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最終話

 婚約解消はエルーシアが望んでいたことだ。

 今にして思えば、そう望まれて当然だった。


「君はこれから、君だけの人生を生きてほしい。もし将来困ったことがあれば……君の新しい、婚約者とか、お、夫とか……子供のこととか……できる限り、力になるよ」


 オルキスは今まで、エルーシアが自分以外の誰かと結婚して子供までいるなど想像したこともなかった。

 今日エルーシアに以前の記憶があると知ってようやくその可能性を見てしまった、エルーシアと共にいられない未来だ。

 しかし、エルーシアの隣にいるのが自分でないとしても、彼女の幸せを願わずにはいられない。


「なるべく君の前に姿を出さないようにする。絶対に困らせないようにする。だけど、これからも君だけを想い続けることは許してくれないか?」

「……」

「……エルーシア?」


 いつかエルーシアの隣に立つであろう顔も知らない男を想像してしまっているうちに、俯いていたらしい。

 反応がないのが気になって顔を上げてみると、エルーシアは顔を真っ赤に染めて、目を白黒とさせていた。


 予想していなかったエルーシアの様子に、オルキスの心臓が跳ねる。

 都合のいい幻覚を見ているのではないだろうか。


 目を閉じて深呼吸してみても、エルーシアは相変わらずの表情で、オルキスを見ていた。



「エルーシア、その顔は……勘違いしそうになる……」

「か、勘違い? 勘違いって?」


 顔が赤くなっている自覚はあった。

 顔だけでなく体全体が熱くなっていて、じんわり汗をかいてしまっているような気がする。

 もうすっかり夜も更けているだろうに大公家は明かりを惜しまず使っているから、この顔を隠しようがなかった。


「もしかしたら婚約は、このままにしていてもいいのかなって」

「あ……」


 そしてエルーシアにも、オルキスの顔がじわじわと赤くなっているのが見えていた。

 赤くなった顔を隠すように手を当てて、俯いている。


 そんなオルキスの言葉と様子でようやく勘違いの意味を知ったエルーシアはしかし、顔の熱が冷めやらないままに首を横に振った。

 

「いえ、婚約解消はするわ。絶対に」

「ぜっ……、対、に」

 

 オルキスが一瞬にして顔色を変えて、今度は青ざめている。

 元はエルーシアから希望した婚約解消ではあるが、オルキス本人もようやく認めてすぐにこれである。

 先程までの強烈な言葉の数々に加え、エルーシアとの婚約解消が本心ではないことがよく伝わってくるこの姿に、エルーシアは際限なく顔が熱くなっていく。


 このままでは骨まで溶けてしまいそうだ。

 手でぱたぱたと風を送って熱を凌ぎながら、打ちひしがれているオルキスに向かって続けた。


「だって私、あの頃は必要な程度に勉強も社交もしてたけど、オルキスのことしか考えてなくて視野が狭かった。今にして思えばつまらない人生だったわ。これからはもっといろんなことを知って、たくさんの人と出会ってみたいの」


 言ってから、これではまるで『オルキスに出会わないほうがマシだった』と告げているようなものだと気がついた。

 その証拠に、オルキスは両手で顔を押さえて、動かなくなってしまっている。


 大層落ち込んでいる様子に焦って、顔だけでなく体ごとオルキスに向き合うように動かした。

 捻挫した足が痛むが、ここまで来れば多少の痛みはどうでもいい。


「それでもね」と言いながらそっと手を伸ばしてオルキスの肩に触れると、オルキスがのろのろと顔を上げた。

 この表情も、反応も、何もかもが初めてのことで新鮮だ。

 自分がそうさせているのかと思うと思わず、にこにこと笑顔が出てきてしまう。


「きっと私は、これからもずっと貴方のことが好きだわ。今までだって本当は嫌いになりたかったのに、なれなかったから」


 当然、文句を言いたいことはたくさんある。

 まだ疑問の残る部分もある。


 しかし今まで聞けなかったオルキスからの告白を、これでもかと聞いてしまって恥ずかしい以上に、エルーシアは嬉しいのだ。


「だから、今日からもう一度やり直しましょう」


 終わりのためではなく、真っ白な状態からやり直すために。

 それでも、この先どこへ行って、何を知って、誰と出会ったとしても、エルーシアはオルキスを選ぶに違いない。


「……エルーシア」

「うん」

「……愛してる、エルーシア……」

「私もよ」


 視力を失ってしまったオルキスの右目から、涙がこぼれ落ちる。

 次から次へと流れるそれを指で掬ってやりながら、オルキスも辛かったのだろうと思うと愛しさが募るばかりだ。


「貴方でも泣くことがあるのね」

「君は知らないだろうけど、君が死んだ後に泣きすぎて脱水症になったことがある」

「ふふ、それは知らなかったわ」


 他人が聞けば意味が分からなくて、全く笑えないだろう。

 二人にしか通じない悪趣味な冗談も、それでクスクスと笑い合えるようになったことが嬉しいので、エルーシアは全く気にならない。


 オルキスの涙も止まった頃、ふと思いついてエルーシアはオルキスに一つ頼み事をすることにした。


「ねぇオルキス、まだ婚約者の今のうちに、もう一度キスして」

「えっ、え、エルーシア何を」

「あんなファーストキスじゃなくて、もっとちゃんとしたのがいいわ」

「……、いいの?」

 

 あのバルコニーで勢いのまま『大嫌い』と口走りそうになって、それを無理やり口で塞がれた。

 そしてカッとなったエルーシアは、思い切りオルキスの頬を叩いた。

 さすがにそれでは、エルーシアだけでなくオルキスもいたたまれないのではないだろうか。

 戸惑っている割に、オルキスも嫌そうな素振りはない。


「私からお願いしてるんだもの。お父様にも、大公様にも内緒」

「……心臓、止まりそう」

「駄目よ。一緒に長生きしましょうね」


 ためらいがちに手を差し出される。

 迷わず自分の手を重ねると、指先にキスが落とされた。

 そのまま手を軽く引かれ、オルキスとの距離がぐっと縮まる。


 オルキスの端正な顔が近づいて、エルーシアはそっと目を閉じた。

 やがて降りてきたキスはとても甘くて、そしてほんの少しだけ、しょっぱかった。

ここまでお読みくださった方、ありがとうございました!

これにて完結となります。

が、明日以降、後日談と番外編をちょっとだけ更新します。

それで本当に終わりとなります。

もうちょっとだけお付き合いくださいー!


よかったら活動報告もお読みいただけると嬉しいです^^

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