くま 第1話
高校時代の仲間との一泊旅行に、急な欠員が出て、その穴埋めに、ぜひ娘も一緒に連れて来て、と、むしろせがまれてしまった。というのも、旦那も同級生だったりするからで、肴にはもってこいというわけらしい。ちなみに旦那は不参加、せっせと食い扶持を稼いでいる。
旅館に着いたのは、私たちが最後で、三人の友人が迎えてくれる。
今日の幹事でもある瀬戸内渉君、千葉暁君、そして、あきちゃんこと安芸詩織。
来られなかった杉浦隼人君と宿六を含めて、かつての部活の仲間だ。
懐かしい顔ぶれのはずだけれど、気のいい彼らは、小さな子供を放っておくことができないようで、さっそく娘は皆にかまわれている。
「こんにちは、さくらちゃん、お母さんの友達で、あきちゃんっていうの、仲良くしてくれる?」
こくん、とうなずく娘に、おじさん達とも仲良くして、とアピールしている。いちいちうなずく娘を見て、三人とも嬉しそう。とりあえず、スペシャルゲストの面目は躍如の様である。
「わぁ、かわいいクマちゃんね、友達なの?」
「うん。」
「このまえ娘にプレゼントしたら、たいそうお気に召したようで片時も手放さないの。」
「そっかそっか、良かったね、さくらちゃん。」
「そのクマさんに名前は付いているのかい?」
すると黙ってしまった娘に、瀬戸内君が視線で救助を求めてきた。
「私たちにも名前を教えてくれないの。」
「あら、内緒なのね。」
「どうする、好きな子の名前を付けているのかもしれないぞ。」
嬉しそうに言う千葉君に。
「実は私も同じことを言ったものだから、しつこく聞き出そうとして、お父さん、今ちょっと嫌われているのよね。」
「しょうがないな遠山は。」
「そうかあ、同じ轍は踏まないようにしないと。」
ひとしきり話をしたところで。
「そろそろチェックインをしてくるよ。二人部屋と三人部屋を一つずつ予約してあるから。」
幹事の瀬戸内くんが言った。
「よーし、さくらちゃんとお母さんは、私と同じ部屋でお泊りするよ。一緒にお風呂にもいこうね。」
さらに、こちらに向かって。
「みずほ、今夜は寝かさないよ。」
「はいはい、楽しそうで何よりです。」
ほどなく瀬戸内君が仲居さんを伴って戻ってきて、それぞれの部屋へと案内された。
ここは瀬戸内君の定宿でもあるらしい。部屋番号に旧暦の月の名前が使われていて、私たちの部屋は卯月、男性陣は皐月となっていた。12月がどうなっているのかちょっと気になってしまう。
中は和室の八畳間、けっこう広くてくつろげそう。長方形のテーブル、座椅子と座布団、茶器の入った丸い桶に、電気ポットなのがちょっとうれしい。テレビがあって、冷蔵庫があって、もちろん窓辺には小さなテーブルと椅子、スタンダードでとてもよろしい。
飾ってある絵に、なんで菖蒲なんだろう、と、ちょっと首をかしげてみたりもしてみる。
「さくらちゃん、お菓子あるよ。」
そうそう、御着きのお菓子もお楽しみ。お土産候補でもあるから、部屋のチェックの後で、私もしっかり吟味しないと。
「おいしい?」
「うん。」
「良かったらもう一つ食べる?」
もーこのやりとり、二人ともかわいいなぁ。
備え付けのクローゼットを見たら、人数分の浴衣があり、子供丈も用意されている。
先に娘の着付けをし、私が浴衣に着替えているあいだ、あきちゃんは、かわいい、かわいいと娘の浴衣姿を写真に収めていた。
「あきちゃん、なんか初孫ができたみたいになってる。」
「みずほみたいに小憎らしいことをいう娘はいりません、さくらちゃんだけもらう。」
「個別でのお取引は致しかねます。」
「さくらちゃんどうする?、かわいそうだからお母さんも一緒にもらってあげようか?」
きかれた娘は、こくんとうなずいている。
あらま、母子ともどもドナドナされちゃった。
この後の予定は、7時の夕食まで自由という事になっている。
私達は、温泉に行ってみることにした。
事件が起きたのは、お風呂上がりの脱衣所でのことだ。
かごの中で待っていたクマが、いつの間にかフォーマルな装いへと変わっていた。
シルクハットとモノクル、それにマントのおまけつきで…
その上、メッセージカードが添えられていた。
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~挑戦状~
本日の余興に、ささやかなミステリーを供したく存じます。
二枚目の挑戦状が、レディ達にふさわしい場所に隠されておりますので、まずはそれをお探しください。
なお、挑戦いただけない場合は、ご主人様のハートを私が頂戴いたしますので、あしからずご了承ください。
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だって。
「…ねえ、みずほ。」
「なに。」
「クマが女湯で犯罪者になったよ。」
「その言い回しは、やめたげて!」
次回は、『くま 第2話』です。
明日、更新です。




