第3話
ベット横のスタンドライトの明かりの横で元島はベットに座る体勢で何処かに電話を掛けていた。まだ夜が開けきらぬ暗闇が包む外の景色を眺めながら電話を掛けた相手が出ない事に苛々しながらもひたすらに受話器を耳で挟み待つ、
『トゥルルル…トゥルルル…カチャ』
『俺だ本島だ!』
『おぉ…どうした?お前、今アメリカじゃなかったのか?』
『そうだ、国際電話で掛けてる…そんな事より、お前に頼みがあるんだ…』
『ん…何だ?…また俺に危険な事頼もうとしてるんじゃないだろうなぁ?』
『うっ…それがだな…ちょっと不味い事になりそうなんだ…頼む!助けてくれ!』
『全く…今度はどうした?』
『実は…以前お前に手に入れて貰った例の卵の事なんだが…』
『例の卵?…おい!まさか…卵が羽化したんじゃないだろうな?』
『いや、まだしてないが…うちの研究所の若造共が地下に置いてあったあれに興味を示したみたいでな…今河野が阻止させようとしてるんだが…』
『どう言う事だ?あれはお前んとこの誰も来ない様な地下室の更に奥にあるはずだろ?何で所員がそんな所に立ち入る?』
『そうなんだが、実は…今研究所の引っ越しをしててな…俺も河野も研究所にはいないんだ…もし万が一にあれが羽化してしまったら…』
『何やってんだ!全力で止めろ!もし羽化してしまったら…』
『分かってる…分かってるからこそ、万が一の時に備えてお前に頼んでいるんだ…』
『…んー……分かった…もしもの時に備えて、こちらも行動しよう…河野には俺からも連絡を取るが、お前も現状を把握する様にしろ…』
『わ、分かった…』
『良いか…アレが世の中に浮き彫りになれば俺も只ではすまん……必ず阻止しろ!…こちらも早急に手を打つから…じゃあ切るぞ…』
『…すまない…』
電話が切れ本島は深い溜め息をついた。
会議場を後にした河野は研究所へ電話を掛けていた。最悪の事態を避ける為にコール音すらも煩わしく携帯の側面を人差し指で何度も叩きながら、しばらくすると、受話器を取り上げる音がする。
『…はい…』
『あぁ…私だ…河野だ…』
『あっ、所長…会議はもう終わられたんですか?』
『そんな事は今は良い…其処に矢上君は要るか?』
『矢上さんですか?…矢上さんなら先程森山さんと江口さんを引き連れて何処かに行きましたけど…』
『何?姿を見なくなってど、どれ位経つ?』
『えぇっと…確か…15分程でしょうか?』
『何だと!…良いか、今から私が言う事を即刻やってくれ…良いな?』
『は、はい!』
『矢上君達は多分地下室の奥にいるはずだ。君は直ぐ其処に迎い、彼女達がやろうとしている事を止めるんだ、言う事を聞かない場合は力付くでも止めろ!良いな分かったな?私も今そちらに向かっている。絶対に阻止しろ』
『…はい、でも何で地下室なんかに…?』
『良いから早くしろ!』
『はい!わ、分かりました』
そう言うと受話器も掛け忘れ所員が部屋から慌てて出ていく音が聞こえてきた。その所員の反応に河野は少しだけ安堵したが、通話中の携帯にキャッチホンが入り、こんな時に誰からだと嫌々そうに切り替える。
『はい、河野だが』
その声は明らかに苛立っていたが次の瞬間に河野は凍り付いた
『もしもし、…私だ、河野君…』
『あっ…柳さんですか?』
『そうだ、私だ…フフフ…君もかなり焦ってる様だね、事情は本島君から聞いたよ…全く……とんでもない事になりそうじゃないか…』
『…は、も、申し訳ありません…ですが今所員に連絡し、地下室に向かった者達を止める様に言いましたので…』
『…そうか…地下に向かった者達がまだアレを開封してなければ良いんだが…私としても最悪の事態を避ける為に動かせて貰うよ…』
『えっ?…柳さん、何をされるんですか?』
『…取り敢えずは、橋の封鎖だ……あそこは人工埋立て地だったね、橋さえ封鎖してしまえば、誰も出入りは出来ぬだろ?』
『…しかし…私も今研究所へ向かっておりまして…』
『その辺は君が通る際に現地の担当者には説明はしておくよ…ただ、もしもあれが開封されれば君もあそこから出す事は出来ないから、その事は分かってくれ…』
『は、はい…』
『では……呉々も注意して行動してくれよ…』
『は、わ、分かりました…』
電話が切れ、河野の焦りは増していた矢上達を止めに向かった研究員が間に合う事を祈りながら研究所に車を走らせた。
田沢達はその頃トラックに乗り込んで出発の準備をしていた。
『すいません秋山さん…ここの埋立て地にうちの出張所がありまして、そちらに用事を頼まれておりまして、少し寄り道になりますが宜しいでしょうか?』
