第5章 第1次世界戦争編 B-0001 タンネンベルクの戦い1
B=東部戦線です。
ドイツ・ロシア国境地帯
当時のドイツおよびオーストリア=ハンガリーとロシアの国境は特徴的である。ロシア、ドイツともに突出部を形成しており、ドイツはバルト海とロシア領にロシアはドイツ領とオーストリア=ハンガリー帝国に挟まれている。史実においてロシアはドイツ突出部を分断すべく正面に第1軍、側面に第2軍を配し侵攻。現地の防衛はドイツ第8軍のみという脆弱性だった。史実おいてここでの戦いはとある一人の軍人とその功績を横取りした軍人たちの活躍にてロシア軍の半数の戦力を奪い、完全にロシア領から撤退させることになる。
では改史はどうなるか今から記述する。
ドイツ軍第8軍司令部 ケーニヒスベルク(現ロシア領 カリーニングラード)
1914年 8月9日
参謀 マックス・ホフマン
「ロシア軍が進撃を開始。ロシア第1・第2軍ともに20万人以上の兵力を有します。第1軍は正面。第2軍は側面からわが軍を包囲する構えです。目標は…ダンヒチ」
ドイツ第8軍に所属する参謀である私、マックス・ホフマンが報告するは第8軍総司令官のマクシミリアン・フォン・プリットヴィッツ上級大将。
「ロシア軍の動員には6週間はかかるはず‼わが軍はデンマークに圧力をかけていた北方軍の来援と同時に動員未完のロシア軍を打破するはずだったはず‼」
史実においても改史においてもドイツの参謀本部はロシア軍が戦闘可能な状態になるのに6週間かかると見積もっていた。史実におけるシュリーフェンプランはその時間差を利用してフランス、ロシアを各個撃破する作戦だ。その6週間という想定はロシアの輸送力のなさに起因している。広大な国土に比して鉄道網は貧弱、鉄道の線路幅が違うので貨物を積み替えなければならないなどの問題があった。
しかし2週間で動員は完了した。
「私はたびたび報告書を提出したはずです。ロシア軍は輸送力の低さに伴う初動の遅さを一部部隊に即応待機させることで補っていたと彼らは開戦直後にある程度の軍を進発できる用意があると。」
ロシアは動員力の低さに対し、常に一部部隊に関して動員状態を維持しておくことで対応したというのだ。これは現代でも北朝鮮が国境沿いに常に大軍を置いているのと同じことなのだ。
「なんだってそれでは常にわが軍は奇襲を受ける危険を抱えていたということか‼」
同時にこのことはプリットヴィッツが指摘するように外交的な問題もはらんでいるのだ。
「開戦と同時に奇襲を受けなかっただけましです。おそらく奴ら防衛するには十分な物資の量を備蓄していたようですが、侵攻するだけの十分な物資の備蓄がなかったのだと思われます。」
「そんなバカな…なぜ…」
「理由を問うている暇はありません。すでに戦域作戦計画は存在しています。すでにロシア第1軍に対しシュタルペーネン(現ネステロフ) にて第1軍団が来援する第17軍団、予備第1軍団とともに遅滞戦闘を実施。ロシア第2軍に対しても第20軍団を防衛に当てます。」
「敵の兵力は40万…おそらく45万…わが軍は15万…敵は3倍…しかも3割(史実では半数)が集結中…」
「司令‼」
「緊急報告‼シュタルペーネン(現ネステロフ) にて第1軍団が独断で交戦を開始しました‼」
「フランソワ大将が!?」
ロシア第1軍
「ドイツ軍1個軍団からの奇襲です‼」
「迎撃‼混乱している部隊を下げろ!!」
「混乱した部隊はもう助からん。ほかの部隊に飛び火しないように少し下げて陣形を整えろ!!」
ロシア第1軍は混乱の一途をたどっている。攻撃する側がいきなり攻撃されたのだ。しかも第1軍団の主軸はドイツ統一時に大きな役割を果たしたプロイセン軍の流れを汲んでいる。
プロイセン軍。すなわちかつての軍神フリードリヒ1世時代から勤勉且つ精強・練兵も十分な兵士たちの集まりである。たった50年前にようやく国家による意図的な文盲状態に置かれていた農奴を解放した(しかも農奴解放ののちも文盲を促進する政策が実施されていた時期がある。)ロシアと比較して兵隊の質は圧倒的に良い。さらにロシアには農奴時代から続く身分的対立もあった。こんな状況下では積極的な戦意を見せることはできない。
優秀なドイツ兵が戦意の低いロシア兵の虚を突き、混乱をさらに拡大させる。
「方陣だ!!着剣して方陣を組め」
「機関銃陣地の展開を急げ!!」
防衛に有効な陣形の一つである方陣に陣形変えようとするが動かない敵などただの的。第1軍所属兵が被弾しにくい伏射(横になって打つ) に就て一人ずつ狙撃、陣形が崩れてゆく。さらには足並みがそろわない部隊が戦線に穴をあけることになり、そこを突かれるかたちになる。
