第5章 第1次世界戦争編 G-0005 マンザラ湖畔の戦い-1
スエズ運河西方、ナイル川の間にはマンザラ湖という湖がある。いや正しくはスエズ運河と北岸の港湾都市ポートサイドの建築により、東西に分断されてしまった湖である。
これにはマンザラ湖の平均水深が4~5フィートおよそ1.5m程度という浅い湖であったことから運河を作るには浚渫が必要であったこと、運河の北の端地中海側にも港湾都市 が必要であることからスエズ運河付近の埋め立てが進み、大きな湖は結果的に東西に分断されてしまった形になった。
この時点での戦局の重要拠点は2つに分断された西側の湖だ。この湖は断続的に続く砂地にて地中海と隔たれており、湖水には塩分がある。この断続的な陸地を西に行った先には協商陣営の防衛司令部のあるドゥミヤートに至る。現代ではこの間には片側2車線の道路が開通している。だが当然そんなものは当時にはない。
そのためにマンザラ湖北側では複数ある日本の浜名湖の今切のような地形を利用しての防御戦が主戦術となるだろう。そして極めて狭い範囲での布陣で十分であるがために兵力不足である英国軍の布陣が行われている。
南側は現代ではナイル川からの灌漑 (ナイル川上流のダムの建造が主因と思われる) により、衛星画像からして緑豊かな農地が広がっている。しかしそれがなかった当時は当然のごとく広大な砂漠である。
ここに布陣するのは日本軍。主力は第1近衛師団である。
そして戦略、戦術予備としてドゥミヤートに布陣するのが狭い北岸に布陣ができなかった英国軍の残存とろくな武装がない日本軍第1常備師団であった。
ポートサイド オスマン帝国司令部
1914年10月31日AM02:00(グリニッジ標標準時 午前0時)
「通牒期限が過ぎました。」
オスマン帝国はスエズ運河占領ののちに英国に対して行った要求…ナイル川以東への進駐の回答通告期限が過ぎる。正しくは進駐の旨の宣言ではある。だから回答自体は待つ必要性がない。
「しかしよろしいので?」
「すでに偵察用の係留気球を飛ばしている。それに連中は昼間の進駐を見越しているだろう。夜3時…最も夜襲に適した…人間の警戒感が薄れる時間帯に厄介ごとを解決する。」
「そういったことではありません。既に双方ともに犠牲者が出ています。もしも英国と戦争になれば…」
「その点も英国のおかげで予定よりも早く済んだ。作戦目標を完遂することに成功すれば同胞主導により休戦が成立する。その間までの戦闘だ。」
「しかし…」
「すでに作戦は開始されている。まさに出来レースの戦闘だ。わからぬのは前線でだれが犠牲になるかだけだ。」
マルマラ湖北岸 英国軍陣地 AM02:30
闇にうごめく影。数はわからない。英国軍歩哨は次々と無力化されている。
基本的には窒息による占め落としからの拘束である。その際には多少の薬物(ドラマの描写のように薬だけで落とすことができないが、動きを鈍らせたりすることは可能。) や鈍器、素手による暴行が行われている。だが抵抗をした場合、その限りではない。彼らもボウガンを持っているため、複数人で行動している場合、命の保証はない。
朝になって通信途絶した英国軍陣地に対して少数の英国軍騎兵が偵察に向かって帰らないことがきっかけで彼らは事態を察知することになる。
ドゥミヤート 協商側司令部 AM06:00
「飛行機が出せないだと!!伝令に送った騎兵が返ってこんのにもう一度危険の高い騎兵を送り込めるか!!」
英国軍人が目の前で叫んでいる。
「飛行機は整備状況が悪く、動かせない。」
空軍所属の中島 知久平という若手将校がそれに返答する。
「むしろ英国軍機の支援を求めたいほどだ。そもそもわが軍の航空機は遠く1万海里(誇張) を踏破した挙句、整備設備、整備員の大半はすでにここにはない。ここまで飛べただけでましだ。英軍機は何処にいるか?むしろそれを聞きたいぐらいだ。」
空軍若手将校が肩をすくめる。
会議は水の掛け合い。双方が双方を非難する流れが続く。しかしその喧騒を破るのは走りこんで来た伝令兵。
「緊急入電!!英国陣地がオスマン艦隊から艦砲射撃を受けています。」
それは絶望的な知らせだった。戦艦の主砲は陸軍で運用しているいかなる移動式火砲よりも強力である。しかし、固定式火砲でならば戦艦の主砲以上に強力なものはかつて存在した。
それもそのはず。その砲の多くが戦艦の主砲と同一のものであったからだ。このような固定式火砲は戦前より照準データーを収集しており、艦艇に搭載されている艦砲よりも命中精度がはるかによかった。
