殿下は私との婚約は破棄して、妹と婚約したいと仰るのですね、承知いたしました
「ジェイミー、今この時をもって、君との婚約を破棄する!」
「「「――!!」」」
国中の貴族が一堂に会する煌びやかな夜会の最中。
第二王子であるルーサーの婚約破棄宣言が、高らかに響き渡った。
「……どういうことでしょうか、ルーサー殿下」
だが、ルーサーの婚約者である公爵令嬢のジェイミーは、眉一つ動かさず、真っ直ぐルーサーを見据えている。
「どうもこうも、そのままの意味さ! よく考えたけど、やっぱり君みたいなつまらない女は、僕の婚約者には相応しくないと判断した。――今日から僕は、君の妹である、ジェーンと婚約するよ」
「……それは、正式な告知と判断してよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ! 何があろうと、僕の意思は揺るがない!」
「――承知いたしました。この婚約破棄、謹んでお受けいたします」
実に洗練された、流麗なカーテシーを披露するジェイミー。
――その時だった。
「お、お待ちください殿下ッ!」
ジェイミーの父であるブラックウェル公爵が、まるで幽霊でも見たような青ざめた顔で、ルーサーの前に立つ。
「……何だ? 卿がどれだけ抗議しようと、この決定は覆らんぞ。ブラックウェル家としても、僕の婚約相手がジェイミーからジェーンに代わるだけなのだから、大した支障はあるまい」
「い、いえ、その、殿下の仰るジェーンというのは誰のことなのですか?」
「…………は?」
一瞬ブラックウェル公爵の言った意味がわからず、何とも間の抜けた顔を晒すルーサー。
「い、いやいやいや、ジェーンだよジェーン! ジェイミーの双子の妹の、ジェーンのことだよ!」
「…………ジェイミーには妹はおりません」
「……何!?」
「我が家の娘はジェイミーだけでございます。殿下は誰かと勘違いしてらっしゃるのではないでしょうか?」
「そ、そんなバカな……!」
思わずジェイミーのほうを向くルーサー。
そんなルーサーのことを、ジェイミーは感情の読めない碧い瞳でじっと見つめていた。
――まさか!
――あれは、ルーサーとジェイミーが顔合わせをした、昨日のこと。
「お初にお目にかかります、ルーサー殿下。ジェイミー・ブラックウェルでございます」
「――!」
ブラックウェル邸の応接間で対面したジェイミーは、実に洗練された流麗なカーテシーをルーサーに披露した。
ジェイミーはまるで、絵画に描かれている天使みたいに美しかった。
流れるような金糸の髪に、宝石みたいな碧い瞳。
……だが、その表情からは人間らしい感情が一切読み取れず、ビスクドールと会話をしているようで、何とも不気味だった。
こんな女と、生涯を共にしなくてはいけないのか――。
そう考えると、ルーサーの胃はズグンと重くなった。
「あ、うん……」
「……」
曖昧な返事をするルーサーを、ジェイミーは碧い瞳でじっと見つめていた――。
その後は、二人だけで親睦を深めるためにと、中庭の東屋で茶会を開くことになった。
――だが、ルーサーが話し掛けてもジェイミーは「ええ」とか「そうですね」といった空虚な返事しかせず、段々とイライラが募ってきたルーサーは、とっておきの鉄板トークを披露することにした。
「そういえばさ、この前凄く面白いことがあったんだよ!」
「……それはいったいどのような?」
よしよし、食いついたな――!
内心ほくそ笑むルーサー。
「僕が市場を歩いていたら、目の前を二人の仲が良さそうな浮浪児が通りかかったから、僕はその二人にこう言ったんだ。『今すぐお前たち二人で殴り合いをして、勝ったほうにこの指輪をやるぞ』ってね」
ルーサーは左手の人差し指に嵌めている、純金の指輪をジェイミーに見せる。
「……それで、どうなったのでしょうか?」
「――!」
この時ジェイミーの顔に、初めて人間らしい感情が一瞬だけ見えたような気がした。
ふふふ、やはりこのトークは鉄板だな!
