表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
道化師  作者: 夜行
9/15

9



 その後、騒ぎを聞きつけた先生たちがやって来て事情を説明した。しっかり証拠もあるしこちらに非がないと言えばそうもいかないところもあるだろうけど、僕たちにはお咎めなしだった。もちろん生徒会長を殴り飛ばした奥村くんも。

 あとで奥村くんに聞いた話だけど、殴ったことに関してお咎めがあったらどうする気だったか聞いたらこんな物騒な答えが返ってきた。

「金で解決するさ」

 彼の家はかなりのお金持ち。そんな家の子がこんな普通の学校に通っているのがそもそもおかしな話なんだけど、そこはよくわからない。家がかなりの額を学校に寄付しているとかで、学校側もあまり強く奥村くんに言えないのだろう。それを奥村くんは知っているから自由気ままにやりたい事をやっているらしい。

 なんとも羨ましい人生だ。利用できるもんは全部利用しろ。それをモットーに生きているらしい。

 僕のボイスレコーダーが決め手になって生徒会長は停学という名の休学をしたらしい。もう学校には戻れないだろう。たった1つの間違いが人生を狂わせるなんていうけど、本当にその通りだ。

 自分の罪は晴れたし、真犯人は捕まって学校へは来なくなった。すべてが丸くおさまったと言って間違いはない。

「っとまぁこんな感じだな」

 ある程度の言葉は選びつつ、俺は相談役であるマリーに事件の解決を伝えた。

「なぁんだ。うまくいったの。意外」

 この女ほんとひでーな。さては適当にアドバイスしやがったな。

「そんな事ないわよ。あなたならどうにかできると思ってアドバイスしたのよ。それに私はこんなだから、いろんな面白い話を聞きたいしね」

 面白くねーよ。こっちは大変だったのによ。それこそマジで禿げるかと思ったし。

 ……10円禿げとかできてねーよな?

「まぁなんだかんだで解決できたし良しとするか」

 俺の心はとても晴れやかだ。清々しいほどに快晴だ。これはいい心の夕日が見れるに違いないぜ。

「あぁ、そうだ。お前この前別れ際に言ってた事ってなんだよ?」

「? 何か言ってたかしら?」

 はてさて、と惚けてみせるマリー。こいつ嘘つくのへったくそだな。

「失礼ね。聞きたい事、ってやつでしょう?」

「そうそ。何を聞きたいっつーんだよ? 夢も覚めるほどの事なんだろ?」

 俺は半笑いでそう聞いた。

 しかしこのあとのマリーの質問は本当に笑えない質問だった。

 特に前触れもなく、この女はありえない事を口にした。



「ねぇ、“人間だった頃の記憶”ってある?」



「…………は?」

 一瞬意味がわからなかった。いや、今もわかっていない。

 どういう事だ? 人間だったころの記憶?

 いやいやいや、一応現実世界では人間なんだけど。

「何を言ってるの?」

 もう1度ありえない事を言う。



「ここは現実世界よ」



「…………」

 違う夢の世界だ。

「違うわよ。正確には“ここも現実世界”」

 い、意味がわからない。

「パラレルワールドって知ってる?」

 俺は何も答えない。マリーはさらに続ける。

「世界が平行していくつあるってやつね。あなたが夢の世界だと思っているこの世界は現実世界の1つよ。そしてあなたが現実世界だと思っている世界もまた、現実世界であっている。ここで1つ問題が生じるわね? わかる?」

 俺は何も答えねー。

「それはあなたが人間か道化師かってこと。どっちだと思う?」

 俺は何も答えられねー。

「答えは道化師ね。あなたは向こうの世界で人間だと勘違いをしているだけ。本当はむこうでも道化師の力を使おうと思えば使えるわ。ただあなたが、自分を人間だと思い込んでいるから無意識に力に鍵をかけているのよ」

