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ロールド  作者: ハム
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第4話

不意のアクシデントとは言え、遂に封印と言う名の楔は絶ち切られ本島達が最も恐れた事が現実になってしまった。まだその事態に気付いていない者達は各々の日常を過ごしこの先に待ち受けているであろう惨事に気付く者は誰もいない。時刻は夕方4時を差し、その頃外では雨が降りだしていた。


薄暗い地下室はガスが充満していた。ガスの噴出でタンク内部が減圧されたのかミイラの肌は乾燥から潤いを取り戻すかの様に赤と白の混じった液体が全身に溢れ流れ、閉じていた目はいつの間にか見開かれていた。その後直ぐに容器の覗き窓に亀裂が入る。倒れた所員はその事を知るよしもなく地面に気を失い倒れたままであった。


室内に充満したガスは排気ダクトを通り上へと昇っていく、一階の研究室に待機していた所員二人もそのガスに当てられ気を失う様に倒れる。ガスは同時に遺体が置かれている冷凍庫にも入り込みガスが遺体へと降り注がれていた。ガスはさらに二階を通り屋上のダクトから噴出すると上空に広がり雨に混ざり降り注いだ。



研究所を一足先に後にした田沢達もこの異変に気付く事はなく、トラックを同埋立て地敷地内にある出張所を目指し進んでいた。


『あぁ…こりゃー本格的に降ってきたな…』


『…そうですね…今日傘持ってくるの忘れてました…』


『それは難儀ですね…向こうに着いたら駅まで御送りしましょうか?』


『えっ?…良いんですか?』


『えぇ…構いませんよ…』


『やったー』


大人し目とは言え女性がトラックの助手席に同乗と言うのは華がある。そんな事を田沢の後に続くトラックの中で大野がぼやきを吹いていた。


『良いなー田沢さんは…』


『…何がだ?』


『だって隣に女性が乗ってるんですよ?…向井さんだって羨ましいと思うでしょ?』


『あのなー大野…お前一応彼女いるんだろ?』


『それとこれとは話が別っすよー…はぁー…今頃田沢さんどんな会話してんだろ…』


『あの人の性格知ってるだろ?…田沢さんは真面目で優しい…でもちゃんと仕事と割り切って接してるよ』


『…真面目で優しいかぁ…田沢さんって何で独身なんです?』


『…そりゃ………俺が言う事ではない…』


『向井さん何か知ってるんですか?』


『…お前は知らなくて良いんだよ!』


向井は少し気まずそう表情をしていた。何かを知っているのは確かだったが人として田沢の後輩として自分が人の過去を知っていようとも、それを自身が他の者に話す事自体に抵抗を持っていたからだった。

雨で視界も悪く、いつもより速度を落とした運転で走行し信号停止もあいまって15分後に目的の出張所に到着する。

出張所と言っても、此処からフェリーに荷を積み込む事も多く、その為の一時預かりと言う事もあり出張所は中々の大きさであった。外観は鉄筋コンクリート造り、地上3階建ての高さであったが、荷を預かる場所として、倉庫の役割は大きいが事務所の役割としては小さかった。出張所前にあるトラック用の駐車場に田沢はトラックを停め向井もその隣に同様に駐車した。


『此処ですか?…出張所って』


『はい、秋山さんはトラックに乗ったままでも良いですから…』


『では、お言葉に甘えて…』


秋山にそう言うと田沢達は建物内部に入って行った。トラックに残った秋山は雨音の心地良さと研究所の引っ越しの疲れもあいまって、いつの間にか寝息をたてていた。




その頃、まだ封鎖されていない橋を渡り一台の車が研究所に向かっていた。河野である。彼は焦っていた。運転中に何度も電話を掛けるが一向に誰も電話を取る事がなく連絡が付かなくなっていたからだ。

この時点で河野の脳裏に最悪の顛末が頭を過り、焦りから額にはうっすら汗を浮かべていた。


河野が研究所に到着した時、外には二人の男女研究員がおり、自販機の前で雨宿りしつつ雑談をしていた。そのにこやかな表情を見た河野は少しホッとしたものの焦りもあり苛立っていた。河野の到着に気付いた二人は一気に真面目な表情になり河野に向かって揃って一礼をした。河野は車から降りると研究員に詰め寄り研究員に捲し立てる様に問い掛けた。


『どうして電話に出ないんだ!』


二人は河野の憤りを感じ、自分達が外に居た事、電話の音が此処まで聞こえなかった事等を弁明した。


『他にも居るはずなのにおかしいな…』


『他の者は何をしているんだ?』


河野は険しい表情のまま研究所の扉を開いた。

途端に激しい異臭が鼻を突き、河野達は鼻と口を手で塞いだ。河野がドアを開けた時には既にガスは充満しておらず排気ダクトを通って全て抜け出てしまった後だった。


『何だこの異臭は?』


河野の言葉に二人もドアに近付くと、とてつもない異臭が漂い河野と同様に鼻と口を塞いだ。河野は一度車に戻り、ダッシュボードからマスクを取りだし装着すると、二人にもマスクを渡し内部に踏み行った。


