第21話
大変遅くなりました。前回の投稿からかなりの期間が掛かってしまい申し訳ありません。また、文章も所々可笑しいと思われるかも知れませんが、寛容な心を持って読んで頂ければ有り難いです(^_^;)
矢上の発言で苦悩に追い詰められる河野、そう矢上と江口の二体の死者が此処に居るならば他にも、冷静に考えれば想定出来る事だった。二人を拘束する事が出来た事に安堵し気を緩めてしまった事、外に居る死者の襲来で一気に緊迫した状況に陥り思慮に欠けていた自分自身に河野は怒りを覚えた。しかし、今後悔してもどうしようもない。河野は田沢と松尾が無事に戻る事を願った。
暗闇に多少眼の慣れた田沢と松尾は河野の心配を他所に警戒しながらも迅速に二階へと進んで行った。仲間の元から離れ二人で闇の中を進むにあたって多少の不安と恐怖心に駆り立てられたのであろう。壁に背を預けながら音を立てない様に階段を登り終えると、覗き込む様に左右に伸びた廊下を注意深く警戒する。銃を握る手は汗ばみ、緊張からか鼓動の高鳴りを感じていた。自分の吐く息すらも煩く感じられる。闇の先には何の気配も感じられず、階段から左に進んで行く、研究所施設への入り口付近を確認する為に、廊下の先、突き当たりの部屋に到着するとゆっくりドアを開いて行く、部屋の中を凝視し誰も居ない事を確認する。田沢の直ぐ後ろで後方を警戒する松尾、今日知り合ったばかりの二人だが長年チームを組んだかの様にコンビネーションが取れている。早々に部屋に入り開けたドアを閉めておく、窓辺迄体勢を崩さず近付き田沢が二階の窓から眼下を確認する。
建物の周囲や入り口付近に数体の死者が確認出来た。まだ生存者の存在を視認出来て居ないのか死者たちの動きはとてもゆっくりだったが、研究所敷地への入り口付近に眼をやると、徐々にこちらへと確実に進み寄る死者達、田沢はその光景に唖然としながらもジリジリと迫る恐怖を感じていた。松尾も部屋の周囲を警戒しながら窓の外に広がる光景を目にし、驚きを隠せなかった。まだ大丈夫だろうが、更に死者が増えると考えれば、シャッターで閉じられた研究所も余り持たないだろう。二人は言葉を交わさなかったが、見解は同じだった。
物音を出来るだけ立てない様に窓から離れた田沢と松尾、早く河野達の所に戻り脱出しようと部屋のドアを開く、開かれたドアのその先を見て二人は硬直した。暗闇で確認は出来ないが明らかに人間のシルエットと気配を視認したからだ、咄嗟に銃を構える二人、だが外の死者に気付かれたくない事もあり、まだ発砲はせず、後退りしていく、田沢達の後退と合わせるかの様にゆっくりと歩を進める人物、余り響かぬ声で銃口を向けたまま松尾が声を発した。
『………誰だ!………其処で止まれ』
松尾の指示を理解したかの様に動きを止める人物、暗闇の中でも小刻みに震えているのが分かった。この研究所に逃げ込んで、今まで隠れていたのかも知れないとも考えたが、それなら既に矢上に襲われている筈だろう。松尾は銃を身構え相手の出方を待つ、しかし田沢は持っていた懐中電灯で自分達に近付くシルエットを照らし出した。懐中電灯で照らしながら銃を身構える田沢、懐中電灯に照らし出されたのは黒い長い髪に肌は透き通る様に白い、格好は白衣を身に纏い布を体に巻き付けた女性てあった。松尾は女性だと判明しても銃口を女性から反らす事なく構えていたが、田沢は違った。女性を見た途端田沢は肩から力が抜ける様に銃を下に向け片手で尚も懐中電灯で女性を照らしていた。松尾は田沢を制しようと声を掛けたが、松尾の声は田沢には届いていない様で田沢の顔を確認するが、田沢は信じられないと酷く驚いた表情を浮かべていた。
『田沢君!どうした?』
尚も声を掛けるが田沢には届いていない様子で、田沢は口をアワアワさせていた。声にならない程混乱と驚きに満ちていた、この事件で知り合った松尾と田沢だったが、松尾は田沢がどんな危機的状況にも常に冷静に対処していたのを見てきている。口をパクパクさせながら田沢の眼からは涙が流れ出ていた、ただ事ではないと松尾が推察していると田沢は全身を震わせながらゆっくりと呟やく様に言葉を発した。
『………ゆ、ゆ………由紀恵なのか?………』
田沢は女性に見いられたかの様に松尾の存在すら忘れ、周囲すら目に入っていなかった。松尾はそれでも銃口を女性から反らす事はせず、様子を伺っていた。女性はライトに照らされ田沢や松尾の顔を視認する事は出来ていなかったが、田沢の発言で何かを悟った。酷く懐かしく女性にとって暖かく、優しい声がとてつもなく愛しさを感じさせた。
『………セ………聖二…サン………ナノ?』
女性がゆっくりと口にした言葉で田沢は確信した。彼女が自分の愛する女性であった事を、結婚を前提に付き合い、幸せだった日々、そして5年前彼女は飛行機事故で行方不明になり死亡処理された田沢の婚約者である事に、二人がお互いの存在を確信した時、松尾の事など気にする事なく二人はお互いを抱き締めあい二人とも再会に涙を流していた。呆気にとられた松尾はただ黙ってその光景を見詰める事しか出来なかった。
『ゆ、由紀恵………どうして………』
