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道化師  作者: 夜行
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7


 気持ちの良い目覚め。頭はスッキリとしているし。夢の内容も忘れる事なくハッキリと覚えている。目は開いているが身体はまだ起きそうにない。まるで脳からの信号を拒絶してるかのようだ。

 このまま目を閉じればまた夢の中へと行けるだろう。

「ふぅ、起きるか……」

 グッと伸びをして身体を起こす。目をこすりながら時計を確認する。まだ時間には余裕があるから、マリーに言われた事を忘れないようにノートにメモしておく。

「しっかし、マリーって狂ってるよなー」

 しかしなんとゆーキャラなんだろうか。僕はそれを考えた自分の脳がすごいと思うよ。僕の知らないことも喋ってるし。

 僕はメモした紙を見ながら溜息をついた。

「これ、ほんとにやるの?」

 狂った女からのアドバイス。

「不安しかねー!」

 でもやるしかないって事だけはわかる。僕じゃ考え付かないことだし、これはワンチャンどころじゃないくらいに効果はありそうだ。

 作戦は完璧で効果も完璧と言っていいほどだけど、問題があるとすれば1つ。それは僕にそれを実行できるだけの度胸があるかどうかだ。

「……それが1番不安なんだよなぁ」

 出来る限りの事をしよう。自分が出来る範囲外の事をしよう。自分が動かないと変わるものも変わらない。大事なのは勇気だって誰かが言ってたし。

「やるかぁ」

 覚悟を決める。

 やらなきゃ葉月はきっとどっかに行ってしまうし、後悔はしたくはない。

 僕は家を出て戦場へ。戦場とかカッコいい事いってるけど足は震えてる。

 学校に着く前に準備をしないと。僕は携帯を取り出してあるアプリをダウンロードする。こんなんでホントにいいのかとっても不安だけど。これが今後を左右するアプリになる、はず。

「よし、とり終わった」

 携帯を胸ポケットにしまって前を向きなおす。

 あぁ、いやだー、かーえーりーたーいいいいいいい。お腹痛くなってきちゃった。

「保健室、行こうかな……」

 ダメだ。そんな弱気になっちゃダメだ。ここで引いたらダメだ。あの財布の1件もまだ完全に終わった訳じゃない。きっと僕が犯人だと思っている人もいるだろうし、何よりも葉月の誤解をまだ解いてない。

 自分が一歩踏み出さないと。

 選択肢は1つだけ。他の選択肢なんてこの世には存在しない。僕の前に道は1本しかない。行くしかない。

「うしっ」

 僕は両手で自分の顔を叩いて気合いを入れた。

 いつも以上に学校がでかく見える。

「まるで悪役の城だな」

 なんか後ろの方に闇と雷が見える。ゴゴゴゴゴゴゴとか効果音まで見えるんだけど?