「ああ、そしたら二人は目の色を変えて殴り合いを始めてさ! いやあ、あれは傑作だったな。所詮浮浪児の友情なんて、目の前に大金をチラつかせたら、途端に瓦解する程度のものだったってことさ」
「……どちらが勝ったのですか?」
「ん? さあ? 何せ二人とも瘦せぎすで筋肉がないもんだから、一向に決着がつかなくてさ。途中で飽きて帰ったから。まあ、どの道どっちが勝ってても、小汚い浮浪児なんかに僕のこの大事な指輪をくれてやるつもりはなかったけどね」
ルーサーは左手の指輪をそっと撫でる。
「……左様でごさいますか」
「……!?」
が、せっかく自分が鉄板トークを披露したにもかかわらず、ジェイミーのリアクションは何とも淡泊なものだった。
――チッ、何て面白味のない女なんだ。
ルーサーは深い溜め息を吐いた。
「……申し訳ございません。私は少し気分が優れませんので、30分だけ部屋で休ませていただきます」
「え?」
「失礼いたします」
「オ、オイ!?」
そう言うなりジェイミーは東屋にルーサーを置き去りにしたまま、スタスタと母屋のほうに歩いて行ってしまった。
――なっ!?
多少気分が悪いからといって、第二王子である自分を放置するとは!?
「クソがッ!」
ルーサーがテーブルを思い切り叩くと、ティーカップが耳障りな音を立てながら、中の紅茶を撒き散らした――。
「――あっ、ルーサー様!」
「……?」
が、程なくして、鈴を転がすような声が、ルーサーの鼓膜を震わせた。
顔を上げると、そこにはジェイミーに瓜二つの女が立っていた。
だが、その女はジェイミーと違ってニコニコと屈託のない笑顔を浮かべており、着ている服もやたら露出の多いものだった。
――だ、誰だこの女は!?
ルーサーの胸が、トクンと高鳴る。
「あっ、申し遅れました! 私はジェイミーお姉様の双子の妹の、ジェーンといいます!」
「双子……!?」
なるほど、それならこれだけ似ているのも納得だ。
……だが、ジェイミーに双子の妹がいるなどという話は、聞いたことがなかったが?
「ジェイミーお姉様は体調が悪いそうなので、私が代わりにルーサー様のご奉仕係に任命されました!」
ジェーンはビシッと、敬礼のポーズを取った。
ご奉仕……係……!
「お隣よろしいですかぁ?」
「――!」
そう言うなりジェーンはルーサーの許可も待たずに隣に座り、これでもかとルーサーに身体を密着させてきた。
若い女性の柔らかい肉の感触が、ルーサーの半身を襲う――!
――ぬ、ぬおおおおおおお!?!?
王子であるルーサーにこんなに馴れ馴れしく接触してきた女は今までいなかったので、あまりに新鮮な体験に、ルーサーの全身の細胞が歓喜で打ち震えている――!
「わあ、ルーサー様のお身体、凄く鍛えてらっしゃるんですね! 惚れ惚れしちゃいます」
「っ!」
今度はベタベタとルーサーの腕や胸回りを触ってくるジェーン。
――ふ、ふおおおおおおお!?!?
ルーサーは特に身体を鍛えているつもりはなかったが、女であるジェーンからしたら、それでも逞しく感じたのかもしれない。
人懐っこい子猫みたいで、実に可愛げがある。
同じ顔を持つ双子でも、ここまで違うものなのだな――。
――こうしてジェーンと二人の時間は、非常に充実したものとなった。
宴もたけなわとなったところで、ここぞとばかりにルーサーは例の鉄板トークを披露した。
「でさ、そしたら二人は目の色を変えて殴り合いを始めてさ! あれは傑作だったよ! 所詮浮浪児の友情なんて、目の前に大金をチラつかせたら、途端に瓦解する程度のものだったってことなんだよ」
「アハハハハ! それはホント笑っちゃいますね! 流石はルーサー様です!」
「――!」
ジェーンは心底楽しそうに、腹を抱えて笑っている。
オオ!
やはりこのトークは鉄板だったんだ!
ジェイミーの感性が死んでるだけだったんだな!
