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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

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第106話 セイテンタイセイvsペルセウス

第106話


 巨体が大地に降り立った、その瞬間。

 空気が張り詰め、世界の音がひとつ、消えた。


『グウウ……』


 ペルセウスが唸り声を上げる。

 殺気ではない。威嚇でもない。

 ただ――『ここからは退かない』。それだけが、はっきりと立っていた。


「ほお。凶暴化した西欧の英雄か」


 セイテンタイセイは如意棒を握り直し、正面からその巨人を見据えた。

 名を問う必要はなかった。

 闘う理由を知る必要はなかった。


 この『聖魔せいま』にとっては、戦うべき相手かどうか。

 それだけで、十分だった。


 デルピュネーは一歩、前に出かけて、魔王ベレスに止められる。


「ベレスさま……どうして?」

「デル、君にはひとまず見ておいてほしい」


 セイテンタイセイという存在をよく知るための闘い。


「正面からだけではない。

 変幻自在に、認識をもてあそぶ闘い……その術を」


 魔王ベレスは、教えようとしているのだ。

 正面突破を主力とするデルピュネーに。


「君の槍は強い。だが“見えているもの”が嘘なら、強さは空振るからね」

「かしこまりました」


 デルピュネーはベレスの意図を掴み、二つの力が交わる一点を、静かに見守る。


 ――ここから先は、言葉の出番ではない。

 東洋の英雄と西洋の英雄。

 その二つの技と力が、ぶつかるだけだ。


 ペルセウスのハルパーを堂々と如意棒で受け止めているセイテンタイセイ。

 次の瞬間、如意棒がひねりを加えた。

 それは、湾曲した刃に“てこ”の力を噛ませ――


 バキン!


 折った──!