「糞。兵が撃たれている。敵を包囲して殲滅しろ!!」
「陣形転換中につきこれ以上の命令は混乱を増大させるだけです。」
「司令。撤退を具申します。」
「撤退だと第2軍の手前もあるそんなことは」
「第2軍がいるからこそ撤退が有効です。ここに敵軍がいるということは第2軍はいまだ敵との交戦状態にないはずです。ならば確認いたしましょうか?」
参謀の一人が司令官に意見を言う。
「君の意見に賛同する。第2軍はおそらく前進している。ならば敵の誘引を兼ねて若干後退する。むろん備えは十分にしろ。二度とこのようなことを起こすな。」
「はッ」
1914年 8月10日 ケーニヒスベルク司令部
参謀 マックス・ホフマン
「第1軍団が第1軍を撃破した!?」
司令官は報告に驚く。ロシア第1軍20万以上に対し、第1軍は2万にも満たない。
「司令、おそらく先鋒の一部を撃破だけにすぎないと思われます。これでロシア第1軍が慎重な戦術を使うようになります。これで第1軍の隙を伺うことは困難になりました。こんなところでカードを使いたくなかったのに…。」
慎重論を唱えてみる。この指揮官は
「ならば早急に撤退すべきだ。海軍の要請など無視して」
(しまった利用されてしまった。)
「ですが、撤退する必要はありません。捕虜からの情報では第2軍司令官はパーヴェル・レンネンカンプ大将、第1軍司令官はアレクサンドル・サムソノフ大将この間の仲が悪いとの情報です。十分な連携は取れるか不明です。」
この2名は日露戦争の奉天会戦の際殴り合いのけんかをしたという伝説が残っているが、これは後世の研究で当時、レンネンカンプが入院中だったことから否定されている。だがそのような伝説が残るということはおそらく仲は良くなかったのだろう。
「総兵力は劣っているし、ここを死守すれば第2軍後方に回り込まれ、本国と分断される。そのほうが問題だ。海軍の要請といっても撤退といっても一時的。北方軍の来援までの間。その間にあのくず鉄を奪うことはできん。」
「第20軍団をロシア第2軍に対して遅滞戦闘に当たらせています。時間は稼げます。それこそ撤退せずに持久戦に持ち込めば政治的圧力に投入されている北方方面軍の来援まで持たせれば」
「北方軍は元の作戦計画ではシュリーフェンプランに投入される予定だ。こっちに来るわけないよ。」
改史におけるシュリーフェンプランは開戦と同時に行うものではなかった。北方への中立圧力完了次第、圧力をかけていた陸軍3個軍を早急にベルギー・オランダ方面から進軍させる。北方の脅威を排除して東西に集中する。それが修正を受けたシュリーフェンプランだった。
「現状、フランス正面戦線は動員速度の差を利用して圧倒的優位に進めています。この状況で迂回進撃しても進軍距離が延び、敵に対応する時間を与えてしまうことになります。それに総司令部にはすでに第3軍のオランダ方面への移動を認めているとの情報です。シュリーフェンプランは実行されません。そうなれば残り2個軍の戦力が浮いていることになります。このことに関して作戦意見書を送っています。余っている第1軍をロシア第2軍に当てるように」
「間に合うものか!!」
「間に合わせて見せます!!」
一瞬司令部が固まる。
「独断専行の責任は総司令部が下してくれるだろう。」
マクシミリアン・フォン・プリットヴィッツ上級大将は踵を返す。そして部屋を出る。すでに私が命令を出している。それは独断専行だ。その責任は私が取ろう。このクズが指揮するよりもマシだ。それに…すでに対策はしているからな。
「敵より怖いのは無能な味方か…。」
ドアが閉まったと同時にそのようにつぶやくしかなかった。
第1軍団 司令部
「撤退だと!?」
ヘルマン・フォン・フランソワ大将が吠えている。
「司令部のホフマン中佐からの命令です。後方のグンビネンまで撤退し、第17軍、予備第1軍と合流し、第1軍を撃破せよとのことです。」
「わが軍は先日の戦闘で勝利、敵の進軍を食い止めた。我々は勝利したのだ。」
「司令部は敵戦力を20万以上とみています。わが軍は2万以下。戦力比10倍。後方に下がり、他軍と共同で当たれば10万人これなら2倍。その間に本国からの増援を」
「司令部は我々が時間を稼いでいる間に撤退すればいい。避難民を連れて。そのあと取り返せばいいものを。」
「では…」
「だがここでわが軍が全滅するのは避けなければならない。グンビネンまで撤退せよ。」
「了解。」
非常事態宣言解除に付き、投稿ペースを元に戻します。月1~2(確実に投稿するのは月末金曜日)程度を予定しています。再発しないことを祈ります。