 大丈夫、問題ない。とりあえずいつも通りにしていればいい。タイミングだけを注意していればなんとかなる。

 問題があるとすれば――。

「問題は葉月だよなぁ……」

 普通通りに会話できるだろうか。そこがかなり重要なところだ。なんとか誤解を解かないと。そんな事を思っているとすぐ隣を1人の生徒が歩いて行った。

「――――ッ」

 一瞬時が止まったかのような感覚。でも確実に目は合った。冷たい軽蔑の眼差しの一瞥。迷う事なく声をかけることもなく葉月は1人で校内へと這入って行った。

 噂をすればなんとやら。僕の心に見事にクリティカルの大ダメージを残していった。

「……もう死んじゃおうかな」

 まじで洒落にならない。こんなにも心にダメージが来るなんて。

 いつ別れ話をされてもおかしくないな。そうなる前に、そうなる前に早急になんとかしないと。

 僕の視線は未だに葉月の後ろ姿に釘付けだ。まるでストーカーのような視線で見ていると葉月に1人の生徒が挨拶をしていた。あの忌まわしい生徒会長だ。

 2人は仲よさげに会話をして玄関に這入って行った。僕の視線を感じたのか生徒会長がこちらを振り向いてムカつく顔で一瞬笑った気がした。

「……ぶっころ」

 スイッチ入りました。もう暴走します。止まりません。轢き殺します。喰い殺します。

「ぜってー許さねぇ」

 くそ、まじで道化師の力がほしい。無理だからこそ願ってしまうのが人の性よな。

 いいよ、いいよ、上等だよ。なんだってやってやんよこんちくしょーがっ。

 もう正直やけくそになってる。意地だね意地。絶対何が何でも潔白を証明してあの生徒会長のしっぽをつかんでやろう。

 僕は決意を新たに学校内に足を踏み入れたのだった。




  ♠♣♥♦




 教室に這入ると予想通りに冷たい視線が僕を貫いた。中には僕が犯人じゃないと思ってくれている生徒もいるみたいで、なんか学校の有名人? みたいな人がクラスにいるんだけど、悪い意味で有名人ね。その人から「災難だな」というありがたい言葉を頂いた。

 ちょっと気が楽になった。

 それから僕がどんな行動をしたのかというと特に何もしていない。さっきまでのやる気はどうしたと思うかもしれないが、これも作戦のうちなのだ。

 マリー曰く、自分から動くのはやめた方がいいわ。相手に弱っていると思わせて向こうから近づいてくるのを待つの。蜘蛛の巣にひっかかるのを待つのよ。

 だ、そうだ。忍耐って言葉大っ嫌いなんだけど。

 それでもマリーは絶対に向こうから接触してくる。聞く限りそんなタイプの性格してるし、とも言っていた。まぁマリーが言うんなら間違いないだろうし、そこは素直に従ってみよう。

 せっかくやる気に満ち溢れているというのに作戦が相手が動くのを待つって……。でも待つだけではダメよとかマリー言ってたな。

『できる限り悔しそうにするのがいいわよ』

 なんだか幻聴が聞こえたきたぞおい。まるで隣に立っているかのような感じだけど、あいつ車いすだしありえん。まぁ所詮、僕の夢の中のキャラだしなぁ。

『相手にアピールしないけど悔しそうなのがバレてるぜ、って相手に思わせるていでやるの』

 難しいこと言うなマリー。もはやよー意味がわからん。

 まぁたぶん、僕は悔しそうにして相手にそれを気付かせないふりをして気付かせるって感じか? それで向こうから声をかけたくて仕方がない雰囲気を作ると?

