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幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

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第104話 仙術師・孫悟空

第104話


 ──そして、水城市上空。セイテンタイセイ探索に向かったセイレーンは……


 真っ青な長髪がバッと強風に叩かれ、絹糸のごとく流れる。

 青い瞳。唇の端に、牙が光った。


 セイレーンは指先で、風と魔力を“糸”に編む。

 一本はセイテンタイセイの気配を炙り出すため。

 もう一本はユニマコンの探査網を撹乱し、目眩ましにするため。

 空全体が、彼女の狩場になる。


 手元で渦を巻く風と魔力の糸を、弦のように張る。

 指で弾く。

「ポーン」

 音の代わりに、見えない“波紋”が空へ広がった。

 大気が、薄い水面みたいに震える。


 魔力の糸で大気を“水”のように操る、彼女の特殊スキルの一つだ。


 ポーン。ポーン。ポーン…………


 セイレーンは、いくつもの空気の“波紋”を上空に作り出す。

 二つ、三つ。

 四つ、五つ。


 やがて無数の“波紋”がその一帯を埋め尽くした。

 “波紋”は探知だ。

 何かに触れれば、乱れとなって戻ってくる。

 鳥は素通りする。だが幽世かくりよの者は、抜けられない。

 乱れだけが、セイレーンの肌へ報告してくる。


 そして──


「……いる」


 超高速で空を滑空している何か。

 それを捉えた“波紋”が、セイレーンの白く柔らかな肌にそっと触れた。

 この乱れ具合……相当な速さで移動をし続けているようだ。


(撹乱のつもりか……)


 青の瞳が鋭さを増す。

 反応が四方から返る。広い。

 わざと散らしている――場所が絞れない。


(撹乱。……小賢しい)


 だが、セイレーンはさらに“波紋”を作り、その者の軌道を割り出していく。

 無数の“波紋”が張り巡らされ、そこをかき回す乱れから、セイレーンはその姿を捉え始めた。


(この先……北極星の方角──)


 セイレーンは、さらに強烈な“波紋”をつま弾いた。

 次は探知じゃない。攻撃だ。

 圧の壁――広域の“波紋”を叩きつける。


「ぬおっ!」


 乱れが跳ねた。――体勢を崩した。


(捕まえた)


 即座にセイレーンはその場へと飛ぶ。

 その間も指で“波紋”を作り続けていた。

 国際魔術会議ユニマコンに知られたら、厄介だ。


(逃げない。こちらへ向かってくる……!)


 敵は、一直線にセイレーンの元へと飛んできている。

 彼女は攻撃用の“波紋”を放つ。

 真空を生み出す“波紋”。

 相手を斬り裂く、かまいたち。


 手応えがない。

 斬撃の“全部”を、視界の外で捌いている。


(この距離、この速度で……)


 その瞬間──

 驚くほどのスピードで、セイレーンの真横を、前方から通り過ぎる者があった。


(──セイテンタイセイ!?)


 それはセイレーンの遥か後方で旋回し、再びこちらへ向かってくる。

 乗っているのは雲。

 あれが、筋斗雲きんとうん


(速い……っ! ならば!)


 セイレーンは“波紋”を縦に編み、網にして投げる。

 セイテンタイセイが、そこに引っかかった。

 ほんの一瞬――だが、その一瞬で十分だ。


「ぬおっ!」


 セイテンタイセイだけが、そこでバウンドし、筋斗雲がセイレーンの横を過ぎ去った。

 だが急旋回。

 あっという間に落下するセイテンタイセイの元へ戻る。

 あの『聖魔せいま』は、再び筋斗雲の上に立った。

 そして言う。


「風を水のように操る術とは、恐れ入った。初めて見る技だ」


 怒りがにじんだ声色。


 ――これは、追ってくる!


