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道化師  作者: 夜行
13/15

K



 二人は出会う。いったい何度目の出会いになるのか本人たちもわからない。あっちの世界でも、こっちの世界でも幾度となく会ってきた。しかし、これが最後の出会いなんだと2人は直感した。

 それを寂しいとか悲しいとか、そんな感情はお互いなかった。

 あぁ、これで終わりかと。

 観覧車がゆっくりと出発地点に戻るような感覚だ。

 2人は出会っても何も喋らなかった。会話を、聞きたいことは山ほどある。

 なぜ妹を喰ったのか?

 それは本当に自分だったのか?

 もうあっちの世界みたいに仲良くできないのか?

 なぜ私たちだったのか?

 楽しかったと、1度も思った事はないのか?

 なぜ生きているのか?

 なぜ記憶がないのか?

 いったい何人の人間を喰ってきたのか?

 あれは全部、嘘だったのか?

 そんな思いは口に出すことなく腹の中に押し込めた。言葉は無用。ただ最後に自分の目的だけを自分に言い聞かせる為に口を開いた。

「お前は人間に騙されている。絶対に騙されているに決まっている。俺が、目を覚まさせてやる」

「殺す。妹の為、家族の為に私は復讐をする」

 その言葉はお互いの耳に吸い込まれていく。そして頭の中で否定する。

 沈黙と静寂。

 2人は同時に叫ぶ。

「「アビリティコール・オン!」」

 2人の足元は赤く輝く。10以上のカードの使用。

 皐月はすぐに大剣を精製する。そこから具現化能力を発動させたことがわかる。自分の最も得意な能力を使う。

 葉月はそんな大剣に恐れることもなく。真っ向から向かって行った。こちらは肉体強化能力。1撃入れば決まるだろう。

 2人は激しくぶつかり合った。周りの事などお構いなしだ。当然まわりの建物はまるでトランプタワーを崩すように崩れ落ちる。

 お互いの攻撃は当たらない。皐月は大剣でうまくガードをするし、それを軸にして身体も使ってくる。当たるのは当たるが、葉月は肉体を強化しているので殴るだけでは、大したダメージが与えられない。

 そこを逆に葉月は攻撃をする。スピードだけなら肉体強化をしているこっちに分があるはずなのに当たらない。それが何を意味するかというと、単純に戦闘経験の差だろう。単純に、皐月は強い。勘、ではなく経験から導き出される答え。それにならって身体が自動的に動いていく。

 葉月は焦った。このままでは勝負がつかない。そして1枚目のカードの時間が切れてしまう。切れてしまったら、勝負は一瞬で終わるかもしれない。

「くっそ……」

 やはりババのカードを使うしかない。それかダメ元で時間を稼いでみるか。もし仮にそれが成功したとしても、2度も3度もそれが通用する訳もない。

 カードの時間が切れる少し前。

 2人は会話をした。

 葉月からではなく、皐月が先に口を開いたのだ。葉月にとっては渡り船だったろう。

「葉月、目を覚ませ」

「はぁ?」

 何を血迷った事を言っているんだとイラついた。

「お前は人間に騙されているんだ」

「はっ」

 鼻で笑い飛ばした。何を馬鹿な事を言っているんだと思った。そんな事を言って騙しこんで自分側に引きずり込もうという根端なのか。そうだとしたら舐められたものだ。怒りを通り越して呆れてくる。

「何を根拠に」

 時間を稼ぐために話にのった。

「俺たちは道化師であいつらは人間だ。絶対に交わることはできない水と油だ。俺たちは相いれない」

「あんたが知らないだけでしょーが。世の中には無限大の可能性があるのよ」

「例外だってある」

「だから例外の例がこれなんでしょ」

「絶対に人間は裏切る。頼む、信じてくれ」

「…………」

 無理な話だ。何を信じろと言うのだろうか。どの口がそんな事を言うのだろうか。

 口を開くたびに同じことの繰り返し。目を覚ませ目を覚ませ。

「聞き飽きた……」

 くだらない、本当にくだらない。

 怒りに身を任せて葉月は叫ぶ。

「シークレット・アビリティコール・オン!」

 ババの発動。皐月は距離をとって身構える。

 葉月の身体の前に等身大の8の数字が表れた。

「?」

 今から何が始まるのかと皐月はワクワクしている自分に気が付いて少し笑った。しかし、その笑いはそれを理解した瞬間に驚愕する。

 8の数字がゆっくりと回り始めたのだ。そして周り初めてすぐに止まった。

「あん?」

 正確にいうのなら、90度、動いて止まった。数字の8は横を向いている。

 何か、何かに似ている……? その答えはすぐにわかった。

「冗談だろおい……」

 それは∞、無限大のマークだった。

 これが葉月のシークレット・アビリティコール。最後の切り札。能力の壁を、常識を、ぶっ壊す。

 すべての能力を使いたい放題。時間制限もなければ重複だって存在しない。無限だ。

 とっさに皐月は防壁能力を発動させた。発動させた瞬間にミスったと直感した。

 肉体強化を使って逃げるのが1番の手だっただろう。それを見余った。

葉月は槍を精製。切っ先を皐月へと向ける。鋭く尖った先端は皐月に死の恐怖を与えた。

 体制を低くして、バネのように飛び出した。

「死ね! 皐月!」

「く――ッ」

 逃げられない。真っ向から受けるしか道は残っていない。果たして防壁が耐えられるのか。ただの肉体強化か具現化能力なら耐えられるだろう。しかし葉月はババのカードによって能力を重複させている。おそらく自己回復も発動しているはずだ。