 俺は何も――。

「じゃ違う質問ね。あなた、向こうの世界で子供の時の自分を思い出せる? 親とかいる? ただ世界に紛れ込んでいるだけだから何も思い出せないでしょう? 次になぜ2つの世界を行き来できるのかと言うことだけど、それは韋駄天の能力があるから」

 …………。

「世界を渡る事ができる道化師。その能力が韋駄天。都合にいいように世界に紛れ込める力。パラレルワールドは並行している世界だから違う世界にももう1人の自分がいるけど、道化師は己が唯一無二だからもう1人の自分は存在しないと言われているわ。でもそれはきっと嘘ね。そんなこと人間にわかるはずないもの。どこか探せばいると思うけど。世界は矛盾しているものよ」

「し、信じられるわけないだろッ!」

 俺はマリーに対して初めて声を荒げた。しかしマリーは冷静だ。

「俺はッ、人間だッ! そしてここは夢の世界だ!」

「いいえ違うわ。ここも現実だし――」

 聞きたくない言葉をマリーはまるでまばたきをするように言う。

「あなたは、人を喰う化け物よ」

 いつの間に立ち上がったのかわからない。気が付けばその手はマリーの首を掴もうとしていた。

「あら、わたしを殺すの? 殺したところで何もかわらないわよ?」

 そう言われて俺の身体はぴたりと止まった。

「いいじゃない、人を喰う化け物。わたしみたいな何もできないただ死を待つしかない人間よりもよっぽどいいと思うのだけれども」

 こいつは本気でそう言っている。

「わたしはあなたが羨ましい。なんでもできるあなたが羨ましい。もしわたしが人間のまま死ぬか、道化師になって化け物として生きるかの2択を迫られたら、わたしはまよわず道化師になることを選ぶわ。あなたは――恵まれている」

 俺は手を引っ込めてそのまま窓へと歩いて行った。ここにいたら聞きたくないことまで耳に入ってくる。

「どこいくの?」

「……うるせぇ」

 俺は聞く耳を持たずにマリーの家から飛び出したのだった。




 ♠♣♥♦




 何が現実か夢なのか。どれも現実なのか夢なのか。そもそもの現実と夢の違いってなんだ? 夢の中だって感覚はあるし、思い通りにだって行かない。現実だって本当にこれは現実かと思う事もある。

 その違いって、なんだよ……。

 俺の頭じゃ答えを導きだせそうになかった。そして驚くほどに俺は落ち着いていた。もっと怒り狂って暴れまわるかと自分でも思ったが、驚くほど冷静だった。

 その理由はわかっている。

 それはなんとなくだが、マリーの言った事に思い当たる節もあったし、言われて冷静になって考えたら妙に納得してしまったからだ。

「……俺は、人間じゃないのか」

 自然と諦めにも似た涙があふれていた。夢の世界だと思って好き放題して人間を食い散らかして暴れまわって、悪行の限りを尽くした。それは夢の世界だからやったことだ。もし、ここが現実世界だとわかっていたなら、俺はどうしてただろうな。それでもやっぱり人間を喰っていたかもしれない。だって喰わなきゃ生きていけない。

「俺は……化け物なのか……」

 それでもまだ認めたくはない。これは全部“夢”だとまだ信じている部分もある。

 自分の目で確かめて、納得できる答えを探すしかない。

「まだ、諦めない」

 俺は人間だ。徹頭徹尾人間だと、胸を張って言いたい。誰に? 決まっている。葉月に。まず最初に顔が浮かんだ。葉月は俺が化け物と知ったらどう思うだろう。さすがに愛想をつかすか。