――この瞬間、ルーサーの胸に、ある決心が宿った。
「ねえ、ジェーン」
「はい?」
ジェーンは小首をかしげながら、キョトンとしている。
そんな仕草も、何とも愛らしい。
「僕はやっぱり、結婚するならジェイミーじゃなくて、君のほうがいいな」
「――!」
ジェーンの宝石みたいな碧い瞳が、キラリと輝いた。
「私もです! じ、実はずっと前から、ルーサー様のことを、密かにお慕いしていたのです……」
「そ、そうだったのかい!?」
頬をほんのり桃色に染めながら、ルーサーの手をギュッと握ってくるジェーン。
――オオ、だからこんなに積極的に、自分に絡んできたのか!
王子という高貴な存在でありながら、何故か今まで女性からは一度も好意を向けられた経験がなかったルーサーの自己肯定感は、最高潮に達していた。
「そうとなったらもう決まりだ! ジェイミーとの婚約は破棄して、僕は君と婚約するよ、ジェーン!」
「ほ、本当ですかルーサー様!」
「ああ、ブラックウェル家としても、僕の婚約相手が君に代わる分には、大して問題もないだろう?」
「はい、そうですね! わあい、私、嬉しいです、ルーサー様!」
「ハハハハハ」
ガバリと抱きついてきたジェーンの頭を、よしよしと撫でるルーサー。
「早速明日の夜会で、公衆の面前で婚約破棄を宣言するよ! そうなれば、もう誰も僕とジェイミーの婚約破棄をなかったことにはできないからね!」
「やったあ! 私は明日の夜会は、ちょっと用事があって出席はできないんですが、吉報を待ってますね!」
あ、そうなのか……。
できればジェーンにも、自分の雄姿を見てもらいたかったのだが。
まあいい。
それは結婚してから、ゆっくり見せていけばいい話だ。
「じゃあ、そろそろジェイミーお姉様が戻って来る頃だと思うんで、私は退散しますね! お姉様にこの場を見られたら、都合が悪いですし」
「あ、そうだね」
ジェーンとの別れは名残惜しかったが、今日のところは致し方ないか。
満面の笑みでブンブン手を振りながら去って行くジェーンを、ルーサーは目を細めながら見送った。
「……大変お待たせして、申し訳ございませんでした」
「……!」
程なくして、ジェイミーが戻って来た。
顔こそ同じだが、その表情はジェーンと比べると何とも無機質で、まったく胸が躍らない。
――やはりこの女は、王子である自分の婚約者には相応しくない。
ルーサーは改めて、ジェイミーとの婚約の破棄を心に誓った。
「いや、別に構わないさ。君の可愛い妹の、ジェーンが僕の相手をしてくれていたからね」
「……左様でございますか」
「……?」
この時、一瞬だけジェイミーが笑ったような気がしたのだが、そんなはずはないかと、ルーサーは首を振った。
――そして満を持して今夜、ジェーンとの約束通り堂々と婚約破棄を宣言したルーサーだったが、ブラックウェル公爵のジェーンなどという娘は存在しないという発言を聞いて、目の前が真っ暗になった。
――まさか!
「ジェイミー、貴様、この僕を騙したのだなッ!?」
「はて? 何のことでしょうか? どこにそんな証拠が?」
小首をかしげながら、キョトンとするジェイミー。
――その仕草は、昨日のジェーンとまったく同じだった。
――くっ!!