「あの、神具・ハルパーが!?」


 さすがのデルピュネーも驚く。

 あの神具の恐ろしさは、一度手合わせしたデルピュネーが一番よく知っている。


 これにはペルセウスも驚き、思わずその折れた刃を呆然と見た。

 そこへ、何者かの巨大な手が迫る。

 ペルセウスに影が落ちる。

 気づいた時には遅かった。


 身の丈三メートルは越えるペルセウスの胴体を、さらに巨大な手が鷲掴みにした。


「まさか、こんなことが……!」


 デルピュネーは目を見開く。


 その巨大な手の主は、セイテンタイセイの背後にあった巨大な幻影。

 大日如来の仏像が実体化したものだった。

 ――ただ、像の輪郭が、わずかに揺らいだ。

 デルの直感が、ひやりと鳴る。


 しかし、そんな違和感をものともせず、ニヤリと笑うセイテンタイセイ。

 そこから逃れようともがく、ペルセウス。


 これに追い討ちをかけるように、セイテンタイセイは自身の髪の毛を何本かむしり取った。

 それを口元へ当て、そのまま、ふうっと風を送り込む。

 その光景に、魔王ベレスも思わず唸った。


「ほう……」


 デルピュネーが続く。


「あの、呼吸……『濃霧』では……!?」


 そう。セイテンタイセイの口から吹き出されたのは『濃霧』。


 その『濃霧』に当てられたセイテンタイセイの髪の毛たちが次々と“人”の形になる。

 その“人”のような者たちは、実体化した大日如来像の手にすがりつき、這っていく。

 その先の握りしめられているペルセウスへと近づいていく。

 まるで蜘蛛の糸に群がる亡者のように。


「なるほど。これで、あの事件の謎が解けたな」

「事件……でございますか?」

「ああ、デル。覚えているかい? アーケード商店街で起こった『ポリバケツ肉塊事件』のことを」


 デルは頷く。


「あの被害者なき大量殺人事件でございますね。警察の調べでは、その被害者たちのDNAが、なぜかこの街に住んでいる人々と一致したという、あの」

「それだ」


 次々とペルセウスに群がっていく亡者の群れを見ながらベレスは言う。


「あの亡者に見える者たちは、明らかに『ゴースト』だ」

「ということは、つまり……」

「そう。これは僕も知らなかったよ。セイテンタイセイは、自らの吐息で『濃霧』を作り出せる。つまり、彼そのものが――生きた『カスケード』。現象の器なのだ」


 あまりに信じられない説に、デルの槍先が一瞬、揺らいだ。


「セイテンタイセイさま自体が、『カスケード』……」

「そうだ。仙術で、『カスケード』を模した。そして大量の『ゴースト』を町に解き放ち、おびき寄せた」

「そのおびき寄せた相手というのは……まさか」

「察しが良いな。レラージェだよ」


 魔王ベレスの瞳に冷静さが戻っている。

 だが、デルにとっては、驚きの連続だ。


「レラージェにとっては、青天の霹靂へきれきだったんだろう。何しろ、『カスケード』という『現象』を体現する存在が現れたのだからな。だから当然、排除にかかる」

「つまり、あの人体を溶解させる使い魔を放った──」

「そう。おそらく天使像だろう。天使像の群れが、セイテンタイセイが呼び出した『ゴースト』をすべて破壊した。セイテンタイセイはこれを見て、ほくそ笑んだだろうね。相手の能力を、リスクなしで見られたのだから」

「レラージェさまが持つ、触れた者をすべて腐らせ、溶かしてしまう特殊な力を」

「そうだ。さらには、あのセイテンタイセイのこと。悪戯をしかけた」

「悪戯……?」


 デルは少しずつセイテンタイセイの力をおそれ始める。

 ──これが、『聖魔』か、と。


「仙術ですべて、溶かされた肉塊を回収。ポリバケツに詰め、レラージェを困惑させた。なぜ、そんなことをするのか……何が起こったのか。驚きに驚きを重ね、相手を揺さぶる──それが、セイテンタイセイのやり方だからだ」

「なるほど……。では、もしかして、翔太さまの教会のマリア像を血と臓物でけがしたのも」

「僕への挑発だったんだろう。セイテンタイセイはこう言いたかった。お前の結界に自分は入れる、と。そして、自分が何者か知りたければ、お前自体が出てこい、と」


『第三のことわり』に近い存在──

 セイテンタイセイがそう呼ばれる理由が、デルにも少し分かった。

 相手の揺さぶり方。

 驚きと謎をばら撒き、相手を困惑に陥れる手法。


 そして決定的なのが、自らの術で、『カスケード』を模した現象を作れるというあり得ない能力。


 ──確かに。『幽世かくりよ』の「ことわり」とはかけ離れた作戦、力。

 リリンの一柱であるにもかかわらず、特別に『聖魔せいま』と呼称される理由。


 デルは思う。

 ──もし、セイテンタイセイが本気で敵に回った時、自分は、この『聖魔』に勝てるのか。

 もし、真の力を解放したとして、その攻撃が本当に通用するのか……?

 

 そんなデルに、改めて魔王ベレスは言う。


「だからこそ、これが、セイテンタイセイの手の内を知れる貴重なチャンスだ。しっかり見ておいてくれ」


 デルは、しっかりと頷いた。


 その頃には戦場は、凄惨な様相へと変化していた。

 セイテンタイセイが作り出した『ゴースト』。

 彼らは大日如来像の手により身動き出来なくなったペルセウスへ、包丁や鎌を容赦なく振り下ろす。


 血が走る。骨が鳴る。

 大日如来像は、その肉体をさらに強く、ギリギリと締め上げていく。

 英雄は――声以外を奪われたまま、もだえた。


 デルピュネーは、無意識に槍の柄を握り締める。

 踏み込めば届く距離なのに、止められている。その焦げるような焦燥が、喉まで上がった。

 それでもペルセウスは、潰されながら――刃だけは離さなかった。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 ゴキッ。


 ついに、背骨がへし折られそうになり、さすがのペルセウスも思わず雄叫びを上げた。

 だが次の瞬間である。


 その『ゴースト』たちも大日如来像も、何かにかき消されてしまうように突然、吹き飛んでいった。


「ぬおっ!」


 その爆風はセイテンタイセイにも及んだ。

 耐えられず、背後の林にまでその体が飛ばされる。


「ちいっ!!」


 セイテンタイセイは一瞬で、筋斗雲を呼び出す。

 その筋斗雲に乗り、林の木々への衝突を免れた。


 そして、その戦場には。


 空中に浮かび、肩で息をしているペルセウスだけが残った。


 その手には、金剛の鎌――ハルパーがある。

 デルは思わず息を呑んだ。


「ハルパー……! 折れたはずでは……!?」


 セイテンタイセイは、愉快そうに口角を上げる。


「なるほど。凶暴化してなお――“違和感”だけは捨てなかったか」


 折れた刃の断面が、どこか“綺麗すぎた”。

 影の落ち方も、わずかに狂って見える。

 

