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屈辱だった。人生で1番の屈辱だった。確実に殺せたと思ったに。なのに最後の最後で立場は逆転。死を覚悟したのにもかかわらずに、あいつは私を殺さずにそのままどこかへ行ってしまった。
これ以上の屈辱はない。しかもババの能力も1つバレてしまっている。使ったなら確実に殺さないといけないのに……。
あいつが皐月だから躊躇したとか、そういうんじゃない。あいつが皐月なのは前から知っていたし、とゆうか、先にピエロを知ってから皐月を知った訳だし、最初から殺意しかなかった。
最後の最後まで切り札をとっておいたあいつの勝ち、か。
「くっそ……」
私は身体を引きずって政務局へと帰って行った。きっと怒られる。全部見られていたはずだし、きっと怒られる。でも私には帰る場所がそこしかない。何を言われてもそこに帰るほかない。
都内の少し外れた場所にある政務局。当然私はそこまで自力で行かなければならない。迎えがあってもいいと思うけど、負けた私にそんな助け舟はやってこない。
何時間もかけてようやく建物が見えてきた。いくつもの高層ビルがいくつもならんでいて、そのどれもが真新しい。常にビルを増築していてどんどんと増えていっている。そんなにいるのかと思うけど、その建物の中はずべて埋まっている。
地上だけはなくて地下も存在しているので、その面積はかなり広い。私も行ったことがない場所はたくさんあるし、迷子になるかもしれない。
「ジョーカーが戻りました!」
建物内へと這入ると誰かがそう言った。誰に言ったのかはおおよそ検討がつく。私の育ての親であり、ここの一族の1人である甲清四郎。
「哀れな娘よ。いったいどのツラをさげてここに戻ってきた」
「ご、ごめんなさい」
労いの言葉すらない。今までそんな優しい言葉はかけてもらった事がない。少なくとも私の記憶にはない。
「あそこまで追いつめておきながら、ツメが甘いにもほどがある。お前の仇ではなかったのか」
何も言い返すことができない正論だ。
「すぐに作戦を立て直す。さっさと傷を癒せ」
「……はい」
そう言われて私は自分の部屋へと尻尾を巻いて逃げた。
「アビリティコール・オン」
自己回復のカードを使って身体を癒す。熱いお風呂にも入ろう。身体も心もボロボロだ。
熱い湯につかりながら私は今日あった出来事を思い返す。
「強かった……」
それは当たり前なんだけど、それでも勝てると思っていた。皐月は5の数字の道化師。かたや私は8の道化師だ。その差は大きい。やっぱり5以下の数字を持つ道化師はレベルが違う。
能力を連続で使えるのが1番大きい。
「やっぱりまだ早すぎたのかなぁ……」
口まで湯につかってブクブクと泡を立ててみる。自己嫌悪がどんどんと押し寄せてくる。違う世界の自分まで犠牲にしたのに失敗した。他の世界の私が知ったらさぞかし怒るだろうなぁ。
「はあーあ」
顔をあげて天井を見上げる。
これからどうしよう。出来る事ならババが回復するまでは再戦はしたくない。でも皐月のあのカードは厄介だ。むしろ今回はあの能力が知れただけでも良かったと思わなくちゃいけないかもしれない。私が使ったババが2重アビリティで良かった。もう1つのババじゃなくて良かった。
皐月のもう1つのババの能力を考える必要がある。そのもう1つのカードも『なかった事』にするカードだったら最悪だ。私に勝ち目はないのかもしれない。ババを相殺するアンチアビリティ。
先に使った方が負ける。でも皐月のババはイコール自分からは使えない。故にババ抜きで圧倒できれば勝てる。
「んだけどぉ……私が同等の数字なら……」
それは成り立つのかもしれないけど。その差は3分。これは大きすぎる。
「残り1枚のババ……どんな能力なんだろ」
ババのカードの特性はその人物に強く影響されると言われている。皐月をカードにしたらどんな能力になるのか……。
そう考えてついついもう1つの世界、人間として生活していた人間の皐月を思いだしてしまった。でもあながち間違いではないのかもしれない。あの2重性。何かしらのヒント的なものがあるのかも。
「あぁー、あっつい!」
のぼせちゃうところだった。私は湯船から急いで出て冷たいシャワーを浴びる。ついでにのぼせた頭も冷やす。
とりあえずカードを万全の状態に戻さないと。いくらなんでもカードがなさすぎる。
キュッとシャワーの蛇口を閉めて風呂場から出た。身体を拭いてタオルを頭に巻いて素っ裸でベッドへと寝ころんだ。
途端に眠気に襲われる。緊張の糸が切れたんだろう。ようやく落ち着く事ができるなと私は思い、ゆっくりと目を閉じたのだった。
♠♣♥♦
私が目を覚ましたのは場内に響き渡るサイレンの所為だった。
「ぅう~……なにぃ~うるさ……」
眠気眼でボケーっとサイレンの音を聞く。なんのサイレンよこれ~。どこかで聞いた事があるサイレンだった。どこだったかな~。たしか教習所で――。思い出し、私の目は一気に冴えた。
緊急サイレンだ!