「イイ度胸だなッ!? 王子である僕をここまで虚仮にして、タダで済むと思うなよッ!!」
「それはこちらの台詞だ、ルーサーよ」
「っ!?」
その時、ここまで事の成り行きを静観していた国王が、おもむろに口を開いた。
「ち、父上……!?」
「お前にはつくづく呆れたぞルーサー。前々から浅慮な男だとは思っていたが、まさかここまでだったとは。――どんな理由があろうと、王家が決めた婚約を勝手に破棄するなど、許されざる大罪だ」
「――!?」
国王のルーサーを見る目は、とても実の息子に向けているとは思えないほど、冷たいものだった。
この瞬間、ルーサーは今日までの色とりどりに光り輝いていた目の前の景色が、真っ黒に塗り潰されたような感覚に陥った。
とても立っていられないほど、足がガクガクと震えている。
「お、お待ちください父上ッ! あくまで僕は被害者なのです! 僕はこの女狐に、騙されただけなのですッ!」
「だったら何だ? 仮にそうだとして、そんな簡単に騙されるような頭の軽い人間に、人の上に立つ資格はない。――貴様はこの時をもって廃嫡のうえ、王家から追放処分とする」
「そ、そんなッ!? どうかお考え直しください! 父上ぇ!!」」
「――連れて行け」
「「「ハッ」」」
国王の指示で、兵士に取り押さえられるルーサー。
「なっ!? は、放さないかッ!! 僕は王子だぞッ!!」
子どものように喚きながら、会場から連れ出されるルーサー。
後には鉛のような、重たい空気だけが残った――。
「……ふぅ」
会場の中庭で一人、夜空に浮かぶ妖しい満月を見上げるジェイミー。
その顔には、僅かな安堵が滲んでいた。
「――ジェイミー」
「――!」
その時だった。
ジェイミーの名を呼ぶ優しい声がしたので振り返ると、そこにはルーサーと瓜二つの男が佇んでいた。
――だが、この男はルーサーではない。
ルーサーの双子の弟である、第三王子のルシアンだった。
「ルシアン様!」
パアッと顔をほころばせながら、ルシアンに駆け寄るジェイミー。
「まったく、君はまた、無茶をして」
「うふふ、何のことでしょうか? 私は何もしていないのに、何故かルーサー様に婚約を破棄されてしまったのですわ」
「まあ、そういうことにしておくよ」
ルシアンの包み込むような甘い笑顔に、胸が高鳴るジェイミー。
――ジェイミーの頭にルシアンと初めて出会った、一年前の記憶がよぎる。
「……ふぅ」
その日ジェイミーは夜会の会場の中庭で一人、夜空に浮かぶ妖しい満月を見上げていた。
生まれて初めて出席した夜会は、貴族たちの見栄と野心が渦巻く、何とも息苦しい空間だった。
元来人の悪意に敏感なジェイミーはその場の空気に耐えきれず、休憩がてら、中庭に逃げて来たのだった。
「おや、先客がいたか」
「――!」
その時だった。
花を撫でるような声がしたので振り返ると、そこには思わず目を見張るほどの、美しい男が立っていた。
こ、このお方は――!
「あっ、これはルシアン殿下! わたくしはブラックウェル公爵家の長女、ジェイミーと申します」
咄嗟に長年研鑽を積んできたカーテシーを披露するジェイミー。
ルシアンとは初対面だったジェイミーだが、以前式典で、一度だけ遠目でルシアンを見掛けたことはあった。
そのとても同じ人間とは思えない神々しいオーラに、思わず手を合わせてしまったのを今でも覚えている。
ルシアンの隣に立っていた双子の兄であるルーサーには、ほとんど同じ顔にもかかわらず、何故かまったく威厳は感じなかったが。
「ふふ、そう畏まらないでよ。もしかして君も僕と同じく、あの場の空気が耐えられなくて逃げて来たのかな?」
「……!」
ニッコリと微笑むルシアン。
まさかこのお方、も……!?
何と言っていいものかわからず、無言でアタフタするジェイミー。
「うん、よくわかるよ。僕もあの空気は好きじゃない。みんながみんな見栄を張り合って、相手を出し抜くことしか考えていない。あれがこの国を背負っている人間たちの姿かと思うと、つくづく嫌気が差すよ」
「――!」
まさか第三王子ともあろう高貴な立場の人間が、自分と同じ考えを持っていたとは――!
ジェイミーは敵だらけの戦場で、たった一人の味方を見付けたかのような気持ちになった。
「あ、はい、実は私も……、あの空気は苦手で……」
頬を染めながら、ボソッとそう告白するジェイミー。
「ふふ、やっぱり。僕たち気が合うね。よかったら二人で、暫くここでお喋りしないかい?」
「あ、はい! 喜んで!」
こうしてジェイミーの初めての夜会は、ルシアンのお陰で大層華やいだものとなったのである。
――この日以来、夜会のたびにジェイミーとルシアンは、こっそり中庭で二人だけの時間を育んでいった。
そんな月日を重ねていくうちに、いつしかジェイミーの心の中は、ルシアンのことだけでいっぱいになっていった。
――そんなある日のことだった。
「ジェイミー、お前の婚約者が決まったぞ」
「――!」
父からの不意の一言で、ジェイミーの身体はカッと熱くなった。
仮にも公爵家の令嬢である自分の婚約者となれば、相当高い身分の人間しか考えられない。
よもや、ルシアンが――!