 そう確信したセイレーンは、途端に急下降を始めた。

 目的は勝利じゃない。誘導だ。

 セイテンタイセイを、ベレスの射程へ運ぶ。


「待て! 西洋のあやかし!」


 思った通りだ。セイテンタイセイは追ってくる。


「筋斗雲よ! あの女を追え! 我を侮辱した罪の重さ、理解させてやるのだ」


 セイレーンはいくつもの“波紋”を指で作り、セイテンタイセイの前に罠を作る。

 だが筋斗雲はその罠を次々とかいくぐる。


 セイテンタイセイが“波紋”を旋回している分、セイレーンのほうがスピード的に有利。


(私を見失わないよう、追ってきなさい……)


 セイレーンは、さらに速度を上げた。


 ◆   ◆   ◆


 ──その数分前の地上。


 腰を境にして、真っ二つに崩れ落ちる毘沙門天を見て、平山は恐怖を感じていた。


 それまで、平山は最強の力を手に入れたと思っていた。

 セイテンタイセイの仙術。

 阿修羅像という戦闘特化型の肉体。

 百体以上もの、仏像の群れ。


 だが、目の前のこの小さな少女は、仏像軍団中、最強の毘沙門天像を一撃のもとに斬り伏せた。


 あり得ない。

 毘沙門天は“壊れない”はずだった。

 それを一閃。――格が違う。


(嘘だ……何かの間違いだ)


 少女はこちらを見る。

 エメラルドグリーンの瞳が強い光を放っている。


(だ、だが、こちらは百体以上の軍だ。さすがにたった一人の小娘では……)


 数では圧倒。囲んでしまえば終わりなはずだ。

 幸いにも、こちらは触れただけで敵を破壊できる。

 あの少女のやわ肌。

 指一本。

 爪先が触れれば終わる。

 “破壊”は、接触だけで成立する。


 平山=阿修羅像は再び雄々しく立った。

 そうだ。この俺が、負けるはずがない!


『たった一体、倒したからといっていい気になってんじゃァねェぞ、小娘! お前が何者か知らねえが、これだけの数を相手にどうするつもりだァ? さっきの悪霊も手も足も出なかったんだぜェェェ!』


 デルピュネーは黙って、片目を失った平山の顔をじっと見つめている。


『指一本! 指一本触れたら、お前は終わりだ! つまり結局、俺らが最強ってことよォォォ! その気になれば、セイテンタイセイ様の仙術で、さらに数を増やすこともできる! 倒しても倒してもキリがねえ闘い、お前にとっちゃ単なる消耗戦だァ』


 それでもデルピュネーは怯む様子はない。

 寧ろ、威圧感を増している。


『どうだ、お前もこっち側へ来ねえか。その力……。セイテンタイセイさまの仙術があれば、さらに強大な肉体を得られ、さらにお前の力は増すぞ。何より……』


 と、平山は恍惚とした表情を浮かべた。


『この体、気持ちいいんだぜェェ。天にも上るような気分だァ。まるで桃源郷とうげんきょうだ。この肉体がある限り、俺たちは無敵で、しかも最高の幸せ者よ! お前も快感に打ち震えてみたいだろ? 勝てないいくさに立ち向かうより、よほどいいと思わねえか?』

「……」

『お前の敗北は今の時点で、すでに決まってんだァ! 負けて痛い目を見るくらいなら、快感に溺れろ。戦うたび、強くなって、気持ちよくなれる。それが“勝ち”だろ?』

「うるさい、で、ございますね」

『……え?』

「次からは、短く話してください」


 次の瞬間だった。


 平山の目の前から、少女の姿が消えた。


 背後で、破裂音が連鎖した。

 何かが同時に割れ、崩れ落ちる。

 そして少女は、最初からそこにいたかのように、平山の正面に戻っていた。


「触れれば終わる? でしたら、触れさせません」


 少女は言った。


 恐る恐る、平山は背後を見る。

 平山の背後にいた仏像たちの何十体かが、ガラガラと一斉に崩れ落ちた。


『ひっ……!』


 もうもうと立ち上る煙。


 ──あの一瞬で、あの密集した仏像軍団の中で……


 恐怖が、平山の脳天まで突き上げてきた。


 ──一体一体の狭い隙間をくぐり抜け、半数近くを斬り裂いたとでもいうのか……!?


