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道化師  作者: 夜行
8/15

8


 よく晴れた朝だった。まさしく快晴と言っていいほどの天気だ。雲はなく、どこまでも青い空が続いている。これほどまでに自分の心も晴れやかになるのだろうかと不安がよぎるが、すぐにこの青空を見て思いなおす。

 今日で変わる。いや、違う。今日ですべてが元に戻るのだ。ただそう思いたいだけなのかもしれないが、僕はそう信じている。

 あれからかなりの時間が経った気もするし、実際そんなに経ってない気もする。まぁ本当にいうほど経ってはいないんだけど。いつあの事件が起きたのかは正確には思い出せない。いやなことは忘れるのが、人生を楽しんで生きるコツだと誰かが言っていたな。

 都合のいい頭で本当に良かった。

 玄関を開ければ眩しいほどに日の光が容赦なく照り付けた。正直、日の光ってあんまり好きになれないけど、今回に限ってはまるで背中を押してくれているようにも思えた。

「よっしゃ、行くか」

 何度この言葉を言ったのかわからないほど言った。そしてこれから今まで以上に何度も言うことになるだろう。自分を奮い立たせる言葉だ。

 僕は一歩を踏み出した。これから真っ直ぐへと学校に行く。もちろん途中に葉月と一緒に行くという事はなかった。いつもならいつの間にか後ろに立っていたりするけど、後ろを振り返っても誰もいない。まるで今までの姿が幻だったかのようだ。

 ほどなくして学校へ到着。いつもと何も変わらない校舎だ。あとは今日1日ここで過ごせばいい。授業はなるべく寝ようかと思ったけど、気合いが入りすぎて寝れなかった。若干寝不足気味だ。

 昼休み。

 僕はここで最初の難関を迎える。それは生徒会長に放課後のアポをとるという重要な任務だ。これが成功しないとすべてが始まらないし、終わらない。

 ちなみにそんな事を考えているのにもかかわらずに、生徒会室の前に立ち尽くして5分が経過している。

「…………」

 おお神よ。

 僕に勇気をください。僕はなぜこんなにもヘタレなのでしょうか。いや、逆にこの状況で迷わず行ける人の方が少ないと思うし、そっちの方がおかしいと思うのだけど。きっと僕は多数派のはずなんだけど、今回ばかりはそうもいかない。

 一体何度ドアに触れて開けようとして手を放してを繰り返しただろうか。

「はぁー……ほんと自分が嫌になる瞬間だな」

 きっと奥村くんとかならドアを蹴飛ばして中に這入るぐらいの度胸はあるんだろうけど、僕にはどうしても出来そうもない。

 でもこのドアを開けて放課後の約束を取り付けないと何も始まらない。この時のためのやる気だったはずなのに、あのやる気どこいった?

「情けない……」

 本当に情けない。どうすればこのドアを開けられる?

 考えろ考えるんだ。このヘタレな僕でも少しの間だけでも強くなれる方法を。

 強く、強く……。

 道化師になれれば……。

 なんて考えても道化師になれるはずもない。でも、でも道化師の気持ちならなれるかもしれない。

 僕なら、俺なら出来る。自分が動かねーと何も変わらねぇ!

 俺は何度目かわからない手をかけたドアに再び手をかけた。迷うな。そのままあけろ!

 俺はドアをあけた。だがおかしい。たしかにドアは横にあいていっている。しかし手になんの重みも感じない。

 どういう事だ?

 その間にもドアはどんどん開かれている。意味がわからん。

 ドアが20センチほど開かれたところで、反対側に人の気配がした。つまりそういう事だ。

 反対側に誰かいる! と気が付いたところで、もうどうする事も出来ない。あとはこのままドアが開ききるのを待つしかない。

 誰だ!?

 1人しかいねぇ。

 生徒会長だろ!

