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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

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第105話 切り裂かれた射手座

第105話

 

 大日如来の巨大な幻影を背に、セイテンタイセイは不敵に笑う。

 そこから押し寄せる圧に、デルピュネーの体に緊張が走った。


聖魔せいま』――聖と魔が同居する者にだけ許される、例外の称号。

 崇められる。だが同時に、最優先でおそれられる。幽世かくりよの“規格外”だ。

 セイテンタイセイが『第三のことわり』に近いと言われるのは、この一点に尽きる。


 デルピュネーの瞳が警戒色を発している。

 善悪の物差しが通らない敵――

 それを正面から測ろうとする状況は、デルにとっても稀だった。

 それでも、槍先は揺れない。


 そんなデルピュネーに魔王ベレスは問う。


「デル。仮に――君が完全体で、彼と当たったら。勝つのはどちらだと思う?」


 口調は穏やかだ。だが質問の芯は鋭い。

 デルピュネーは少し考える。


「あのお方は大妖怪。さらに、わたくしにとって未知である仙術をも操る存在にございます。ですが物理が通るとなれば、勝負にはなるでしょう。ただ……」

「ただ?」

「問題は、如意棒です」

「ほう」


 ベレスは感心したように言う。


「神具なのに、あのお方が“妖怪のまま”握れていた。そこが不条理でございます」

「なるほど」

「神を相手にするのか、魔を相手にするのか――判断がずれます。だから通常の攻め方だと、遅れを取る可能性がございます」

「うん。確かに。武器の格が、相手の格を一段上げてしまう――そういう道具だ」


 そう言って、大日如来ごとベレスはセイテンタイセイを視野に捉える。


「なにしろ、あの如意棒は、道教の最高神格の一柱である太上老君たいじょうろうくんが作ったものだからね」

太上老君たいじょうろうくん?」

「そう。道教の始祖・老子が神格化したもの。だがその姿は、口がカラスに類し、耳の長さは七寸あり、額には縦筋が三本あった。元は人間、姿は異形。だから僕は、彼を『第三のことわり』に近いと見ている」

