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道化師  作者: 夜行
15/15

Clown


 ゆっくりと目を開ける。そこに映るのは開け放たれた窓。カーテンが風になびいてゆらゆらと揺れている。

 目を覚ました瞬間に思ったのは“まだ死んでなかったのか”だった。

 いったいいつまでこの命は持つのだろう。いつ終わってもいいと思っているのに終わる気配は微塵もない。

 自分の2メートル先ぐらいの床を見る。きっとそこに居たのだろうとわかる。でも今はもういない。どこにも、いない。

 ゆっくりと“立ち上がった”。

 造作もなく、立ち上がった。

「ふぅ……」

 今まで座っていた車イスをちょんと蹴飛ばす。もう必要はない。

 茶番は、終わりだ。

「さて、どうなったのかしらね」

 マリーは窓から外を眺めて風にあたった。夕日が眩しく視界を遮る。

「まだ、いる、みたいね」

 どうやら最後のショーには間に合ったみたいだ。この為だけに今は生きているはずなのに、寝過ごすところだったと自嘲した。

 風を聞くに、どうやら真っ最中のようだ。フィナーレも近いのかもしれない。

 急がなければいけない。

 マリーは何も持っていない手から1枚のカードを取り出した。そしてそれを言葉にする。

「アビリティコール・オン」

 なんとも抑揚のない声で呟いた。足元には真っ赤な魔方陣が出現し、それが消えると同時に駆け抜けた。すべてを後ろに置き去りにするほどのスピードで駆けて行くが、それでも間に合うかわからない。

 1枚目のカードを使用した1分後。

「アビリティコール・オン」

 2枚目のカードを発動。

 同じ属性のカードを重複させる。スピードはさらに加速した。

 3枚目のカードを重複させようかと思ったときだった。2人の姿を目視し、スピードを一気に殺した。音を立てるようなヘマはもちろんしない。

「どうやら間に合ったみたいね」

 安堵の溜息を吐き出す。

 遠目から眺めるかぎり、フィナーレは近いようだった。それをただジッと見つめる。この瞬間を待っていたのだ。これを見る為だけに生きているのだ。

 皐月がババを使ったのが見えたが何も起こらなかった。

「…………」

 どういう事だと視線を凝らす。

 不発などという事はありえないとマリーはわかっている。そんな確率がある訳ではない。だったらどうして。

「……時間で発動するタイプ?」

 なるほど厄介なカードを持っている。でも当の本人串刺しにされている。

「そう。それがあなたの選んだ選択なのね」

 助けるわけでもなく、ただ見つめる。その最後の瞬間を。

 終わりを迎えてジョーカーがその場を去ったあと。

「あらあら、お久しぶりね皐月。こうやってまた会えて嬉しいわ」

 無残にも殺された皐月の死体を見下ろす。

 おもむろにマリーは転がっている皐月の頭部を持ち上げた。

 夕日はほとんど沈んでいる。明るいのか暗いのかわからない世界が広がっている。

「残念。残念ね。もうあなたとお話しできないと思うと」

 そのままくちづけをするかのように口を顔に近づけていく。

 そしてそのまま――むさぼり喰った。皐月の頭部をこれでもかというほどの大口をあけて平らげていく。

それが終われば手を。

それが終われば足を。

 それが終われば胴を。

 すべてをその自身の胃に中へ詰め込んでいく。

「あぁ……おいしい」

 すべてを平らげたマリーは血で汚れた口元を無造作に手で拭いた。

「さて、皐月。続きが見たいでしょう?」

 自分の中に問いかける。

「きっとあなたの言う通りのことになるでしょうね。きっとあの子は殺される。あぁ、だから――」

 そこでマリーは何か納得したようだった。

「だからのババという事ね。相手を護るカード。初めて聞いたわ。相手を護るババなんて。やっぱりあなたは優しいのね」

 だったらあの子は大丈夫。

「これがあなたの、“この世界のあなたたちの物語”ね。なるほど。新しくて面白い」

 まるで他の世界すべてを見てきたような言い草だった。

「でも、あなたたちは1つ勘違いをしている。とっても勿体ない勘違いよ。それに気が付くことが出来たなら……もっと幸せな結末を迎えられたでしょうにね。どんなに繰り返し見てもそこにたどり着くには至らないものね。でも今回は惜しかったわよ」