 ドアが完全に開かれて俺の目の前に現れたのは、もちろんあの憎っくき生徒会長、ではなくて、生徒会室の場所を教えてくれたあの綺麗なお姉さんだった。

「ほへっ……?」

「あら」

 出鼻をくじかれたように僕はアホ丸出しの声を出してしまった。

「あなた、あのときの」

 しかもしっかりと顔を覚えられていたらしい。

「ぁ……う、のォ……」

「うん?」

 お姉さんは右手の人差し指を1本立ててそれを顎に当てて首をかしげた。

「……なんつー破壊力」

 可愛すぎ。

「うん?」

「あっ、ぃえっ」

 ついつい心の声が出てしまった。

「どうしたの? あ、カイに用事?」

 こちらの返事を聞く事なくお姉さんは後ろを振り返って声をかけた。

「カイー? お客さんよ。例の――」

 例の!? 例のってなんですかー!?

 そんな事言われたらテンパるのは自然の摂理みたいなもんでして。

「ぁ、ぅ。ほ、放課後、放課後時間くださいって伝えてくださーーーーーい!」

 僕は言いながらその場から逃亡したのだった。




 ♠♣♥♦




 伝えることは伝えた……他人に。

「僕はなにやってんだ……」

 一応は伝えた。一応ね……他人に。

 きっとあのお姉さんは伝えてくれる。そう信じてる。あのお姉さんはきっといい人だ。生徒会室も教えてくれたし、きっと僕の伝言を伝えてくれる。信じてる。信じるよ? 信じてるからね? もうお願いしますよほんと。

 ここにきてまさかの他力本願。

 これからは僕の座右の銘は他力本願にしよう。

「……あぁ、なかった事にしてぇ……」

 当たり前だけど後悔の念が押し寄せる。もう1回行った方がいいのはわかってるけど、もう無理だ。僕のHPバーはゼロに近い。もう1度行ったら確実に死ぬ。

 正直に言おう。行きたくない。

 でも行かないといけないのはわかってる。この葛藤がずっと続いている。

 しかも僕がずっと気になっていたのは『例の』という言葉だ。なんだよ例のって。あのお姉さんも事情を知っているんだろうか。そうとしか考えられないし、そうでもなきゃ例のとか言ったりしないだろう。

 一体どんな噂になってるんだろう……。しかもあのお姉さんにはあんまりバレたくなかった気がする。でも逆に考えてみよう。

 知っているという事は知っているという事で把握しているという事だ。把握しているのなら伝言をただの言葉だとは思わずに、しっかりと伝言と理解しているからそれを絶対に伝えるはずだ。

「つまりバレてて結果オーライ、なのか?」

 オーライではないのかもしれないけど、僕のこのわけわからん考えが当たっていればオーライだな。

「……不安になってきた」

 きっとマリーがいたら『あなたバカなの?』って言われるだろう。

 そんな事を考えていたら昼休み終了のチャイムが鳴った。もう後には戻れない。もう1度行かなくて済むと思った自分がつくづくヘタレだと思いましたはい。

 もう後戻りはできなくなったところで更なる不安が押し寄せるのは言うまでもなく。

「お腹痛い……」

 僕は絶賛机に屈服しているのだった。でも時間は絶対に過ぎていく。同じスピードで過ぎていく。あとはもう待つだけになってしまった。その間に僕が出来ることはなんだろうか。