「では……」

「そういうことだ。その彼が作った武具が如意棒だ。妖怪が神具を握れる不条理は、そこに繋がる。武具に混ざっている。神でも魔でもない性質が」

「そうだったのでございますね」

「そんな武具を持ちながら、セイテンタイセイは幽世かくりよの存在であり得ている。デルが混乱するのは正しいよ」


 ベレスの言葉を聞いて、デルピュネーはさらに肩に力が入った。

 そのデルピュネーの頭に、ベレスはポン、と手を置く。


「だが、そこまで道理の通らない相手ではない」


 ベレスはセイテンタイセイに向き直った。そして、親しげに話しかける。


「久しぶりだ、セイテンタイセイ。――五百年ぶりくらいか」


 ニヤリと笑ってセイテンタイセイが答えた。

 背後の大日如来が、魔王ベレスを値踏みするように、その目を薄く開ける。


「それほどだ。まさかぬしと、この如意棒を交える日が来るとはな」

「それは仕方がないことだよ。君は666の獣をほふりたいのだろう?」


 セイテンタイセイはそれには答えず、逆に問い返した。


「あれはこの世を、この星を、この宇宙を破壊する者ぞ。なにゆえ、ぬしはその存在をかばう。我こそ、ぬしの意図が読み取れぬ」


 魔王ベレスはうすく、笑った。


「まさか、あの、れらあじぇとかいう西洋のあやかしのように、獣を利用せんと考えているわけじゃあるまいな」

「まさか」


 セイテンタイセイは首をかしげる。

 この旧友の考えが読めない。


「まさか、だと?」

「レラージェの目的は大体予想がつく。あれのバックにはサルガタナス、アスタロトと大悪魔がいる。レラージェは666の獣をまだ種子のうちに手なづけようと考えている」

ぬしは違うのか」

「違うね。あんなもの、覚醒させてはいけない。災害は通り過ぎるのを待つものだよ」

「ふむ」


 ──魔界。王はサタン。だが“支配”には消極的だ。

 その隙を嫌う者がいる。力を持つ者が群れ、互いに牽制し合う。

 ルシファー、ベールゼバブ、アスタロト――「三大実力者」と呼ばれる名はある。だが序列ではない。

 アスタロトはソロモン72柱の一柱。ならば頭領はベレスだ。ところがベレスは“三大”に入らない。

 名目と実態が噛み合わない。魔界は、群雄割拠だ。


「腑抜けのサタンに魔界は任せておけない」


 そう考える勢力が密かに存在する。ベレスはその筆頭が、アスタロトであると考えている。そしてレラージェは、アスタロトに仕えるサルガタナスの配下だ。


 ここまでは、セイテンタイセイも理解している。


「ならば問う。なぜぬしは――国際魔術会議ユニマコンを放置する?」


 セイテンタイセイが核心に迫る。


「知らぬふりは通らぬ。

 あれの上層が、人の論理だけで動いていないことくらい――ぬしなら察しているはずだ」

「……察している、か。君は強引だな」


 ベレスは笑うが、目は笑っていない。


「僕は、知っている。

 だが君は――覚えていない」

「……何を?」

「言葉にする前にこぼれる種類の記憶だ。君たちは皆、代償を払っている」

「……それで、何を言いたい」

「それ以上は、今は言えない」

「ほう。そのようにけむに巻こうとするならば、我の敵となるわけだが、それで相違ないか?」


 異様な殺気だった。

 今すぐにでもここで魔王ベレスと一線を交えようとする“本気”の迫力がそこにはあった。

 だが魔王ベレスは動じない。静かにこう答える。


「いや。あれは、君が考えているような単純な組織ではない」

「裏の裏があると?」

「ある。――それも複数だ」

「……なんと」

「現場は、本気で人を守っている。

 だが上層は違う。

 あれらは、“守る”という言葉を、別の意味で使っている。

 表向きの報告書と、実際の行動が食い違う。

 それが、何度も起きている。

 人間の組織の顔をしているが、

 下手に潰すと、表の人間だけが死に、裏だけが残る」

「裏が残る……だと?」

「もっと明確に言おう。秩序から外れたものは、守る価値がない……

 そう考える者が、意思決定の席にいる」


 ベレスは腕を組んだ。

 セイテンタイセイの笑みが消えた。


「……“秩序”を優先する連中、というわけか。そこの見解は一致しておるようだ」


 ベレスは続ける。


「ただ、下の連中は本気で“人を守っている”よ。そこは事実だ。君は殺したがね」

「それは、どこに上の者が混じっているか分からぬからだ」

「いや、逆だ。現場に、疑い始めた者もいる。だが確信までは届いていない」

「我と同様というわけか……」

「まあ、そういうことだ。あと、まだ君にも言えないが、その”秩序”は、君が知る”秩序”より、古い。僕が探しているのは、その札──。いにしえの、誰もが忘却の空へと還してしまった記憶」

「我らが忘却しているというのか」

「いずれ、分かる時が来る」


 それ以外、ベレスはそれには答えない。

 手札は簡単に明かさない、というヤツだ。


「だから、最悪の事態を考えて、今、僕は、666の獣を自分の保護下に置いている。刺激を避けるため。なにより、国際魔術会議ユニマコンのヤツらに触らせないためだ。あれは今はまだ種子の状態にある。芽が出なければ覚醒はしないと踏んでいる」

「その理由を聞こう」

「あれはエジプトの太陽神ラーの転生体に取り憑いている」

「ラー? あのエジプトの太陽神か。見かけぬと思ったら……」


 セイテンタイセイは腕組みをする。


「そう。だがラーはそれほど弱い神ではない。むしろ最強クラスだ。666の獣といえど、そう簡単には取り込めない」

「そうであろうな……」

「そこでだ。僕はその転生体のラーの力をさらに強めるための技を今、教え込んでいる。獣がラーを食い尽くすのを妨げるためにね。つまり、僕の狙いは、獣が覚醒する前に、ラーの転生体である、北藤翔太ほくとうしょうたを、寿命により消し去ること」

「お主が語っているのは理想論に過ぎぬ」

「そうかもしれない。だから僕が保護しているというわけだ。あれが、なんらかの刺激で、半覚醒状態になるのは前回、見たのでな」

「半覚醒だと? では、その計画、絵に描いた餅になりかねぬ」

「そうでもないさ。それに、奴が覚醒したなら、僕が……」


 月が雲間から現れた。

 月光がベレスの顔を照らし出す。

 その表情はいつも通りに穏やかでは会ったが、その瞳は、“悪魔”そのものになっていた。


「殺す」

「……!」


 デルピュネーは思わず、ベレスの顔を見る。


「なるほどなるほど。うむうむ。道理はわかった」


 セイテンタイセイが如意棒をくるりと回転し、構え直す。


「あれの覚醒を阻まんとするお主の努力、それは称賛に値する。だがそれならなおのこと、国際魔術会議ユニマコンは、今のうちに壊滅させるべきではないか?」

「…………」


 ベレスは答えない。

 ただ、笑った。――それが答えになってしまう種類の笑みだ。


「……ぬし。まだ何か隠しているな」

「隠しているんじゃない。今は言えないだけだ」


 セイテンタイセイが眉をひそめる。


「そうか。まあ、よい。手法は違えど、我とお主、最終的な目的は同じというわけか。どうやら完全なる“敵”とはなりそうもないな」

「ああ。僕もこの宇宙を破壊されるのは防ぎたいからね」

「ソロモン72柱の頭領である、お主が、か?」


 セイテンタイセイはいかにもおかしそうに笑った。


「こいつは傑作だ。魔の者が、この世を守りたいなど。それこそ、サタンとやらに聞かせてやりたい」


 デルも、すべてを理解しているわけではない。

 だが、セイテンタイセイと同じ違和感を抱いていた。

 国際魔術会議ユニマコンは、正義の顔をした刃だ。

 そして今、目の前の二柱は――その刃の「扱い方」で割れている。


「では我ら。ここは休戦の流れとなるかな」

「ああ。誤解が解けて何よりだ」


 その時だった。

 セイテンタイセイの背後の大日如来の幻影が目を光らせた。


「待て、ベレスよ!」


 セイテンタイセイが夜空を見上げる。

 曇天にもかかわらず、降ってくる星がある。

 あの流れ星は“凶星”。――来訪の合図だ。


「射手座の方角か……」


 魔王ベレスがその流れ星を見て言う。


「来るぞ。セイテンタイセイ。準備はいいか?」


 そう、言い終わらないうちに。

 猛スピードで“何か”がセイテンタイセイへ向けて降ってきた。


「なんっ……!?」


 セイテンタイセイは、その者の刃を、如意棒でしっかと受け止める。

 激しい金属音が鳴り響き、その衝撃波で、デルピュネーの銀髪が流れた。

 デルピュネーの瞳が再び、強いエメラルドグリーンの光を放つ。


「まだ、闘おうとおっしゃるのですね、あなたは……!」


 デルピュネーから大きな魔力が一気に噴き出した。

 そこにあったのは屈強な肉体。

 身の丈、三メートルはあろう、巨人。


 それは、復讐の女神に狂わされた悲劇のリリン

 そして、その巨体は“ペルセウスの再来”と呼ぶに足る圧を帯びていた──!

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