表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽世のリリン  作者: R09(あるク)
第二章 怨霊編~胎児よ、胎児、湖面はそこだ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/249

第94話 復讐の女神・エリーニュス

第94話


 林をガラスと炭に変える、デルピュネーの「ドラゴンブレス」。

 翔太と美優の着地点から百メートル奥――

 その灼けた地獄で、デルとペルセウスの死闘は続いていた。


 一帯は焼け野原だ。

 木の枝はガラスになっている。風が当たるたび、チリン、と鳴る。

 すぐにパリン、と砕けて、足元に落ちた。


 ──その中で。


 デルピュネーの槍が、見えないペルセウスの肌を切り裂いた。

 ペルセウスは『ハデスの隠れ兜』で姿を消している。

 だが、消えるのは見た目だけだ。熱の流れで、動いた方向が分かる。


(──ここです!)


 デルピュネーのエメラルドの瞳が、獲物を追って背後へ大きく流れる。

 逆巻く空気。

 それはイコール、英雄の躍動。

 その乱気流へ向け、デルピュネーは跳躍した。


「ガアアアアアアアアアアアアア!」


 次の瞬間――ガラスの地面に白い裂線が走った。

 見えない斬撃が地面を先に切る。

 デルピュネーの竜眼は、わずかな光で初動を捉えていた。


(もう、その攻撃は何度も見ました!)


 デルは、寸前で身をかわした。

 熱風が頬を叩き、寸前のところでの距離だったことが分かった。


(甘い! ──それに、いつまでも身を隠せるとお思いですか!?)


 宙返りで着地した瞬間、デルピュネーは足先でガラス片を弾いた。

 破片が跳ねて、広がりながら落ちてくる。

 その粒の乱れをデルピュネーは見る。


 姿は消えても、そこに体はある。

 降る破片が、見えない何かにぶつかって跳ねる。

 それで輪郭が浮かぶ――そこに、英雄がいる。


「そこですッ!」


 カァァァァァァァァアアン!


 高い金属音。

 デルピュネーの槍は、敢えて、ハデスの兜を狙った。

 兜の魔力が一瞬、削れた。

 効力が不安定になり、ペルセウスの体が明滅し始めた。


 この機を逃さず、デルピュネーは槍を薙刀のように振り、ペルセウスの胸を引き裂いた。


「はああああああああああああああああああっ!」


 ドバッ!

 ドバドバドバッ!


 血が噴いた。それでも英雄の目は死んでいない。

 膝をついた次の瞬間、また姿を消す。

 逃げではない――勝つための手段だ。


「その兜に守られているから、あなたの攻撃は、甘いのです!」


 ペルセウスが姿を消すと同時に、デルピュネーは動いていた。

 槍を跳ね上げる。狙いは首じゃない。

 神具――兜だけを弾き飛ばした。

 神具がキン、と鳴り、空で回転する。


 兜が、外れた。


 ついに、ペルセウスの肉体が、あらわになる。

 このデルピュネーの攻撃に、思わず後ずさり、ガラスの地面を割る。


「英雄ペルセウス。ゼウスの血筋がこの程度とは──」


 もう声は届かない。ペルセウスは完全にバーサク化している。

 それでも苦悶は消えない。痛みは感じている。


「愚か……です。バーサク化してさえいなければ、あなたの知己と高い技術で、今のわたくしへも有効打を放てたものを」


 熱はまだ残っている。

 地表が光り、割れたガラスが月明かりを返す。

 デルピュネーの足が触れるたび、薄片がチリリ、と鳴った。


 竜の咆哮。閃光みたいな速度。

 

 身体能力だけなら、バーサク状態で強化されたペルセウスが上だ。

 だがデルピュネーは、技と速度と正確さで上回っている。

 今のペルセウスは強い。だが当たらない。

 それが、バーサク化の弱点だった。

 そしてこの好機を逃すデルピュネーではなかった。


「はああああああああああああああああああっ!」


 囮の一撃。

 これを、ペルセウスは、ハルパーで押さえつけて止める。


 デルピュネーの瞳に悲哀が浮かんだ。


(この程度の、罠……見抜けぬほどに……)


 デルピュネーは、槍先を引っ掛けて回転させ、ハルパーの角度をずらした。

 ハルパーの柄が、ペルセウスの拳の中で滑って回る。


 そこだ!