 イメージトレーニングをするしかない。どんなセリフを言うかひたすら頭の中で考えてそれを実行する。

 みんな1度は経験があるだろう作業だ。まぁうまくいく試しはないんだけどね。

 さて、実際問題どうするかな。これからの事を考えようとしたその時、チャイムが鳴った。いつのチャイムだこれ。僕は時計を見て愕然とした。もう放課後だったのだ。

「……ま?」

 じですか? いつの間にかこんなに時間が過ぎていた。

 自分の集中力が怖いと初めて思いましたはい。

 ってかやばいどうしよう……心の準備が全然出来てないんだけど! 見た目はボケーっとしているが(固まっているだけ)心の中ではかなりあたふたしている。

 答えは見つかってはいるが、どうしようどうしようばかりだ。教室から生徒はどんどんいなくなっていく。

 行くしかない。とりあえず行ってから考えよう。行けばなるようになるかもしれない。そんな事を考えて行くかと時計を見れば放課後になって1時間が過ぎていた。

「…………」

 時間の感覚がおかしい気がする。なにこれ誰か早送りしてるんじゃないの? 僕は考えることもなく、急いで教室を出た。

 果たして生徒会長は1時間も僕を待っているのだろうか。まぁ普通は待たないよね。

「くっそ。僕は馬鹿か」

 この日をどんなに待った事か。この日の為にどんなに準備したことか。この日の為にどれだけの人が僕に協力してくれたか。

 言うほどどれも微妙な感じだけど。

 あの角を曲がれば生徒会室はもう目と鼻の先だ。僕は急ブレーキをかけて心を落ち着かせる。まるで誰かを尾行しているかのように壁の角からひょこりと顔を出して様子をうかがった。

「誰もいないな」

 キョロキョロと辺りをしきりに見渡すが人っ子1人いない。静かすぎるほどにあたりはシンとしていた。僕は抜き足差し足でゆっくりと教室へと近づいていく。

「おっと危ない」

 僕は携帯を取り出してある設定をして携帯を胸ポケットにしまった。

 ぐわー緊張する! 緊張したところで中に誰もいない可能性も十分にある。ってゆーかそっちの方が可能性としては高いぐらいだ。

 迷うな、行け!

 ここまで来てあとに引けるはずもない。葉月の顔が頭をよぎった。あの笑顔を取り戻すんだろ。自分が動かないと何も始まらない。

 僕はドアに手をかけて開けようとした瞬間、中から2人の笑い声が聞こえてその手を止めた。

 聞き覚えのある2人の声だったからだ。その声とは明らかに生徒会長と葉月の声だった。生徒会長の声はともかく、葉月の声を僕が間違えるはずがない。

気が付けば僕はドアに耳を当てて張り付いていた。

「くそっ。うまく聞き取れないな」

 集中するんだ。全神経を耳に集中。

『……で、……あ……つが……』

『ば……、ね……』

 だんだん聞こえてきた。

『あいつと……そ、の後は?』

『連絡、はとってない』

 あれ……もしかして僕の事? 耳をもっと押し当てる。

『あんな事をするなんてねぇ。幻滅しただろうに』

『…………』

 葉月は何も答えなかった。壁の向こうにいるのでもちろん表情はわからない。怒った顔をしているんだろうか。それとも悲しい顔をしているんだろうか。どちらにしても生徒会長の言う通り、幻滅はしているだろう。

 今、葉月がどんな顔をしているのか見てみたい。怖いけど見てみたいと思った。

 2人の会話は続く。

『まぁ、おかげで俺はこうして君とお喋りできているんだから感謝しないと』

 お前が仕組んだ事だろう。いつの間にか拳は強く握られていた。

『感謝、ねぇ。まぁ、そうかもね』

『だろう。きっかけというのはどんな事かわからない。何をきっかけにして、何を犠牲にして発展するかはまさしく神のみぞ知るってやつだ』

 なーにが神のみぞ知るだ。カッコつけやがって。

『ちなみにあの事件は実際のところどうなの?』

『どうなの? どうなのとは?』

『犯人は本当に皐月なのかって話』

『間違いはないと思うけどね。あの子のカバンから財布がでてきたという事実がある。その事実がイコール真実だ』

『私の知っている皐月はそんな事ができるほど肝は大きくないけど』

『所詮知っている範囲が狭かったんだろうさ。人が人を見るのは一部分にすぎない。すべてをさらけ出して生きるにはこの世界では無理だと思うがね』

『まるで他に世界があるかの言いようね』

『あるかもしれないじゃないか。パラレルワールドや天国や地獄、はたまた夢の世界』

『夢、ねぇ』

 夢の世界!? その言葉は聞き捨てならない。なんでそんな言葉が出てくる? 実際にあの世界を知らないとそうそう出てこない言葉と思うんだけど。

 まさか生徒会長も僕と同じなのか?