 葉月と言えば。小さい葉月に会いにいこう。このもやもやした思いを葉月の笑顔で取り除いてもらおう。

 俺は立ち上がって葉月の家へと飛んだ。

 家々に屋根を軽快に飛び越えていく。もうこの辺りの地理も十分に把握しているから迷うことはない。あの家だ。

 俺は屋根に着地して葉月の部屋のベランダへと移動した。中を覗けば葉月はすやすやと寝ていた。起こすのは忍びないが、俺の心を正常に戻すためだ。犠牲になってもらおう。

 コンコン、と。窓をノックした。

「起きねーな」

 当たり前っちゃ当たり前か。子供の熟睡ってほんと起きねーもんな。はてさて、どうしたもんか。窓ガラス割るわけにもいかねーしな。

 無意識に窓にあてた手をそのまま左に動かした。するとカラカラと窓はすんなりとあいた。

「…………」

 鍵閉めとけよ……。まぁそのおかげで開いたんだけど。なんだかなぁ。ゆっくりと起こさないように葉月に近づく。あっ、この場合は起こさないように近づかなくていいのか。今からどうせ起こすんだしな。

 しばらくの間、葉月の寝顔を堪能する。

 よし、満足。優しく触れて声をかける。

「葉月。おい、葉月、起きろ」

 肩をゆっさゆっさと揺らすが起きる気配はない。ぬう、どうしたものか。

「よし、このまま誘拐しよう」

 よっこらせ、と俺は葉月を肩に担いで家を飛び出した。行先はいつもの公園だ。ものの数十秒でたどり着いた。

「ぅぅう~……」

 お? どうやら浮遊感で目を覚ましたらしい。

「ぁれ~ピエロさん……?」

 どうやらまだ寝ぼけているらしい。全然視点が定まってない。俺と逆の方向を見て喋ってるんだけど。

「葉月葉月。逆逆。こっちこっち」

「んにゅ~……?」

 目が3になってんぞおい。どこのマンガだよ。

「葉月、遊ぼうぜ」

「くか~」

 おい、いま口でくかー言っただろ。

「は~づ~き~、あ~そ~ぼ~ぜ~」

 身体をカクカク揺らす。

「あ~、あ~、ようようよっちゃう~~~」

 白目向いて泡ふきだし始めたぞ。めっちゃおもしろ。まるでカニだなぁと思いつつ、仕方がないので揺らすのをやめてやった。

「起きたか?」

「おきたおきた」

 ふあ~っと大きな欠伸をして伸びをする。う~ん、葉月は小さくても葉月だなぁ。

「なにしてあそぶの?」

 そう言われると困る。

「そうだなぁ。遊ぶってゆーか、ちょっと話相手になってくれ」

「おしゃべり?」

「そう。楽しくお喋りしよう」

 正直なところ、何を話したのか覚えていない。きっと楽しくお喋りはしていたんだと思う。そして俺は何よりも俺が許せなかった。葉月を連れ出したことに心底後悔した。後悔というのはもう絶対に元には戻らないから後悔する。

 俺はなにをやってんだ。それこそ本当になかった事にしてぇ。

 思考が完全に停止しているのがわかる。その停止の先には、奈落の底のような狂った憤怒が待っていた。

 俺と葉月は楽しくお喋りをしていた。まるで罪が洗われるかのように浄化する気持ちだった。

 本当に、世界というのはいきなり現象を起こしてくれる。前触れもなく、あたかも今までそこにあったかのように、いたかのように、そうだったかのように、それは訪れる。

 葉月は寝起きだったこともあって、トイレに行きたいと言い出した。当然、公園なのでトイレはある。だから俺は葉月を送り出した。一緒について行ってやろうかと言ったが、葉月は1人で行けると言った。

 よく真夜中の公園のトイレに1人で行けるなぁと感心したぐらいだ。俺は絶対無理。怖いもん。

 それからしばらくして葉月はトコトコと戻ってきた。

「遅かったな。大丈夫だったか?」

 何が大丈夫なのかと聞かれたら答えにくいものがあるが、そこは雰囲気で気づかいだ。

「ねぇねぇ、おもしろいもの見せてあげよっか?」

「面白いものぉ?」

 このタイミングで面白いものって、う〇こじゃねーだろーな。

「んだよ?」

「えへへー」

 葉月は自分のパジャマ、上着の腹の部分をめくりながら言った。

「いまトイレでね、変な人にこれつけてもらったの」

「変な人?」

 それは葉月に胴体にしっかりと巻かれていた。

 絶句。一瞬思考が完全に停止した。停止した思考が動きだすきっかけを与えたのは、葉月の腹に巻かれた物から鳴るピッピッという時計の機械音だった。

 つまり“それ”が何かというと、時限爆弾だった。

 意味がわからない。変な人? つけてもらった? 時限爆弾?

