第112話 怨霊、蠢く
第112話
砂の上に落ちた静寂が、遅れて肺に刺さった。
この惨状と比べ、波音だけが、場違いに明るい。
翔太の右目は潰れたまま、ぐずぐずと熱を失っていく。
視界の半分が欠けたせいで距離感が狂い、世界が斜めに傾いて見えた。
「あ、あなた……!」
美優の声が震える。
この少年が突如現れた驚きがあまりに大きかったのだ。
元崎恵は、そんな二人を一瞥し――
さっきまでの“軽い冗談みたいな顔”のまま、砂を踏んだ。
元崎恵はゆっくりと翔太の元へと近づいた。
「も、元崎、なのか?」
翔太は肩で息をしながら訊く。
「はい、そうですよ。いや、本当に遅れてしまってすみません」
元崎はしゃがみ、失われた翔太の右目を覗き込む。
そして、無理やり翔太のまぶたをこじ開けた。
「ちょ、お前!」
「あれ?」
と元崎は、頓狂な声を上げた。
「おかしいですね。痛いですか?」
「え……」
元崎の言葉で初めて気づく。
目玉に指を差し込まれたばかり。
なのに──
もう、痛みがない。
「ね。もう痛みはないはずですよ。この目の部分、もう、相当量のイーナリージアを感じますから。痛みが消えたのは、すでに修復が始まっているから。いや、それにしても、この早さはすごい……え?」
何を見たのだろうか。
元崎は、いきなり翔太の前から飛び退いた。
すかさず、そこに美優が入り込んでくる。
「大丈夫!? 翔太くん!」
翔太の頬に手を当てる。
そして、美優も驚いた。
翔太の目から流れ出す血はすでに止まっている。
傷ついたまぶたもすでに修復が始まっている。
さらには、そのまぶたの奥で、潰されたはずの眼球が膨らみ始め──
「こ……これ……」
まさか、翔太の進化がここまで進んでいるとは思わなかった。
毎晩続けていた、冥船の呼吸の修行。
太陽神ラーの力を極限まで引き出すために、強引に体内のイーナリージアを維持し続ける練習。
美優は、翔太が毎日欠かさず、これを行っていたことを知っていた。
自然にラーの力を得るのではなく、無理に許容範囲いっぱい、そのエネルギーを体へと流す。
これは、まだ人の身でしかない翔太には、とんでもない苦痛を伴った。
そのうめき声が、美優の寝室にまで届く夜もあったほどだ。
だが、その効果は確実に出ていた。
──不死身。
まさに、そう呼ぶにふさわしい、翔太の回復力。
「翔太くん……あなた……」
美優は安堵とともに、どんどん翔太が自分から遠ざかっていくような寂しさを感じた。
どんどん翔太が人間離れしていく。
そこから来る、底しれぬ怖さも同時にあった。
──これもすべて、666の獣を、そのラーの力で抑え込むため……
「美優……」
翔太は、美優が恐怖を感じているのに気づく。
それはそうだ。
殺されるほどの傷を受けても、それがみるみる回復していく。
いわゆる、不死身──
知っていたとしても、それを目の当たりにすれば、この反応も当たり前だろう。
だから敢えて、明るくこう言った。
「だいぶ、成長してきただろ」
「う、うん……」
美優は戸惑いながらも頷く。
「完全に精神の核を破壊されない限り、こうやってほとんどの傷は回復していく……。まあ、殺されるほどの傷を負ったら、それなりに復活には時間はかかるけど……」
美優はぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ。すごいわ。これが、太陽神の力──。翔太くん、あなた本当に不死身なのね……」
「本当の意味では、不死身じゃないさ。さっきも言った通り、精神の核が破壊されたら、太陽神ラーも死ぬ。そうなると、復活はできない」
「それって……まさか、666の……」
「ああ。その最悪の展開だってあり得る。俺の中にある、世界を滅ぼす存在──それが、完全に目を覚ますことだってあるかもしれない」
「本当に、もう、痛くないの……?」
「今は……。でも、攻撃を受けた時は痛い。死なないだけで、痛みはちゃんと残ってるんだよ。まさに地獄の苦しみってやつさ」
翔太の呼吸もすでに回復しかけていた。
イーナリージアは、翔太の肉体すべてのダメージを無効化してくれる。
肺と気管を安定させるよう働きかけてもいる。
そう。翔太は、ほぼ不死身に近い力を身に着けつつあった。
それ自体は、魔王ベレスの思惑通りだ。