 僕は額に嫌な汗が出ていることに気が付かなかった。頭の中では夢の世界の事でいっぱいになっていてカチカチとピースがはまっていく。

 答えが出そうになった瞬間、僕の意識は戻された。

『皐月、皐月の事がそんなに嫌いですか?』

『好きも嫌いもどちらでもないよ。相手にしてないし、そもそもあの子と俺とじゃスペックが違いすぎて相手にならないと思うけどね』

『まぁ、否定はできないわね』

 ぐぬぅ、ひどい言われようだ。僕がここにいるのを知らないのをいいことにズバズバと言ってくれる。僕なんでここにいるんだろ……。流れ弾で死にそうなんだけど。

 ところで、と生徒会長は話を変えた。いいぞ生徒会長。もうこれ以上の流れ弾は勘弁してくれ。いいぞと言ってもこいつが元凶なんだけどね。

『ところで、今度の……日曜日空いているか?』

 言葉を吟味して選びながら言っているのがわかる。

『日曜日? どう……かなぁ』

 今度の日曜日空いているかだとお? それはつまりデートのお誘いってやつか!?

『ちょうどうちに新しい家族が来るんだ。良かったら見にこないか?』

『家族?』

『そう。犬がね、来るんだよ』

 ペットを餌にして女を家に呼ぶとかこいつ糞かよ。なんだかすっげームカついて来たぞ。

『へぇ、犬』

『もしかして猫派だった?』

『いや、どっちも好き。でもいきなり家はちょっとねぇ』

 いいぞ葉月。そんな糞みたいな誘いかた断ってしまえ。

『大丈夫、なにもしないから』

 出ました。1番信用できない言葉。馬鹿かよ、そんな言葉を葉月が信用するはずないだろ。

『いや別にそこは心配してないんだけど。家族の人たちと会うのが、って感じ』

 え? ちょっ、葉月さん? 今なんとおっしゃいました?

『…………』

 生徒会長も黙ってる。ちょっとした沈黙が支配した。

 その言葉はダメだ。危険すぎる。

『へぇ』

 言葉だけなのに、舌なめずりする仕草が容易に想像できた。しかし葉月は葉月だ。

『それ以上近づいたら大声だしますよ?』

 きっと笑顔で言っている。笑顔で若干怒っている? でもそれは僕だからわかる事で他の人にはわからないはずだ。つまり――。

『誰もいないよ、こんなところ』

 残念ながらいるんですよねー。

 それに、と生徒会長は続ける。

『全然嫌がっているように見えないんだけど? むしろ誘ってない?』

『いいえ? むしろ嫌ってますよ?』

 葉月の真意がわからない! 何を考えているんだこの子は! 状況を見ていないからわからないけど、言葉と態度が合っていないんだろう。

 でも1つだけ言える事がある。葉月は嘘を絶対につかない(たぶん)。つまり……どういう状況なんだこれ。

『ちょっと触らないでもらえます?』

 触る!? 触るってなに! どこ触ってんの!?

『う~ん、どう考えてももっとやれとしか聞こえないんだけど』

『顎を持って次は何をする気ですか』

 あご? アゴ? 顎? 顎を持って? その次は? そんなの決まっている。誰がどう考えても簡単に次の行動が読める。

 ガタッ、と机? が動く音がした。

『え? 抵抗する? この状況で?』

『そりゃするでしょ』

『その割には力が全然入ってないように思えるけど?』

『これでも全力ですよ。一応か弱い女の子ですからね』

 ガタンガタンと争いにも聞こえる音が中からする。

 僕は一体何をやっているんだろう。こんなところで聞き耳を立てて、いつまでこの状況のままでいる気なんだろうか。静かになるまで? 事が終わるまで? 終わるってなに?

