第5章 第1次世界戦争編 D-0002 左翼・・・渡河
ベオグラード 公庁舎 オーストリアハンガリー帝国軍
「ベオグラードの住民に告ぐ。市街地戦になる恐れがある。その場合、命の保証ができない。直ちに避難せよ。」
これも司令部命令であった。それに対し、市長は反発する。
「ベオグラードは無防備中立だ!!それを侵害していてどういうのだ!!我々がベオグラードに逃げてきたのだぞ!!」
「無防備都市宣言には制約がある。軍事的な協力をどちらか一方の勢力になされた場合その限りではない。この都市には中立宣言違反の嫌疑がかけられている。だから攻撃された。」
「そのような事態把握していない」
「把握していなくても事実行われた。」
「何が行われた把握しているのであればなにか公表したうえで侵攻すべきではないのか」
「機密事項だ。私自身何が行われたか把握していない。だが上は把握している。中立違反が行われただから攻めろ。私にはその命令だけで十分だ。」
「公表されない限り、君たちは無防備都市宣言をしたベオグラードに攻め込んだ…すなわち戦時国際法違反であることだけは事実だ。直ちに都市を出てくれないかな」
「このままでは市民に犠牲者が出る恐れがある。一部区画からは強制的に排除させてもらう。これは決定事項だ。」
同刻 ベオグラード市街地
オーストリア=ハンガリー帝国軍の兵士が複数名住宅のドアをけ破る。
「持てるだけの荷物をもって直ちに街を出ろ。この町は戦場になる。死にたくなければ町を出ろ。」
「この町は中立。この町を戦場にすることはできない。」
「中立侵犯があったとのことだ。もう無防備都市という盾はない。巻き込まれたくなければ逃げろ。」
「抵抗も従う気もない」
直後、銃声。住宅の主たる男性の胸に赤い跡が残る。
「隊長!!」
「抵抗されたので殺した。包丁でも握らせておけ」
「キャーーー」
奥から現れた女性
「やれ。」
直後、再び銃声が鳴り響いた。
ベオグラード 第9軍団新司令部
「騎兵師団は直ちに浸透。後方かく乱を実施。襲撃行動を開始せよ。」
この時代、騎兵には戦術的な価値は無となった。機関銃によって作られる弾幕に対しては騎兵など大きな的でしかない。各国は軍から次第に騎兵を排除し始めている。しかし、オーストリア=ハンガリー帝国は騎兵を減らさず、中世的な騎兵主力戦闘に固執している。現場の人間はそれが無謀と知っている。それでも騎兵は縮小されず、今回の作戦でも計59個師団のうち11個師団が騎兵師団である点を考慮に入れればその騎兵偏重主義である点がわかる。
「正面突撃なんて馬鹿しい。」
騎兵の正面突撃は無価値になった。しかし、それ以上に戦略的な価値は重要になった。第1次世界大戦前という近代と前近代のはざまにいる時代だったらなおさらだ。
それこそ、日露戦争時、秋山好古率いる第1騎兵旅団が取った挺身騎兵戦法である。主戦場を迂回、後方に浸透し、補給線など後方の重要拠点に対し、破壊活動を行う。鉄道など狙われれば前線の補給能力を麻痺、正面戦闘を有利に進めることができる。
この後方撹乱に関していえば言えばこの時代騎兵ほど有用な存在はいない。現代ではこの手の作戦に従事する部隊は空中挺身…すなわち航空機からのパラシュート降下を使用し後方に展開する。兵士はその後、自力で破壊工作現場から撤退する。この撤退が最も難しい。破壊すること自体は難しくない。せいぜい輸送機にステルス能力がない機体が多いので現場に行く前に輸送機ごと落とされかねない点だろう。しかし現場での機動性は敵車両を鹵獲、もしくは先行潜入者に要されたものを使用するしかない。
この時代自動車はようやく出たばかり。これを使うとなると目立ち、襲撃される可能性が上がるだけだ。
ならば馬だ。この時代、馬はいまだ交通手段の一翼を担っている。海の上ではいまだに帆船が使用される時代だ。(帆船からの脱却は第1次世界大戦で多くの商船が失われたことがきっかけ) この場合、敵地に飼料を求めることもできる。
だが、この戦法自体すでに多用されている。相手もある程度対策はしていることをどうして察することができなかったのだろうか。
この騎兵隊は重大な損害を出しながらも偵察以上の戦果を残すことはなかった。しかし、セルビア軍司令部からの増援部隊と第1軍右翼から転身してきたセルビア騎兵師団の転進をとらえられたのは大きかった。
セルビア軍予備隊
「正面より民間人の集団を確認」
「先行している偵察用の騎兵隊からの報告にありましたベオグラードからの避難民でしょう。保護しますか?」
「保護すれば進軍に時間がかかり、相手に対応の暇を作らせることになる。おそらくそれがオーストリア軍の狙いでしょう。」