『上出来ね』

 どーも。

 しかし、どうアピールすればいいんだ? とりあえず物の陰から妬ましい視線を送ってみるかな。

 授業が滞りなく進んで行く。いつもの日常だった。何も変わらない。ありふれた日常。でもわからないところでは毎日変化がある。他愛もない変化。それがとても心を壊す。

 午前中の授業が終わってお昼ご飯の時間だ。

 僕は1人教室を出て外に出る。

「お? またあそこのベンチ空いてるじゃん。らっきー」

 そそくさとベンチを占領して、また購買で買ってきたカレーパンを口に運んだ。

「うん、うんうん」

 いつもの何も変わらないカレーパンの味だな。途中まで食べたところで溜息をついた。

 足りない。足りない。量がとかそういうんじゃない。

 存在が、足りない。

 いつもなら葉月が横からひょっこりと現れるけど、今日はそんな気配は微塵も感じられなかった。

 やばい。どんどん気が重くなっていく。よく心にぽっかり穴があいた感覚とか半身をもぎ取られた感覚とか表現するけど、まさしくそれって感じだなこれ。

 焦燥感。

 に近いのかもしれない。

 思わず空を見上げた。青い空に白い雲。スズメなんかが視界を横切ったりして平和だなぁと感じる事が普通はできる瞬間だ。でも僕にとって今それを感じることはできない。

 まじで泣きそう。でも泣くのは全部が失敗してからにしよう。それからでも遅くはないはずだ。

「長期戦にならない事を祈ろう……」

 長期戦とかなったら僕の心が先に折れちゃう。それは勘弁願う。

 でも相手から接触するのを待つのに長期戦は不可欠だろうし、これは精神的勝負と言っても過言ではない気がする。

「負けそう……」

 でも諦めるわけにはいかない。できる限りの事を全力でしよう。

「まずは妬ましい視線の練習でもするか……」

 偶然をよそおって出会って視線を送る。うわーできるかなぁ。めっちゃ不安なんだけど。

「よし、いくか!」

 くよくよ迷ってても仕方がない。長期戦にならないように努力はしないと。

 僕はベンチから立ち上がって校内をうろつく事にした。不審者に間違われないかなぁ。

 そもそも生徒会長ってどこにいるんだ? 生徒会室とかに居そうっちゃ居そうだけど、そんなに毎回そこに居るとはかぎらないし。アニメとかでは毎回そこが自分の部屋みたいな感じでいるけど、現実はそうはいなかい。

 とりあえず3年のクラスにでも行ってみようかなぁ。めっちゃ怖いけど。

 ビクビクしながら階段を上がっていく。そこはまるで別次元のようだった。同じ学校内とは思えないほど空気が違ってみえる。

 当たり前だけど3年生しかいない。

「うわ~……こっわ」

 うん、階段を上がったところから1歩も動けませんね。この角を曲がれば3年生のクラスがズラリと並んでいるんだろうけど、直視できそうにありません。僕はどうしたらいいでしょうか。

 行こうか戻ろうかを階段のところで繰り返していると突然声をかけられた。

「どうかした?」

「はひっ」

 声のした方を恐る恐る見ると綺麗な女の人が心配そうな眼差しでこちらを見ていた。うっわ美人なお姉さんだなこの人。

「ぁ、いや、その……」

 しどろもどろで言葉が出てこない。そこには完全なる不審者がいた。まぁ僕の事なんだけどね。

「誰か会いに来たの? 呼んであげようか?」

 美人なうえに超良い人。なにこの人。こんな人実際いるんだと思えるぐらいいい人。

「う、その……呼ば、なくていいんです、けど……」

 なんかすっごい恥ずかしくなってきたー!

「せ、生徒、会長さん、ってどこに、いま、す?」

「あぁ、カイくん?」

 下の名前で呼ぶってことはけっこー親しい間柄なのかな?

「カイくんはさっき生徒会室に行くとか言ってたかなぁ」

 ……まさかの生徒会室。生徒会長ってクラスに居場所なくて生徒会室に引きこもるの? 

「何か用事があるなら伝えようか?」

「あっ、ぃえ、だだだいじょ、ぶです!」

 僕は逃げるようにそそくさと階段を駆け下りた。

 ちょっと失礼だったかなぁ。せっかく情報を教えてもらったのにお礼も言わなかったし。今度もし会うことがあったならお礼を言おう。

 それにしても良い人だったなぁ。ほわ~っとさっきの事を思い出してみる。葉月とはタイプの違う人だった。良い人で美人ってすごい破壊力高い。しかも年上。なんか年上のお姉さんって憧れる。

「いかんいかん!」

 何を血迷った事を考えているんだろうか。僕は葉月一筋でこれからその葉月を取り戻すために動いているのに。

「よし、生徒会室に行ってみよう」

 僕はちょっと名残惜しそうに階段の上を一瞥して生徒会室がある場所へと向かった。

 向かったと言っても、実際に中に這入ったりはしない訳で、周りを不審者みたいにうろついていればいい。

 それが生徒会長の耳に入るのを待つって作戦だ。

 どっちにしろ待たなきゃならないってのがもどかしいけど、こればっかりは仕方がない。自分じゃ考えつかなくてマリーに頼ってそれを選んだのは僕だ。だったら最後までそれを貫くしかない。

