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ロールド  作者: ハム
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第5話

河野は迷いながらも、結論は既に出ていた。近寄るなと言ったにも関わらず好奇心に促されるがままにタンクを開けたのは矢上達の自業自得、もし本島の言う通りならば、一刻も早く此処を出なければ己の進退どころか命すら危うい。大体の結論が纏まり雨の降りしきる空を見上げた時、一緒に入った所員二名が駆け寄って来た。


『しょ、所長!大変です!』


『ど、どうした?』


『一階に居た二人は意識を失い倒れていました…体調も悪いらしく、戻って来た矢上さん達も同様です…所長、どうしましょう……一応先程救急車を呼んだのですが…』


『何だと…他には誰か残って居るのかね?』


『いえ、今研究室にいる者で全員ですが…』


『そ、そうか………君達二人に頼みがあるんだが……』


『何でしょう?』


『二人とも私の車に乗って少し付き合ってくれ……』


『えっ…しかし、皆苦しんで居ます!』


『…分かっている…だがあの連中を助ける薬が手に入るかも知れんのだ…』


『…それでしたら所長に取ってきて頂いて、我々は此処で……』


『一刻を争うんだ!訳は後で話す…だから今は私に従ってくれ…頼む!』


河野は嘘をついた。勿論そんな薬等存在しない。自分を感染していない二人を救う為に、河野の説得に気圧され二人は渋々了承し、車に乗り込んだ。

河野が車に乗り込む際に一度研究所を見てすまないと言う気持ちで一礼をした。そのまま乗り込み三人は研究所を後にした。


三人が研究所から出た直後、死体を安置していた冷凍庫内の死体が少しずつ動き出す、まるで今まで眠っていたかの様に、先ず指先からゆっくり動き眼を見開く、そして辺りの様子を伺う様に見回す者や、首の懲りを頭を振って治す者、今まで本当に死んでいたのかと思わんばかりに、一体は眼を見開き言葉を発した。「…ブレイン…」と、その言葉を放った表情は気味の悪いほど微笑み、歯を剥き出しに目は獲物を欲する様にぎらついていた。


5体あった死体の内4体が起き上がり己の状況を確認するかの様にゆっくりと冷凍庫内を歩き始めた。死体はお互いに干渉し合う訳でもなく歩き回り、状況を把握したのか、ゆっくりと冷凍庫入り口へと歩み寄って行った。


その頃法廷速度を無視し、急ぎこの埋立て地を脱出しようと急ぐ河野は焦りながらも橋を目指していた。河野としては本島の言葉に助からない所員を助けられないのであれば、今助かるこの二人を助けようと持論を脳裏で展開し、先を急いでいた。


『いったい何処に向かってるんです?』


『今は説明出来ない…取り敢えず早く橋を渡らねば!』


所長の只らなぬ雰囲気に二人の所員はそれ以上何も聞かなかった。雨は未だに勢いを落とす事なく激しく降り注いでいた。研究所から10分も走ると橋に到着したが、其処は既に封鎖され軍の部隊により通行を妨げられていた。

この埋立て地は水害にも対処出来る様になっており、周囲は防波堤に囲まれ緊急時には橋と防波堤の境には津波対策として分厚い鉄ごしらえの扉を開閉出来る様になっていた。それは人の身長をゆうに越えており、厚さも車でぶつかろうともびくともしない強度を備えていた。


車から降り軍部の物に事の次第を説明する河野、しかし自らの保身の為に嘘をついていた。その話を聞いた者は部隊長に話を聞いていたが、その事で部隊長自らが河野の元に近付いてくる。部隊長は河野に近付くと敬礼し、言葉を発した。


『お話は柳さんから伺っております。あなたが河野さんですね…』


『そうだが…聞いてるのなら話は早い、直ぐに此処を通して…』


河野が言葉を言い終わる前に部隊長が河野の言葉を遮った。


『申し訳ないのてすが、此処をお通しする訳には行きません…』


『しかし、私は柳から…』


『度々申し訳ないのですが、その柳さんからのご命令です…』


『何だと!柳から何と言われた?』


『現在この島に居る者を感染者として対応し、その命に反する者は武力を持って鎮圧せよとの命令です…』


河野は反論しようとしたが、その時丁度河野の携帯が鳴った。着信表示を確認するも、非表示になっており河野は渋々電話に出た。


『もしもし、河野だが…』


『河野か?…私だ…柳だ…』


『柳さん…一体どう言う事ですか?』


『…どうもこうもない…本島との会話は盗聴させて頂いたよ…どうやら阻止に失敗した様だね…悪いが手は打たせて貰った、君達はもう其処から出る事は出来ないんだよ…』


『な、何を…我々は感染しておりません!だから今すぐにでも此処を通して頂きたい!』


『…悪いが…それは出来ない!君らが感染していない証拠は何もない…ただそれでは君達が理不尽に思うだろうと思って、真後ろにある建物に生存者用に避難所を設けさせたよ。』


