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お昼ごはん

 昼食に間に合うよう、エレナは急いで調理に取りかかった。手始めに、昨夜おいしかった鳥肉を焼こうかとルイに出してもらう。既に羽根などはきれいに取り除かれているので、生きている姿は想像できない。


「これは何ていう鳥なんですか?」

「サナ鳥です。鶏に比べて臭みがなく、旨みの濃い高級な鳥です」

「そうなんですね」


 聞いたことがない鳥だが、鶏の上位互換だとエレナは感じていた。シンプルに塩コショウをし、オーブンを探した。オーブンの外観は前面が金属であるだけで、あとはエレナの知っているものと大差ない。ただしボタンなどはなかった。


「このオーブンは……」

「魔力を込めて使います。エレナ様は魔力が扱えないと聞いてますので、僕が代わりにやりますね」


 ルイがオーブンに繋がっているクリスタルのようなものに手を当てた。すぐに光りが灯り、赤く周囲を照らした。


「そうでした!私は魔力が使えないから、まともな料理人になれないかも」


 この世界で生きていく限り、不便は付きまとう。エレナは青ざめた。


「大丈夫ですよ。エレナ様。人に頼めば良いだけです。稀に、生まれつきそういう人もいます」

「ほ、本当に?」

「多分、大丈夫ですよ」


 ルイはあまり気のない返事をした。


「それより高級食材のサナ鳥を、焼き鳥みたいな庶民の料理にしちゃってるから、僕はそっちが心配です」

「おいしいじゃないですか、焼き鳥。やっぱりあるんですね?」

「あまり焦げ目のついた肉を、ご主人様にお出しするものじゃないですよ、少々までですよ!」

「いいじゃないですか、許可はもらっています」


 エレナは思いっきり香ばしく鳥肉を焼くつもりである。焼く間に、エレナは食品庫を詳しく見せてもらった。


 やはり魔力で動く冷蔵室があり、新鮮な肉、魚介、野菜が収納されている。牛乳やバター、チーズなどもあった。


「どこかで牛を育ててお乳を絞っているんですよね?」


 エレナの質問に、ルイは眉をひそめた。何を当たり前のことを、という顔である。


「そうですよ。公爵家専用の牧場があり、新鮮なものがワープ装置を使用して届けられます」

「そ、そんな便利なものが?」


 魔法だって正直まだ信じられないのに、ワープ装置まであるのか、とエレナは目を見開いた。ルイがなぜか悲しそうな顔をした。


「異世界から来た先々代の王妃様……つまりご主人様の祖母に当たる方が開発してくれました」

「あ、聞いています。王妃になったのですね、その方」


 ダビドから、祖母が異世界人だとは聞いていた。しかし王様に見初められて王妃になったのかとその度胸に感心する。


「はい。王妃様は魔力はありませんでしたが、この国に数え切れない貢献を与えて下さったのです。ワープ装置もそのひとつです。でも、ワープ装置はこの世界の、ある場所とある場所を繋ぐだけのもの。結局、王妃様が元の世界に戻る手段は最後まで見つからなかったのですから、かわいそうですよね」

「あ……」


 エレナは言葉を失う。元の世界に帰る手段がない、と突きつけられてしまったのだ。目の前の問題――ダビドに夢中でよく考えていなかったが、エレナもまた、この世界に骨を埋める覚悟を決めなければいけないらしい。


 ルイが眉を下げ、申し訳なさそうにする。


「ごめんなさい、知らなかったですか?」

「知らなかったけど、私はあまり帰りたくないので、大丈夫です」


 安心させるべく、笑顔を作った。エレナには、どうしても帰らなければいけない理由はない。料理をして、おいしく食べられればそれでいいのだ。


 何とか昼食の時間までに完成したのは、サテ鳥のパテのサンドイッチと、チーズスフレである。


 こんがり香ばしく焼いたサテ鳥は、そのまま出すことは却下とされたし、ダビドも抵抗があるかもしれないと、パテにした。

 みじん切りにした後に擂り潰し、裏漉しをして滑らかな口当たりになるよう生クリームも加え、アクセントに黒コショウ、レーズン、煮詰めたバルサミコ酢を加えている。


 パンはいわゆる食パンのような四角いパンがなかったので、大きな丸パンを贅沢に成形して切った。端はパン粉にして、明日にでも使う予定だ。


 チーズスフレはブルーチーズなど数種類のチーズを混ぜ合わせ、塩味のものだ。すぐしぼんでしまうので、かけて誤魔化せるようキノコのクリームソースを添えた。


 料理を一目見たダビドは、興味深げに金色の瞳を大きくする。


「エレナは本当に料理人だったんだな。おいしそうだ」

「嘘ついてもしょうがないじゃないですか!」


 エレナも横に座り、同じものを食べる予定ではいる。だがダビドの感想が気になって堪らず、口をつけられない。試食しているから、どうせ味はわかっているのだが、どう受け止められるか心配だった。少し冒険し過ぎたかもしれない。