 とりあえず生徒会室の周りをウロウロ、ウロウロ。

 ふぃー、意外にウロウロするのって疲れるな。軽く散歩みたい。痩せちゃったらどうしよー。

 こんだけ不審者っぽくウロウロしていれば大丈夫かな。目的は達成した。よし帰ろう。あとは僕の事を見た誰かが生徒会長に伝えてくれればいいんだけど。

 そしてこんな事をしだして3日目。

 特に成果が見られない努力を続けるってゆーのはかなり精神的に来る。その精神的にきたものは夢の中で小さい葉月とマリーに治してもらってるんだけど、やっぱり物足りない。

 僕ってハーレム願望あったのかなぁ。

 いつまでこんな事を続ければいいのかとマリーに聞いたところ『成果でるまでずっとよ』と鬼畜なことを言われた。たかだか3日で音を上げる僕に反論することはできなかった。

「はぁー、しんど」

 今日も学校が終わる。精神を使い果たした僕は早く夢の中で癒されたいと考えていたその時だった。

 僕より先に隣の下駄箱から2つの影が出てきた。

「んが……」

 葉月と生徒会長だった。2人仲よくお喋りしながら楽しそうに玄関を出ていく。もちろん僕には気が付いてない。と思いきや、生徒会長が後ろを振り返って不敵に笑みを浮かべたのを僕は見逃さなかった。

「んごっ……」

 これは一応目的が達成されたと思っていいのだろうか? それにしてもダメージがクリティカルすぎて僕のHPゼロになりそうなんですけど。

 動けずにただ見る事しか出来なかった僕の肩をポンと叩く人がいた。

「災難だな」

 あの悪い意味での有名人の人だった。名前なんだっけ? 奥村くんとかだったかな。

僕の肩に手を置いたまま奥村くんは2人を見てさらに続ける。

「なぁ、なんだったら俺があいつやってやろうか?」

 なんたる良いアイディアなのだろうか。でも――。

「や、めて! 僕が、僕がしないと意味がない!」

 真正面から目を見据えて言った。すると彼はふっと笑った。

「やっぱ男だなお前。見直した」

 その言葉が嬉しかった。勇気を振り絞って言った甲斐があった。あんな事言って僕がやっている事といえば周りをウロウロするだけだけど。

「お前ら別れたの?」

「そんな覚えは、ない」

「ふーん、あいつ人の女に手だそうとしてんのか。クソだな」

「それってブーメランじゃ……」

 奥村くんの女癖の悪さもそうとうなもんだと噂に聞いている。それでよくケンカになってるらしいけど。ケンカがしたくて人の女に手を出しているって噂もあるぐらいだし。

「ははっ、違いねぇ」

 てっきり殴られるかと思ったけど奥村くんは心底楽しそうに笑った。

「ちょっとお前、携帯かせよ」

「え?」

 断る暇もなく勝手に僕のポケットあさって携帯をかっさらっていく。

 なに? 僕の携帯はどうなっちゃうの!?

 そんな心配をしていたら携帯はすぐに帰ってきた。

「ほら、俺の番号入れといてやったから、何かあったら連絡してきていいぞ」

「…………」

 この人なんてイケメンなんだろう。思わずキュンとしてしまいました。女だったら確実に惚れていたかもしれない。男でもちょっと持っていかれそーな雰囲気ではあるけど。

 心配そうに自分の携帯を見つめていると奥村くんは気さくに言う。

「別に対価を要求したりしねーから。まぁそっちが何かお礼でもしたいってんなら、そうだな。ジュースの1本でもおごってくれ」

 なにこの人すっごい良い人じゃない? 今まで噂を聞いて絶対悪い人とか思ってたけどあれはすごい偏見だったのかもしれない。

「う、うん。わかった」

 それを聞いた奥村くんは満足そうにして帰って行った。

 僕は恵まれているのかもしれないと強く思った。今確実に分岐点にいると思う。他人から見たら他愛もない事だけど、僕にとっては大きな分岐点だ。それにまったく関係のない人が2人も僕にアドバイスをくれて助けてくれようとしている。それだけど僕はすごい強くなった気分になれた。

 それこそ道化師の力をこっちで使えるぐらいの感覚だ。

 何か自分では解決できなくて困った事があったら誰かに相談するべきだ。助けてくれなくてもいい。話をするだけでも心は少し軽くなり余裕ができるかもしれない。その少しの余裕のあいた心がまた次の行動を生んでくれる。