 一瞬の動作。


「しかし、情けはかけません!」


 ハルパーがペルセウスの超越した握力から離れた瞬間を狙い、槍を上へ跳ね上げた。

 槍を抑えていたはずのハルパーが一気に吹き挙げられ、

 それを持っていた両腕が、上へ持っていかれる。


 胴ががら空きになった。


 デルピュネーはそこを狙った。

 冷酷に。残虐に。

 迷いがない――悪魔の手つきだ。


 上げた槍を今度は、そのまま振り下ろし、ペルセウスの胴へ袈裟斬けさぎりにする。

 胸板から脇腹の腰のあたりまで切り裂かれ、ペルセウスの肉体から血が噴き出す。

 間髪入れずに、左肩を串刺しに。

 巨大な肩の筋肉と骨を貫通。

 ──これで、しばらくの間、左腕は上げることもできないはずだ。


 だが、今の、竜の力を解放したデルピュネーは加減というものを知らない。

 槍をぐるりと回転させる。

 槍先の装飾も兼ねた凹凸が、肉をえぐり取っていく。

 デルピュネーは、この回転に、てこの応用も使った。

 次の瞬間――左腕が、肩から外れた。


「大人しくなりなさい!」


 腕は、肩から切り離され、宙を回転しながら、ガラスの地へと落ちていった。

 

 ◆    ◆    ◆


 翔太と美優は、熱気の残る炭の林を進む。

 デルを探す――というより、近づける場所を探している。

 踏みしめるたび、ガラスの皮膜に細いひびが走り、足元で砕けた。


「翔太くん、デルは?」


 返事がない。

 見ると、翔太はある位置に立ち尽くし、その先を見ていた。


「翔太くん……?」


 熱気でむせこみながら、美優も翔太の背後に立つ。

 そして、翔太はようやく返事をした。

 振り向かずに。


「ああ……いたよ」


 そして恐怖とも感嘆ともとれる声を漏らす。


「えらく、強い……」

「え?」


 美優はすぐに翔太の横へと駆け寄った。

 そこで美優は翔太が何を見て、そう言ったのかが分かった。


 翔太と美優が見たのは──


 木々が炭を越えてガラス化し、砕け、広場のようになってしまった場所。

 その広場で。

 竜そのもののような獰猛な動きで、ペルセウスを切り刻んでいくデルピュネーの姿。

 長い銀髪が。熱気に押されて上へゆらゆらとたなびいており、瞳の翡翠はいつもの数倍もの光を放っている。


 指の先には鈎爪。

 口元には鋭利な牙。

 いつものデルピュネーの姿ではあるが、その挑発的な存在感はいつもの彼女ではない。


「えええええええっ!」


 例のおっとりした目は残っている。

 だが、その瞳は、冷たく光っている。エメラルドグリーンが刺さる。


 ──悪魔だ。

 半竜半人と名乗っていたデルが、本性を見せていた。


 ペルセウスにはすでに左腕がない。

 だが、負けじと超高速で落ちたハルパーを拾い、右手でデルピュネーに斬りつける。

 だがデルピュネーは、軽くかわすだけで、肌がそれを弾いて見えた。

 よく見ると、その剥き出しの腕や脚には、何やら鱗のような鈍い輝きが宿っている。

 虹色。

 動くたびに光を反射している。

 

(神具の刃が弾かれる理由は、これか……)