 右手を伸ばしたとき、それはボンと爆発した。

 爆弾はかなり小規模なものだった。俺には傷1つ付いてない。取り付けた対象者だけを殺す爆弾だった。

「……あ、ぁあ」

 俺はゆっくりと手を伸ばす。もはやこれが誰だかわからないほど原型はとどめていなかった。

「あああアアあぁアァァァァぁああああああああああああああああッ」

 俺は飛び散った肉片を急いで集めた。元に戻ることなど絶対にあり得ないとわかっていながら俺は無駄なことをしている。

 嘘だ嘘だ嘘だ。これはきっと何かの間違いだ。俺を驚かせようと思ってこんな手品みたいな事をやっているに違いない。

 起きてくれ。もう十分に驚いたから。起きてくれ。そんな願いは叶うはずもなく、俺の嗚咽だけが辺りに響き渡っていた。

 なんだこれは。なんの冗談なんだ。繰り返し繰り返し考えるのはそのことばかり。そんな思考を停止させたのは1つの視線だった。

 特にこちらに何をしてくるのではなく、まるで俺の絶望を酒の肴のような感じにずっと眺めている。それを見た俺は悟った。こいつだ。こいつが犯人だ。葉月の言っていた変な人。爆弾を取り付けた張本人。なぜこんなところにいるのかはわからないが、そんな事は今はどうでもいい。

 俺の絶望は怒りへと変換された。全部、全部お前の仕業か――。

「ジョーカーッ!!」

その姿は、先端がとんがっている赤い靴、ピエロとは違って身体にピッタリとフィットした服、三角の帽子、そして三日月の形をした目と口がある仮面。

「殺す……殺してやるッ!」

 俺は迷う事なく1枚のカードを取り出して叫んだ。

「アビリティコール・オン!」

 俺の足元に真っ赤な魔方陣が出現する。それと同時にジョーカーの足元にも赤い魔方陣が現れた。

 やる気かよ。いいぜ、殺すまで相手になってやる。

 しかし、ジョーカーは踵を返した。

「――誰が逃がすかッ」

 また逃げる。いつもの手だ。だが、いつもと違う点が1つだけある。

「ぜってぇ殺す!」

 俺が殺る気だって事だ。

「待てコラァッ!」

 おそらくジョーカーも肉体強化を使っている。そのレベルは10~13なのは間違いがない。だが、それも今は関係ない。俺が1番強いカードである13のキングを使っているからだ。

 たとえジョーカーが同じ13のカードを使っているとしても俺の方が圧倒的に強い。土台が違うからだ。

 俺は道化師としての数字は5。ジョーカーは8だ。根本が違う。

「オッ、ラァッ!」

 俺はジョーカーの背中に飛び蹴りをぶち込んだ。いとも簡単にジョーカーは加速して道路に転がる。

「楽に死ねると思うなよ」

 ジョーカーはゆっくりと立ち上がってこちらを向く。どうやら逃げられないと悟ったらしい。

 向きなおして、構える。

「いいぜ、いいぜ。この時を待っていた」

 ようやく決心がついた。こいつを殺す。間違いなく殺す。もっと早く決断して殺していれば……あんな事にはならなかった。すべて俺が悪い。全面的に俺に非がある。それは認めよう。そしてその過ちをこいつの死をもって償おう。