だが、その思惑通りゆえ、元崎は、その場から飛び退いた。
元崎だから、分かった。
翔太の目の傷を覗き込んだ時。
翔太の目の奥から聞こえたのだ。
忌まわしき“女”の声が。
垣間、見たのだ。
ある、ヒエログリフの痕跡を。
そのヒエログリフが表すのは灼熱の太陽。
そしてライオン。
それが意味するのは。
――セクメト。
エジプト神話に登場する女神の名だ。
太陽神ラーの片目から生まれ、破壊神にして復讐者。
同時に、太陽神ラーの守護神とも言われる存在だ。
元崎も魔王ベレスから聞かされていた。
北藤翔太──この太陽神ラーの転生体が、なぜ神の中でも最強クラスと呼ばれるのかを。
それが、セクメト。
かつて太陽神ラーは、自分を崇めない人間たちを罰するために、女神・セクメトを地上に放ったと言われている。
そして起こったのが──人類の殺戮。
(確かに、北藤さんが、イーナリージアを使いこなせるようになれば、その右目に宿るセクメトを使役できると、ベレスさまから聞いていましたが……)
元崎はゴクリと喉を鳴らす。
(私が、思わず恐れをなすぐらい、セクメトの力を、こんな短期間で引き出していたとは──)
まだそのセクメトを操れるほどには、翔太は成長しきれていない。
だが、それも時間の問題だろう。
順番が逆だ、と元崎は思っていた。
“マギカ2nd”を引き出す前に、セクメトの力を先に宿すとは。
──イレギュラー過ぎる……
「元崎先輩。どうしたの?」
急に美優に声をかけられ、ハッと我に返った。
「足、濡れてるわ。大丈夫?」
よほど慌てて後ずさったのだろう。打ち寄せる波が元崎の足を洗っていた。
元崎は気を取り直し、いつもの明るい表情に戻った。
「いやあ、ちょっと北藤くんの力に驚いてしまいましてね」
ヘラヘラと笑いながら、その場をしのぐ。
そうだ。
このイレギュラー。
それが起こった理由は、後で魔王ベレスから聞けばいい。
いや、聞かなければならない。
そうでないと、納得できない。
──私が、まだ、私の中に宿る神の力を発揮できていないのに……
そこで翔太が元崎に話しかけた。
「元崎……先輩……」
元崎は、脚が海に浸かったまま、翔太の方を見る。
「はい?」
そして、翔太は言った。
「──八雲は……、八雲は、どうなった!?」
──そう言えば。
その言葉に美優もキョロキョロと周囲を見る。八雲の姿がない。
海は凪いでいて、青空にくっきりとねずみ島の姿が見えている。
元崎は、引きつりそうになりながら無理に笑顔を作った。
「いやあ。殺しちゃったかも知れないですね」
「……え?」
「なにせ、緊急のことだったでしょ? いきなり“マギカ2nd”を発動して、六道掌をぶち込んでしまいましたから」
その言葉に、美優はあの日を思い出す。
翔太と元崎が争ったあの日。
──六道掌。
おそらく発剄に近い、必殺の技。
それは、その一撃だけで、あの強固な石垣に大きなクレーターを作り出すほどの威力を持つ。
もしそれを、人間相手に使ったとしたら──
「よくて、肋骨バラバラ。へたすると、体が上下に千切れちゃってるかもしれませんね」
へらへら喋っているが十分にあり得ると翔太は思った。
それは、その技を目の前で喰らったから分かる。
たまたま外れたが、あれをもらっていたら、確実に、翔太の首から上は破裂していたはずだ。
「ですが、あの人は国際魔術会議の中でも、相当な実力者だったはずです。あそこのエージェントは優秀な魔術師揃いで、あの方はその中でも確実に上位の存在……。で、なければ、あんな人間離れした動きや攻撃、できませんよ。おそらく人体強化の魔術──だから生きているとすれば……」
と、周辺の海面を見渡す。
「……きっと、そのへんの波間に浮かんでいるはずなんですけれど」
元崎は八雲の体を探して、脚を海に浸けたまま、波打ち際周辺を歩き出す。
どこかに八雲が漂っていないか、キョロキョロしながら海原を探す。
と、その時であった。
「──!」
海中で元崎の足首を、何者かが掴んだ。
元崎はギョッとした。
だが瞬間──
そのまま海の中へと引きずり込まれてしまう。
「元崎!!」
翔太は叫んで、元崎がいた辺りへと向かった。
同時に、水面から波しぶきが上がった。
そこに姿を見せたのは──
「う、嘘だろ……」
八雲在斗だった。
──しかも、無傷!
