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宗教の人
若い方はご存じないと思うのですが、その昔、道行く人に、誰彼かまわず、声をかけまくるという活動の宗教がはやっていたことがありました。
これは、そういう頃の話です。
「あなたは、見えないものを信じられますか?」
突然そんなことを切り出したので、怪訝そうな顔をしている。
本来、眼鏡のかわいい編集者との打ち合わせは、私の楽しみの一つだ。
思わず笑みがこぼれる。
とたんに、彼女のまなじりが険しくなったので、慌てて右手をふって緩んだ口元を隠した。
「いえ、先ほど道端でそうたずねられましてね。」
いいながら、抱えた書類入れに視線をうつす。
「それで、こう答えました。」
「私は、まっさらな原稿用紙が好きです。それに文章がつづられていくところを想像しただけで楽しくなります。だから私の原稿用紙は、白いままです。」
「見えないものを信じるというのは、そういうことだと思いませんか?」
それだけいうと、様子をうかがいつつ返事を待つ。
「それで・・・」
予想通りの反応に、予想外の言葉が続いた。
「その娘は、さぞ可愛かったのでしょうね。」