 翔太はゴクリと喉を鳴らす。


 着ているメイド服がかろうじて、それがデルピュネーであった名残りだった。

 だがそのメイド服もあちこちが破けたり、煤けており、これまでの戦闘の激しさを物語っている。

 上へ流れる銀髪の合間にも、小さな角のような影がのぞく。


 ドラゴン……


 それだけではない。

 腰から生えた、悪魔そのものの禍々しき翼。


 ──これが、デルの本気。


「まるで……獲物を狩るための動きね……」


 美優にそう呟かせるほど、デルの変貌ぶりは凄まじかった。

 姿だけではない。

 その凶暴性も含めて、だ。


 ◆   ◆   ◆


 その間にも、デルピュネーはペルセウスを血祭りにあげていく。

 ペルセウスが遅いんじゃない。デルピュネーが速すぎる。

 目で追える域じゃない。

 ただ、翡翠の光が。デルピュネーのエメラルドグリーンの瞳の輝きが。

 地獄の炎のように燃え、光跡でその位置を知らせる。


 残像を残しながら。


 一秒に一回はデルピュネーの前方から真っ赤な血が噴き出す。

 ペルセウスのものであろう。

 一方でデルピュネーの方は、刃を肌で弾く火花だけが見える。

 要するに、ペルセウスの斬撃は神具であってもデルピュネーの肌に弾かれ、デルの刃は“見えない頻度”で確実に三メートルの巨体を切り裂いている。


「あはははは! あははははは!」


 まるで悪鬼にようにデルピュネーが笑った。

 楽しくて仕方がないといった声だ。

 そして飛び上がり、横に薙いだそのデルピュネーの槍が、

 ついにはペルセウスの両目を二つとも切り裂いた。


 左腕と両目を失ったギリシャ神話の大英雄。

 どちらが、バーサク化しているか、もはや分からない。

 ペルセウスは、三メートルが苦悶でその体を「く」の字に折った。

 これに美優は思わず、喉を鳴らす。


「あの大英雄をここまで追い詰める……あのテュポーンが認めるはずだわ……」


 改めてといった風に美優は言う。


「デルって……本当に何者なんだ?」

「本来は、テュポーンの番人」

「番人……洞窟の?」

「コーリキュオン。神話の“防衛装置”みたいな存在よ」

「……家事してる姿と、同じ個体とは思えない」

「しかも、テュポーンとゼウスのね。あの神々の王・ゼウスを唯一、やぶった怪物がテュポーン。テュポーンは、そのゼウスの肉体をけんに至るまでバラバラに引き裂き、世界各地へと、その肉片たちを隠したと言われている。ギリシャ神話体系では最大最強の怪物。いや、一説では神とさえ呼ばれている存在」


 そのテュポーンは、ゼウスの手足のけんをある洞窟へと封印した。

 その洞窟の名が「コーリキュオン」

 これを取り戻そうとする神を、すべて跳ね除けていたのが、このデルピュネーだ。


「ゼウス……宇宙を裂く雷の天空神。ギリシャの最高神だよな。それを……バラバラに……?」

「テュポーンはね、ギリシャ神話原初の神・カオスの次に生まれた序列二番目・タルタロス神と、大地母神・ガイアの間に生まれた子と言われているの」

「カオスにガイア。規模がでかすぎて、混乱する……」

「ええ。デルの、家事をしている姿を見てたらこんな背景、忘れちゃうわよ。そのテュポーンが信頼した魔物であり、実際にオリュンポスの神々を退けてきた実力者」

「その後、ゼウスは?」

「復活したわ」

「なぜ? デルは失敗したのか?」

「ええ。計略の神・ヘルメスに騙されて……あの頃から、人は良かったのね……」

「じゃあ……」

「自分の肉片を取り戻したゼウスは復活した。そしてテュポーンをついにやぶったとされるわ。その後、デルピュネーが、どんな運命を辿ったのか……あまり想像はしたくないけど」


