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理由と教え

しばらく更新せずすみませんでした

がんばって終わりまで書こうと思います。

「エレナ様は、リカルド様の理想の女性なのです」


 ルイは確信を持った口調だ。何がどうなってそう思うのか、この不安な気持ちをどう調理してくれるのかとエレナは耳を傾けた。


「まず第一に、エレナ様は料理がお好きです」

「リカルドみたいな貴族男性が、料理好きを理想の女性にしてるなんては思えませんけれど?」


 エレナはがっかりしながら質問した。リカルドやダビドの暮らしぶりを見る限り、大勢の使用人に囲まれるのが普通である。料理についても人を雇えばいいだけの話で、伴侶に求める能力とは思えない。


「いえ、リカルド様は料理を好きな人とは、当然に食べることも好きだと思われているのです。エレナ様は実際、食べることがお好きでしょう」

「まあそうですね……」


 否定はできなかった。エレナの中で食べることと、おいしいものを作りたいことは繋がっている。というのも、自分で作らなければろくな食べ物がない家庭環境だったのだ。また、忙しい母が喜んで食べてくれたことも料理好きになった理由のひとつだ。


「リカルド様は亡くなったヴィオレッタ様のおつらい記憶があるので、食欲旺盛な方が好きなのです」

「そうかもしれませんね」


 亡くなった母への執着はエレナにもあるので、軽くは流せない事情だった。


「第二に、エレナ様は異世界の方ですから魔力を扱う核が体内にありません。よって絶対にヘルシェル病にならないのです。意味はおわかりですね?」


 エレナは険しい顔つきで黙ってうなずいた。ヘルシェル病は、ダビドの生命を今にも燃やし尽くそうとしている病気だ。


 つまりエレナは、絶対に両親と同じ死因にならない。だからリカルドの理想の女性だ、というのがルイの主張だった。


(でもやっぱり釈然としないわ。色々と都合がいいからって、私の今までの人生はリカルドのためにあった訳じゃない。つらいのはわかるけれど、私に救いを求められても困る)


 ルイは語り終えて満足そうだった。ふと思い出したように後ろを振り返る。


「では心配ごとは解決したみたいですし、魔力式オーブンやグリルの使い方を教えますね。ミスカ、頼む」

「はーい」


 ルイが厨房にいつもいる若いキッチンメイドの名を呼んだ。ミスカは栗色の髪を三つ編みにして、いつも野菜の皮むきなどを真面目に行っている女性だ。彼女は手を洗って、前掛けで拭きながら微笑んだ。


「ちょっとエレナ様のお体を触って教える必要があるので僭越ながらわたくしが……」

「そうなんですか?よろしくお願いします」


 将来の公爵夫人ですから僕はちょっとね、リカルド様はヤキモチ焼きで実は牽制受けましたし、とルイが後ろで笑っていた。


「という訳で、僭越ながら私が」


 ミスカはぴったりと背後に立ち、エレナの手に自分の手を重ねた。魔導グリルの使い方を説明するという。


「力は抜いていいんです。ただイメージするだけです、いつもの炎を」

「なるほど……」


 試しにごく弱火を想像したのだが、中華料理に使うような大きな青い炎が現れた。ゆらゆらと熱気を含んだ空気が顔を撫でる。


「あら、魔力が散ってますね。ゆっくり息を吐いてください」

「はい」


 全く形のないもの、あるとも思ったことのない未知のエネルギーを制御するのは難しかったが、小一時間ほどでエレナは魔力式オーブンとグリルを自在に扱えるようになった。


 できてしまえば、クセになるような便利さだ。この感覚を与えてくれるのは、もはやリカルドの魔力だけという事実が悔しかった。


(着実に囲い込まれてるのよね、なんだかんだ言って、リカルドも切れる人なんだわ)



 自分で火加減を思うように調整できることで、エレナはもっと料理を作りたくなってしまう。


 その日の昼食は、ホタテのエビのポシェとした。コミシャルというこちらの世界独特の酒を使ってソースを作る。加熱しすぎると硬くなる魚介は、肉よりずっと火加減に気を使うのだが、満足のいく仕上がりとなった。



(これなら目の前でフランベするクレープシュゼットとか作れるわ。鉄板の発注を頼まなきゃ)


 クレープシュゼットとは、客席でクレープを焼き、ソースに高アルコールの酒を使いフランベの炎を見せる古典的なサービスである。自分の手のひらをじっと見つめ、エレナは喜びに浸った。




 昼食後、リカルドは部屋にこもって公爵としての書類仕事をするという。実は昨日から、リカルドの秘書官が大量の荷物を持ってこの別邸にやって来ていた。


 エレナはちらっとだけ書類を見せてもらったが、地方の税の等目の調整、領地の橋や治水に関する工事など難しくて大変そうだった。


 エレナは異世界の作物、土地勘などが全くない。それらを見るだけで、やはりリカルドどの結婚は現実的ではないなと痛感した。全く手伝えそうではない。


「私には全然わからないけど、がんばって」

「ああ。俺は優秀だから問題ない」


 リカルドは得意そうに笑い、どことなく恰好つけて食堂を出ていった。自信過剰だなと声には出さずに見送る。


「エレナ、私からひとつ教えておきたいことがある」


 リカルドがいなくなるのを見計らったかのように、ダビドが食後のお茶のカップを置き、そう言った。

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