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ロールド  作者: ハム
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第10話

青みがかった蛍光灯で照らされた一室、室内には掛けられた薄い布を体に巻き付け震える女性の姿、震えおぼつかぬ足取りで完全に閉ざされておらぬ一室から部屋の外を覗き込む、部屋の外には廊下があり其処は静まり返っていた。女性は混乱する頭を冷静に保ちながら更に様子を伺ったが、やはり音がしない。気配も感じぬ事を察知すると恐る恐る冷気の漏れだす部屋から出ると今まで見えていた廊下の反対側に目をやると奥に硝子張りの外界を映し出すドアがあり、まだ千鳥足ながら女性は其処に近付いて行った。ドアを目前に右側の部屋に人が数人倒れているのに気付くと警戒し壁に身を隠す様に覗き込んだ。時折唸る様に苦しんでいるが、どうやらこちらには気付いていない様だ。女性は再度外に目をやるが雨が降っており、更に外は闇が支配している事に恐怖を感じ、もと来た廊下を戻ると階段に気付く、上と下に通ずる階段を目にし、女性は恐る恐る階段を登って行った。


2階に進むと通路と部屋が多数あり女性は一部屋ずつ見て行くが何もなく、角部屋に古びた白衣を見付けると、それを布の上から見にまとい。縮こまって体の震えが止まるのを待った。



一人の男が座り心地の良さそうな椅子に深々と座り時折眉間にシワを寄せながら何やら考え事をしていた。


『………全く困った事をしてくれたものだ………』


時折独り言の様にその言葉を繰り返し溜め息をつく、


『………やはり頼んであれを使わせて貰うしかないか………』


男はおもむろに受話器を取ると何処かに電話をかけだした。



一方、倉庫の奥に連れて行かれた大野、田沢はハッチを開き大野を中に呼び寄せた。大野は渋々中に入り周囲を見回すと田沢同様に驚きを隠せなかった。


『何なんですか此処………』


田沢は無言で何か用意をし、手に持っていた物を大野に無言で手渡した。

大野はそれを手に取り改めて確認すると再度驚きを隠せずにいた。


『………た、田沢さん………これ』


『………使い方は神谷さんに教えて貰え………』


『………えっ………でも………』


『………大野、お前も大人だと信じて渡すんだ………これ、予備のマガジンと弾だ………』


『………でも、俺………』


『………良いか大野………外で何が起こってるかまだハッキリしないが、俺は秋山さんの言った事が引っ掛かっている………』


『………いや、でもあれはあり得ないっすよ………』


『………かもな……ただ、青木さんや秋山さんの言ってた事を嘘とも思えん………だから持っておけ………』


リュックに使う物を積めなから田沢は淡々と話を続けた。


『………3時間だ、3時間経っても俺達が戻らなかったら、埋立て地から脱出しろ………』


『でも、橋は封鎖されてるんでしょ?それに田沢さん達を置いて行くなんて………』


『あれを見ろ………』


田沢は地下道の奥を指差した。


『………あの鉄の壁はドアになってる………鎖で開かない様にしてあるが、そこに置いてるボルトカッターなら簡単に外せるだろう………この通路、神谷さんが言うには埋立て地の向こうに繋がってるらしい。今神谷さんが地図を探してくれてる。』


『でも、田沢さん達を置いて行くなんて………』


その瞬間田沢は大野の胸ぐらを掴み壁に叩き付け睨み付けた。


『良いか!お前待ってる人がいるだろ!………お前だけじゃない………秋山さんや青木さん、小田さんに向井も待ってる人が居る筈だ!お前は神谷さんと向井を手伝いながら女性陣を守ってやれ!分かったか!』