 俺たちは同時に地面を蹴った。

 景色が後ろに流れていく。まるで自分は動いてなくて周りの世界だけが動いているかのような錯覚に襲われる。

 その中で唯一ジョーカーだけが自由に動いている。俺とジョーカーは激しく激突した。互いが互いの手を掴んで力比べだ。今までこれほど近づいた事はないのかもしれない。

 ぜってぇその仮面を剥ぎ取ってツラおがんでやる。

 このまま膠着状態って訳にもいかねぇ。そう考えた時だった。俺は前のめりになった。どういう事かというとジョーカーが力を弱めたのだ。

 そのまま俺はジョーカー側に引っ張られる。まるで覆いかぶさるかのようになったとき、腹部に衝撃が走り、気が付いたら俺は宙を舞っていた。

 蹴り上げられたのだとわかった瞬間、不思議と笑みがこぼれた。

「いいぜぇ、いいぜぇ。そうこなくっちゃ」

 殺し合いがたまらなく楽しい。怒っているはずなのに、殺してやろうと思っているはずなのに、どこかで楽しんでいる自分がいた。

 空中に放り出された俺は成すすべもない。あいつが来るのを待つしかない。

 ふっ、と後ろに気配を感じた。

相手が先に攻撃をする前にこちらが行う。スピード勝負だ。

それと同時に身体を捻って、回し蹴りを食らわせた。勝負は俺の勝ちで今度はジョーカーが吹っ飛んで道路に叩きつけられた。ダメージとしてはジョーカーの方がデカイ。飛ばした先に何か堅いものがあるっつーのは便利だな。アスファルトが激しく割れた。

それでも倒れたままではいない。すぐに起き上がるとまだ空中にいる俺目掛けて飛んでいた。

「やっべ」

 回避はできない。このまま受けるしかないが、受けるだけじゃつまらん。

 俺はとっさに胸の前に腕をクロスさせてガードの姿勢をとる。右足に意識を集中させつつ。

 ジョーカーは迷わず突っ込んで来て、俺がガードしている上から右ストレートをかまして来た。ゴツッと骨が軋む音がする。効くなぁ。

 はい、カウンター。右足でジョーカーの腹を蹴り上げた。これがなければ俺の腕は折れていたかもしれない。

 一難去ってまた一難とはこのことだな。ジョーカーは5分以内になんとかしないと勝機はほとんどゼロになってしまう。時間との闘いだ。まぁ切り札はあるっちゃあるが。もちろんお互いに。

 でもやすやすと使う訳にはいかない。使いどころを間違えば即、死が待っている。まぁ俺の場合、単純に使い勝手が悪いだけだが。

 俺としてはこのまま5分時間切れを狙うのがいいだろう。ジョーカーはカードが切れてから次のカードを使うまで3分間何もできない。俺はすぐに使える。それが5の数字を持つ俺と8の数字を持つジョーカーとの違いだ。

 カードの数字は同じ13。普通に考えてミスらなければ俺がやられる道理はないに等しい。だが、カードが切れるまで待つだけ、という訳はない。隙あらば殺す。

 その想いはきっとジョーカーにも届いているだろう。想いが届いているか恋人かとツッコミたくなる。自分で言ってて気持ちワリー。

 あいつは絶対焦っているに違いない。このカードが切れる瞬間が自分の死だとわかっているはずだ。

 だからといってやけくそになって突っ込んでくるとも思えない。きっとジョーカーは作戦を今必死で考えている。だったらどうする?

 考える隙をなくす。攻めて、攻めて、攻めまくる。

 重力によってジョーカーは落ちてくる。地面に着く瞬間に俺は真横に蹴飛ばした。ジョーカーは道路と水平に飛んでいく。しっかりとガードはしていたが、それも長くは持つまい。