 2つの能力を同時に受け止められる可能性は――。

 槍の切っ先と防壁が触れ合った瞬間。凄まじい衝撃があたりを襲った。

 互いの拒絶。

 ピキ。

 ピキピキピキ。

防壁に稲妻のようなヒビが入った。

「やばい!」

 そう思うがどうしようもなかった。

パキーン、とステンドグラスが割れるかのように防壁は消滅した。

ドスッ。

「かは――ッ」

「殺った!」

 三双に分かれた葉月の槍が皐月の胴体に突き刺さった。

 勝負はここからだ。葉月はそう思った。ここまでは前回と同じだ。自分の考えが当たっていればここから――。

「シ、シークレット・アビリティコール……オン」

「来た!」

 皐月のババのカードが発動する。それと同時に能力を解除されないように葉月は距離をとろうとするが、いつの間にか皐月に手を掴まれていた。

「なん――」

 薄っすらと笑う皐月。

 やられた。自分が距離をとってババの範囲外に出ることを予測された。

 光が2人を包む。

「え……?」

 光が消えて目を開けてみるとそこは、光る前と何1つ変わらない光景が広がっていた。もちろん葉月の槍は消えてないし能力も解除されていない。

 皐月の胴体には葉月の槍が刺さったままだった。

「ふ、不発?」

 葉月は思わずそんな事を口に出してしまった。しかしそんな事がありえるのだろうか。皐月の表情からは何も読み取れない。

 皐月の口から血が溢れる。

「ごぽっ……葉月、目を、覚ませ……」

 その音と声を聞いて葉月は我に返り、次の行動をとった。そのまま皐月を投げ飛ばしたのだ。槍は抜けて空き缶のように転がっていく。

「はぁはぁ……」

 動悸が激しい。この状況が理解できないでいる。皐月を中心に赤い水たまりがどんどん広がっていく。

「目を……覚ませ……」

 繰り返しその言葉ばかりを呟いている。葉月はゆっくりと倒れている皐月に近づいていく。警戒は怠らない。なぜかというと、どうしてもこれが真実とは思えないからだ。

 あっけなさすぎる。

 これが本当にあの極悪非道のピエロなのだろうか。あまりに動きが悪すぎる気がした。もうまるで死にかけと戦っていたみたいだ。

 何かがおかしい気がした。こんな終わり方があっていいのだろうか。

「偽物……?」

 まるで機械的だ。同じような言葉しか喋っていない。でもそれなりに付き合いがあったからわかることもある。それはこれが間違いなく皐月だという事。この矛盾が理解できないでいた。

 切っ先を皐月の喉に向ける。

 終わる。ようやく終わる。終わらせることが出来る。

「……なぜ、家族を殺したの?」

「目を、覚ますんだ……」

 ドッ、と葉月は皐月の右腕を付け根から切り飛ばした。さらに血が噴き出るが、皐月は眉1つ動かさない。

 次は左腕を。腕がなくなったのなら足を。

「ハッ……ハッハッ……」

 呼吸が乱れてくる。吐き気がこみ上げてくるのがわかった。

「ぅっ……」

 命を狩るというのはこういう事だ。それを初めて経験する。

「さ、最後よ皐月。何か言い残すことはある?」

 その問いの答えは葉月にはわかっていた。性懲りもなくあの言葉を吐くに違いない。

「……だ、い……じょうぶ、あんし、ん、しろ。俺、が……まも、って、やる」

 夕日が眩しく2人を照らす。

「…………」

 予想の言葉とはまるで違う言葉だった。理解ができない。一瞬あのときの記憶が蘇る。人間として生活していたとき、学校の生徒会長を一緒に懲らしめてやった。あの時はたまにはやるじゃんと思ったのも事実だ。一瞬あのときの顔が重なった。

 葉月の手は無意識に振り下ろされていた。切っ先は喉へと突き刺さり、その以上の言葉を奪った。そのまま横に薙ぎ払い、頭と胴体を切断する。

「……終わった? 終わったの……?」

 それでも復讐が終わったとは思えなかった。この消失感。もっと歓喜にあふれると思っていたが、そんな思いは1つもなく、ただただ虚しさだけが残ったのだった。




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