だが、その動きは鈍く、どこかよろめいている。
ダメージはあったようだ。
その姿を見て、美優の頭の中で、何かが、“切れた”。
──怒りだ。
目の前が真っ赤になった。
その脳内では、翔太の右目に指を突っ込んだ姿。
到底、許せない光景が何度もリピートしていた。
翔太から離れ、海へと駆け出す。
そして、海の中に引きずり込まれた元崎も、海面から姿を見せた。
その表情は、いつものあの、とらえどころのない笑顔ではない。
真剣な表情で、また異形の姿へとその身を変えていく。
再び自分の魔術回路に強力なイーナリージアを流し込んだのだ。
“マギカ2nd”。
その皮膚の下を、真っ黒な筋が、蜘蛛の巣のように張り巡らされていく。
気づけば、翔太も砂を蹴っていた。
海を八雲へ向かって走る。
美優が、すでに駆け出していたのを見たからだ。
美優は、八雲に一撃を喰らわそうとしている。
怒りに支配された美優は、翔太であっても、そう簡単に止められるものではない。
ならば──
八雲からは先程までの覇気が感じられない。
ダメージ回復に、相当な力を使っているようだ。
──ここで、とどめを刺す!
翔太、美優、元崎。
三人の想いが同時に爆発した。
あの時、不良の番格の鼻を、一撃で叩き折った美優の蹴り。
イーナリージアを使いこなす元崎の“マギカ2nd”。
不死身でどんな傷をも治癒させてしまう翔太の、殺人すら可能であろうシラットの妙技。
最強の三人が組んだ。
その三人が、同時に八雲に襲いかかる。
それぞれ急所を狙って。
最も有効だろう技を駆使して。
完全に囲まれる八雲。
だが。
この最強の三人の攻撃はすべて、空振った。
直前まで三人の攻撃は、確実に急所に当たるかと思えた。
しかし、その対象が──
消えたのだ。
突如。
こつ然と。
その場から。
「──上!?」
いち早く気づいたのは翔太だった。
だが、信じられなかった。
もう、力は残ってなかったはずだ。
相当なダメージを、あの六道掌から喰らっていたはずだ。
それなのに。
気づけば、八雲の肉体は、天高く宙へと浮かんでいた。
とても人間とは思えない跳躍力で。
美優と元崎も、翔太の声に従って上を見る。
だが、その時にはもう、八雲は空を飛ぶように──
砂浜を軽々と飛び越え、車道の上に着地していた。
その距離──ゆうに20メートルはある。
それを、一瞬で。
あまりのことに三人が三人とも、唖然とする。
あり得なかった。
だがすぐさま、身構えた。
この身体能力。
人を越えた力。
どのような魔術を使ったのか、分かったものじゃない。
いや。
魔術を使ったとはいえ、ここまでの能力を、人間は持ち得るのか──?
或いは。
──人間では、ない……!
それでも関係なかった。
美優にとっては。
翔太を。
幼なじみを。
そして、自分にとっても、大切で仕方ない存在を。
──殺そうとしたその行為は絶対に、許されるものではない!