 間髪入れずに俺は転がるジョーカーに追いついた。上から拳を叩きこむが、それに合わせてこいつは反撃してきやがった。さっきとは逆だ。

 しかし、そんな蹴りをまともに喰らう俺じゃねぇ。その足を掴んで振り回してアスファルトへと叩きつける。何度も、何度も。全身の骨を折る勢いで叩きつけた。

「どっせい!」

 最後に投げ飛ばして、また着地する瞬間を攻めた。明らかな、一方的な虐殺に近い。ジョーカーの命の灯は確実に小さくなっている。

 カードは肉体強化を使っている。だから物理攻撃だ。むかいついている時は肉体強化に限る。

 それからどれほど一方的に殴ったかわからなくなったころ。お互いのカードが、切れた。

 それと同時に俺は次のカードを使う。

「アビリティコール・オン」

 スペードの13。これでおしまいだ。今から3分間、ジョーカーはカードが使えない。

 俺は倒れているジョーカーの首を鷲掴みにして持ち上げた。肉体強化じゃなくてもこれぐらいなら余裕だ。

「てめぇはやっちゃならねぇ事をした。葉月を、なんで葉月を殺す必要があった……。これから身体をちぎっていくから精々悲鳴をあげる心の準備でもしとけ」

 苦しいのだろう。ジョーカーの両手が俺の右手首を掴む。たとえ折られてもこの手は離さねぇよ。

「おっとその前に」

 ひび割れている仮面を剥しにかかる。それを察したのかジョーカーの右手が震えながら俺の左手を掴もうとする。

「うぜぇよ、お前」

 その手をこちらから先に掴んで腕をへし折る。

 俺の左手はついにジョーカーの仮面を掴んだ。

 予想が、俺の予想が当たっていれば、この仮面の下には俺の“知った顔”があるはずだ。どうせお前だろ。

 明らかにおかしい。出会いからしておかしい。今思えば、いや、今思わなくても違和感だらけしかない。お前は人間の癖にどうしてあんなに道化師に詳しかったんだ? それはお前が道化師だからじゃねーのか?

 なぁ、マリー・クラウン。

 俺は仮面を剥した。




 ♠♣♥♦




 仮面の下には俺の予想通り“知った顔”があった。

「……え?」

 なのに俺は驚いている。予想はたしかに当たった。しかしそれは半分だけと言った方が正しい。

 俺は掴んでいたジョーカーの首を離して、無意識に後ろへと後ずさっていた。

「なんで……なんで……?」

 信じられない顔。いや、単なる見間違いかもしれない。そう思うが俺がこの顔を見間違えるはずがない。

 俺はその名前を口にする――。

「は、葉月……?」

 紛れもない、それは葉月の顔だった。いやきっと何かの間違いだ。葉月の顔のお面でも被っているはずだ。そうしないと説明がつかない。だって葉月はさっき死んだのだ。ありえない。ありえなすぎる。

 だったらこれは、別人だ!

 しかし――。

「……皐月」

 それも紛れもない葉月の声だった。

「い、意味がわからない! お前が葉月のはずがない! お前は誰だ偽物め! さっさと正体を現しやがれ!」

 自分でもわかるぐらいに動揺している。もし、相手が俺の動揺を誘っているのだとしたら、それは大成功だろう。

「あーあ、バレちゃったかぁ」

 まるで雑談をしているかのような切り出し方だった。

「まぁ、そろそろ潮時かなって思ってたし、仕方がないか」

「な……何を……」

 言っているんだこいつは。

「まぁ、2重の意味で作戦は成功と言えば成功か。私が1人死んだけど」

 違う。絶対に違う。こいつは葉月じゃない。

「皐月、あんたまだ信じれてないようだけど、全部――」

 聞きたくない言葉が、氷の刃が心臓に刺さるように俺を貫いた。

「全部――現実だから」

 現実。現実? 何が? どれが? どこまで?

「あんたさ、ここが夢の世界だとでも思ってるでしょ? あっちが現実でこっちが夢。残念だけど、どっちも現実だから。そしてここで起こったことも全部現実」

「い、意味が――」

「意味がわからない? 私も道化師よ。立派な化け物。まぁ元は人間だったんだけどね。ピエロに、あんたに、皐月に復讐する為だけに私は道化師になった」

 そう言って葉月は語りだした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