この政務局に危険が迫っているときになる緊急サイレン。ようは緊急事態で超やばい事が起こる前触れだ。それを理解した瞬間に部屋の電話が鳴る。
「はい葉月です! 何があったんですか!?」
相手は甲清四郎だった。
『緊急事態だ。今すぐ第6塔の監視室まで来い』
そう言われて電話はすぐに切れた。
私はすぐに部屋を出て行こうとして、立ち止まる。危ない危ない。素っ裸だった。急いで服を着て頭に巻いていたタオルと投げ捨てて部屋を飛び出した。
第6塔の監視室は結構遠い。普通に歩いたら15分近くかかる。私は道化師だから走ればそりゃ人間よりは全然早い。3分そこらで到着した。
「遅いぞ」
「すいません」
監視室と呼ばれる部屋の中には何人もの局員がいて、何台ものモニターがある。この部屋の正面にある1番大きなモニターに映像が映し出された。
原因はこれだった。
「さ、皐月!?」
「ピエロがここを目指して飛んで来ている。お前はすぐに戦闘準備をしろ。他の戦える局員も戦闘準備をさせておけ」
最後の言葉は他の局員に言った。緊急事態なのに甲清四郎の声はひどく落ち着いていた。
私はモニターに釘付けになる。たしかに映っているの皐月だ。その表情は決意に満ち溢れた顔をしていた。真っ直ぐと前を見据えて目的を意識している。
何かに吹っ切れたようだ。
問題はその目的だ。そしてそれはイコールここ、政務局に関係がある。さらに言えば、その目的は私だろう。
「どうやらお前と決着をつけるようだな」
甲清四郎はそう言った。私もどれに同意する。
「みたい、ですね」
「勝てるのか」
正直わからない。いや、分だけで言ったらやっぱり皐月にある。さすがにババのカードが復活したとは考えにくい。もう1枚のババによほどの自信がある? それいやだなぁ。
今からおよそ5分ぐらいでここに到着することになる。さすがにそろそろ気持ちを切り替えて準備をしないと。
「建物を壊されたらかなわん。エリア3に行け」
エリア3は周りに何もない場所だ。ようは暴れられる場所。そこなら心置きなく戦える。殺し合いができるし、どっちかの墓場になる。
私はすぐに移動して準備をする。急げばここから3分で行ける。でも問題は皐月がそこに来るかどうかなんだけど。
まぁ局員がうまく誘導するだろう。それぐらい出来ないと話にならない。
まず作戦を考えないと。さすがにこんな急に来るとは思わなかったし。作戦と言っても考える問題はたった1つだけだ。ババを使うタイミング。これが勝負をわける。私は前回の事を追い出す。会話を思い出す。そこに重要なヒントが隠されていた。
もし仮に、皐月のババのカードがまったく同じ能力を持っていた場合。それがないとは言い切れない。当然私がババを使ったあとに出してくるだろう。
「どっちにしろ私が先に使わざるおえないか……」
まったく同じ能力は言い過ぎかもしれないけど、それに似た能力だと私は予想する。だったらきっと――。皐月のあの言葉を思い出す。
『範囲は狭いがな』
近づかなければ問題ない? そんな簡単な話じゃないんだろうけど。きっとババの能力には範囲があるはずだ。そこを逆に利用できればなんとかなるのかもしれない。
きっと皐月は最後の最後まで切り札をとっておくはず。そこを私が見極めるしかない。それが勝負の分かれ道になるはずだ。
考えはまとまった。まとまったのかなこれ?
まぁ私は私が出来る事を最大限努力をしよう。
「可能性なんて無限大にあるに決まってるし」
その中から1本の糸を手繰り寄せることが出来れば勝てる。
覚悟は、決まった。私は復讐を完遂する。絶対に殺す。その為だけに今まで生きてきたんだし、その想いがこれから叶うかもしれない。そう思えばこれ以上にないぐらい気持ちが高まってくる。長年の想いが報われるだ。
「待っててね。絶対仇とってあげるから」
妹の顔を思い出して私は決意を新たにしたのだった。




