Q
俺が政務局を目視したとき、それは飛んで来た。
「おっとぉ」
弾丸だ。それを綺麗に避けてさらに前へと進む。
「行儀のわりぃ奴がいんなぁ」
すぐに政務局からの発砲だと理解した。そんなことでいちいち立ち止まる訳にはいかず、どんどんと前に進む。当然弾丸は流れてくるが、そんなものが道化師にあたるはずもない。
「まぁあちらさんも当たると思って撃ってる訳じゃねぇだろうが」
ただのけん制だろうな。それか時間かせぎか。まぁどちらでも良い。そんなものはハエが顔のまわりを飛んでいるぐらいにしか思わない。
「でっか! ひっろ!」
政務局に到着した俺はその面積に驚いた。どこからどこまでが本当の政務局なのかわからないほど、敷地が広い。
「ん、ん~……とりあえず準備運動でもするか」
準備運動とは暴れること。相手は政務局だ。建物を破壊して局員を次々殺していく。ただの人間が武装したぐらいで道化師に勝てるはずもなく、傷1つつけれる事なく、ただただ殺されていく。それでも人間たちは賢明に戦っているし、しっかりと誘導を行っているものの、それに従う道理は俺にはまったくない。
「なんで俺がお前らに誘導されなきゃならんのだ」
自分の道は自分で決めるという感じでどんどん中へ侵入していく。
俺はぴたりと立ち止まった。目の前に現れた人間が明らかに人間離れしていたからだ。身長は2メートル近い。筋骨隆々でまるで、でっかい岩と向き合っているかのような感覚だ。
こいつは明らかに他の人間とは違う。人殺しの、いや違うな。道化師殺しの訓練を受けている。
一拍の間をあけて俺に突っ込んできた。そのスピードも人間離れしている。だからと言って道化師のスピードに敵うはずはない。
「まぁ、いい線いってたと思うぜ」
後ろにまわりこんで裏側か心臓を取り出そうとしたとき、新手がやってきた。
「あっぶな」
俺はぎょっとする。そいつの姿も人間離れしている。今度は全身が武器だらけというか機械的だ。こいつ一体いくつ武器持ってんだ?
どこ触っても手が切れそうなんだけど。
狭い通路でこの2人? 2体って言った方が正確かも。を相手にするには若干めんどくさい。
「逃げるが勝ち」
逃げ足には定評のある俺だ。俺は2体を置き去りにして建物の外へと飛び出した。
「あららー?」
そこに待ち構えていたのは人人人。
「飛んで火に入る道化師って感じか?」
まんまと誘導されてしまったという訳か。でもこんなたかが人間とやりあったところで何も問題はない。アリを踏み潰すみたいな感じだ。
そう思っていた。
人間たちは一斉に銃を取り出した。30人以上はいるであろう人間が両手にマシンガンっぽいものを持ってる。どんだけぶっ放すつもりだよ。
弾は無限じゃない。
「アビリティコール・オン」
俺は滅多に使わない防壁能力を使った。結界を使って弾が尽きるのを待とうって話だ。カードの数字は半ばの5だ。マシンガン程度ならこのぐらいで十分。
人間たちは一斉に発砲した。
60丁以上のマシンガンはそれは凄まじい音と火薬の匂いを出した。止まることなくどんどんと乱射を繰り返す。
「あーあ、弾がもったいねぇ。意味あんのかよこんな事して」
2分後、音は消えた。当然俺は傷1つついていない。
「予想通りと言えば予想通りなんだが、本当に傷1つついてないと些かショックだな」
「誰だよお前」
人垣の中から1人の人間が姿を現した。
「私か? 私は稲垣という。政務局の研究者だ」
「その研究者さまが前線に出てきてなんの用だよ。自殺でもしに来たのか?」
「ふふっ、面白いことを言う。ここに来た理由は当然ピエロを始末するために来たのさ。お前の悲痛な顔を見たくてね」
「…………」
安い挑発だ。くだらねぇ。
もうすぐカードが切れる。そしたらソッコーで殺してやる。
「構え!」
稲垣という人間が腕を上げて号令を出した。すると後ろから馬鹿でかいミサイルが姿を現した。
「んなッ」
馬鹿げている。
「お前の力でこいつを防ぎきる事ができるかな?」
「お前らは馬鹿なのか? そんなミサイルうったらお前らも巻き込まれて死ぬぞ」
そんな事も考えつかないのかと呆れてものも言えない。
「たかが死におびえるとでも思ったか? ここにいる人間は命を懸けているんだ。自分の命すら武器として扱う」
いつの間にかマシンガンには新しい弾が込められていた。
「もうすぐカードが切れるだろう。さぁ一番強力なカードの結界を使うがいい。俺たち人間と勝負しろ!」
