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その後 2

 エレナとリカルドは、馬車に乗り込み広い敷地を移動した。王宮全体の敷地がどれだけあるのか、リカルドに聞くと450リフィだと答えられる。単位がわからず、エレナは唸った。


 しかし、広大なものは単位がわかっても感覚を掴みにくい。エレナは諦めて整備された庭を眺めた。



 サファイア宮と呼ばれる屋根が青く塗られた宮殿にて、ベネデット王太子、クリツィア王太子妃は用意を整えて待っているらしい。馬を急がせなくていいのかと、エレナは小声で聞いた。


「二人は幼なじみなんだ。だからあまり気を使う必要はない」


 リカルドは何度も深呼吸するエレナの背中を撫でて言う。そうされると、エレナは猫か犬のようにずっと撫でられていたいと思うが、残念ながら馬車は止まってしまった。


「私はそういう訳にいかないでしょう」

「だって俺の婚約者だから、エレナは二人に興味を持たれて呼ばれたんだぞ。つまり俺の権威を傘に着て当然だ」

「わかるような、わからないような」


 謎の理屈をこね回すリカルドは、緊張をほぐす役割を果たしてくれた。どちらにせよ、リカルドと共に生きていくと決めた以上、偉い人との交流は避けては通れないものだ。


 メイドが扉を開け、眩しい光の射し込むサロンへと入室した。



「待っていたよ、エレナ嬢。堅苦しい挨拶はなしでいい。僕がリカルドの親友、ベネデットだ」


 王太子ベネデットは、少し垂れ目がちで下まつ毛が長い。金色の瞳や、栗色の髪は従兄弟であるリカルドと似ているがかなり温厚そうな雰囲気だ。


「お前なんかと親友じゃない」

「おやおや、リカルドは照れ屋さんだね」


 即座に否定するリカルドと、慣れた様子で笑うベネデットは明らかに仲良しだ。エレナは何となくリカルドという人がわかった気がして、嬉しくなった。リカルドは、こんな風に少し強がりなのだ。


「エレナ嬢はお元気になられたようね。こうしてお会いできる日を心待ちにしていたわ」


 親しげに手を差し出したのは、王太子妃クリツィアだ。エレナは慌てて握手をする。この国では、仲良くしたいという意味を込めて握手をする習慣があるという。


「王太子妃クリツィア殿下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます」

「うふふ、気楽に話してちょうだい。私はエレナ嬢とお友達になりたいの」


 明るい金色の髪にコバルトブルーの瞳をしたクリツィアは、花が咲くように微笑んだ。サロンのあちこちに飾られた花々が霞むほどだ。


「ありがたいお言葉です」


(王太子妃がかわいくて美しすぎる。お人形が動いて喋っているみたい)


 エレナは胸が高鳴って、彼女の美貌から目が離せなくなった。葬儀のときにも一応会ったが、あのときは互いに黒いベールを頭に被っていた。日の光の下、正気でクリツィアを見ると絶世の美女だと認識させられる。


 クリツィアもまた、じっとエレナを観察していた。頭から足元まで、何度も視線を往復させてから微笑んだ。


「エレナ嬢は、とてもすてきな方ね。リカルドが惚れるのもわかるわ」

「いえいえ、クリツィア殿下の方がずっとすてきです」


 エレナは社交辞令にどう対応したらいいのかわからなかった。美貌のクリツィアに褒められても、という感じだ。とりあえず褒められたら褒め返すのがどこの世界でも正解だろうか。服装に問題はなかっただろうかと懸念する。


「まあ、うふふ。さあお茶とお菓子を召し上がって」


 クリツィアは、真意のわからない上品な笑みを浮かべた。


「ああそうだな、宮廷料理人が腕によりをかけたから、ぜひ。実は、クリツィアが君たちが来ることを聞きつけ、密かに用意させていたんだよ」


 ベネデットはリカルドとのじゃれ合いを中断させ、給仕にあれこれと指示を出した。すぐに湯気の立つ紅茶と、焼き立てのバターの香りが芳しいパイなどが運ばれてくる。


 そのほかにも、3段に重ねられたケーキスタンドには色とりどりのマカロンや一口大のケーキ、サンドイッチなどがあった。


 クリツィアの発案で開かれたという茶会だが、いざ始まると彼女は食べてばかりだった。その華奢な体のどこに入るのか不思議なくらいぱくぱくと食べていく。


 ただ、一口大のサンドイッチでもクリツィアの小さな口には大きいのか、収めると頬が膨らんでしまう。人形じゃなくてちゃんと人間なのだなとエレナは妙に感心した。かわいらしくも思った。


 ベネデットが立派にホスト役を務め、あれこれと話題を振ってくれるので話は尽きないが、エレナはいつクリツィアに話しかけようか、チラチラと見てしまった。


 この国の食事のマナーは、エレナが元々知っていたものと大差ない。ダビドと食卓を囲むうちに細かく確認したので自信があった。ダビドは大切なことも教えてくれた。


『マナーなどというが、大切なのはルールを守ることでなはなく思いやりだ。例えば、口に何かが入っている最中の人には話しかけない方がいい』


(その通りだと思うから、クリツィア殿下に話しかけられないのよね)


 話しかけるなという意思表示なのか、クリツィアはその後もずっと頬を膨らませて食べていた。夫であるベネデットは流石に何度か話しかけたが、彼女は口を開かず、適当に相づちを返すだけだった。


 お茶を3杯飲み終えたあたりで、そろそろという雰囲気になった。だが、この後は男性は喫煙室、女性は女性専用サロンへ行くのがお決まりだという。


(緊張しちゃう)


 結局ほとんど話すことのなかったクリツィアと二人にされ、エレナは話題に困ってしまった。


 移動中はまだよかった。たくさんの侍女たちとそぞろ歩きするだけで、なんとか間が持つ。しかし、花柄の壁紙のサロンで向き合って座ると、クリツィアは侍女たちを退室させた。


「やっと二人きりね、エレナ嬢」

「は、はい」


 クリツィアは、やはり遠慮のない視線をエレナに向ける。口紅はすっかり取れたのだろうが、元の血色がよさそうなクリツィアの唇は赤い。


「実は、リカルドの前ではとても言えなかったんだけど……彼のことは良く知ってるから」

「何でしょう」


 エレナはなるべく平静を装った。

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