田沢の言葉に何と返して良いのか分からず、涙を流しながら愛する者と再会出来た喜びを噛み締める様に抱き締め合ったままだったが、由紀恵の死者としての本能が感動的な場面をぶち壊す様に田沢から溢れる生きた新鮮な脳ミソの香りを気付かぬ内に嗅いでいた。徐々に顔を田沢の後頭部に向ける由紀恵、そんな事を一切知らぬ田沢は由紀恵を抱き締めたまま再会の喜びに涙したままであった。由紀恵が死者としての本能の赴くままに田沢の頭にかぶりつこうとした瞬間であった、彼女は自制心を取り戻し、今自分がやろうとした事に恐怖と嫌悪を抱いた。愛する田沢との美しき愛しい思い出が彼女の脳裏を過り、もうあの頃には戻りたくても戻れぬ恐怖から、田沢を力一杯に突き飛ばした。
何故突き飛ばされたのか理解出来ない田沢は突き飛ばされた時に机で背中を少し打ち付け痛みに顔をしかめた。痛みに堪えながら田沢は由紀恵に訊ねた。
『………どうしてだい、由紀恵………』
由紀恵は自身の体を抱き締め必死で震えを抑えながら田沢を見詰めていた。田沢はそんな由紀恵を落ち着かせる様にゆっくり近付きながら話し掛けた
『大丈夫だよ、由紀恵………もう大丈夫だから、僕達と一緒に此処を脱出しよう』
松尾はその光景を唯黙って見守っていた。更に一歩由紀恵に近付こうとする田沢に由紀恵が震えながら言葉を投げ掛けた。
『コ、来ナイデ………来ナイデ!』
由紀恵が口調を荒げた事に一瞬怯んだ様な素振りを見せたが、外は死者で溢れ、生きた人間を襲い脳を貪ると言うこの世の地獄、誰しもこんな状況に置かれれば目を背け蹲ってしまうだろう現状、きっと由紀恵もこの恐怖に直面し混乱しているのだろうと田沢は勝手な解釈をしていた。由紀恵と言う愛する者の存在が田沢から冷静な判断力を奪い、田沢を盲目にしていた。そんな田沢に由紀恵は少し自分を落ち着かせながら話を続けた。
『………違ウ、違ウノ………私ハ………モウ、貴方ノ知ッテル由紀恵ジャナイノ………』
由紀恵の発言に理解出来ぬと言った表情の田沢だった。きっとまだ混乱していて状況が飲み込めて居ないのだろうと更に勘違いをしている田沢であったが、松尾は由紀恵言葉の意味を理解し下ろしていた銃を握り直し、静かにゆっくりと構え直そうとしていた。
田沢はゆっくりと怯える由紀恵に近付き諭そうとしていたが、田沢の行動を松尾が制止した、
『田沢君!これ以上彼女に近付くな!』
松尾の声に振り返った田沢は何故と言った疑問に刈られた顔をしていたが、更に松尾が語り描けた。
『田沢君………彼女も死者だよ………』
信じられぬと言った表情で松尾を黙視し再度由紀恵を見詰めたが、由紀恵はしゃがんで震えながら田沢を見詰め、松尾の言った事は正しいと言わんばかりに小さく頷いた。由紀恵の素振りが田沢を更なる困惑へと追いやる、ずっと捜し待ち続けた愛しい女性が死者と化し自分の前にいる、彼女は襲って来る訳でもなく、自我を保ち自分の前に居るのに、田沢は松尾が銃を構えその銃口を由紀恵に向けられて居る事に嫌悪感を抱いた。田沢は完全に冷静さを見失っていた。何を信じて良いのかさえも分からず怯える由紀恵を見ると田沢は唾を飲み込み何かを決した表情を見せ、目を血張らせながら自身の持っていた銃をゆっくりと持ち上げ松尾に向けた。
『た………田沢君………どうしてだ?』
数時間前に知り合ったとは言え、此処まで互いを信じ支え合って来た仲間である松尾は驚きを隠せなかった。銃を向けられたとは言え田沢の顔に目をやると、その目は血走りながら涙が溢れていた。申し訳なさとやり場のない怒り、そして彼女を守る決意すら伝わってくる。田沢は本気だった、例え此処まで一緒に生き延びた仲間であろうが由紀恵への愛には勝てなかったのだ、例え死者であろうとも由紀恵を守りたい気持ちに何ら変わりは無かった。冷静さを失った田沢の声は震えていた。松尾に悪意は無いが銃口を松尾に向けたまま田沢は口を開いた。
『………す………すいません………松尾さんを撃ちたくない………でも………あなたが由紀恵を傷付けるつもりなら、僕は………僕は………容赦無く、あなたを撃ちます!』
震えながらもしっかりした口調であった、田沢の目からも覚悟が伝わってくる、その視線に気圧され松尾は構えていた銃を下ろさざるを得なかった。松尾が銃を下ろすと田沢も松尾に向けた銃を下ろし由紀恵の傍に行くと彼女の肩を抱いた。松尾の見る限りでは田沢が肩を抱いても由紀恵が襲い掛かる様子は無かった。だが、気は抜けない、松尾は半ば諦めた様に田沢に訊ねた。
『これからどうするんだい?』
由紀恵を抱えながら田沢は先程より冷静に答えた。
『分かりません………先に戻ってもらえませんか?………私も直ぐに行きますから………』
今出せる精一杯の平常心で田沢はそう答えながら、松尾の問い掛けに答えた、田沢の返答に呆れながらも松尾は険しい目付きで一度由紀恵を睨み付ける様に見詰めた。由紀恵は松尾の視線に気付き少し怯えた表情をしていたが理性はあった。松尾は田沢に
『………分かった!………下で待ってる、此処もそう長くは持たない………出来るだけ早くな………』
松尾は寂しげに田沢に語り掛けるとそのまま暗闇に支配された廊下を進み階段を降りて行った。