 次の瞬間、ペルセウスの雄叫びが裂けた。

 騙された、その怒りと屈辱からだった。

 ハルパーが折れたように見えたのは、セイテンタイセイによる偽の情報。

 すなわち、幻術。

 その動揺をついた攻撃に、いいように体を切り刻まれてしまった。


 魔王ベレスは、そんなペルセウスを讃える。


「バーサク化されてもなお、セイテンタイセイのからめ手を見破る強靭きょうじんな精神力。さすが、あの天空神・ゼウスの血を引く者だな」

「確かに。わたくしが手合わせをした時も、感じました。バーサク化されてしまうと、敵を前にした瞬間に体が動き、刃が振るわれる。ただそれだけの存在となるはずです。そこに理性も戦術もない。ですが、ペルセウスさまは、まるで自分の魂だけは離すまいと、そこにわずかな“心”と“誇り”があるように感じられました」


 デルも呼応する。

 そんなデルから発せられる魔力を感じつつ、魔王ベレスは言った。


「なるほど。デルが苦戦したわけだ」

 

 魔王は笑う──


 一方のセイテンタイセイも、これを「面白い」と取ったようだ。

 ニヤリと笑うと、如意棒を大きく振りかぶり、筋斗雲ごとペルセウスへ突撃する。


「面白い。使い魔にされても、本体自体は、そのあるじより強い。凶暴化で強化されているとは言え、おぬしとは、そのままの状態で闘いたかったわ!」


 その一撃をペルセウスはハルパーでがっしりと受け止めた。

 もう、幻術は見破られている。


「ならば、これはどうだ?」


 そのまま如意棒が伸びた。

 そのこんの先は、確実にペルセウスの心臓を貫こうとしている。

 だが次の瞬間、ペルセウスの姿は消えた。

 

 飛んだのだ。


 精霊たちより授かった、翼のあるサンダル。

 空中を自在に翔ぶことができるその神具を使った。


「この速度!」


 セイテンタイセイは、上空を見ながらうれしそうに叫ぶ。


「凶暴化されてもなお、その速さ! なかなか楽しませてくれる!」


 そしてセイテンタイセイも筋斗雲で上空へ。

 そこからは、目にも止まらぬスピードの空中戦が始まった。


 夜空の各所で火花が散り、金属音が遅れて追いかけてくる。

 かたや筋斗雲。かたや翼の生えたサンダル。飛び回りながらの死闘。


 セイテンタイセイがペルセウスの頭を兜ごとかち割ろうと如意棒を振り下ろす。

 それを瞬時に後方へ下がって避けるペルセウス。


 だが、セイテンタイセイはニヤっと笑う。

 かわされるのを見越しての攻撃。


「伸びよ! 如意棒!!」


 再び、如意棒が伸びる。

 だが今度は“槍”ではない。

 先端が一気に膨らみ、空を塞ぐ“壁”になる。


 逃げた分だけ、壁が先回りする。

 翼の軌道を読んだ一撃だった。


 ドンッ!