『はい、私は全然構いませんよ』
『有り難うございます……それにしても嫌な天気になってきましたね。もうすぐ降って来そうだ…』
『そうですね…雨で渋滞しないと良いんですけど…』
『そうですね…それでは出発しましょう…』
そう言うとエンジンを掛け、ギアを切り替えトラックは進み出す、隣に座る秋山は丁度外に出てきた男女所員二人に手を振っていた。彼女は初めて乗るトラックの高い視界に少し嬉しそうな笑顔を漏らしていた。田沢達のトラックの後に向井と大野が乗ったトラックが続く、無線でお互いに連絡を取りつつ出張所を目指し研究所を後にした。
薄暗らい地下室奥の扉が開かれたその中で矢上達は困惑していた。ドアの内部は広さにすると6畳程で中にあるのは業務用ラックと一つのドラム缶の様な物であった。
『何なのよこれ?とんでもない物があるかと思い来てみれば、あるのはドラム缶だけじゃない!』
『そ、そうですね…』
矢上が憤り江口が相槌を打っていたが森山は棚に置かれた一冊のノートを読んでいた。
『がっかりだわ…大体何?このドラム缶は!産業廃棄物でも入ってんじゃないの?』
『…どうやらそうでもないらしい…』
『どう言う事です?…森山さん』
『此処に置かれていたノートによるとこれは産業廃棄物なんて生易しい物じゃないみたいだ…』
『じ…じゃあ何なんです?』
江口が恐る恐る訪ねた。
『俺にも詳しくは分からないが…こいつはどうやら生物兵器らしい…』
『生物兵器?そんな物を何であいつらが……あいつらこんな物を作ってたなんて……』
『…いや…これは奴等が作った物じゃないらしい…此処に過去に使われた前例が書いてある…』
『過去に?それっていつ使われたんです?』
『此処に書かれているのは1984年、7月3日にアメリカケンタッキー州ルイビルで使われたみたいだ…』
『ルイビル?それでどんな事が起こったんです?』
『そこまでは…英語表記で訳さないとなんとも……取り敢えずこの資料を持って行こう…』
『じゃあ、このドラム缶は?放っておくの?』
『此処に何か書いてあるのは何でしょう?』
PROPERTY
DEPARTMENT OF THE
ARMY IN CASE OF EMERGENCY
CALL I (800) 454ー8000
〈陸軍省所有物 緊急時は下記の番号へ〉
『エマージェンシーって書いてあるんだから、緊急時の連絡先じゃないの?……それより、このバルブ回して開けてみない?』
『嫌ですよ!感染したらヤバイじゃないですか…』
『そんなに危険な物ならこんな所に放置しておく方がおかしいわよ!…それにこう言うのって危険なら二重に密閉されてる筈だからだいよ!きっとこのドラム缶の中身が分かるんじゃない?』
『…でも…』
『良いから早く開けなさいよ!』
渋々恐れながらも江口は脅迫とも言える矢上の説得に応じバルブを回した。キュッキュッと滑りの悪い音と共に減圧された様な音が聞こえてくる。これで開いたのを確信し蓋を開けるが薄暗くよく見えないでいたが懐中電灯の明かりで照らした瞬間三人は驚きのあまり後ろに倒れ込んだ、タンクの蓋を明けはしたが内部を確認出来る様にガラス張りののぞき窓があり、其処には腕を交差にし眠った様なミイラが押し込められていた。
『…な、何なんですかこれ?』
『…全く…脅かすんじゃないわよ!単なるミイラしゃないの』
『これが…生物兵器?…』
丁度その時、所長に阻止を命じられた所員が息を切らしながら辿り着いた。彼は肩で息をしながらも蓋の開いたドラム缶を目にし、これが所長が阻止しろと言っていたものだと理解した。
『はぁ………はぁ…矢上さん、所長から連絡がありまして…それには絶対に手を出すなとの事です…』
『やっぱり私がこうする事に勘づいたみたいね…別に何て事無かったわよ……ほら、あんたも見てみなさい…単なるミイラの入ったドラム缶よ』
『…ミイラ?』
研究員が覗き込む、やはり動く事のないミイラが其処には入っていた。
『安心なさい。まだ完全に開けてはいないわ……全く…どんな物があるかと来てみればこんな御大層な入れ物にミイラなんて入れちゃって!』
言葉を言い終わると同時に矢上はドラム缶を叩く、しかしドラム缶はびくともしない。
『もしかして、このミイラは何かの披検体だったのかも知れないな…しかし頑丈な入れ物だ』
森山がそう言い放ち先程の矢上同様に容器を叩く、
その時であった。瞬時に容器に亀裂が入ったのかガスが噴出しその場に居た四人を包み込む、咄嗟の事で不意をつかれた四人はガスを吸い込んでしまいその場で気を失う様に倒れ込んだ。