内部は恐ろしい程の静寂に満ちていた。恐る恐る歩を進め地下に続く階段と研究室に続く通路の分岐点に到着すると河野は研究員二人に指示を出した。

『私は地下の方を確認するから君達は研究室の方を確認してくれ…』


『…分かりました』


ただならぬ雰囲気と河野の真剣な表情に何かを察した二人は、ゆっくりと研究室に向かって行った。

河野もゆっくりと物音を立てない様に地下へと歩を進めて行く、階段を降り一度歩みを止めて周囲の音に耳を立てたが、やはり何の音も聞こえて来ない事に河野は恐怖を抱いた。丁度階段横の踊り場に立て掛けてあった鉄パイプを右手に握り締めスーツの胸ポケットからペンライトを取りだし薄暗い廊下を慎重に進んで行った。


河野は震えていた。今最悪の事が起こっている事と、その現場に居る己自身を呪いながら、息をするにも嫌な事が頭に過り、目は血走っていた。

一歩一歩踏み出す脚がとてつもなく重く感じられ逃げたしたい気持ちを引き釣って彼は地下室奥へと脚を踏み入れた。


蛍光灯は相変わらず薄暗く部屋を照らし出し、マスクをしている為か呼吸すら鬱陶しく思えた。緊張から額と脇には汗をかき、それでも確実に歩を進めて行く、

地下室奥へと踏み込み、例の容器のあった左側の一室を慎重に覗き込むと四人が倒れているのが目に入った。

少し吐息を漏らし周囲を警戒する。

何もないと悟ると恐る恐る目的の一室に脚を踏み入れた。


河野は容器の蓋が開いてることに恐怖を抱きながら容器内部を確認するべく摺り足で近付きながら周囲の物音に聞き耳を立てていた。

容器内部は何もなく、何かの薬品だろうか割れた覗き窓からは水滴が滴っていた。何も入ってない容器の蓋を下ろし、周囲に鉄パイプの先端を向けながら安全を確認し、何もいないと察すると倒れていた所員に駆け寄り皆が無事なのかを確認した。


その頃研究室に向かった二人の研究員は研究室に入り倒れていた所員に駆け寄っていた。


『おい!…大丈夫か?…しっかりしろ!』


一緒に同行した女性ももう一人の倒れていた所員に駆け寄り同様の言葉を掛けていた。ゆすりながら起こして行くと、一人は意識を回復し、鼻に付いた臭いに嫌気を伺わせ、顔色悪く眼を開けた。


『…んんー…一体何なんだこの臭いは…』


『大丈夫か?気分はどうだ?』


『…んー最悪です…一体何が起こったんだぁ…』


『覚えていないのか?』


倒れていた研究員の男はまだはっきりしない靄の掛かった頭をフル回転させ自分が此処に倒れた際の事を語った。もう一人の所員と雑談していた時、不意に異臭を嗅ぎ気を失い倒れた事を、そう語っていた所員の顔色は酷く悪く寒気から汗をかいていた。それはもう一人の所員も同様であった。


外に居て難を逃れた女性所員は救急車を呼ぶ為に電話を掛けていた。幸い連絡はすぐにつき、直ぐにこちらに向かうとの事で女性所員は少し胸を撫で下ろした。


その頃河野が駆け寄って起こした矢上達は何とか意識を取り戻したが、酷く気分の悪い様な有り様だった。


『…中のミイラはどうなった?』


『きっと空気に触れて溶けたのよ…』


『オェー………』


江口は我慢できない気持ち悪さに嘔吐していた。先程森山が見ていたノートを河野は拾い上げスーツの懐に丸めてしまい込むと、皆に急ぎ上に戻る様に促した。皆ふらふらだったが何とか一階への階段を登って行く、河野も部屋を出ようとしたが、何者かの視線を感じ取り周囲を見回したが何もおらず、ゆっくりと後退りし地下室を後にした。


一階の研究室に皆が戻ると同時に、ガスを吸った所員は地べたに座り込んでしまった。河野の研究室に入ろうとしたが携帯のバイブレーションに気付き一度外に出て携帯を取り出すと通話ボタンを押した。


『もしもし…』


『河野か?…』


『…本島か?』


『…あぁ…そっちはどうなった?間に合ったか?』


『…それが………一足遅かった…』


『何?…それで今どんな状況だ?』


『…俺が到着した時、研究所内部から異臭が漂っていて…』


『ガスを吸ったのか?』


『いや…ガスは充満していなかった…地下室に行ったが容器の中身は空で…矢上達が容器周辺で意識を失っていた…』


『…何だと?…それで?』


『今は意識を取り戻して一階の研究室に居るよ…』


『…………何て…事を…………!良いか河野、今から言う事をよく聞け!』


『…どうした?…例の物は空気に触れて溶けたみたいなんだが…』


『そんな事はどうでも良い!ガスを吸ってない奴はいるか?』


『あぁ……確か、俺が到着した際に所員が二人外に居て吸ってないみたいだが…』


『その二人を連れて急いで其処を出ろ!』


『どうしたんだ…そんなに慌てて…』


『良いか…よく聞け!…ガスを吸った者はもう助からない…時期にお前達を襲う様になる…奴等をもう人間と思うな!良いか…一秒でも早く其処を…埋立て地から脱出するんだ!』


『…矢上達を置いて行けって言うのか?…』


『そうだ…ガスを吸った者は全員置いて行け!そうしないと…奴等は既に感染している!』


『…本当か?…』


『こんな時に嘘を言ってどうする!一刻も早くだ!この通話が…もし柳に盗聴されていれば、君も其処から出られなくなるんだぞ!そうなる前に早く橋を渡って脱出するんだ!良いな!分かったな!』


本島の一方的な話で電話は切れ河野も焦りを隠し切れずにいた。雨は滝の様に降り注ぎ河野に決断を急がせていた。

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