 そんな平山に少女は言う。


「相手がどれほどの恐ろしい攻撃力を持っていようと、物理が通る限り――わたくし、デルピュネーが遅れることはございません」


(デ、デルピュネーだと……?)


 それが、この少女の名前か……

 そう思った平山へ向けて、デルピュネーは槍の切っ先を向けた。


「あなたは囮です。そして、セイテンタイセイさまがいらっしゃる前に、無力化するのが、わたくしらの役目」


(わたくし……“ら”──!?)


 まだ敵がいるというのか。

 それを聞いて平山が絶望感を抱いたのと、

 魔王ベレスが上空に向かって片手を伸ばしたのと同時だった。


「マーサ・プレイス!」


 名を呼んだ瞬間、空が裂けた。


 ──ズシン!!


 天空から雷とともに、何か巨大な鉄の塊が、猛スピードで堕ちてきた。

 雷を従えた“鉄の処刑台”が、地面へ叩きつけられる。


 夜空を切り裂いて現れたそれ。


 身の丈ほどはあろう禍々しい四角い鉄。


 それは、映画などでよく見る処刑用の電気椅子。


 そして、そこに座している者。


 ものものしく拘束された肌着姿の白人女性。


 顔には目玉が飛び出すのを防ぐ銀色の目隠し。


 頭をうなだれ、呪いの言葉が口から、つぶやかれている。


 マーサ・プレイス。

 十九世紀、世界で初めて電気椅子で死刑を遂行された女性の無念の魂だ。


 そのマーサに向け、魔王ベレスは静かに告げた。


「マーサ、やれ」


 途端に、電気椅子に強力な電流が流れた。


 その痛みでマーサが絶叫する。


 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 目玉が飛び出しそうになり、銀色の目隠しから大量の真っ赤な血液が涙のように流れていく。


 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 その叫び声にいざなわれるように。


 天空から、いくつもの雷がこの地に降り注いだ。


 ズン!ズン!ズン!


     ズン!ズン!ズン!


             ズン!ズン!ズン!


   ズン!ズン!ズン!


          ズン!ズン!ズン!


 ズン!ズン!ズン!


           ズン!ズン!ズン!


 平山の背後にいた残りの仏像軍団。

 そしてデルピュネーが破壊した、まだ生きている欠片たち。


 雷が落ちるたび、仏像が黒く裂け、崩れ、粉になった。

 ほんの数呼吸で、群れは灰燼かいじんになった。


 残ったのは、焦げた破片と、熱だけ。


『う、嘘だろ……』


 残りは、すでに動けなくなった阿修羅像。

 すなわち、平山だけ。


『我々はセイテンタイセイさまの力をいただいているのだぞ! この軍団だけで、街一つ、山すら砕けるほどの軍勢だ! それがこんな……。夢だ、これは夢だ! 俺はまた夢の中にいるんだァァァァァアア!』