『では…我々は此処から出られないのですか?…』


『申し訳ないが、その通りだよ…ただ感染が発症せず、これ以上の被害がなく、君達が避難所で無事な様ならば、事態の沈静化を確認後改めて救助させて頂く…』


『…分かった…無事なら良いんだな?』


『あぁ…避難所には食料等も用意させている…其処で大人しく待ちたまえ…』


『…今はあなたに従うより他にはなさそうだ…』


『理解頂けて嬉しいよ…それともう一つ!…外部に無駄な情報を流して貰うと厄介でね…この電話の後は事態の収集を確認出来るまで、この一帯の電話は使用出来なくなるのでご了解を…』


その言葉を残し電話は切れた。橋の閉鎖と自衛隊の存在に多々ならぬ事態を把握し研究員二人は車を降り河野に説明を求めた。


『これはどう言う事なんですか所長!』


『私達此処から出られないんですか?』


『と、兎に角落ち着いてくれ…』


河野は持っていた携帯から柳に連絡を取ろうとしたが連絡は取れず、次に本島にも掛けたが、結果は同様であった。


『…やはり、駄目か…』


不安げに見詰める所員に河野は車に乗る様に促し封鎖された橋の向かい側にある建物の駐車場に車を停めると二人に降りて建物の中に入る様に命じた。

建物は三階建てになっており、入り口は鉄製のドア、一階の窓には既に板が打ち付けられており、河野を含めた三人は不安を隠しきれない様子で建物内に入って行った。



その少し前、田沢達は出張所で用事を済ませようとしていた。


『この荷物を第二センターに持って行けば良いんですね…』


『あぁ…頼むよ。引っ越し序でにすまないな……ところで田沢茶でも飲んで行けよ』


『あぁ…有り難いのですが、トラックに研究所の方を待たせてまして…』


『…良いじゃないか…その所員さんも呼んでくれば、ケーキもあるんだよ…』


『ケーキ?…田沢さん良いじゃないっすかー…お茶にお呼ばれしましょうよー!疲れた体には甘い物ってね。』


『いや、しかし…』


『俺が呼んで来ますから…』


大野はそそくさと秋山を呼びに向かって行った。


『ははは…大野は相変わらずたな!』


『すいません…神谷さん…いや、神谷所長…』


『全く、所長なんてつけなくて良いよ…相変わらずお前はお堅いなぁ…』


『……すいません…』


大野が秋山を起こし事務所に連れてきた。多少寝ぼけなからもどうやらケーキに釣られたらしく田沢が秋山に謝るも全く気にしていないと言った感じだった。皆で雑談しながらお茶を楽しんでいる所に一本の電話が入る。神谷は話の腰を折られ少々怠そうに電話に出るが電話をしている表情が明らかに強張り出した。電話対応の口調も明らかに動揺を伺わせた、電話を切り終えこちらに戻ってきた神谷はまだ事態が飲み込めていないのか少し考えみ口火を切った。


『…さっきの電話なんだがな……』


『どうされました神谷所長?』


『この埋立て地一帯が封鎖されたらしい……』


『封鎖ってどう言う事っすか?』


『俺も詳しくは分からないが…何かのウイルスがばら蒔かれたらしく…自衛隊の指示があるまではこの一帯から出られないらしい…』


『出られないって…帰れないと言う事ですよね?…俺達はどうなるんですか?』


『建物がしっかりしてる所は戸締りをして、その場に待機だそうだ…避難所もあるらしいが、此処は造りもしっかりしているし、此処で待機しようと思うんだが…』


『そんな事聞いてるんじゃないっすよ!俺、今日デートなんすから帰れないと困るっす!』


『落ち着け大野!』


『これが落ち着いてられますか?向井さんだって家に帰りたいでしょ?』


『良いから黙ってろ!』


向井が声をあらげると不満そうに大野は黙った。秋山も事態を聞いておろおろし、不安そうだった。田沢がそっと口を開いた。


『…自衛隊にしても、かなり説明不足ですね。焦ってるのかも知れないですが説明を再度求めた方が良いですね。あと、大野…気持ちは分かるけど、もし本当にウイルスが散布されていて、俺達皆が感染していたとする…そんな俺達が自衛隊の命令を無視して、外に出て、お前が彼女に会いに行ったらお前の彼女も感染してしまう恐れがある』


『……それは……』


『此処は神谷さんも安全だと言っているし、しばらく様子を見ようじゃないか…彼女には理由を話して分かって貰え、なっ?』


『…分かりました…』


『理解してくれて助かるよ。有り難う大野。…さぁ…取り敢えず言われた通り戸締りをしよう。』


『分かりました』


秋山以外の四人は戸締り等の為に事務所を出て作業に取り掛かった。暗雲立ち込める中、皆それぞれが不安を感じていた。

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