しかし、ドレッドノートの就役により、建艦競争が激化。各国はさらに強力な主砲を持つ戦艦の建造を行うことになり作った傍から艦艇は旧式化した。そしてそれは固定式砲も同様。いやさらに悪い。改史では特に戦略機動性のない固定砲台は真っ先に更新工事が後回しにされた。運よく新型に更新された砲台も少数ながら存在するが、ここには存在しない。
「戦力は!!」
参謀が叫ぶ。移動式の陸軍火砲でも旧式の駆逐艦程度ならば打ち合える。
「主力艦だけで巡洋戦艦1、弩級戦艦1、超弩級戦艦2」
全くの絶望だ。陸軍火砲など相手にならぬ相手だ。それをさらに絶望ならしめる情報が含まれていた。
「超弩級が2隻だと⁉エルトゥールル級の2隻はスエズ運河に係留中のはず!!」
英国の依頼で日本が建造し、オスマン帝国に売却された超弩級戦艦エルトゥールル級。設計は英国で建造し、オスマン帝国に売却予定だった超ド級戦艦レシャディエ級。旗艦設備がないことが大きな差異だ。
「戦艦が入れ替えられていたということだ。」
結論はこれだ。作中で戦艦4隻中2隻がオスマン帝国に引き渡されており、残り2隻がスエズ運河北側の港湾都市に抑留された。
「2隻はスエズ運河に駐留されていたはずだ!!」
「奪還された2隻は本国に回航されたのではないのか!!」
英国人が叫ぶ
「すり替えと行動偽造だ。」
日本人がその場を制す。
「アレクサンドリアの艦隊で対抗は可能か?」
「装甲巡洋艦1,駆逐艦数隻です。セルビア支援から引き抜いた主力艦で編成された増援艦隊の巡洋戦艦3、装甲巡洋艦3も向かってきていますが、砲力の関係で戦力比はギリギリです。」
「エルトゥールル級なしだった場合、増援艦隊到着まで何とかできる程度だったはずだった。護衛艦艇を装甲巡洋艦が撃破、こちらの軽装艦艇による魚雷攻撃で撃沈するという策だった…練度を考慮に入れればいい勝負ができる計算だった…だが戦艦4隻ともなると」
状況は最悪。その判断は多くの陸兵を見捨てる判断ともいえる。だが艦艇とその乗員まで失うよりはましだ。
「英国艦隊を後退させるべきであるな…通信兵。装甲巡洋艦『ディフェンス』」に撤退を要請してくれ」
「残念ながら閣下。それはもう遅いと思われます。」
通信兵の顔には絶望が浮かんでいる。通信兵にもその会話が聞こえていたからだ。
「なぜだ?」
撤退を口にした将官が聞く。
「オスマン艦隊編成は連中が水平線のかなたから砲撃しているので陸軍にはわかりません。敵艦隊の編成はすでに接敵している装甲巡洋艦『ディフェンス』から送信されたものです。」
装甲巡洋艦 ディフェンス
「味方駆逐艦の残数4隻!!」
戦局は最悪。次々と主力艦を襲撃、撃沈を担当する駆逐艦が次々と撃沈されている。これは護衛の駆逐艦や軽巡洋艦との砲撃戦に敗れたことを意味している。
作戦ではこのような駆逐艦の脅威になる艦艇を『ディフェンス』が排除する役目だったはずだった。
「至近弾!!浸水を確認。」
「防水作業を急げ!!」
『ディフェンス』のまわるに立ち上がる20本以上の水柱。散布界が広いが、砲撃が来るタイミングに合わせて回避運動をしなければすぐに命中弾を食らいかねない。
「糞!!戦艦3隻が相手とは!!」
これが原因だった。いくら命中精度が悪くとも多数の戦艦が撃ってくれば回避のために進路を変える必要がある。その状態では護衛艦艇への砲撃などまぐれ当たりを期待するしかない。
実際に『ディフェンス』が敵に与えた被害は防護巡洋艦1隻撃沈、1隻の戦線離脱だった。
「副長逃げてもいいんだぞ。」
「速力差もあります。もう逃げられませんな。ハハハ。それにスエズを奪還しなければ子供たちの朝食が3枚でなく1枚になってしまう。」
そのような事態の中でも英国人は絶望していない。
「徹底して軽装艦艇をたたけ。増援艦隊には駆逐艦はいない。駆逐艦に生き残られると面倒だ。」
「各砲個別射撃。回避運動中だから統制射撃なんて無理だ!!撃って撃って撃ちまくれ。」
五月雨式に放たれる砲弾。駆逐艦にとってその砲弾いずれも致命的な破壊力を持っている。
だがそれは『ディフェンス』にとっての敵戦艦の砲弾も同様だった。
「後部に被弾!!」
「弾薬庫を閉鎖しろ!!」
しかし艦を揺らす轟音がそれを無意味な命令とする。
「弾薬庫に引火。」
「注水しろ!!」
「機関室にもダメージあり。速力低下します!!」
状況は悪化している。そして追い打ち。艦橋の目の前が吹き飛んだ。
装甲巡洋艦ディフェンスは史実ではユトランド沖海戦で戦没しています。