 敗軍の兵。

 天界で、どれだけの目に遭わされたのか──

 いつもの、あの、おっとりしたデルの姿から想像するのは難しい。

 いや、残酷すぎて、想像するのが怖い。


「とにかく。あの闘いには、さすがに割り込めない……」


 そう言ったところで、「あっ」と美優は突如、素っ頓狂な声を上げた。

「どうした?」と翔太は問う。

「いけない……私、やっちゃったかも」

「何が?」

「大熊のおじさん……!」


 スマホを取り出して、操作する。


「約束の時間に遅れるの間違いなかったから、送っちゃったのよ大熊のおじさんに。スマホの位置情報を」

「え……」

「来ないでって、伝えなきゃ」


 美優の誠実さと慎重さが裏目に出ていた。


「危険だから?」

「それも。――もう一つある」と美優。

「あんなデルの姿を見たら、国際魔術会議ユニマコンは、デルをも討伐対象とするかもしない」


 ──忘れていた。

 国際魔術会議ユニマコン。それはこの世に脅威となる怪異を葬り去るための組織。


「今すぐ、LINES通話できないか?」

「出ない! 一応。メッセージは残したけど……え?」


 その言葉を言い終わらぬうちに、美優がバッと翔太の体に覆いかぶさった。

 突然、背中から押し倒され、翔太はうろたえる。

 背中にあたるやわらかな感触が集中力を鈍らせる。


「ちょ、美優! 近い! なんだよ、いきなり! 俺、イーナリージアで体痛いのに……」

「黙って! あれ、見て!」

「あれ?」


 その瞬間、風が止んだ。

 ガラスが砕ける音だけが聞こえた。


 翔太は、うながされるままに、美優の視線の先を追ってみた。

 そこにはペルセウスの姿。

 ペルセウスの周りを、半透明の女が回っている。

 紫のマント。顔ははっきりしない。

 なのに――手の大鎌だけ、やけに実在感がある。


「また何か現れた……あれは……」

「待って。確か、父さんが持っていた本に……」


 眉間にしわを寄せる。


 ペルセウスのバーサク化。

 神話への冒涜。

 自らの運命への復讐。

 大鎌。


 そこから導き出されるものは……

 

「まさか……復讐の女神、かも」

「復讐の女神?」

「エリーニュス……」


 美優はさらに翔太を上から押さえつけた。


「いって……!」

「しっ! 聞こえる!」

「無茶言うな。それより、エリーニュスって」

「対象を狂気へ誘う女神。これが思い浮かんだってことは……間違ってないかも知れない」

「そ、それも、『マグス』の素質ってヤツか」

「そうよ。私やお父さんには分かるの。ペルセウスのバーサク化。凶器へ導く女神。これで、つじつまも合うわ。でも、もしあれが本当にエリーニュスだとしたら、まずいことになる」

「まずいこと?」

「あれは、冥界の力を宿しているから……!」


 そう言っている間だった。

 その復讐の女神・エリーニュスらしき影が、デルに大鎌で、襲いかかった。

 デルピュネーは素早くかわし、空高く舞う。

 そのときに出来た隙をペルセウスは見逃さない。


 まずペルセウスは、跳ね飛ばされた自身の左腕を拾った。

 その左腕を自らの肩……切られた傷口に当てる。

 ありえないことが起こった。

 くっついた。

 冥界の力が、傷を巻き戻したのだ。


「あれは……!?」

「しっ……!」


 美優が軽く翔太の口を抑える。


「仮説だけれど……。きっと、あれがペルセウスをバーサク化した張本人。そして、エリーニュスの力はそれだけじゃない。あの鎌……。あれに刃先に触れたものは、それがどれだけの存在であっても、もがき苦しみ、絶対的な死へ追いやるって聞いてるわ。さらには、その呪いに触れたものは、冥界にすら行かせてもらえない……」

「冥界……」


 その半透明の女は、ペルセウスではなく――デルを見ていた。

 その復讐の女神・エリーニュスらしき影が、デルに大鎌で、襲いかかった。

 デルピュネーは、鎌をかいくぐる。

 危ない場面は何度もある。

 だが、それだけ恐ろしい存在を前にして、デルピュネーは相変わらず、笑い続けていた。


「あははははは! あははははは!」


 笑い声だけが、温度のないまま広がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブクマ・ポイント評価お願いしまします!
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