馬鹿げている。くだらねぇ。でも、面白くもある。これだから人間って種族は馬鹿なんだ。
俺は返事はしなかった。
カードが切れる。3……2……1……0。と同時に次のカードを発動させる。
「アビリティコール・オン」
言葉と共に結界が俺のまわりを覆っていく。その刹那だった。
ダン。
一発の銃弾が俺の左肩を貫いた。
「い……てぇッ!」
やられた。カードが切れる隙を狙われた。しかも1番最悪なのは“カードを発動させてしまっている事”だ。
「なん、だコレ……」
弾は俺の右肩を貫通する事なく、表面で止まっている。そしてその弾から何かが這い出ていた。
「面白いだろう? 道化師用の特製もんだ。まぁものの見事に誘導に引っかかってくれて嬉しい限りだよ」
さっきの言葉たちは全部この為の挑発だったというわけだ。
弾から何やら這い出ているものは、まるで血管の中を通って全身に移動しているかのようだった。
「ぁ、ぐッ……」
激痛が襲う。これはまじでやばいかもしんない。
何がやばいって、どうすることもできないからだ。カードを、防壁能力を発動させてしまっているから、自己回復のカードを使えない。これが1番最悪。カードを使わせて、他のカードを使わせないようにする。やられた。
カードが切れるまでまだ4分近くもある。もつのかコレ……。
俺は膝を地面について左肩を抑える。痛みはどんどん全身に広がっているし、少しでも身体を動かそうとすれば激痛が駆け抜ける。
「万事、休す、だろう?」
人間とは思えないような顔で笑いやがる。人間の方がよっぽど化け物じゃねーかよ。
「はっ……はっ……はっ」
息が荒くなってきている。仮に次のカードが使えるまで俺が持ちこたえたとして、問題はもう1つある。
それは俺が次に使うカードが自己回復だという事だ。それはつまり攻撃が出来ないという事。目の前の人間たちに対抗する術がない。
どこかに隠れてから自己回復のカードをゆっくりと使うのがセオリーだが、そんな簡単に逃がしてくれるはずもない。
つまり、この状態のままで目の前にいる人間たちを蹴散らさないといけないって事だ。今の満身創痍なこの状態で? やれると思うか?
だったらどうする? ババのカードを使うか?
きっと人間側はそれを望んでいるだろう。最悪ババを使わせれば勝ちだと思っているに違いない。
たしかに現状を打破するにはそれが1番いいだろう。
でもダメだ。ババは使えない。このババは“葉月の為のババだ。他のやつ”には使えない。
「どうやら詰んだと悟ったようだな。人間を舐めるなよ化け物が。これが人間の力、知恵というやつだ!」
自分よりも巨大な敵と向き合って知恵でその力の差を埋める。それが人間だ。そんなことぁ、知ってんだよ。俺だって一応元人間らしいからな。
「……ぅ、うるせぇんだよ」
「あん? 負け惜しみか?」
「うるせぇ、って言ってんだ。人間舐めんな化け物? ハッ、笑わせてくれるぜ。逆もまた然りだ。化け物舐めんなよ人間風情が!」
俺は左肩の弾を肉ごとえぐって一気に引き抜いた。
「ぅ、がぁああおおおぁおあぉぉおおおおおぁッ」
弾からはまるで木の根のようなものがいくつも生えていて、それが俺の身体の中からずるずると引き抜かれていく。
「な―――ッ」
びちゃびちゃと音を立てて血が噴き出す。
「かはっ……はっ……」
気絶しそうだ。このまま死んでしまいそうだ。
でも、まだだ。まだ、終われない。
俺は一拍もおかずに躍り出たのだった。
♠♣♥♦
一方そのころ葉月は――。
「あ、あれ?」
なにやら向こうの方が騒がしいと感じていた。おそらく既に皐月が侵入はしただろうとわかってはいたが、なかなかこっちにやってこない。どころか騒ぎがどんどんと大きくなっているようにも思える。
「え? え? まさか私そっちのけであっちで暴れてんの……?」
ひときわ大きな爆発があった。それと同時に葉月は駆けていた。猛スピードで引き返していく。
「狙いは私じゃなくて、政務局……?」
この場所を破壊することだったのだろうかと、一瞬頭をよぎる。
近づくにつれて銃弾の音や建物が倒壊する音、人の悲鳴が聞こえてきた。急いで皐月を探す。それでも警戒は怠らない。もし目の前に現れたら、即殺し合いが始まる。
「逆に……チャンスかも?」
紛れて背後から1撃入れれられれば勝負は着くかもしれない。
「でもそんなに甘くはないか……」
そんな事が出来たらこれほどまで苦労はしないだろう。
真っ向勝負をするしかない。