 負の連鎖なんて言葉があるけど、これは勝の連鎖だ。

 僕は助けられて生きていると強く実感したし、その助けてくれた人の想いを無駄にできないと思うからこそ頑張れる。

 全部綺麗事だけどそれでもいいと思う。ようは自分が満足するかどうかの問題だ。僕は満足したし、はっきりと道が見えた。目の前を覆っていた霧は2人が払いのけてくれた。

 あとは自分の足で前に進めばいい。そしてまた困ったら助けてくれるとまで言ってくれた。いつもあの2人が付いていると思えば力も湧いて出てくる。

「よし!」

 気合いは十分。これからはがむしゃらにいこう。後悔しないように全力で。

 自分でできることは自分でなんとかする。そのキャパを超えそうだと思ったら助けを求める。これが生きていく中で合理的な手段だ。

「問題は素直に助けを求められるかどうかなんだけどね……」

 僕は僕という人間性を知ってる。その場面で助けを求める勇気があるかないかでまた大きく違ってくる。

 でもあの2人なら。

 まだ会って話して全然時間は経ってないけど、あの2人なら素直に助けてくれと言えそうな気がした。




  ♠♣♥♦




「なぁ、マリー。俺は明日決着をつけるぜ」

「あらあら」

 夢の中で俺はマリーの正面に座ってそう宣言した。もちろん決着というのはジョーカーとの事ではなく生徒会長とのことだ。はっきり言ってジョーカーとも決着をつけないといけないのはわかっているが、今はそれどころではない。

 リアルと夢は違う。

 どっかで似たセリフを聞いたことがあるような気がするがこの際どうでもいいか。

「準備は整って?」

「どうだかな」

 本当にわからないのだ。やれるだけのことはやったような気がするし、実際にもっと時間をかければもっと準備は整うはずだ。

 もっと準備が整うなど矛盾した言葉だが間違ってはいない。

 今日書いた小説よりも1年後、10年後に書いた小説の方がはるかに出来がいいに決まっている。人間は成長するんだ。

「それで? 一体全体なにをするつもりで?」

「直接会って話す」

「あらまぁ、大胆ねぇ」

 もうこれ以上待ってられない。早く決着をつけないと俺は先に進めねぇ。白黒つけて結果がどうなろうが知りたい。

「じゃあ、これでお別れかしらねぇ」

 なんてマリーは言った。

「どうだかな」

 はっきりは答えなかった。

「あらやだ。わたしって都合のいい女?」

 くだらねぇ冗談だ。でもそれが心地よくもあるってんだから世話がねぇ。

 だた1つ言えることがある。

「俺はお前を友達だと思ってるぜ?」

「ふぅん?」

 おや? 珍しくマリーが困った顔をしたぞ? なにやら予想外の答えだったらしい。こいつが次になんて言葉を返すのか楽しみだな。

「お友達、お友達、ねぇ」

 なんだか納得が出来ないご様子で。ずっと友達友達とブツブツ言っている。たいして面白くもない言葉を返して自問自答を始めるマリー。こいつ、本当に何考えてんのかわかんねーな。