と、国道上の八雲へと、駆け出し始めたところである。
その美優の怒りを“横から撫でて消す”みたいな違和感が、脳髄を走った。
──『マグス』の警鐘。
美優の足が、意思と関係なく止まり、視線だけが空へ吸い上げられる。
波や風……世界の雑音が欠けた気がした。
そこにあったのは──
さっきまで、空は笑うほど青かった。
なのに今は──分厚い灰色が、上から布を被せるみたいに、視界の端から端まで塞いでいる。
自然現象を無視したかのような突然の、分厚い雲。
それは、見渡せる空、すべてを覆っていた。
ねずみ島の輪郭が、影に沈んだ。
太陽が消えたのではない。太陽の居場所そのものが、空から追い出されたのだ。
「……そんな。さっきまで、あんなに晴天だったのに──」
美優はこぼす。
八雲も、その分厚い雲を眺める。
まだ海に膝まで浸かっている翔太と元崎も同様だった。
──ドクン!
翔太の胸の奥が、痛いほど激しく鼓動した。
まるで内側から殴られたような衝撃。
痛みは心臓じゃない。胸骨の奥、もっと深い核が鳴っている。
──この……感じは……
ドクン! ドクン! ドクン!
(……違う。ラーじゃない)
『カメア』が、急激に熱を帯びた。
その熱が、皮膚の下を這って、喉の裏まで登ってくる。
これは、イーナリージアじゃない。
ラーの光ではない。
もっと暗い。もっと原始的な――腹の底から湧く力だ。
怒りと、守りたい衝動が、鍵穴に合ってしまったみたいに噛み合い、何かを回し始める。
翔太の背中に、見えない棘が一斉に逆立つ。
自分のものじゃない呼吸が、肺に混じる。
──まずい!
翔太は背中を丸め、歯を食いしばる。
内側の扉に、両手で体重をかけて押し返すみたいに。
けれど――押すほど、向こうは嬉しそうに叩いてくる。
ドクン! ドクン! ドクン!
ドクン! ドクン! ドクン!
どんどん激しくなる。
何かに呼び出されるように。
いや、何かに、呼応するように──
ドクン。ドクン。
翔太の胸の奥の“別の鼓動”に合わせて、雲が脈を打ち始めた。
『――オオオオオオオオオオオオオオオオン』
声が、空気を押し潰す。
波音が、遅れて消える。
鳥の声も、遠ざかる。
代わりに聞こえるのは、喉の奥で擦れるような――古い怨嗟の振動だけ。
雲が渦を巻く。
渦の中心に、はためく着物の裾が見える。
そして、翔太の胸元――『カメア』のあたりが、青白く唸った。
まるで、鍵穴が見つかったみたいに。
まるで、“獣”の匂いを嗅ぎつけたみたいに。
雲の中で、何かが笑った気がした。
声じゃない。笑いの気配だけが、降ってくる。
(──陰皇……!?)
違う。あれは“眼”の気配じゃない。
もっと生々しい。もっと人間の怨嗟に近い――布の匂いだ。
ひと筋、雲が裂けた。
そこから覗いたのは、はためく巨大な「白」
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン』
布だ。――着物の裾。
風がないのに揺れている。揺れ方が、生き物の呼吸に似ていた。
裾が翻るたび、空の色が一枚ずつ剥がれていく。
まるで、世界の上に「別の空」を重ねようとしているみたいに。
そして、そこを起点として、
巨大な影が広がっている。
「……あれ、……何──!?」
美優の『マグス』の力が、強い警戒を発する。
そして、翔太を見る。
身を丸めて苦しみに耐えている翔太。
その胸あたり。
ソロモンの指環=『カメア』が掛かっているあたり。
そこから、強烈な青白い光が漏れ輝いている。
(……まさか──)
美優の脳内に、最悪な状況が思い浮かんだ。
──666。
だが、様子がおかしい。
光は直線に走るはずだ。
だが、『カメア』から発せられる光は、まるで翔太を覆い囲むようにして広がっている。
しかも、火のように揺らめきながら、逃げずに、そこに居座る。
(……こんなの、見たことない)
美優が翔太から、後ずさった時だった。
「今日のところは、ここまで、ですね」
声が聞こえた。
八雲だ。
八雲も、この薄気味悪い分厚く渦巻く、曇天を眺めている。
「──これは……僕たちのこれまでのデータにも存在しない……」
再び、美優は空を見上げた。
そして、そこにいる全員が、ついに確信した。
──雲の中に、何かが、いる!