 マリーは韋駄天を使って世界を渡る。

 ある1つの平和な世界。

 まるで人間のようにマリーは道を歩く。すると1人の高校生らしいジャージを履いている“女の子”から1枚のチラシを貰った。

「ご協力お願いします!」

 声を張り上げて道行く人にひたすら声をかけてチラシを配っている。そのチラシに目を落とす。

『この子を探しています』

 そこには葉月の顔が載っていた。

 そのチラシを配っていた子にマリーは声をかける。

「どうしたの? この子」

するとその子は言った。

「行方不明になっちゃって……」

 今にも泣きだしそうな目だった。よく我慢したものだと感心すらできる。

「そう。仲良かったのね」

「はい。



 付き合っていたんです。



 恋人です」

 ハッキリとそう言った。

「そう。まぁ今の世の中は珍しくないしね。もしどこかで見かけたらすぐに連絡するわ」

 女の子は深々と頭を下げた。そしてすぐにまたチラシ配りを始める。

 そしてまた韋駄天を使って別世界へ。

 今度は高校生らしい“女の子”が同じ事をしていた。

 同じように声をかける。

「どうしたの? この子」

するとその子は言った。

「行方不明になっちゃって……」

「そう。仲良かったのね」

 先ほどと同じ言葉を繰り返す。

「はい。



 付き合っていたんです。



 恋人です」

 ハッキリとそう言った。

「そう。まぁ今の世の中は珍しくないしね。もしどこかで見かけたらすぐに連絡するわ」

 女の子は深々と頭を下げた。そしてすぐにまたチラシ配りを始める。

 チラシには皐月の写真が載っていた。

「……まったく難儀な事よね。どっちも人間として生きようと思えば生きれたのに」

 道化師である2人が居た人間として生きてきた世界はまったくの別の世界だった。

 二人が殺し合いをした世界を世界Aとして、世界Aの皐月が人間として生きた世界B。その世界Bの葉月は世界Aで殺し合いをした葉月ではない。普通の道化師の力など持たない人間としての葉月だ。

 そして葉月から見た皐月も同じだった。

 皐月が嘘だと信じて葉月に会うために学校に行って待っていたのに来なかった。単純に寝ていたか遅刻して走っている最中で携帯に出られなかったとは考えなかったのだろうか。

 葉月が皐月を見て不器用なりに賢明に人間として生きていると感じた感覚を、自分でなぜ信じられなかったのだろうか。

「まぁ、別のあなたたちは次はどんな選択肢をするのかしらね」

 今回の二人が一番面白かったと言える。まだ他の世界には皐月と葉月が存在している。その二人はいったいどのような道を歩むのだろうか。

 マリーは静かに嗤う。今回を超える面白さはもうないのかもしれないが、それはあくまで自分の予想でかない。二人はきっとそれを超えてくるだろう。そう思うと自然と笑みがこぼれてしまう。

 朝日が昇って沈んでを繰り返すように、幾度となく見てきた光景に目を背けて、違う世界の2人に違う結末を期待をしたのだった。






                                     終わり


いかがだったでしょうか?少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

ちなみにですが、この作品はスピンオフの作品となっております。メインの作品はまだ掲載はしておりません。するかもわかりません。

一応ですが、メインの作品と今回の作品が進んでいくにつれて一つの物語になる予定です。簡単にいうなら合体します。・・・合体。融合?

もし掲載することがあったなら暇なときにでも読んでやってください。

それではここまでありがとうございました。

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