「考えてみたらわたし、友達いたころないわね」

 おや、ようやく寂しい考えがまとまったご様子で。危うく寝かけるところだったぜ。

 寝かけるって夢の中で寝るっておかしな表現だよなぁ。でも誰にでも経験はあるだろうよ。夢の中の自分が夢か、って言って起きるのを。

「ないわよ、そんなこと」

 おっと、どうやら心を読まれたようだ。

「いや、あるだろ。夢の中の俺が夢を見ていて、その中の俺も夢を見ていた。ってこと俺には何回かあったぞ?」

「あなただけよ。そんな気持ちが悪い夢みるの」

 気持ちが悪いまで言うかよ普通。ひでぇ話だなおい。

「じゃ、夢の中でこれは夢だって気が付いた事はあるだろ?」

「あったかなあ……」

 これもけっこー稀っちゃ稀だな。

 これは夢だ。だったら何をしてもいいんだバンザーイ。よし人間殺して喰ってみよう。ってゆーのが俺の道化師としての始まりだった気がする。

「仮にあったとしても何もできた試しなんて1つもないわね」

「そんなもんか?」

「そんなもんよ夢なんて。起きたら忘れる。それが夢よ。だから夢なの」

 ん~。こいつ難しい事言ってんなぁ。哲学的? とでもいうのか。マリーがこんなんじゃなかったら、まっとうな人間だったらどうなっていたのだろうか。

「きっとどうにもなってないと思うわよ」

 そうだろうか。

「そうよ。何かが変わったところでたいして今とそんな変わらないと思うわよ」

 それでも見てみたいなと思う。別の人生があったのなら。別の世界でもあったのならこいつはどういった人生を送るのだろうかと。

 はたまた俺はどんな人生を送っているのだろうかと。

 誰しもが1度は考えたことがあるだろうパラレルワールド。

 考えて、すぐやめた。

 考えてもどうにも確認ができるとこではないし、無駄なことだと気が付くからだ。それでもたまに考えてしまうのはどうしてだろうなぁ。

「無駄な事をするのに理由を求めない方がいいわよ」

 まぁごもっとな答えだな。意見ではなく今のは答えだ。

「理由がないから、無駄な事なのか」

「そういう事ね」

 逆に考えてみれば案外納得できるもんだ。

「それで?」

 それで? それでなんだ?

「結果を報告しに来るのでしょう?」

 わたしにはアドバイスをしたから聞く権利があります、って顔してやがるな。まぁそれこそごもっともだな。

「いいぜ。またここに来てやるよ」

 マリーはこの家から出られない。だから俺が来るしかない。

「その時、わたしからあなたへ聞きたい事があります」

「へ?」

 すっとんきょな声で聴き返してしまった。

「なんだよあらたまって。今聞きゃーいいだけの事だろ」

「いま聞いたらあなたはもう来ないかもしれないでしょう?」

 つまりあれか。前もって伏線を言っておけば必ず気になってまた絶対にここに来ると。

「ご名答」

「そらどーも」

 姑息な手段だな。まぁ別にいいけど。それよりも気になるな。こいつが改まって俺に聞きたい事ってやつ。こらたしかにまたここに来る確かな理由ってやつが出来たな。

「わかった、わかった。またここに来る事を約束しよう。その代わり、とびっきり驚く質問を頼むぜ」

「きっと驚くと思うわよ。それこそ夢からさめるほどに」

 俺は鼻をふんと鳴らしてその場から消えた。

「夢からさめるほどに、か。ゾッとするねぇ」

 夜道を駈けながら俺はそんなことをつぶやいた。

 次に向かったのは葉月の家だ。葉月と言ってももちろん夢の中の葉月で小さい葉月だ。英気を養うとはこのことよな。

 葉月の家にたどり着いてそっと部屋の中を覗く。すると葉月はすやすやと眠っていた。そら本来子供は寝る時間だ。毎回この時間に起きているのが珍しかったのだ。色々な場所に連れまわしたが、寝ているのならそれが1番いい。寝る子は育つというしな。

「育った先があれだけどなぁ」

 どうやったらこんな純粋な子があんな風になるのだろうかと真面目に考えてしまう。別に不良って訳じゃねーけど、口が達者というか性格があんまよろしくないというか……。

 人間どう転ぶなんかわかんねーなぁ。

 まぁだから面白いってゆーのがあるのかもな。

 俺は葉月の寝顔を少しの時間だけ堪能してその場をあとにした。

 2人に会って充電は完了した。

 あとは朝日が昇るのを待つだけだ。夢からさめて現実に戻るだけだ。

「どっか高い場所ねーかな」

 朝日が見えるぐらいに高い場所。周りは住宅街だしなぁ。

 俺は自分の手持ちのカードを確認した。その数は54枚中35枚。

「……使いすぎだな」

 ジョーカー相手に使ったのではなくて葉月を喜ばせようとしてジョーカー以上にカードを使ってしまったのが原因だろう。まぁそれも仕方がないことなんだがな。あの純真無垢な笑顔にお願いなんて言われたら誰が断れるというのか。断れるやつは悪魔だ。