「しかし、放置するわけにはいかん。物資を分けてやれ。本隊はベオグラードに先行する。」
「了解。」
第6軍総司令部
「第2軍挺身騎兵隊からの入電です。敵、予備隊総兵力をベオグラードに向けた模様。」
「ならばわが軍正面には!!」
「予想通りです。いても1~2師団。1個軍団相当。わが軍の半分以下。それは第6軍も同様です。」
「よし。突撃開始。川を越えろ。兵力差で押しつぶせ。」
第5軍総司令部
「渡河資材の河川輸送を開始。完了後直ちに渡河作戦を開始。この戦闘わが軍の手で決めてやれ!!」
セルビア軍 左翼第2軍 司令部。
「敵2個軍進撃を開始。正面の各1個師団戦闘を開始!!」
「戦術予備をすべて吐き出して迎撃!!司令部の戦略予備に増援を要請。」
「司令!!つながりません。」
「なんだと!!」
「電話がつながりません。」
司令官が電話を奪い、耳に当てて怒鳴る。
「糞!!電話線を切られている。伝令兵を呼べ!!総司令部に至急の増援を要請してくれ!!戦術予備は前線に合流させるな。混乱に巻き込まれる。若干後方に陣取って伏兵戦術で敵をたたけ。」
前線
「渡河を狙い、敵に出血を!!」
「糞!!敵の支援砲撃が激しすぎる。頭すら上げられん。」
「誤射の可能性がある距離になれば敵は砲撃を中止する。そのタイミングを見て反撃。温存した機関銃を急いで渡河地点に展開。敵を薙ぎ払え!!」
「了解。」
「それまで決して頭を上げるな!!塹壕から首を出した瞬間爆風に頭を持っていかれるぞ!!」
しばらくして砲撃がやむ。しかし、しばらく動けない。
「どっちなんだこの砲撃の中断は」
戦場は騙しあいの世界だ。先ほども砲撃が1分ほどやんだのを砲撃を砲撃の終了と誤認した兵士が頭や体を出し、吹き飛ばされている。
「敵歩兵距離近い!!」
「急げ機関銃部隊を援護しろ!!」
砲撃ややむのと同時に兵士が塹壕から飛び出して浮橋のほうに走る。
「機関銃兵を守れ応射!!」
双方の銃撃戦が始まる。
「機関銃の輸送を優先しろ」
「銃撃が激しすぎます!!進めば!!」
言い終わる前に兵士が撃ち殺される。
武装だけ言えばオーストリアハンガリー帝国軍に有利だ。彼らの主力小銃はマンリッヒャーM1895という代物だ。これはストレートボルト式ボルトアクションライフルに分類される。この小銃は装填時間が短い。そのために兵力のわりに歩兵火力が強い。
このストレートボルト式ボルトアクションライフルとは銃弾の装填に使われるボルトという部品を引くだけで装填できる仕組みのものである。
他国のライフルが
ボルトを回す→ボルトを引き、次弾装填→ボルトを戻す
という3つの工程を経るのに対し、
ストレートボルト式ボルトアクションライフルは
次弾装填のためにボルトを引く
という1工程で次弾装填ができる。その分射撃に伴う手間が減り、速射できる。そのために戦場で射撃する分には扱いやすく、農繁期に帰郷しなければならないために訓練時間の短いオーストリア=ハンガリー帝国兵にとって有益だったと推測できる。ただその分、整備性、生産性が悪く、汚れに弱く塹壕戦には向かない。そのため史実では1世代旧式で装填機構は他の小銃と変わりないマンリッヒャーM1888を運用する兵士がおよそ3分の2を占めた。改史ではドイツとの関係強化に伴い、弾薬共通化政策が行われた。旧式銃の改良と新規製造を考慮に入れ、新型のマンリッヒャーM1895大量産を選択。結果的に第1次世界大戦前にドイツ製のマウザー7.92mm弾仕様のマンリッヒャーM1895が全兵士にいきわたっている。そのうえ第1次世界大戦の初期の戦いは汚れやすい塹壕戦ではない。十分、その性能を発揮できた。
当然その状況では前線に機関銃陣地を構築することはできない。後方では機関銃陣地敷設について司令部に掛け合う現場指揮官の姿がある。
「橋の目の前に陣地構築するのはもう不可能だ!!もっと機関銃を集めろ少し後方に!!」
「後方では機関銃の数が必要だそんなに機関銃はない!!。そこにしかなけれならん。死守しろ!!」
としか返ってこない。その間にも兵は撃たれ、死者が量産される。
「数じゃない精度で応戦しろ!!戦争しらずの尻の青い若造に思い知らせてやれ!!」
前線ではその命令を待たず安全地帯に機関銃陣地を敷設。歩兵隊は冷静に確実にオーストリアハンガリー兵を殺傷する。冷静になれば2度のバルカン戦争を生き抜いた歴戦のセルビア兵は安定する。バルカン戦争の影響で銃器すら不足しており、戦死した兵から回収した武装で応戦する兵もいる。
兵の質はセルビア、武装はオーストリアハンガリーの部がある。だが数では圧倒的に不利。この戦闘数で押し切られる未来しか見えなかった。