 大好きな葉月が襲われようとしているのにこのままでいいのか。ヘタレのままでいいのか。

 そんな事を考えているはずだった。

 なのに気が付いたら僕は部屋の中にいて、生徒会長をタックルして吹っ飛ばしていた。

「さ、皐月ッ!?」

 葉月はとても驚いている様子だったが、僕自身が1番驚いている。ゆっくり話している時間はない。この場から早く逃げる事が1番重要だ。

「早くッ!」

 僕は葉月の手を取って一気に走った。どこに向かっているのかはわからない。ただあの場から、生徒会長から離れるんだ。

 息があがる。いったいどれほどの時間と距離を走ったのかはわからない。かなりの時間が経っている気がするけど、実際にはまだ10秒ぐらいだろう。それほど濃厚な時間だった。

「皐月! 皐月! ストップ!」

 声は届いているけど、脳は理解しているけど、どうやら身体がいう事を聞いてくれないらしい。一心不乱に僕たちは走った。

「あっ、ストップ中止! 追いかけてきてる!」

 そう言われて僕は初めて後ろを振り返った。誰だか顔がはっきりしないけど、たしかに誰かがものすごい勢いで追いかけてきている。言うまでもなく生徒会長だ。

「皐月どうしよう」

「二手に、分かれよう!」

「反対! 絶対皐月が危ない方に行くでしょ!」

「…………」

 僕は何も答えなかった。図星だったので答えられなかった。

「わかってたから」

「え?」

 なんの話だ?

「皐月があんなことする訳ないってわかってたから」

 まじ泣きそう。

「犯人もわかってた。だから誘って動画撮って社会的にぶっ殺してやろうと思ったんだけど、途中邪魔が入っちゃって」

 最後の言葉は嬉しそうだった。ってゆーか動画?

「動画? 動画ってなに?」

「生徒会室にしかけておいたの。んで私を襲わせてそれをネタに――」

 なんてゆー危ない事をしようとしてたんだよこの子は!

「まぁ、今となっちゃ皐月の勇士が映ってるだろうね。あとで絶対回収しなきゃ」

「勘弁してよ……」

 全部葉月の手の上ってやつか。全部わかってた。だからムカついて1人でやり返そうと思った。僕がヘタレで何もできないから。

 自分が情けない。

「情けなくなよ。しっかり助けてくれたじゃん」

「あれは――偶然だよ」

 本当に偶然だ。助けようと思ってあの場所に行った訳じゃないし。

「でも、結果的に助けてくれた。過程じゃなくて結果だよ」

「そう、な、のかな……」

 葉月はこんな状況なのにことさら嬉しそうな顔だ。やっぱり葉月は葉月だ。周りに流されずに僕の事をわかっていた。そして、すぐに真意を見抜いて怒って自分1人でやり返そうとした。どうせなら一言いってくれたら僕の心も少しは、いやとっても軽くなったのに。まぁ今更なにを言っても後の祭りだし、過程よりも結果だ。

 そして今はそんな事を考えている場合ではないし、まだ結果は出ていない。絶賛生徒会長が追ってきている最中だからだ。

 僕はもう1度後ろを振り返った。

「あ、あれ?」

 後ろには誰もいなかった。

「……いないね」

 葉月も確認してそう呟いた。

 どこに行った? 諦めたのか? いやあの生徒会長がそう簡単に諦めるとは思えないんだけど。じゃあどこに行った? こーゆー場合、大抵は――。

 僕の頭が答えを導き出したと同時だった。目の前の曲がり角から生徒会長が飛び出して来た。

 先回り。

 僕と葉月は走っている勢いを止められずに生徒会長にぶつかってこけた。

「あてて」

「いったーい」

 床に転がっていた僕はまだ立ち上がってないのに身体が宙に浮く感覚に襲われた。つまり持ち上げられている。僕は成すすべもない。

 とっさに葉月が生徒会長の腕にしがみついた。それ以上の事が起ころうとしていたからだ。でもそれは所詮女子の力だ。いとも簡単に振り払われた。

「舐めた真似しやがって」

「ぅぎ――最初に、舐めた真似、したのは、そっちだろ!」

「はぁ?」

「財布を、僕のカバンに盗んで入れたはあなただろ!」

 その言葉に不敵に笑った。

「だったらなんだよ」

言質、とった!