「お、お相手は、どなたでしょうか」
「うん、ルーサー殿下だ」
「――!!」
この時の衝撃を、今でもジェイミーは覚えている。
目の前に落ちてきた宝箱を開けたら、中から化け物が出てきたかのようなおぞましい感覚――。
――よりにもよって、あのルーサーだなんて。
聡明と名高いルシアンと相反して、ルーサーからは専ら悪い噂しか聞いたことがなかった。
つい先日などは、大金をチラつかせて、仲の良い浮浪児二人に殴り合いをさせたとか。
その話を聞いた時は、思わず吐き気を催したほどだ。
――そんな人間と、自分は生涯を共にしなければいけないのか。
「……ジェイミー、お前の気持ちはわかるが、これはもう決まったことなんだ。どうか我慢してくれ」
「……!」
ジェイミーの内心を察した父が、苦虫を嚙み潰したような顔でそう言う。
……確かに貴族の娘としては、こんな絶望的な状況も、甘んじて受け入れるべきなのかもしれない。
――だが、ジェイミーは黙ってこのまま地獄に落ちるつもりはなかった。
これが自分に課せられた運命だというなら、そんなもの無理矢理にでも捻じ曲げてやる――。
――この日からジェイミーは心に黒い炎を宿しながら、ルーサーとの顔合わせの日を待った。
――そして訪れた運命の日。
初めて言葉を交わしたルーサーは、思っていた以上に腐った男だった。
特に浮浪児二人に殴り合いをさせたことを嬉々として話すその様は、悪魔を目の前にしているかのような錯覚に陥ったほどだ。
――やはりこの人間とは、とても共に人生を歩めそうにない。
それどころか、王族として人の上に立たせておくのさえ看過できない。
――この瞬間、ほんの僅かだけあったジェイミーの後ろめたさは、完全に霧散した。
「……申し訳ございません。私は少し気分が優れませんので、30分だけ部屋で休ませていただきます」
「え?」
「失礼いたします」
「オ、オイ!?」
そう言うなりジェイミーはルーサーを置き去りにしたまま、一度も振り返らず自室へと戻った。
そしてあらかじめ用意していたふしだらな服に着替え、鏡の前で最後の笑顔の練習をしてから、再びルーサーの前に現れたのであった。
「――あっ、ルーサー様!」
「……?」
「あっ、申し遅れました! 私はジェイミーお姉様の双子の妹の、ジェーンといいます!」
「双子……!?」
こうしてジェイミーは見事、悪魔の排除に成功したのであった。
まさかここまで上手くいくとは思っていなかったが、それだけルーサーがバカだったということなのだろう。
ある意味嬉しい誤算だった。
「ルーサーが急に婚約破棄宣言をした瞬間、ピンときたよ。これはジェイミーが一計を案じたんだろうってね」
「うふふ」
ジェイミーは肯定も否定もせず微笑むだけだったが、それだけでルシアンは全てを理解したらしい。
そんな聡いところも、ルシアンの魅力の一つだ。
「……ごめんよジェイミー。僕がなかなか勇気を出せなかったばかりに」
「――!」
途端、火傷するほどに情熱的な瞳を向けながら、ジェイミーの両肩に手を置くルシアン。
ルシアンに触られている箇所が、急激に熱を帯びる――。
「でも、こうなった以上、僕も覚悟を決めるよ。――僕から父上に直談判して、僕の婚約者には、君を推薦する」
「ル、ルシアン様……!」
ジェイミーの視界が、水の膜で歪む。
「……愛しているよ、ジェイミー。どうか僕と、生涯を共に歩んでくれないかな」
「――はい、喜んで。私もルシアン様を、愛しておりますわ」
「ふふ」
「うふふ」
頬を染めながら微笑み合う二人のことを、満月だけが見ていた――。
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