田沢の迫力に気圧されし頷く大野、真剣な目で大野を見詰め大野が理解したと察すると田沢はそっと大野の襟から手を離し、再度荷物を詰め始めた。


『………別に死ぬ訳じゃない………ただ万が一だ………何もなければ無事に戻って来てお前らと行動を共にするよ………』


『………分かりました………』


『………あと、張り切り過ぎるなよ………お前はいつも早とちりするからな』


『………そんな事ないっすよ!』


『ハハハ………それでこそいつもの大野だ』


『ちぇ、調子狂うな………』


『………じゃあ、頼んだぞ………』


準備を終えリュックを肩に掛けると大野を見ながら田沢はそう言った。その表情に無言で大野は頷き二人は梯子を上り事務所へと戻って行った。


事務所では神谷が松尾に銃を渡し使い方を教えていた。他の者もその話に耳を傾け興味深そうに聞いていた。


『すいません。お待たせして………それじゃあ行きましょうか?』


『おぉ……田沢、丁度良かった。さっき地図を見付けたよ……やはり、外に通じているみたいだ。』


『そうですか、それは良かった………じゃあさっきお伝えした通りお願いします………必要と思う物はバッグに入れて直ぐに持ち出せる様にしてますし………大野にも言ってあります………』


『………本当に良いのか?………』


『………はい………お願いします』


『………分かった………それとな、これ使えるか分からんが………一応無線機だ………持って行け………』


『………はい………ありがとうございます』


仮眠室の窓から外を見張っていた秋山が事務所に戻ってきた。


『………あ、の………外の雨止みました………』


今の状況では雨が止んだのは有り難い事だろう。しかし雨で掻き消されていた生存者の匂いに死者が敏感になるはず、そんな事を田沢達はまだ知るよしもないが、行くなら今と感じ松尾を見ると


『………丁度良い………行きましょう松尾さん………』


『………よし、じゃあ行ってくるよ………』


松尾は手に鉈を持ち、田沢は鉄パイプを持って恐る恐るドアを開き外の物音に耳を傾け大丈夫と判断すると素早く外に出た。大野は二人が外に出ると素早くドアを閉じ鍵をかけ二人の姿が見えなくなるまで覗き窓から二人を見送った。


やはり雨が止んだ事で死者の鼻は効く様になっていたが、雨が止む少し前には研究所の煙突からの煙は収まり、これ以上死者を復活させる事はなくなった。しかし死者の数はかなり増えている事は確実であり、生存者のこれからを妨げるのは自明の理であった。


田沢と松尾は周囲を警戒しながら極力音を立てない様に裏路地を進んで行く大通りを通っていてはその姿は直ぐに発見され殺される事になると思い敢えて隠れる場所が多く点在するこの道を選んだ。周囲に気を配りながら進むのはかなり時間が掛かり、その事に焦りも沸いてくる。20分掛かり橋の近くまで到着するが、橋の坊波扉は固く閉ざされており、周囲に人気も感じない。その事を不信に思い。建物の陰からそっと様子を伺った。


『………変ですね………人気すらないみたいですよ………』


『………確かに………一気に近付こう………ただ走らない様に………』


『………分かりました………松尾さん………銃を持ってる事は自衛隊には内緒で………』


『………あぁ………こんなの持ってたら普通逮捕だしな………』


周囲を警戒しながら沿岸道路から橋の前に出て行く、坊波扉の前まで辿り着き再度見回していると坊波扉の上からサーチライトの光が一斉に田沢と松尾を照らし出した。二人の目は眩み右手で光を遮った。何事かとライトの方に目を凝らすと人影が見える、同時に人影から声が聞こえてきた。


『この埋立て地は完全に隔離されており、如何なる者も出す事は出来ない。我々の指示に従えない者に対して発砲許可も出ている。速やかに避難所、もしくは会社に戻り指示があるまで、待機せよ………繰り返す………』


自衛隊の事務的な言葉を遮り松尾が話し出す。


『ま、待ってくれ!………私達はあんた達に力を貸してほしくて来た。………今、この埋立て地で殺人事件が起こってる様なんだ………頼む、話を聞いてくれ!』


松尾の言葉に扉の上に顔を出した自衛隊員は何かを話し合っていた。漸く目が少しだけ馴れて来ると、自衛隊員が話し出した。


『………分かった………話を聞こう………但し、此処から出す事は出来ないので、君らの右後ろに建物がある。そこが避難所になっており、中には隊員が居る。その隊員が無線を持っているのでそれで話をしよう………兎に角避難所に行きなさい。』


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