番外編:三番目(前編)
気がついた時には、薄暗くて湿った場所にいた。
貧困街の裏路地だと、一番目と二番目が教えてくれた。
一番目と二番目と裏路地を歩き回り、いつも食べ物を探していた。
食べ物は滅多に落ちていないし、見つけたとしてもほんの少ししかない。
一番目と二番目と分け合って食べるので、毎日ひもじかった。
裏路地から出ると食べ物が見つかることが多いけれど、裏路地から出るのは危ない。
前に一度、大通りに出て食べ物を探していた二番目が、怪我をして戻ってきた。
大きいのに蹴られたのだ。
臭くて、汚くて、手足ばかり細くて腹が出ているおぞましい姿の子供は、人前に出てはいけないそうだ。
裏路地にいるのは三番目たちだけではない。
同じくらいの小さいのもいたし、大きいのもいた。
みんな同じように、手足が棒きれのようで、腹はぽっこりと出ていた。
裏路地にはまともな食べ物もないのに、どうしてか腹ばかり目立ってくるのだ。
この間食べ物を取り合った小さいのが、明るくなっても動かなくなっているのを何度も見た。
動かなければ、食べ物は手に入らない。
動かなくなった小さいのに虫が湧いて、ひどい臭いが出て、気がついたらいつのまにかそこからなくなっていた。
ある時、一番目も動かなくなった。
ずっとずっと食べ物が見つからなくて困り果てた時に、一番目が一人で大通りに出たのだ。
あちこち蹴られていたけれど、大きなパンを持って帰ってきた。
三人でそれを分け合って食べた後、一番目は食べたものを全部吐き出してしまった。
その後も液ばかり何度も吐き出して、座ってもいられずに蹲って、だんだん動かなくなって、明るくなっても起き上がらなかった。
しかたがないので二番目と二人で食べ物を探しに行った。
食べ物は見つからなかったけれど喉が乾いていたので、雨の水が溜まった屋根から掬って飲んだ。
一番目も喉が乾いているだろうから、手のひらに溜めた水を二番目と運んでみたけれど、一番目は水を飲まなかった。
虫が湧いて、ひどい臭いが出て、だんだん一番目の顔や体がぐちゃぐちゃになっていった。
食べ物を探しに行って戻ってきたら、いつの間にか一番目はいなくなっていた。
次に二番目も動かなくなった。
ようやく見つけた食べ物を分け合って食べた後、三番目は腹の中が熱くて、ぐるぐると混ぜられたようになった。
何日も起き上がれず、気持ち悪い汗でどろどろになりながら、二番目も同じように地面に倒れ込んでいるのが見えた。
ようやく三番目が起き上がれるようになった時、二番目は動かなくなっていた。
きっと一番目と同じなのだろう。
それから裏路地をずっと歩き回っていた。
二番目のいたところには戻らなかった。
虫が出て、ぐちゃぐちゃになって、もういなくなってしまっただろうか。
二番目が動かなくなってどのくらい経った頃か、暗くなってから誰もいない袋小路で眠ろうとしていた時、聞き慣れない音が聞こえてきた。
カチャカチャと、硬いものが擦れるような音だ。
何の音か気になって、崩れかけのような壁から覗き見てみたら、あまりにも綺麗な大きいのが歩いていたので驚いた。
「……誰かいるのか」
あまりにも驚いて尻もちを付いた音で、綺麗な大きいのが三番目に気がついた。
夜と同じ色の髪と、それと同じような二つの暗い光が、三番目を見ていた。
裏路地にいる大きいのとは全然違う。
綺麗なものを着ているし、腹だけがぽっこりと出てもいない。
裏路地にあるはずのない、とても綺麗なものだ。
「ちょうどいい、そこのお前」
「!」
おまえ、というのは三番目のことだろうか。
後ろを見ても他に誰もいない。
誰もいないところを選んで眠ろうとしていたのだから、当然だ。
「この辺りに、何年もずっと姿の変わらない女がいると聞いた。知らないか?」
「あ……、え……」
二番目もいなくなってからというもの、三番目は喋ったことがない。
とっさに声が出せずにいると、綺麗なのは夜と同じ色の光をぱちぱちとさせた。
「話せないのか?」
これには慌てて首を振った。
三番目はなんとなく、この綺麗なのの言葉にはきちんと答えないといけないような気がしていた。
こんなに綺麗なのが蹴るでも殴るでもなく、三番目に話しかけてくるなんてことはきっともうないだろうから。
「はなせる」
「そうか。この辺にいるという、姿の変わらない女は知っているか?」
「おんな、っていうのはわからない。でも、ずっとずっと同じところにすわってて、ムシがでたりしない大きいのは、しってる」
一番目と二番目がまだ動いていた頃、暗くなると眠っていた場所の近くに、その大きいのがいた。
毎日同じところに座って、動いているのを見たことがない。
それなのに虫が湧いてきたりしないので、ずっとずっとそこに座り続けているのだ。
大きいのは大きいままで、それより大きくなったりも、小さくなったりもしていない。
それが何なのか気にしたことはなかったけれど、綺麗なのはそれを知ってどうするのだろうか。
「……そこに案内してくれないか」
「あんない?」
「連れていってほしい。お前の後ろを付いて行くから」
「うん」
暗くなったらいつも寝ていたけれど、明るくなるまで待たずに今連れていったほうがいいらしい。
綺麗なのの前を歩き、ちゃんと後ろにいるか何度も振り返りながら、三番目は裏路地を歩いた。
しばらくして、動かない大きいののところにやって来た。
綺麗なのが大きいのの前に膝をついた。
裏路地はとても汚いのに、綺麗なのは気にした様子がない。
三番目までには聞こえないような小さな声で、綺麗なのは大きいのに話しかけた。
すると今まで動いたところを見たことのない大きいのが動いたので、三番目は声を出して驚いてしまった。
大きいのはにやりと笑って、どこにあったのか、大きな四角いものを綺麗なのに手渡していた。
綺麗なのがそれを持って立ち上がると、大きいのはまた動かなくなってしまった。
「……そこのお前、感謝する」
「もう、いくの?」
「ああ」
「……」
それは残念だ。
短い間だったが、三番目にとっては夢のような時間だったというのに。
大通りで一番目や二番目を蹴るような大きいのは怖いのに、初めて見た綺麗なのは大きくても全然怖くないから。
綺麗なのはもう二度と裏路地には来ないだろう。
だって、今日まで一度だって、こんな綺麗なのは見たことがない。
大通りに向かって歩き始めてしまった綺麗なのを、三番目は追いかけた。
せめて大通りに出るまでは、綺麗なのを見ていたい。
今なら暗いから、少しくらい大通りに出ても大丈夫かもしれない。
綺麗なのも付いて来るなとは言わないので、三番目は綺麗なのの後ろを必死で追いかけた。
綺麗なのは歩くのが速い。
三番目の後ろを付いてきていた時は、ゆっくり歩いてくれていたようだ。
ほとんど走っているような速さで綺麗なのを追いかけていた三番目は、急に綺麗なのが止まったので慌てて足を止めた。
急に止まろうとしたので、足がもつれて転んだ。
地面に突っ伏した三番目に、綺麗なのが話しかけた。
「行くあてがないなら、付いてこい」
いくあて、というのが何のことかは分からなかった。
しかし付いて行ってもいいらしいことが分かり、三番目は地面から顔を上げて大きく頷いた。
歩く速さがゆっくりになった綺麗なのの後を追いかけて大きな建物に入ってからは、それはそれは目まぐるしい日々が三番目を待っていた。
本日あと2話更新予定です!