 ダビドがまずサンドイッチを一口齧り、口元を綻ばせる。


「こんな味は初めてだ。おいしい。香ばしく、クセになる感じだな」

「よ、良かったです!」

「いや、これは……」


 ダビドが扉の方向を気にしてエレナに手招きするので、軽く耳を寄せた。


「扉の向こうでルイが聞き耳を立ててはいないよな?」

「ええ」

「ものすごくおいしい。食材はここにあった、普段通りのものだろう?エレナは若いのに大した腕前だ」

「あ、あはは、誉めすぎですよ」


 面映ゆい気持ちで、エレナは自分の分を食べ始めた。何度も味見したが、塩味、食感、鼻に抜ける風味をもう一度確認する。こんなに誉められるなら、もっともっともっと手をかけても良かったかもしれない。


 チーズスフレの泡のような食感にも、ダビドは驚いてくれた。幸いというか、卵を泡立てて焼くスフレ初体験だったらしい。


「ごちそうさま、作ってくれてありがとう」


 ダビドはあっという間に全て食べ終えてしまった。昼なので軽めにしたが、かなり満足そうである。


「こちらこそ、召し上がって頂けて嬉しいです。それであの、雇って頂けるんですよね?」

「もちろん。こんなに腕のいい料理人に出会えて、私は幸せだよ」


 ホッとエレナは胸を撫で下ろす。どうせ帰れないのなら、ダビドのもとで働いていたい。


「ただ、今までやってくれていたルイに悪いから、昼食だけエレナに担当してもらいたい。やはり料理は重労働だから、その方がエレナの負担も少ないだろう?」

「そうですね」


 全力でエレナは賛成した。ルイを追い出してまで雇ってもらうつもりは、初めからないのだ。彼とは、それなりに協力してやっていけそうである。


(私はこの世界の勝手がわからないし、ルイと一緒に料理談義したら、もっといいものが作れるわ)


 明日は何を作ろうかと、あれこれ想像が膨らんだ。



 ◆◆◆


 数日経つ頃、エレナは『屋敷にいてばかりでは退屈だろう。明日は月に一度の自由市場が立つから見物しないか』とダビドに誘われ、街の中心部にやって来た。


 エレナは、落ち着いたダークブラウンのフロックコートにスカートを合わせた外出用の服を着た。というか、シモーナが張り切って着させてくれた。服は仕立て師が屋敷にやってきて、あれこれと計測されたので順次仕上がってきている。


 ダビドの屋敷で昼食を作るだけの生活で大して必要ないと言っているのだが、以前の生活より遥かに衣裳持ちとなれた。


 市場の近くまでは馬車で移動し、降り立つとすぐににぎやかな喧騒に包まれた。老若男女、さまざまな人でごった返している。


(うーん、私とダビドって、親子に見えるかしら。それとも愛人関係?)


 かなりの長身かつ裕福そうな身なりのダビドは、周囲の視線を集めていた。そうして、横にいるエレナもじっと顔を見られる羽目になる。


 しかもダビドはどういう訳か、色調を同じく茶色に合わせていたので、お揃い風になっていた。


(でも親子には見えないでしょうね、似てなすぎるから)


 エレナは黒髪黒目の、あっさりした顔立ちと自認していた。ダビドは金髪に金色の瞳をした、彫りの深い激しい美形の男性である。歳を取ってはいるものの、なお衰えぬ美貌とたくましい肉体もあって、むしろ希少価値だった。


「欲しいものや気になったものがあれば、何でも遠慮せずに買いなさい。ほら、お小遣いだ」


 ダビドはニコニコしたまま、懐から取り出した皮袋をエレナに渡した。


「あっ、ありがとうございます……」


 複雑な気持ちになりながら、エレナは受け取った。まだ料理人としての給料はもらっていないので、これがこの世界で初めて手に入れた金銭であった。紙幣ではなく硬貨なのだろう、ずしりと重い。


 周囲の人がひそひそと囁きあう。

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