 さすがに中心部に戻るのは無理だ。まぁあと4~5日もすればカードは全部回復するとは思うが。

 回復したらジョーカーのやつをぶっころしてやるんだっ。

「まぁその前に生徒会長ぶっころなんだけどな」

 きっとこれがジョーカーぶっころよりも難しい。力のない者が自分よりも力の強い者を倒そうとしているんだからなぁ。その点、ジョーカーは俺より下の道化師だから、まぁ普通に考えて余裕。

 ぶらぶらとしていると少し丘の高い場所に公園があるのを発見した。

「お? なかなか見晴らしが良いではないか」

 俺はブランコの椅子、ではなくてその上、鎖が繋がっている棒の上に座った。こっちの方がいい。少しでも高い場所の方が落ち着く。あとは朝日が昇るであろう方角をひたすらボーっと眺めてみる。

 明日、というかもう今日になるのか。一体全体どうなることやら。作戦なんてもはないに等しい。真正面から会話をする。納得がいくまで会話をする。つってもそれは俺が決めた事だから相手がそれにのってくるかはわからん。きっと猫がネズミをいたぶる程度には興味本位で話にのりそうな気はするがな。そのままいたぶられて俺が死ななきゃいいが……。

 まじでそれが心配だ。

 でも成功しない限り死んだ方がマシだと思えるかもしれない。そのまま葉月をとられるぐらいならもう未練も糞もねぇよ。

 だから明日は本気で臨む。後悔のないように。後悔がねぇようにって後悔があったらもう終わりなんだけどな。

 問題があるとすれば、それをいつ行うかだ。午前中……は授業があるから無理だろう。じゃ昼休みか? いや、時間が絶対に足らない。だったら放課後しかねー訳だけど。それなら時間はいっぱいあるし納得がいくまで話す事は出来るはずだ。

 前もってアポとっておこうかな。昼休みにでも。

「あー、まじでお腹痛くなってきたー」

 もうなんつーのかなー、あいつが現れなかったらこんな事には絶対になってないのに。全部全部あいつの所為だ。

 なんだかそう思ったらだんだんムカついてきたな。いや、前々からムカついていたのは違いがないんだが、冷静に考えてみたらすっげームカつく。

 怒りは力になる。

 方向さえ間違わなければ力になる。

 やべー早く明日になんねーかなー。今なら絶賛やる気マックスファイヤーなんだけど。この作戦が成功する事を祈ろう。

「はぁー、まじでなかった事にしてぇ……」

 あいつさえいなければあいつさえいなければ。俺たちはこんな事には絶対になってないに。この言葉が頭の中で無限リピートされている。

 でも現れてしまったもんは仕方がねぇ。それだけはどうしようもねぇ。解決方法があるっつーんなら、それこそ本当になかった事、消すしかねー。でもそれは出来るはずもなく。

 人間って不便なもんだなぁとつくづく思う。

「お? いつの間にかだんだん明るくなってきたな」

 真正面の空が少しづつ白みをおびてきた。

「夜明けだ」

 明けない夜ない。なんどこの言葉を聞いてきただろうか。誰が最初に誰に向けて言った言葉なんだろうか。よほど嫌な事が起こっていたんだろうな。

 朝日の光が一条の希望の光になりますように、ってか。俺もそう願う。今から顔を出すこの朝日に願いを込めよう。まるで初日の出のような感覚だ。

 最後に日の出に願いをしたのはいつだったか。今更自分勝手に願いを込めるなんて身勝手だと朝日は笑うか?

 まぁそん時は月にでも願うか。

 人は願わずにはいられない。俺も人って事だ。

 辺りはどんどんと赤みを帯びていく。

「こう見たらちっと夕日に似てるよなぁ」

 でも全然赤み具合が違う。夕日の方がもっと感傷的だ。朝日の光はなんつーか、希望的? みたいなイメージだしな。まぁ当たり前っちゃ当たり前か。

 朝日は登場、夕日は退場だからな。

「さてさて、俺もこの世界から退場すっかな」

 今から戦場に行かねば。負ける事ができない戦場。負けたらどーっすかなー。とりあえずあの2人に慰めてもらうか。

 俺はその場に立ち上がった。

「うし、帰ろう」

 俺は決意を新たに静かに目を閉じたのだった。


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