目で見たんじゃない。
皮膚が、鼓膜が、胃が先に理解した。
“あれ”は、空を着ている。
「でかい……」
元崎も思わず息を呑む。
その雲の中の存在は、はるか先。
水城市市街地まで伸びているように見える。
一体、何キロメートルあるのか。
元崎も感じる。これまでにない歪な波動。
そして、その波動は、
この北藤翔太の存在そのものと呼び合っているようにも感じられる。
「これは……相当にまずいですね」
元崎が言う。
これに美優が答える。
「あれが何か、分かるの?」
元崎は首を横に振った。
「じゃあ、一体……」
「ですが」
元崎は続ける。
「これまで以上にない危機が近づいているのはわかります」
「危機……?」
「はい」
その間も翔太から漏れ出る光は消えない。
近づこうにも近づけないほどの熱気がそこから発せられている。
「それも遠い未来ではない。明日、明後日、……いや」
美優は喉を鳴らす。
「もしかしたら今夜……」
「今夜!?」
その小さな声を、八雲は聞き漏らさなかったようだ。
そして、言う。
「なるほど。そこの大きい君は、割とこの手のことに関して手練れのようだね。その通り。これは相当にまずいことになりますよ。僕も今夜あたりから危ないと思っています」
八雲と争っている場合ではないことだけは、美優にも分かった。
すでに、それどころではない。
そして。
ふっと。
翔太を覆い尽くす光が消えた。
熱気も。
「翔太くん!」
ようやく美優は駆け寄る。
これまでその熱さで、近づけなかったのだ。
元崎は、国道上にいる八雲に向かって言った。
「あなたは、あれが、何か分かっているんですか?」
これに八雲は曖昧に答えた。
「……どうだろうね」
そして、続ける。
「どうも、こっちの方が先決のようだね。動き出したようだ。『第三の理』が……」
「第三の理……」
元崎はオウム返しする。
「いずれにせよ、僕はこの場を去って、すぐさま対策が取れるよう準備します」
「逃げるのですか?」
「逃げるとも」
八雲は笑った。
やけに威圧感のある、どこか人間離れした笑顔だった。
「あなた方も気をつけなさい。これは、想像以上にとんでもない事態が起こっているようだ」
そして、八雲は踵を返す。
「逃がすとお思いですか?」
元崎が、いつでも──できるように脚へイーナリージアを集中させる。
「いや。君には、僕は捕まえられないよ」
八雲は背中を向けたまま言った。
そして、一瞬、振り返る。
「あ、そうそう。海野美優さん、あなたのお友達にかけた秘術はすでに解いてありますのでご心配されないよう」
「え?」
思わず美優は、砂浜に倒れているりこへと目を向ける。
「あ、あなた……一体、何の目的で……」
「いずれ、分かります」
その言葉が最後だった。
八雲はその場から、ふっと姿を消した。
どんな術を使ったのか。
まるで八雲の肉体が光の粒、切れ端となって舞い散っていくかのようだった。
そこに一枚、真っ白な鳥の羽が舞う。
「消えた……」
元崎は、それを眺めているしかなかった。
そして、その頃。
美優にその肩を抱かれながら、翔太は思っていた。
──聞こえる。
そう。翔太の耳には聞こえていたのだ。
──泣いている少女の声が。
か細い、肩をひくひくと震わせる、小さな小さな泣き声。
その泣き声の主は、こう言葉を放ったように聞こえた。
「──助けて……」と。
そして、それをかき消すように、再び雲の中の影が叫んだ。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン』
──そしてこれは、
これから起こる、最悪の事件の幕開けとなる。




