第10話 触れ合う指と指
第10話
北浜公園。海沿いにある公園。現在は犬猫の便対策で砂場は取り除かれている。
【撮影】愛媛県八幡浜市・北浜公園
翔太は夢を見ていた。
幼い頃の翔太。公園の砂場で、美優と砂山のトンネルを作って遊んでいる。
「おい、やっぱここが一番いいぜ!」
そこへ上級生のグループがぞろぞろとやってきた。
翔太らが通う小学校でもヤンチャな先輩たちだ。
全員で5人。
1人は小さな子猫の首根っこを掴んでいる。
ぶらぶらと指の先でぶら下がる子猫はもうほとんど動いていない。
彼らは砂場に穴を掘り始めた。
嫌な予感──それが現実になる。
上級生たちは、頭だけを残して子猫を埋めた。
「いっくぜ~!」
石だ。公園に落ちている石。それを砂場へ思いっきり投げる。的はもちろん。
子猫の頭だ。
石が落ちるたび、砂が舞った。
助けを求める子猫の声が、翔太の胸をえぐる。
ミィミィと鳴く。その弱々しい声が翔太の悲しみを不快に撫でる。たまらず翔太は立ち上がった!
ほぼ同時に。
「あんたたち! やめなさいよね! 可愛そうじゃない」
美優だ。美優の声がした。
美優は単身ながら、上級生たちの前に立ちふさがった。
「恥ずかしくないの!? 白浜小の生徒? 何年生よ!」
「なんだと~!?」
一番体の大きな上級生が美優の胸ぐらを掴んだ。
「何よ!?」
「何だよ!?」
「つまんないことはやめなさいって言ってるのよ!」
「生意気なんだよ、お前!」
上級生はそのまま拳を振り下ろした。
頬に当たり、思わず崩れ落ちる美優。
だが、涙目ながらにギッと上級生をにらみつける。
「何だよ、その目は! まだ文句あるって言うのかよ!」
その美優の姿に、翔太の視界が怒りで真っ赤に染まった。
◆ ◆ ◆
それから後の記憶はあまりない。
ただ、自然に体が動き、上級生たちに体当たりしたのは覚えている。
気がつくと、上級生たちは消えていた。
そして公園で大の字になって倒れる翔太の顔を、美優が心配そうに見下ろしていた。
「大丈夫? 翔太くん……」
美優の指先が傷に触れて痛んだ。
「いてっ!」
「わ! ごめんなさい!」
その後、2人で笑った。
泣き疲れた頬に、ようやく風が優しく触れた。
子猫を逃し、再び2人は砂山にトンネルを掘り始める。
翔太は右から、美優は左から。
やがて掘っていく砂の先に、やわらかくてあたたかなものが触れた。
美優の指だ。
美優も感じた。
翔太くんの指だ。
「やった!」
翔太は歓声を上げた。
「通じたね」
美優もニコリと笑った。
2人でそれぞれのトンネルの入口から覗き込む。
トンネルの先には笑っている美優の目が見えた。
だが、泣いたからだろう。その目は赤く腫れている。
その時からだった。
(俺が、美優を守るために、もっと強くならなきゃ……!)
幼なじみ2人が習っている格闘技、東南アジアの武術・シラットをアレンジしたもの。
海野流体術。
翔太がそれに真剣に打ち込み始めたのは──。
「なんて顔してるの、翔太くん」
そう笑う美優の泣き腫れた目を見て、翔太も思わずつられ笑いをし──。
◆ ◆ ◆
「あっ、お兄ちゃん、起きた!」
芽瑠の声がした。
「め、芽瑠……?」
どうやら、完全に眠り込んでいたらしい。
紅茶とバターの甘い香り。
夢の硝煙がまだ胸に残っているのに──やけに現実的だった。
いや、現実だ!
ソファーの上。翔太の体の上にはご丁寧に、きちんと毛布がかけられてある。
(俺んち……?)
夢の中で感じた、美優の指のやわらかさとぬくもりが、まだ残っている。
洋風のリビングルーム。見慣れた風景。そこに。
見慣れない“それ”が笑っていた。
「お目覚めですか? 翔太様」
「うわわわっ!!!」
翔太は飛び退いた。
見えたのは。
ゆるふわの長い銀髪。
小柄で華奢な体。
特徴的なメイド服。
そのミニスカートから覗く細い脚。
美しいエメラルドグリーンの瞳。
まれに見る美少女だが、その瞳の瞳孔が爬虫類のように縦に割れており……。
「デルピュネー。デルでございますよ、翔太さま」
テーブルの上には紅茶。ティーセット。そしてクッキーが山盛りにされている。
そうだ!
記憶が蘇ってきた。
俺たちは『濃霧』に襲われた。
そしてコンテナ置き場に逃げ込んで、それから……。
◆ ◆ ◆
LINES通知を鳴り響かせる美優のスマホ。
何者かが迫りくる圧倒的な絶望感。
そしてスマホから突然現れた化け物の腕。
そこへ駆けつけたのが、この13歳ぐらいにしか見えない、このメイド少女だ。
「ブチかまし、まくりメキます!」
そうだ。このメイド服の少女に救われた。
この少女が振るった槍は、巨大な化け物の腕を一撃で両断にした。
銀髪の一房が、ランプの光を受けて虹色に光った。
肩にかかるレースの縁は、まるで霧の粒を編み込んだよう。
小柄なのに、どこか非人間的な均整が取れていて──現実の空気だけが、彼女に追いついていなかった。
──しかし、この“見た目”が、あのどす黒い怪物を残虐な血の海に沈めた。
それが。
そのメイド服が。
なぜ、俺と芽瑠のこの家に、いるんだ……!?
翔太の家のソファー