やっぱりだ。やっぱり僕の予想は当たっていた。全部全部仕組まれていた。こいつは人間のクズだ。

 そのクズに何も抵抗できない。ただただ苦しくて見ている事しか出来ないでいる。でもいつまでもこのままじゃない。生徒会長は右手を後ろにグッと引いた。

 殴られる。

 そう思った時だ。

「何ひとのツレに手出してんだよ」

 僕を締め上げている生徒会長の左腕を、それ以上なにもやらせないと掴む手があった。今にも掴まれた手が折れそうなぐらいに力が込められている。自然と僕を掴む手は緩められた。

「げはっ……ご、ほっ」

「よう皐月、元気か」

 そう声をかけられて僕はようやく声の主を見る。締め上げられていたので声はだせなかったけど、こちらを見て優しく微笑むのが見えた。

「お前ッ、奥村!」

「よう生徒会長さん、ご機嫌麗しゅう」

「その手を放せ!」

「お前は皐月を放さなかったじゃねーか」

「俺を殴ってタダで済むと思うなよ!」

 殴られるとわかっているから、その前にけん制の言葉を投げる。

「そんな事いちいち気にするやつに思えるか?」

 その言葉と同時だった。迷うことなく奥村くんは生徒会長を殴り飛ばした。後先など何も考えずに今の現状を見て行動する。それが奥村くんだった。

 1発KO。生徒会長は倒れたまま動かない。むしろ死んだのではないかと若干心配になるんですけど。

 すぐに葉月がこっちに駆け寄って来てくれた。

「大丈夫?」

「う、ん」

「大丈夫か?」

 そう言って奥村くんは手を差し出してくれた。僕はその手を握ると優しく起こされた。

「あり、がと」

 まだ喉がおかしいけど、息はだいぶしやすくなった。

「絶妙な、タイミングだったね」

「だろ? 今かなーっと思って登場した」

「?」

 僕と葉月は言葉の意味がわからなくて顔を見合わせて首を傾げた。

「今日のお前は朝から様子が変だったからな。こりゃ何か面白い事があると思って見張ってたんだ。んで、後ろからこっそりと観察しつつ最高のタイミングで登場したって訳だ」

 自慢気に胸をはる。

「……もうちょっと早く助けてくれても」

「甘ったれんなよ。それにお前は最後まで1人でどうにかしたかっただろ?」

 たしかにそうだ。人の力を借りずに最後までどうにかしたかった。

「でも最後はもうどうしようもなさそうだったからな。嫌々俺様の登場って訳だ」

 まるでコメディー映画のようにワザとらしいリアクションをとる奥村くん。

 それに――、とさらに続ける。

「お前、録音してるだろ?」

 奥村くんは僕の胸ポケットの携帯を指さした。そこまでバレていたのか。

 僕は携帯を取り出して録音を止めた。これがマリーから言われた作戦だ。携帯アプリでボイスレコーダーがあるからそれを使えばいいと。かくして作戦は見事に成功した。しっかりと言質はとれたし。

「まぁ作戦としては悪かねーよな。暴れて携帯落としたら終わりだけど」

 まぁたしかに。

「んで? そっちのお嬢さんも何かしたしてたんだろ?」

 奥村くんは葉月にそう言った。何もかもお見通しか。

「うん。生徒会室に携帯とりに行かないと」

 それを聞いて奥村くんは把握したらしい。

「なんともあぶねー真似するなぁ。皐月、お前しっかり手綱握っとけよ」

「まぁ、がんばるよ」

 どっちが手綱を握られているのか一目瞭然だけど。一応僕を立ててくれたらしい。

 とにかく、終わった。このたった数分の出来事が何年にも及ぶ戦争だったぐらいに疲れ果てた。やっと終わったのかという焦燥感にかられる。満足感はそこにはない。

 もうフラフラで今にも倒れてしまいそうだけど、まだ完全には終わりじゃない。倒れるのはまだあとだ。

 もう早く帰って現実逃避をしたいと心から願った。





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