 大きな鈍い音が響いた。

 何かが潰れる音だ。


 ペルセウスは、上空で吹き飛ばされる。

 それをセイテンタイセイが筋斗雲で追う。


 飛び散る肉片。吹き飛ぶ血。

 ペルセウスはたまらず、フッ、とその姿を消す。

 ハデスの「闇の隠れ兜」の力だ。


「ぬるいわ!」


 セイテンタイセイは、再び自分の髪の毛を数本むしり取り、口元に当てて吹いた。

 飛び散ったセイテンタイセイの髪たちが、ムクムクと膨らみ、今度はセイテンタイセイの分身となっていく。


「ワッハッハッハッハッハア!!」


 本物とまったく見分けがつかない十体ほどのセイテンタイセイの分身たち。

 それぞれが筋斗雲に乗って空を飛び回り、入り混じり、やがてどれが本物か分からなくなる。

 そして十体が同時に、夜の闇を如意棒で叩き続ける。


 最初はそれをもかわしていた気配があったのだが……


『グワアアアア!!』


 闇からペルセウスの悲鳴が響いた。

 闇雲の攻撃の一つが命中したのだ。声を上げてしまえば居場所は明確。


「そこか!」


 セイテンタイセイたち全員が空中で円を描くように舞い飛び、如意棒をその地点へと伸ばす。


「滅びよ、英雄!」


 グシャ。


 肉が破壊される嫌な音がした。

 ひどく鈍い音が夜空に響き渡った。


 セイテンタイセイたちが描く円の中心。

 そのすべての如意棒が交差した場所に。


 少しずつペルセウスの姿が浮かび上がってくる。

 何本もの如意棒に貫かれたその肉体。

 だらりと垂れ下がっている両腕。


 まるでハリネズミのように全方位から串刺しにされた、

 哀れな英雄の姿が、そこに浮かび上がった。


『ア……ウ……』


 力ない声が漏れる。その口元から、大量の血が流れ出す。

 ついにはその手から、最強の神具の一つ、ハルパーが落ちた。


 魔王ベレスが、はるか先の海の上空を見上げながら言う。


「なるほど。セイレーンが喰らった攻撃は、あれか……」

「わたくしの攻撃にも耐え抜いたあの屈強な肉体を、分身で貫くとは──」


 セイテンタイセイの如意棒は、巨大な山をも一撃で崩すと言われる。

 これを自在に操るセイテンタイセイの前では、魔造ホムンクルスであるペルセウスでは耐えきれるわけがない。


 魔王ベレスはデルに告げる。


「セイテンタイセイの能力をもっとよく知っていれば、まだいい勝負が出来たかもしれないがな」

「あれが仙術……。わたくしも、おそらくあれを出されていれば同じ結果となっていたかもしれません」

「そうだ。セイテンタイセイの怖さは“初見殺し”にある。中華の天界にあった多くの資料からその脳にインプットされたさまざまな仙術、妖術。それそのものが『第三のことわり』を解く鍵とも言われている。それを駆使した、何が飛び出してくるかわからない、トリッキーな戦法。真っ向勝負ではない、あらゆる技を駆使しての攻撃。デル、今の君なら勝てるかい?」


 これにデルは、答えた。


「勝て、とのご命令であれば──」


 魔王ベレスは、満足そうに頷いた。


 ◆   ◆   ◆


「ハッハァ!」


 セイテンタイセイたちが分身もふくめ、皆で歓喜の声を上げる。

 ペルセウスを串刺しにしたまま周囲をグルグルと廻る。

 合わせて串刺しにされたままのペルセウスの肉体も回転する。


 まるで見世物のように。


 見せしめのように。


 そして。


「最大の敬意を持って殺そう。貴様は、強き者であった」


 すべてのセイテンタイセイが如意棒を握る手に力を入れる。


「次は、おぬし、本来の姿で、闘おうぞ!」


 そう。セイテンタイセイは、この大英雄を哀れに思っていた。

 バーサク化により理性を奪われ、ホムンクルス化により、自由を奪われ。

 敬意を払っていた。

 大英雄の名に恥じない誇りを持った戦士だと認めた。

 ゆえに。

 一瞬で、今の哀れな身を滅ぼそうと思ったのだ。


 如意棒でその肉体をすべて引き裂こうとする。

 忌まわしきホムンクルスの肉体をバラバラに消し去ろうとする。


 その一瞬だけ、セイテンタイセイたち全員が黙祷もくとうした。


 その畏敬いけいの念が、皮肉にも災いとなった。


「な、何……!?」


 黙祷で目を閉じていた時だった。

 その“女”が、突如、ペルセウスの横に現れたのは。


 その女は、セイテンタイセイたちが目を開けた瞬間を狙った。

 光る目を大きく見開き、セイテンタイセイたちをぐるりと一周して見渡した。


 途端に、セイテンタイセイたちの体が石になり始める。


「これは……」


 あっという間にそれは肩や腕、足にまで到達した。

 残された首が叫ぶ。


「せ、石化、だと……?」

「甘いわよ、お猿さ、ん」


 そう言って笑った鈴のような声の主は。


 ゼウスの兄・ポセイドンから求愛され、アテナの神殿で犯されたことから理不尽にもアテナの怒りを買い、怪物になる呪いをかけられた美少女。


 ──魔獣・メドゥーサであった。

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