 それを見てデルピュネーは言った。


「その仏像は仮初。阿修羅さまでも毘沙門天さまでもない。出来の悪い模造品で、粋がりましたね。借り物の力で、神を語るのは――滑稽です」

『そ、そんなはずはない……。我々はセイテンタイセイさまの仙術で……』

「もし、その仙術というものがセイテンタイセイさま、そのものの力であったら、わたくしもこうはいかなかったでしょう」

『そんな……助けて……』

「すべてが借り物である己を理解できなかったことがあなたの敗因です」

『助けて……』

「魂を解き放ってさしあげます」


 命乞いの声が終わる前に、槍が走った。

 平山の顔面から胴まで、一直線に裂けた。

 “破壊”ではない。“処理”だった。


 結果、平山を取り込んだ阿修羅像そのものが。

 阿修羅のニセモノが。

 ゆっくりと左右に分かれて倒れていく。


『こ、こんな……』


 最後の言葉を残し、


 ガラン、ガラン、ガラン。


 阿修羅像は、ついに息絶えた。


 平山にとっては、今度こそ、“本当の”死。


 阿修羅像に奪われた魂に休息が訪れた。


 囚われていたその魂は、ついに解き放たれたのだ。


 セイテンタイセイの仙術から、呪いから。

 平山の魂は魔物のものから人間のものへ。

 ようやくと安寧を取り戻した。


 ──終わった。


 人を殺め、破壊する仏像の怪異はこれで完全に消え去った。

 阿修羅像からは、平山の顔は消え失せ、元の美少年の顔に戻っていた。


 このタイミングを見計らったかのように。


「ベレスさまっ!」


 デルピュネーが上空を見る。


「わかっている」


 ベレスは瞬時に、その落下ポイントに移動した。

 次の瞬間は、その腕に、青い髪を持つ美女の姿があった。


「ベ……ベレス……さま」


 セイレーンだ。


 その体は傷だらけで血で汚れている。

 セイテンタイセイを、ここまでおびき寄せる。

 簡単な話ではない。

 セイテンタイセイからの攻撃をかわしながら、正確にこの地まで。

 背中を見せたまま、『聖魔』の追撃を捌き続け、ここまで運んだ。

 それだけで「任務成功」だ。


 それはセイレーンをもってすら、あまりにも過酷なミッションであった。

 だが、まだ命はある。

 魔力も残してある。

 まだ戦える。

 それだけの余力を残している。

 魔王ベレスの右腕とは、それほどまでに抜け目がなかった。


「大丈夫かい。まだ話せるか?」


 ベレスがやさしく話しかける。

 セイレーンは痛みで顔を歪める。


「攻撃を受けたんだね」

「は、はい……申し訳ありません。すべては、避けきれませんでした……」


 言葉を発した途端、セイレーンは痛みで身をよじった。

 体の内部まで傷は及んでいるようだ。

 だが、その痛みを恐れることなく、セイレーンは告げる。


「あの、武具。あれは、危険です……」

「武具……」


 魔王ベレスは、セイレーンの青い瞳を見つめる。


「セイテンタイセイの如意棒だね。あれを喰らってしまったのか……」


 セイレーンはこくりと頷く。


「距離は……十分に取っているつもりでした。ですが、あの棒はその距離を一気に詰めて、私を」


(セイレーンの技を持ってしても、攻撃を当てられたというわけか)


 だがまったく予想外というわけではない。

 ただ、想像よりも少し、セイテンタイセイが本気だったというだけだ。


「よくやった、レーン。十分だ」


 声は穏やかだが、空気が変わる。


「ここから先は――僕がやる」

「あ……ありがたき、幸せ……」


 言い終わらないうちに、ベレスは、セイレーンを自らの結界へと瞬間移動させた。

 ラ・ヨローナ、そしてマーサ・プレイスと共に。


 そして!


「ベレスさま! 来ます!」


 デルピュネーが警戒の声を発した。


「ワハハハハハハハハハハハハハ!」


 笑い声とともに、筋斗雲が降りてきた。

 如意棒が、夜を切って回る。


「あの姿を見たのは久しぶりだな……」


 ベレスがつぶやく。

 デルピュネーがベレスの元に駆け寄り、槍をセイテンタイセイへと向けた。


「あれが、セイテンタイセイさまですか……」

「そうだ」


 ベレスはデルピュネーに笑いかける。


「あの方が……。すごい妖力でございます」

「彼に会うのは初めてかい、デル?」

「初めてです」

「そうか」


 ベレスは再びセイテンタイセイへ視線を向ける。


「さて。彼は、どう出てくるかな」


 筋斗雲の上で如意棒を美しく振り回し、自身が戦闘態勢であることを示すセイテンタイセイ。


 その背後に幻のように山のような影が浮かび上がってきた。

 その影が落ちた瞬間、地面の夜が、ひとつ深くなった。


 それは、巨大な大日如来。


 密教最高の仏神の幻影を背負い、

 セイテンタイセイは雄々《おお》しく、

 ソロモン72柱の頭領・魔王ベレスを見下ろした──

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