参拝に来た時も、相当な苦難を抱えてのことだったんだろうね」

「大……天狗?」


 翔太は想像もしていなかった大妖怪の名の登場に、思わずゴクリとつばを飲み込んだ。


「大天狗。いわば魔縁まえんだね。

 魔縁まえんってのは、山伏が魔界に堕ちた天魔のことさ。

 仏教では第六天魔王波旬だいろくてんまおうはじゅんとも言われている」

「平将門や、菅原道真とは違うってことか?」

「いや。もちろん、天皇家でも、京都の白峯神社で祭神として祀られてはいる。

 だけど、『カスケード』の亀裂、

 それと翔太の魂への接触が、

 あれを再び、第六天魔王波旬だいろくてんまおうはじゅんへと変えた」

「俺の魂……」


 ──また、俺が原因なのか……


 その翔太の気持ちを察したのか、美優がそっと、翔太の手の上に自身の手を重ねる。


「つまり、ひまりさまの消失は、その波旬はじゅん

 ──大天狗が復活したという証なのでしょうか、蒼さま」


 デルは瑚桃の前では、人間名で魔王ベレスの名を呼ぶ。

 瑚桃を無駄に怖がらせないためだ。

 蒼=ベレスは答える。 


「その線が強い。崇徳上皇はおそらく、

 葉山ひまりの肉体を媒介ばいかいに、

 この水城市でその力を取り戻した。

 この世のすべてを呪う為に。この国の民を滅ぼす為に……

 『第三の理』の力をこれ以上、増大させるのは、

 陰皇いんのすめらぎらも刺激しかねない。

 デル、協力してくれるかい?」


 この言葉と同時に、デルピュネーのエメラルドグリーンの瞳が妖しく光り始める。


 ◆   ◆   ◆


「僕とセイレーンは、崇徳上皇対策で別行動を取る。

 だが、相手は『第三の理』の権化のような存在だ。

 幽世の理屈は通りにくい。

 そこで、翔太くんにお願いがある。

 崇徳上皇の復活が、仮に君の魂に触れたことが要因だとすれば、

 君という存在は、

 幽世と『第三の理』との“橋渡し”になり得る。

 ゆえに、君にもご登場願いたい。

 もちろん、デルとシャパリュは護衛につける」


 翔太はゴクリと唾を飲む。


「つまり、崇徳上皇を倒すために、

 俺に、葉山さんにもう一度接触しろと──?」

「簡単に言えば、そうなる」

「ちょっと待って!」


 もちろん、美優はこれに反対する。


「危険すぎるわ。それは仮定の話でしょ? 

 逆に翔太くんの……翔太くんの中の獣が暴れ出したら、

 それこそ世界滅亡じゃない!」

「え……せかいめつぼう……?」


 翔太の宿命を知らない瑚桃にはピンと来ない。

 だが美優は、敢えてこの瑚桃の言葉をスルーする。


「翔太くんを危険にさらすのは、私は断固反対するわ! 

 それに矛盾している。

 あなたたちの目的は、

 翔太くんに平穏な日常を送らせるためだったはずよ。

 なぜ、危険な場に翔太くんを送り込むの!」


 そんな美優に蒼=ベレスは言った。


「そう。だから、美優クン。君にも一緒に出てもらう」

「──え?」


 美優は目を丸くした。


「翔太クンの魂を暴れさせないためには、

 強く守護したいという存在が必要だ。

 その役割として、君と瑚桃クンは最適なんだよ」

「う……」

「獣の衝動は抑え込めない。なら、矛先を“守護”へ固定する」


 美優は二の句が継げない。

 翔太が美優を守護したい……その言葉に少し照れがあったこともあるが、それ以前にこれを作戦とは呼べない、危険すぎる、そう思ったからだ。

 だが相手は悪魔。

 

 ──この悪魔は私を、単なる獣復活阻止の“装置”としか見ていない……


 美優は久しぶりに、自分たちが魔王と話をしているんだということを思い出した。


「だからと言って……」


 それでも反発しようとする美優の声を、蒼は遮った。


「それと、瑚桃クン」

「ひゃ、ひゃいっ!」


 突然、名前を呼ばれて背筋を伸ばす瑚桃。


「君にも役割がある。葉山ひまりの暴走を止めてほしい。

 君の声が、言葉が、

 葉山ひまりの自我を復活させる鍵になるかもしれないからだ」

「あ、アタシの声が……?」

「そう。だから君たち三人が必要なんだ。大丈夫。デルとシャパリュがいる。

 たとえ相手が『第三の理』の存在とは言え、

 彼女たちから見れば、矮小わいしょうな存在相手には十分だ。

 厄介なのは、崇徳上皇の怨霊だけだからね」


 そして、こう付け加えた。


「ただし現場は地獄だろう。それを目の当たりにして、平気とは言ってない」


 有無を言わせない展開だった。


 こうして、翔太と美優、瑚桃は、ひまりを探すために翔太の家を出ることになった。

 ボディーガードにはデルピュネーとシャパリュ。

 家や芽瑠めるの守護は、かつては敵で、現在はベレスがその魂を掌握するラ・ヨローナに任せた。


 玄関前で、魔王ベレスは翔太に近づいた。

 そしてじっと、その右目を覗き込む。


「な、何だよ」


 それに答えたか答えずか、ベレスはこう言った。


「覚醒しかけているな」

「覚醒?」


 ──一瞬、ヒヤッとしたが、その表情から見て、どうやら獣の話ではないらしい。


「ああ。十分に魔術回線の鍛錬たんれんを積んだ成果の賜物だろう。

 いや……

 しかしまた別の何かの刺激を受けて復活が早まっているようだね。

 心当たりはあるかい?」


 翔太の脳裏に八雲在斗やくもあるととのねずみ島での決戦が思い出された。そう、あの時、翔太の右目の眼球は、八雲によてくり抜かれたはずだった。

 だがそれがあっという間に治癒し……


 ──そうだ、元崎もとざき

 

 あの場にいた元崎は、ハッキリと自身の口で「魔王ベレス」の名を口にした。

 ということは、元崎は、なんらかの形でこの悪魔と関わっていることになる。

 それを翔太が聞こうとしたその時である。


 突如、ベレスは思いもよらぬ行動に出た。

 なんと、翔太の右目に指を突っ込んだのだ。


 ──っ!


 途端に、嫌な記憶がフラッシュバックした。

 ねずみ島での決戦で八雲在斗やくもあるとによって一度えぐり取られた右目の眼球。

 すでに自然治癒しているが、そこへ再びベレスが人差し指と中指をえぐるように挿れてた。


「何をするの!」


 美優がベレスに食ってかかる。


 だが。


 ──痛みが、ない……


「こ、これは……」


 ベレスは指を抜く。

 それは、実体ではなく霊体として触れたらしい。

 だが、指を抜かれた直後の翔太のその様子を見て、美優は目を見開いた。


「な、何、それ……」


 その右目の瞳が真っ赤になっていたからだ。

 さらに、そこから赤い炎が立ち上っているのが美優には見える。

 ──『マグス』の力。

 その炎には神性が宿っていることすら、感じ取れた。


「こ、これは」


 同時に翔太の体の魔術回線が痛いほどに活性化を始めた。

 これまで感じたことがないような熱いイーナリージアが翔太の体中を駆け巡り始める。


「な、何をしたんだ?」


 そう問う翔太にベレスは静かに答えた。


「セクメトだ」

「セクメト……」

「前に君に言ったはずだが覚えっているかい? 魔術回線を鍛え上げれば、君は『セクメト』の力も使えるようになると」

「じゃあ……」

「そう。君の右目には、器ができていた。僕はその回路の結び目に火種を流しただけだ。つまりは、パワーアップだな。使い方は、君の体が自然に教えてくれる。おそらく今夜のうちに薄れてしまうとは思うが、これぐらいの時間があれば、事は終わると思うよ」


 確かに、これまで感じたことがない力が湧いてくる。

 魔術回路を流れるイーナリージアの量が明らかに違う!


 気力あふれた翔太とは裏腹に、美優はその神の名に、恐ろしさを感じていた。


 セクメト。それは古代エジプト神話に登場する恐ろしい女神の名だ。

 その昔、人間たちが支配者である太陽神ラーに抗おうとした時、ラーが人間を罰するために放った、殺戮の神の名。

 確かに、太陽神ラーの右目は、この殺戮神セクメトだと言われている。

 だが、そんな物騒なものを……!?


 しかし、魔王ベレスはまるで冷静そのものだ。

 むしろ、冷酷な目で翔太を見ている。

 だが、この作戦が、翔太の平穏につながっているとは、いまだ信じられない。


「成功だ。これまでよく鍛錬した、とまずは褒めておこう。まだ完全ではないが、これで翔太くんの力は格段に上昇している。いいかい、翔太くん。獣としてではない。太陽神ラーの転生体として、しっかり暴れろ。そのラーの活性化こそが、獣を封じる鍵ともなる」


 そしてベレスは自らの使い魔に視線を戻す。


「デル、シャパリュ、翔太くんたちのことは任せたぞ」

「承知いたしました、ベレスさま」

「まあ僕に任せておけば問題ないよ」


 その返答に、魔王ベレスは魔王の名とは相反する優しい笑顔を見せた。


「じゃあ、行こうか」


 そして崇徳上皇がうごめく、天空の雲を睨みつける。


「僕たちの存在をまだ知らないだろう、

 世間知らずのあの怨霊を退治に……!」

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